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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

敗北した悪魔王は変人令嬢の専属執事で手一杯です!

 悪魔王。それは、この世の果てにあるとされる大陸を統べる、修羅の王。

 その大陸は、人間とか言う数だけ虫のように多い矮小なちっぽけな存在などすぐに死ぬ環境で。

 強い者こそが正しく、生き抜ける者こそ尊いとされる弱肉強食の世界だった。


 大陸の敵対する者を殺して殺して殺し尽くして、その果てに辿り着いた頂きで───自らが勇者とか吐かす矮小なる人間にあっさり負けた哀れな王は、“専属執事”などと言う社畜精神溢れる忌々しい労働に勤しんでいる。


「グランデ!? グランデはいるかしら!?」

「ここにおりますが、お嬢様」


 ほら、今日も我儘お嬢様が何か変な事をしようと俺を呼び出しやがる。


 俺──元・悪魔王グランデは、いまや黒の燕尾服に身を包んだしがない執事である。

 肩まで伸びた銀髪も、燃え盛るようだった魔眼も、いまでは磨き上げた靴と皿洗いにしか役立たない。


「グランデ! カブトムシを食べたいのだけれど、いい調理法を知らないかしら!?」

「遂に頭も夏休みに突入しましたか? 暇そうでなによりでございますね」


 クソくだらねー事で呼んでんじゃねぇよボケカス。

 こちとら普段の雑務に加えてテメェの夏休みの宿題代行こなすので忙しいんだよ。


「だって気になりますわ! まだ誰も食べた事がないでしょう!?」

「誰も食べた事がないのを基準に考えないで下さい。お父上がまた泣きますよ」


 っていうかンナ事してる暇があるんなら自分で宿題しろや。


「愚問ですわ! わたくしは忙しいのよ、グランデ!」

「世間一般ではカブトムシを調理しようとする公爵令嬢を多忙と見なしてくれませんよ、残念ながら」


 この手の行動力溢れる傍迷惑な人間の事をなんて言うか最近学んだんだよ。異常者って言うらしいぜ。


「……そんな事より、今夜の準備はされなくてよろしいのですか? 久しぶりの夜会と聞いておりますが」

「…………アッ」


 忘れてたなコイツ。

 一瞬フリーズした手から、カブトムシが虚しく翅を羽ばたかせて、お嬢様の頭に着地した。


 存分にメイド達からガチのお叱りをお受けになりやがってくださいませ。







 その日、夜会に現れたレイナ・ディアベル・グローリア公爵令嬢は──。

 普段の「山の民も苦笑いする野性味」など微塵も感じさせない、完璧な貴族令嬢だった。


 腰まで伸びる金の巻き髪は、今日は大人びたアップスタイルにまとめられている。

 血のように濃く艶めいたドレスに身を包み、白磁のような肌が灯りに透ける。

 赤い瞳は気まぐれに揺れ、その一瞥で庶民どころか王族すら跪きかねない迫力があった。


 ──なのに。


 中身が、虫とスイーツと筋トレと殺意でできているというこの絶望的事実が、唯一にして最大の欠点だ。


 まさしく美貌と暴力を兼ね備えた女。

 見た目がバグってなければ完璧だった。


 だからこそ騙されるヤツが後を絶たないし、毎年王子が一人減るんだ。


 何人廃嫡させれば気が済むんだよ。


 そして現在、我らが公爵令嬢様は絶体絶命の危機に陥っていた。


「レイナ・ディアベル・グローリア公爵令嬢! この夜会をもって、貴様との婚約を破棄するッ!」

「な、なんですってぇ〜!?」


 ドレスの着付け担当していたメイド衆からガチのお叱りを受けた数時間後、なんとか夜会に間に合ったお嬢様がアラアラウフフと、クソくだらない雑談に華を咲かしていると、突然現れたこの国の王子にそんな宣告をされていたからだ。


