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9/10

思考

もう、私は頑張りたくなかった。

端的に言えば、疲れていた。

この世界が私を癒し、満足させてくれたのです。


―――いつも通りの朝が来ました。

 手首を見ると、今日もそこに鍵があります。

 昨夜、外して寝たはずなのに。

 昨日の行動は全てリセットされるため、外して寝ても起きるたびに必ず目にしなければならないということでしょうか。


「帰る……か」


 鍵から『はやく帰れ』とせっついてくるような存在感を感じます。

 せっかくの楽しい世界なのに、余計なことをされて水をさされた気分です。


(いつでも帰れるってことは帰りたいと心から思うまではここにいる方がお得だよね)


 そう。いつでも帰れるということは焦って帰る必要性はないはずです。

 まだまだゆっくりしましょう。

 さて、今日は何をしましょうか。

 やりたいことはあらかたやってしまいましたから、そろそろ映画鑑賞会の第二弾とでもいきましょうか。


 現実逃避をするように私は窓を開け、伸びをします。


 誰もいない世界の空気はなんだか澄んでいるような、どこか冷たいような気がしました。


 一際強い風が吹き、リビングの写真たてを倒します。


「あらら」


 私は落ちてしまった家族写真を見ます。


「………?」


そこに写っていたのは、家族と一緒に笑っている私でした。

 現実世界では1月ほど前の。私の体感では2月ほど前の写真です。

 しかし、どうも違和感を覚えます。


もちろん、一ヶ月もすれば人間は変わりますし、写真と今の私の見た目が100%一致するとは限りません。


 でも、そういうのではなく、なんというか……


(存在感……?が、ある?)


 写真からは存在感と言うべきか、生気というべきか。

 とにかくそのようなものを感じ取れる気がしました。


 とはいえ、今の私からは生気が感じ取れないというわけでは決してありません。

 好きなことをやって、以前よりも生き生きとしているはずです。


 釈然としない気持ちを抱えながらも、とりあえず写真を戻し、鍵を机の上に置いて朝食を食べることにしました。


 朝食を食べ終えてからも思考は続きます。


 前の世界であれば、つらつらと考えてしまうことは外部からの刺激ややることに忙殺されることによって忘れることができましたが、今は私の思考を止めてくれる人はいません。


 この世界で生きていくのは楽です。それは否定しようもない事実。


 でも、この世界に私は必要ではないのです。

 私の行動はなんの影響も及ぼさないのですから。


 (あの子がこの世界を無価値だって言ったのは、こういうことなのかな)


 だからなんだと言われてしまえばそれまでですが、私だってそれなりの承認欲求はあります。

 自分が必要とされていない世界に、居続けることはできるのでしょうか?


(それは、できると思う。気にせず好きなように生きていけると思う。)


 うんうんと、確認するように首を振ります。


 では、好きなことを全てやり終えたら?


 (なら帰ればいいよ。いつでも帰れるんだから)


 では、寂しくなったら?


 (それも帰ればいい)


 では、自分勝手にできる世界で自分がわからなくなったら?


「……」


先ほどの家族写真を見た際、私はまず最初に私を見ました。

集合写真でも友だちとのツーショットでも、私は私を一番最初に見ます。

だから、先ほどの家族写真の違和感は私にあったのだと思いました。


ても、本当に生気があるように感じたのは周りの人間だったのかもしれません。


父が、母が、弟が。

私の中の彼らが。当たり前の存在であった家族が。

思い出となって、綺麗で朧げなものになっていました。


 血の気が引きました。


 この一ヶ月で、過去の私の記憶は確実に少しずつ薄れています。

 一ヶ月も前のことを完璧に覚えるなんて芸当、そもそも私には無理ですけど。なんとなく、私の『現実感』みたいなものが、一ヶ月前とは大きく乖離しているのです。


 身近な存在が、そうではなくなる。

 まるで毎日顔を合わせていた学校の先生が卒業した後はぱったりと会わなくなるように。


 小学校の担任の先生の顔を思い浮かべろと言われると、なんとなく朧げには思い出せますが確実にぼやけています。

 そうやって、家族の顔も忘れていくのでしょうか?


 忘れるというのは自然現象のようなもので、私に止められるものでもありません。

 今はまだ大丈夫だと言えますが、私を構成している何か大切なものを忘れてしまったとき、それは『私』と言えるのでしょうか。


 元の世界では、記憶や周りの人たち、周囲の状況、反応などなど、私を形作ってくれるものはいくらでもありました。

でも、この世界は、私の存在を保証してはくれません。

私という存在は、私が保つしかないのです。


 忘却の末、私が『私』を保てなくなったら、もうもとの世界には戻れないでしょう。

私の人生を生きるためには、当たり前ですが『私』が必要なのですから。


楽な世界で緩やかに死ぬか。


どうやら、決断にまでに残された時間は思っているよりも短いみたいです。

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