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イレイザー ─仁和歌者─  作者: 姫乃 只紫
『イレイザー ─仁和歌者─』
6/10

『水面下』

 ある夜、大野木家に隠された秘密を知る少女たちの話。

「鏡花ってさ、どういう男がタイプなんだ?」

 シャープペンシルの芯が、ぽきんと折れた。つい手が力んでしまった。肩越しに振り返る。

 晶はベッドにうつ伏せになったまま、携帯型ゲームに興じていた。目が合うことはない。イヤホンを片方だけ外しているのは、返事を聴き取るためだろう。開きっぱなしのファッション誌が、肘の下敷きになっていた。自堕落を画に描いたような構図だと鏡花は思う。

「いや、やっぱ玲一兄みたいによ。民族学とかに詳しいヤツがタイプなのかと思って」

 鏡花はわざとらしく口許を押さえ、苦笑した。睨むように一瞥する晶。

「別にいいだろ。たとえ私らだけでも、この家にいる間アイツは玲一兄だ」

「箱庭での暮らしも板についたものね。三枚目を演じるのがお上手だこと」

「うっせー三百代言。で、どうなんだよ? 好きなタイプとかさ、そういうのいねぇの?」

「いないわ」

 即答した。机に向き直って、作業途中だったルーズリーフをファイルに仕舞う。

「いないって──」

「言葉通り、異性の好みなんてないわ。私が好きなのは玲一だけ。好きになっていいのは玲一だけ」

 好きになっていい──そこで罪悪感を露わにした晶の横顔に、酷薄な笑みを浮かべる。気の毒がる必要など微塵もない。この女にとって、自分はまだ可哀想な被害者もとい犠牲者なのだから。

「ねぇ、晶。せっかくだし教えてあげましょうか」

「何をだよ?」

「私がどうして彼を好いているのかよ。ええ、教えてあげるわ。何せ色恋の話だもの。異性の好みを語り合うよりは、好みの異性を語り合う方がずっと刺激的だわ。だって私あの人に──」

 と、ドアが控え目にノックされた。

 晶はゲームの電源を切るとイヤホンを外した。ベッドから降りてドアを開ける。苛立ちのせいか動きが普段より荒い。

「あ、あの……」

 ひなが立っていた。怯えたような目をしていた。

「なーんだ。ヒナヒナじゃん」

 晶は肩の力を抜いた。

「あっ、晶さん」

「あー、はいはいストップストップ」

 ひなと目線を合わせると、慣れた手付きで頭を撫で始める。

「この面子だからって下手に気ぃ遣わなくていいから。ってか、ユキンコが聞いてたらドン引きだろ? 私は晶お姉ちゃんで、あっちのおっかないメガネは鏡花お姉ちゃん。オッケー?」

「は、はい」

 ひなが頷いた。遠慮がちにちらちらとこちらを見ている。胃の痛むポジションだと鏡花は思う。だが、思うだけだ。同情まではしない。何故ならひなはあの娘の味方であり、限りなく晶寄りだからだ。

「そんで? どーした」

「うん。一階でおかあさんが呼んでたよ。ちょっと手伝ってほしいことあるって」

「ふーん。うっし、わかった──って、内容は言ってなかったのか?」

「うん。手伝ってほしいから呼んできてって。それだけだったよ」

「マジか。中身わかんねぇ辺りがチョー怖え。まっ、どうせヒマしてたんだけどな」

 ひなが抱き抱えられる。きゃあっと弱々しい悲鳴が漏れた。

「や、やめてよ。晶さ──お、おねえちゃん!」

「うるへー。これは私のことをうっかり『晶さん』と呼んじゃった罰ゲームだ。このままリビングまで行って、いやぁひながウルウル眼でおねだりしてくるもんだからついね、こりゃ将来は男殺し確定ですなぁアハアハとか何かそんな感じのことを言いまくってやる」

「えっ、ええっ!?」

 鏡花は頬杖をつき、眉根を寄せる。騒がしい。だが、不快の理由はそれだけではない。ココとささめが晶と一緒にいられるのはわかる。あの二人は何も知らないからだ。晶が過去にしたことも、自分たちが過去に晶から強いられたことも、自分たちがこの先辿ることになる運命も。でも、ひなは違う。あの娘は全てを知った上であっち側にいる。向こう岸で晶やあの娘たちと一緒に笑っている。

 ──理解できないし、したくもない。

「なあ、鏡花」

 呼ばれて我に返った。晶の背中を見ると、幽かに笑った気配がした。

「私さ、今は皆のことが好きだ。ユキンコも、ヒナも、ささめんも、つくしも、まこ姉に玲一兄も、もちろんお前のことだって好きだ。大野木の家が、私の家族が大好きだ。私がやったことは決して許されることじゃないし、お前に許してもらえるとも思ってない。だから、お前には今のままでいてほしい。私のことを恨んでいいし、呪っていいし、私のやろうとしてること、どうしても信用ならないっていうんなら、好きなだけ邪魔してくれたって構わない。それでも──」

 それでも──?

「私が、何とかしてみせるから」

 晶がそっとドアを閉めた。最後まで振り返ることはなかった。

 椅子にもたれた。ちらと本棚を見遣れば、スクラップファイルが並んでいる。自ら手掛けた妖怪図録──そのほんの一部。玲一に近付くためというのは、所詮表向きの動機だ。これもまた布石の一つに過ぎない。自分が生き残るために、大野木鏡花として新たな一歩を踏み出すために。

「信用出来ないなら、好きなだけ邪魔してくれたって構わない?」

 胸に手を置く。脈打つ何かを感じる。

 それは黒雲を纏い、雷鳴とともに地上へ来たる幻獣。六本の脚を持つ〈心の臓〉。

「言われなくても、そうさせてもらうわ」

 ──貴女の手で生かされたいだなんて言った覚えはないのだから。

 そして、昏黒の少女は謀略の糸を張り巡らせる。

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