 横には、悪趣味なピンクを散りばめた下品なドレスを着た桃色髪の女が寄りかかるように、王子の腕を掴んでほくそ笑んでいる。


「ふふ。ごめんなさぁい、レイナ様。ハロルド殿下は、わたしの事が好きらしいのぉ」


 この国の第一王子であるハロルド・ディ・バルリアーナ。

 金髪碧眼の眉目秀麗なこの方は、俺のお嬢様であるレイナ・ディアベル・グローリアの婚約者だった。


 今、この瞬間までは。


「なっ、なぜですの!? わたくし、こう見えてかなり殿下に尽くしてきましたわ!?」


 ショックを受けたように、足をふらつかせながら問いかけるレイナ。


「なぜ……? なぜだって!?」


 そして、それに呼応するようにまなじりを吊り上げる王子。


「本気で言っているのか!? 君の蛮行の数々は周りも証言するところだ! ある日は人が入ったら帰って来れないとされる死の森へデートに連れて行かれ、またある日は外で運動と称して未開の地で農作業をさせられ、先週なんて、僕に生きたマムシを食べさせただろう!?」


 スゲェな。こういう展開で王子が悪くない事とかあるんだな。

 横の女は普通にイラつくが。


「くっ……全て事実なだけに反論ができないですわ!」


「お嬢様、諦めて殿下の門出をお祝いして差し上げましょう。きっとその方がお互い幸せです」


「グランデ! どっちの味方ですの!?」


 今の所、九割王子側だな。


「……こうなったら、王子を拉致って既成事実を作りますわ……! わたくしのテクで手篭めにして差し上げますわ!」


 発想が山賊すぎる。

 それはどちらかと言うと、俺の地元の価値観なので後処理の面倒さを考えると本当にやめてほしかった。

 あと、そう言うヤツって大概下手くそだからな。


「僕の新たな婚約者……リリーシア嬢はなッ! 僕のデートにも、喜んで付き合ってくれるんだ! 死の森になんて突撃しないし、ショッピングと称して魔の大鷹鷲を狩りに行かない……カフェで雑談して、くだらない僕の話にも笑顔で受け答えしてくれる……そんな素晴らしい女性なんだよ!」


 涙が出そうだった。


 王子様、普通のラインが低くなりすぎて、そんな平凡な日常ですら尊いモノと思うようになっている。

 下手に性癖歪めるより罪が重いだろ、コレ。


「そんな……ッ! わたくしにも、それくらいできます! 一緒にご飯とか作りましょう!? 腕によりをかけますわ!」


 つい数時間前までカブトムシを食べてみたいとかほざいてた女のセリフである。

 逃げろ王子くん、このバケモノは俺が引き受けてやるから。


「そんなこと言っても騙されないぞ!? お前のことだから、またカブトムシとか食わせるつもりだろう!?」

「くっ……!」


 また? またって言ったか?

 前科あるの? マジ?

 何で反論しないの? ねぇ?


