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飼い猫の仲介で妖界役所に転職します  作者: 03Haru03
第一章 妖界役所へ転職にゃ!
6/13

6怪 妖界の転職、はやまったかな……

タカラは、ごほんと咳払いをしてから、顔を上げた虎雅(たいが)におずおずと問いかけた。


「えっと、ひふみさんが言ってた事務員のあやかし?」 


「はい。この部屋の中でできる限りのことは致します」


「部屋の中で?」


「虎雅はこの部屋にしかいられないにゃん」


「部屋から出られないってこと?」


「この部屋は私の本体だからでございます」


タカラは部屋を見回してから虎雅に視線を戻して首を傾げた。


「掛け軸じゃなくて、部屋自体がそうなの?」


「左様でございます。私はもともとあるお寺の茶室だったのです。代々住職に大切に扱われ、戦火の中でも運よく焼け残り、それからも寺の住職たちに長年大切に扱われてきました。いつしか私は自我を持つようになり、一代目の住職が掛けて下さったあの掛け軸の虎に身を移し、人型もとれるようになり、自由に外を動けるようになってしばらく人間界の暮らしを楽しんでいたのです」


「虎のあやかしでもなければ、虎の絵の付喪神でもないってことね。じゃあ、がぶりって噛みつくことも、襲ってくることもないってことだよね?」


「そんなこと致しません! 今は虎の絵に憑依しているだけですので」


虎雅は首を横にぶるぶる振り、タカラは緊張していた肩の力がを抜けて、ふうっと息を吐いた。


「ならよかったあ。でもさ、人間界で暮らしてた時は、自由に動けてたんだよね? 何で今は部屋から出られないの?」


「ひふみとの契約のせいにゃ。虎雅が人間界にいた時、この茶室が危うく全焼しそうになったんだにゃ。掛け軸が相当の年代物で、強盗が押し入って寺に放火したんだにゃん」


「私がこの虎の姿で強盗を追い返したのですが、火の手が茶室にまで迫って来て私一人ではどうすることもできませんでした。茶室に火が燃え移り、掛け軸も燃えてしまいそうになり、私は死を覚悟しました。ですが、その時、半鐘の音を聞きつけたクロ様が駆け付けてくださり、茶室ごと妖界に連れてきてくださったのです。クロ様は命の恩人なのでございます」


虎雅はクロに深々と頭を下げ、クロは腕を組んで胸を張り、髭をピンと伸ばして誇らしげにうんうんと頷いた。タカラがクロの頭と鼻の筋を撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「この大きさの物を、瞬時に妖界へ移動する妖力があるのは吾輩ぐらいにゃん。タカラ、見直したにゃん?」


「うんうん、見直した、見直した。クロはやっぱりかわいいなあ」


タカラがモフモフの喉とお腹を撫でるとクロは堪らずゴロンと寝転がり、一瞬タカラの方に顔を向けた後、目を閉じて畳の上に顔をつけた。タカラはクロのお腹を撫でながら、虎雅のちょっと硬そうな顔の周りの毛をじっと見つめた。


(掛け軸の‘’絵‘’とはいえ、めっちゃリアル。虎雅の毛ってモフモフなのかな。それとも、紙みたいにペラペラしてるのかな)


