8怪 吾輩は偉いから当然にゃん
クロのモフモフとかわいさに骨抜きにされたタカラが、クロを抱き締めて至福のひと時を楽しんでいると、ごほん、と咳ばらいをする声が聞こえた。クロを抱いたまま立ち上がると、目の前に2メートル以上ありそうな巨大な天狗が立っていた。
他の天狗とは異なり、黒い顔で口は嘴のような形をしており、腰まで届く黒い羽根を生やし、ウェーブがかった肩までの黒髪の上に他の天狗たちより一回り大きい先が尖った丸い被り物をつけている。
闇夜のような真っ黒な鋭い瞳に射抜かれ、タカラはぴんと背筋を伸ばした。
クロがタカラの腕を逃れて肩に移動すると、黒い顔の天狗は一礼した。
「クロ様、ご無沙汰しております」
「太郎坊、久しぶりだにゃ」
太郎坊はタカラに目を向け、山伏の着物の内から名刺を取り出し、名刺交換のお手本のようにきっちりと45度に腰を折って名刺を渡してきた。
「お初にお目にかかります。管理部の責任者の太郎坊と申します。あやかし窓口の責任者の小野タカラ殿ですね」
タカラは営業部でスーパーや企業を回っていたことを思い出し、緊張しながら太郎防の名刺を両手でしっかりと持ち、45度になるよう腰を折って頭を下げた。
「ちょ、ちょうだい致します! 名刺はないんですけど、小野タカラと申します。宜しくお願い致します!」
「相変わらず堅苦しいにゃん」
タカラの肩の上で落ちないよう上手くバランスをとったクロは呆れ顔でぼやいた。
「ひふみ様から伺っております。こちらへ」
フロアの奥にある備品室と書かれた扉の前で太郎坊は立ち止まり、扉を開けてひとりで中に入って行った。中には棚がぎっしり並んでおり、棚の上から下まで大小さまざまな大きさの箱が並べられている。太郎坊は一番手前の棚にあ大きめの段ボール箱を手に取り、扉の外まで持ってきた。箱には『あやかし窓口備品』と達筆な筆文字で書かれている。太郎坊は箱を近くのカウンターの上に置いて、中身をひとつひとつ取り出して見せた。
「こちらが、タカラ殿のMyao Phoneです」
タカラは、スーツに入っている充電切れのスマホと見た目は変わらない端末を手に取る。裏を見ると、猫の顔の形のマークがあり、片耳がかじられていないことに安堵した。
「タカラ殿の名刺と、文房具一式の入った引き出しボックスです」
白のレザー調のボックスに引き出しがついていて、それを引き出すと、白猫の顔の形のマークが青い表紙の中央についた薄い罫線ノートと、黒いボールペン、赤、青、緑の三色ボールペン、小野のシャチハタ印が入った薄型の茶色のペンケースと、先ほど太郎坊からもらった名刺と同じシンプルなデザインの名刺100枚が入っている透明なケースが入っている。
「妖界役所、人間界に住むあやかし専門の相談窓口、責任者(人間)、小野タカラ、だって。クロと虎雅は名刺ないの?」
「必要ないにゃ。虎雅は部屋から出られないし、吾輩は有名猫だから今更名刺はいらないにゃ」
「あっそー。見た目かわいいけど、やっぱ言い方むかつくなあ」
引き出しに名刺とMyao Phoneをしまいながらタカラは唇を尖らせた。
「おっ、それは吾輩のおやつにゃ?!」
箱を覗いたクロが嬉しそうな声を出した。
「クロのおやつなわけないだろ。相談にくる客人用のお菓子じゃないのか?」
太郎坊が箱から取り出したのは、あやかし猫用の鰹節と書かれたチャック付のパックと、みゃおみゅーると書かれた見覚えのあるスティック状のクロが大好きなおやつの大容量パックだった。
「何でクロのおやつが備品として支給されるんだよ!」
「ひふみとの契約にゃ。吾輩とついでに虎雅の分のおやつを毎月支給してもらうことにしたのにゃ」
「自由だな。俺のおやつは?」
「ないにゃ。欲しければ自分で買うにゃ」
「ケチ―。何で虎雅のついでに俺の分も言わなかったんだよ」
「虎雅と吾輩は同じおやつでいいのにゃ。わざわざタカラの分まで人用のおやつを頼むのはさすがに図々しいにゃ」
「それお前が言う?」
「タカラも欲しければ吾輩たちのおやつ食べていいにゃ」
「……遠慮しとく。一応人間だから」
タカラは鰹節とみゃおみゅーるから目を逸らし、首を横に振った。
「太郎坊、他には何があるにゃ?」
「あとは客人用茶菓子と、お茶のセットです」
タカラが箱を覗くと、梅、うさぎ、菊などの形をした練り切りや栗きんとん、大福、饅頭などの生菓子に、寒天、くずもち、ゼリーなどの水菓子が詰められているきれいな包装紙に包まれた箱が10個あった。その横には‘’茶道具‘’と筆文字で書かれた桐箱がある。蓋を開けると、黒と白の茶碗と茶筅、柄杓、茶釜などお茶をたてるセットが入っている。
「すっげー、本格的。これ誰が使うの?」
「虎雅にゃ」
「あの大きな手でどうやって使うんだ?」
「虎雅は人型にもなれるにゃん」
「あっ、そういえば人間界にいた時は人型で自由に動いてたって言ってたっけ」
「タカラ、これあやかし窓口まで運ぶにゃ」
「えっ! これをひとりで?!」
「当たり前にゃ」
「では、宜しくお願い致します」
太郎坊が中身を全て箱に戻して持ち上げ、カウンター越しにタカラへ渡した。両腕にずしっとのしかかる重みになんとか耐え、よろけないよう踏ん張りながら、一歩、一歩足を踏み出し、クロの後に続いてエレベーターまで向かった。上に行くボタンを押して扉が開き、やっとこ足を動かしてエレベーターの中へ入り、箱を床に置いて一息ついた。最上階の猫の形のボタンを押して扉が閉まり始める。いつの間にかエレベーターの前に集まった天狗たちが、クロに向かって頭を下げ、クロは扉が閉まるまで、箱によりかって得意気な顔で手を振った。
「何でそんなに偉そうなんだ」
「吾輩は偉いから当然にゃん」
「あー、そうですかー」
箱の重量感のせいで凝った肩をほぐしながらタカラが言うと、クロはタカラのすねに高速連続猫パンチをお見舞いした。
「いってー! すねはやめろ!」
「ふん」
鼻を鳴らしてつんとそっぽを向くクロを、タカラは涙目で恨めしそうに睨みつけた。
(ФωФ)クロさまのあやかしにゃんポイント講座
~その4 天狗ってにゃーに? ~
天狗は、山伏姿で、翼があり、空を自在に飛び回る妖力が高いあやかしにゃ。真っ赤な顔で鼻が長い‘’鼻高天狗‘’と、カラスのように真っ黒な顔とくちばしを持った‘’烏天狗‘’がいるにゃん。天狗が吾輩を慕っているのは、吾輩の方が天狗より妖力が高いからにゃんよ。