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私は部屋の空気の入れ替えをしようと窓に伸ばした手を止めます。

私の手首に、銀色に光る小さな鍵がリボンとともに巻かれていることに気がついたからです。


「ああ、それ?それはこの世界を出るための鍵だよ。おめでとう」


いつもの公園で私が彼女に鍵を見せると、彼女は簡単に答えを教えてくれました。


「この鍵を使うとどうなるんですか?というか、どこに使うんですか?」


「鍵はどこの鍵穴に刺してもいいよ。そこのドアでもいいし、そこの車でもいいし、鍵付きの手帳の鍵穴だっていい。場所は重要じゃない。重要なのはキミの心だけ」


「心?」


「キミが心から帰りたいと願いながら鍵を刺すと、その先が現実世界になるんだ」


「心から……」

はたして、私はこの楽園を捨ててまで現実世界に帰りたいと思えるのでしょうか。


少し考えて「あなたはどうしたらいいと思います?」と彼女に質問をすると、彼女は困ったように笑って「んー、わからない」と返答してくれました。


「どっちが正しいとか間違いとか、そういうんじゃないと思うよ。キミの人生なんだから、キミが選んだほうが正解になるんだと思う」

彼女はそう言ってベンチの背もたれにもたれかかって思い切り背伸びをします。


「ただ」と次に言われた言葉は、少し固い響きがしました。


「ただ、今までは訳わかんない世界に閉じ込められた被害者でいられたけど、これからはそうはいかない。考えなくちゃいけなくなっちゃったんだ。帰るか、残るか。

私はこれまで何人もここに来た子たちを見てきたけれど、帰ることを選択してまたこの世界に来た子はいない。もう2度とここには来られない。その鍵は一方通行なんだよ」


「……残ることを選択したら、どうなるんでしょうか」


「それが今の私だよね。

今のところ、この世界を満喫できているよ。

幸い、ここには時間がいくらでもある。いや、ないともいえるのか。あはは、まあいいや。よく考えて、悔いのない選択をしてね」


そう言い残して、彼女はいつものように手を振って公園から去っていきました。


「帰る……」


私は鍵を空にかざして考えます。


元の世界は、私にとって嫌いな世界ではありません。

ごく普通に、幸せな環境で生まれ、育ちました。


家は新築ではないけど居心地がよく、家族仲も良好。学校でも友達がいたし、成績だって平均的。めちゃくちゃ好かれているわけではなかったけれど、嫌われていることもなかったはずです。

『普通』の生活をただ淡々とこなして。何かが足りないという思いを抱えながらも、恵まれているのだから不満なんて持つべきではないと、自分を押し殺していました。

端的に言えば、この世界にきたばかりの私は疲れていました。


綺麗な人や、努力している人、成功者。

そんな人たちを見ていると、私も頑張らなくてはと思う反面、心に何か重たいものがのしかかるような感じがしました。

これをすべき、あれをすべきと、誰に言われたわけでもないのにそれらの「すべき」をこなさないと私はダメ人間ではないかという強い罪悪感が襲ってきて。勝手に他者からの期待を想像して、勝手に期待に応えるように振る舞って。

他者と比べるなと言うけれど、それは難しくて。

そんなことでだんだん心が弱っていって、だんだん自分がわからなくなって擦り切れていきました。

 

「帰る……ねぇ」


私の弱々しい呟きは、風の音にかき消されてしまいました。

 

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