「…………仕方ありませんわね。グランデ、準備なさい。これから王子を拉致りますわよ」


 マジでやるつもりかよコイツ。

 こんなんでも、一応王子の事は好きらしい。

 重いとか以前に全てがイカれてるが。


「……フフッ。まさか、まだ何かするおつもりですかぁ? 元・婚約者様はパーティーからご帰宅した方が身のためだと思いますが……」


 リリー試合と呼ばれた令嬢は、クスクスと性格の悪い笑みを浮かべてお嬢様を煽っていた。

 完全に勝ち誇った笑みは、悪魔王の俺でさえイラつきを感じさせる、ソッチ方面に素質ある者の表情だった。


「むっきー!? 許せませんわ! わたくし、ここまでコケにされたのは初めてですの!」

「お嬢様、令嬢としてさすがにその怒り方はどうかと思いますが……」


 だんだん! と、地団駄を踏むお嬢様はまるで芸を仕込まれた猿のようで、隣にいる俺の品位まで疑われかねないのでやんわり注意してやる。


 ……まぁ、コケにされたままでは面白くないのは同感だ。

 少し、助け舟を出してやるか。


「……ところで、リリーシア嬢」

「えっ、あっ、……はい」


 お猿さん(お嬢様)を宥めながら、笑みを浮かべてリリーシアと呼ばれた性悪女に視線を向けると、ポッと顔が赤くなるのが見てとれる。


 俺自身の顔の良さは自覚しているが、今はそれよりも、だ。


「不思議ですね……。なぜ、悪魔がこの城に侵入して……さらに、王子の婚約者にまでのし上がろうとしているのですか。ぜひ、コツをお教えしていただきたいものです」


「……は?」


 目を丸くする王子と、未だ地団駄を踏んで人の話を聞かない猿。


「…………何の事ですかぁ?」

「とぼけるなよ、売女。俺の魔眼を欺くつもりなら、もっとマシな隠蔽魔法を使ってこい」


 《隠蔽封じの魔法》


 城全体に、俺が生み出した魔法陣が光る。

 参加者全員、王子を含む全ての者にスキャンがかけられ────光が落ち着いた頃には、王子の横で甘ったるい声を出していた女は、様相が変わっていた。


「……何のつもりよぉ。せっかくもう少しで上手くいきそうだったのにぃ」

「どこがだ。俺がいる時点で貴様の目論見は無駄だ」


 女が着ていたドレスが消えてなくなり、代わりに黒いビキニのような布面積の狭い衣装を身に纏っていた。

 だが、一番目に付くのは、その頭にある山羊のような捻れたツノと、尻尾。


 ……まるで、サキュバスと呼ばれる悪魔の姿の女がそこにいた。


「……り、リリーシア嬢……なのか?」

「あら、王子様。えぇ。貴方の新しい婚約者、リリーシアよぉ」


 甘ったるい声で、尚も王子の腕に寄り添うサキュバス女。


「あ、悪魔だったなんて……」


「ふふ、我らの王が勇者に負けて三年……潜伏した甲斐があったわぁ。貴方を操って、王位を奪えば思うがままの国を作れる……一緒に頑張りましょお?」


 正体を表した女の姿に、静かに絶望する王子。

 あまりに惨い。自分の理解者だと思っていた女が、国を乗っ取る為だけに近付いたのだと理解してしまったのだろう。


「そん、な…………なんて女運がないんだ、僕は……」


 ホントにな。

 女を見る目がないとも言うが。


「ホラホラ、王子がどうなってもいいのかしらあ? アタシに近付いたら、大事なお顔とか首とか、色んな所を切り刻んじゃおうかしらあ」


 懐から短剣を取り出し、王子の喉元に添える女。

 恐らく、このまま逃げて本格的に王子に魅了の魔眼で洗脳しようという魂胆だろう。


 周囲の騎士や護衛達も、突然の事態に動けずにいる。

 ここまでくれば勝ち確とか思ってるのだろうが。


 ───残念ながらそれは通らない。


 なぜなら。


「……アッ、あれ!? なんか状況が一変してますわ!?」


 この女が、いるからだ。


 悔しがっていたお嬢様がようやく周りを見る視野を取り戻したらしい。

 ハッとしながら、辺りを見回して、女が王子の首に短剣を突き付けてるのを見るとギョッとしていた。


「なっ、何事ですの〜!?」

「お嬢様、リリーシア嬢の策略です。彼女は、貴女様への嫉妬のあまり悪魔に魂を売って王子を操ろうとしているのです」


 掻い摘んで状況を説明してやる。

 これだけで、今回の事件は大体終わりだ。

 俺が出る幕でもない。


 というか巻き込まれたくないので、お嬢様から三歩程下がって控える。


「……なるほど。つまり、貴女をぶちのめせばいいという事ですわね!」


「……ハァ? 頭沸いてるのかしら。たかが人間が、そんな事できるとでもぉ? それに、こっちには人質がいるわよぉ」


「くっ……すまない、レイナ……僕が愚かだった……」


 ブンブンと腕を振り回して、準備運動をこなすお嬢様が、犬歯を見せながら“笑った”。


「つまり、わたくしのヨーイドンと、貴女の短剣がハロルド殿下の首を切るの、どっちが早いか競争しようってことでしょう? 望むところですわ!」


「……イカれ女ね」


 それには同感だ。

 呆れたサキュバス女との対面で、お嬢様がクラウチングスタートの構えを取る。