「タカラ様、いかがされましたか?」


気付かないうちに虎雅の顔の前に左手を伸ばしていたタカラは、はっとして手を引っ込めた。


「あっ、ごめん。つい、触りたくなって」


「さっきも虎雅の頭触ろうとしてたにゃん! 吾輩のモフ毛では足りないのかにゃ、この浮気者!」


嫉妬したクロに、お腹を撫でていた右手をキックされ、タカラは肩を落として右手の甲を抑えた。


「そうじゃなくて、どんな質感なのか気になっちゃったんだよー」


クロはふんと鼻を鳴らして虎雅の後ろに隠れて毛づくろいを始めた。


「クロ、いじけるなよ~。ごめんって~」


虎雅はおろおろして背後のクロと前方のタカラを交互に見て退こうとするが、クロに尻尾を踏まれて動くことができず、困った顔で口を開いた。


「あのー、話の続きをしてもよろしいでしょうか?」


「続き? あっ、そうだ、ひふみさんとの契約についてまだ聞いてなかった。虎雅の手にもひふみさんのマークがあるのか?」


「はい、左様でございます。茶室は半分燃えてしまい、掛け軸も損傷が激しかったのですが、ひふみ様の妖力で傷を癒して頂きました。また同じようなことが起きるかもしれないと思うと恐ろしく、私はもう人間界に戻ろうとは思いませんでした。それならばちょうど良いと、傷を治した代償に役所の一室を担ってくれとひふみ様から仰せつかり、こうして新部署の『人間界に住むあやかし専門の相談窓口』、略して『あやかし窓口』の相談部屋を担うことになったのです」


「そういうことかあ。でも、部屋があればいいわけでしょ。何で人間界にいた時みたいに、自由に外に出ることはできないの?」


「窓を開ければわかるにゃん」


虎雅の背後からクロに言われ、タカラは後ろを振り返って丸窓の障子を開けた。


「うわー、すっげー。絶景だなあ。どっかの城の天守閣から見た景色みたいだ」


空が近く、遠くには山と海が見え、下には、役所に来るまでに通ってきた飲食店が並ぶ通りが広がり、様々なあやかしたちが行き来しているのが見える。

虎雅の背後から顔だけ出したクロが、目を丸くしてタカラを見た。


「タカラ、思ったより驚かないにゃんね」


「え? 何で? 眺め最高じゃん」


「この部屋、屋根の天辺に絶妙なバランスで乗っかってるんだにゃん」


「ん? どういうこと?」


虎雅がどこからからタブレットを取り出し、五重塔のような形をした役所の、正面から見た画像をタカラに見せてきた。


「わお、タブレットもあるのか」


「はい。近年の業務には欠かせません。この、一番上の屋根の頂点部分に、私の茶室が乗っかっている次第です」


タカラは画像の上に親指と人差し指を置いてピンチインして、5つある屋根の一番上の部分を拡大した。屋根の尖塔に、四方を白塗りの壁で囲まれた正方形の箱のような建造物がちょこんと乗っていて、風が吹いたらバランスを崩して転げ落ちてしまいそうだ。タカラの顔から血の気がさーっと引いていき、タブレットを虎雅に返して窓の下をそっと覗いた。

屋根に面している部分が部屋の中央部分しかなく、両端は宙に浮いている状態になっている。


「えっ、これ、どういう状況? シーソーの上手くバランスがとれたときみたいになってんの? 右端に寄ったらそっちに傾くってこと? ていうか、エレベーターどうやって繋がってんの?」


窓の障子をピシャンと閉めて、青ざめた顔のタカラが矢継ぎ早に疑問を口にした。クロは虎雅の背後から出てきてタカラの目の前に仁王立ちした。


「落ち着くにゃ。虎雅の妖力でバランスを保っているから大丈夫にゃ」


「この部屋を離れたら私の力が弱くなって、バランスを崩してしまうので部屋を出てはいけないのでございます。これも契約事項のひとつで、破ったら恐ろしい目にあうので私は部屋の中だけでしかお役に立てないのです」


「外では吾輩がタカラの面倒をみるにゃ」


「えー、この仕事、本当に大丈夫かあ?」


タカラはゴロンと畳の上に大の字に寝転がり、角材が正方形の格子状に組まれた天井を見上げ、呟いた。


「妖界の転職、はやまったかな……」


タカラは首にぶら下げているお守りをスーツの上から握りしめ、脳内でばあちゃんに手紙を書いた。


背景 ばあちゃん

俺は25にもなって、夢なのか現実なのか分からない世界で役所に転職しました。

俺の人生はこれからどうなるんでしょう。

いつばあちゃんに会えるか分かりませんが、それまでお元気で。

                                敬具

虎雅のように部屋自体が付喪神になることはめったにないにゃん。貴重な付喪神を救った吾輩、さすがにゃんね。

(ФωФ)クロさまのあやかしにゃんポイント講座 

~その3 付喪神ってにゃーに? ~


100年という長い年月を経た道具があやかしになったもので、お化け提灯や唐笠お化けなどがいるにゃん。


大切にされてきて付喪神として生まれることもあれば、捨てられた恨みによってうまれることもあるにゃ。

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