 王子の首を切っても治癒魔法があればなんとかなると踏んでいるので、人質として傷つけるくらいならあの女は躊躇わないだろう。


「行きますわよ。ヨーイ……」


 ググっ、と膝を僅かに曲げるお嬢様。


「───────ドンッ!」


 瞬間、ドゴオンッ! という、床を踏み抜く音と共にサキュバス女とお嬢様が消えた。


「……はっ!? えっ!?」


 ポツンと取り残された王子を残して。


「ッ……馬鹿なッ! 貴様ッ!」

「あら、ここまで潜入してくる癖に、わたくしの事は調べてなかったのかしら」


 城から離れた数百メートル先。

 なんて事はない。

 サキュバス女は、お嬢様の脚力と瞬発力に反応できず、そのまま王子を引き剥がされて城の外にもろとも放り出されただけの事だった。


「人間がッ! こんな力を持つなんて! あり得ないわぁ!」


 サキュバス女が、叫ぶ。

 空中に投げ出されたものの、さすがは悪魔。

 直ぐに体勢を立て直し、魔法を展開する素振りを見せたが────全てが遅かった。


「わたくしもよくわかっておりませんのよね、ソレ。……ただ、悪魔王? でしたっけ。アイツなら家で執事やってますわよ、元気でやってるのでお気遣いなく」


 地上に降り立つお嬢様の手に顕現した、“ソレ”。

 ある日、フラッと俺の目の前に現れ、傷一つ付けられる事なくボコボコにされた忌まわしい記憶が蘇る。


「さよなら、恋敵。……貴女の事は、忘れませんわ!」

「───馬鹿、な……」


 世界を、地を揺るがす程の魔力の奔流。

 お嬢様にのみ持つのを許された“聖剣”が、悪しき者を打ち倒す為、一層輝く様は、まるで天罰のようで。


「“天の剣永”ッ!」


 聖剣が振り下ろされた時、空が───割れた。





「納得いきませんわ〜!」

「仕方ありません。王都内よる聖剣の無断顕現。更に余波により、一部家屋の屋根が損壊。聖剣信者共が押し寄せて城の仕事を滞らせた始末としては妥当でしょう」


 サキュバスハニトラ事件から数日後、そこには夏休みの宿題に忙殺された理不尽の体現お嬢様がそこにいた。


「わたくし、これでも一国を救いましたのよ!?」


 あの後、ハロルド殿下の父親……つまり、現国王が現場にすっ飛んできた思ったら現状を把握して青ざめ、王子とお嬢様もろとも怒りのバックドロップをキメていた。


 王子は反省文百枚と夏休み期間中の奉公作業。

 お嬢様は夏休みの宿題倍増。

 しかも、俺が代行していた事がバレて更にお父上から雷が落とされるオマケつき。


 非常に気分が良かった。


「おいたわしや、お嬢様……」


 そしてなぜかいる、リリーシアとか言うサキュバス女。


「なぜいる」

「あらぁ、悪魔王。あれほどの痺れる一撃を貰ってしまったら……惚れるしかないじゃない、あんなの」


 メイド服姿のサキュバス女が普通に給仕してる事実に頭がおかしくなりそうだった。

 この家の警備ザルすぎないか。

 まぁ、身籠った竜のいる巣に入る方がまだ生きて帰る余地がある程にここは安全ではあるが。


「……最初、変わり果てていて気付かなかったわ。けど、納得……わたし達の国を終わらせてくれたのは、彼女だったのね」

「ふん、酔狂な女だ」


 三年前、俺が悪魔王と呼ばれていた時代。

 大陸中を蹂躙し、殺して殺して殺し尽くして。

 頂きに至った俺は……疲れ切っていた。


 その時に現れたのがお嬢様だった。


『貴方、悪魔王と呼ばれているのでしょう? わたくしと戦いましょう。負けたらウチで執事をやってくださらない? 人手不足なのよ』


 ふざけてると思っていたが、手も足も出せず完敗。

 あろう事か、その理不尽な力で他の敵対勢力まで壊滅させ、大陸は平穏を取り戻したのだった。


「……因みに、不意打ちなら殺せたりするかしら?」


 この国を乗っ取る事はまだ諦めていないらしい。


「やめておけ。既に千回は試しているが、成功した試しがない」


 肩を竦めて、サキュバス女を止めてやる。


 そうして、夏休みの終わりと共に──全てが、少しだけ元通りになった。


 カブトムシ調理に夢を馳せる公爵令嬢と、雑務に追われる元・悪魔王の専属執事。


 たまにサキュバスが給仕してくるのはご愛嬌で。


「さぁ、グランデ! 次はカマドウマを試してみたいのだけれど!」

「夏も終わりなので、そろそろ沸いた頭を元通りにしていただけませんかお嬢様」


「ふふん、これが青春ってヤツですわよ!」

「青春って言葉に土下座した方がいいですね」


 ──かくして。


 世界を震撼させた悪魔王は、今日も我儘お嬢様の暴走を止めるために奔走し。


 世界を救った聖剣の乙女は、虫とスイーツと宿題に囲まれた青春を謳歌していた。


 これは、そんな世界の隅っこで繰り広げられる──


 どうしようもなく馬鹿馬鹿しく、でも少しだけ、羨ましくもある。


 ひと夏の、ほんの少しの騒動の物語だった。


 


 ──了──


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