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楽園

その日以降、私と彼女は定期的に会うようになりました。


場所は特に決まっておらず、フラフラと歩く彼女を私が自転車で探しまくるという、かなり強引な会いかたです。


人との関わりを煩わしく感じていたのに自ら彼女に会いに行く自分にひどい自己矛盾を感じましたが、私は今日も今日とて自転車に乗り、彼女に会うために家を出発します。


私は変わってしまったのかもしれません。

1人でいる時間は確かに自由で楽しかったですが、やっぱり誰かと笑い合いたかったし、自分の気持ちを聞いて欲しかった。

そんな心の奥底に隠していた思いを、彼女に出会って自覚してしまったのです。


(それに、彼女といるのはなんだか嫌な感じがしない。)


どうやら彼女はあまりおしゃべりが好きではなく、話しかけると普通に返してはくれますが彼女から話題を振ることはあまりありませんでした。

名前を聞いても、出身地を聞いても「忘れちゃった」とはぐらかされます。

沈黙が長く、座る距離も2人くらい間に入れそうなくらい空いています。

それが逆に心地よかった。きっと相性が悪くないのでしょう。


出会うと彼女の方から挨拶をしてくれますし、私が彼女の姿に気づいていなくても逃げることもしません。

嫌われてはいないのだと勝手に信じることにして、私はめげずに彼女を探しまくりました。


街中を走っていると、私は彼女の姿を見つけます。

人が『いない』前提で生活していると気にしない物音も、人が『いる』前提で聞くと、彼女を見つける手掛かりになります。


「あ、おはよう」


「おはようございます。今日はマドレーヌを持ってきましたよ、一緒に食べましょう」


「ありがとう。じゃああそこの店の席に行こうか」


私たちはショッピングモールのテラス席に座り、手土産のお菓子を食べます。


彼女が甘いものが好きだという話を聞いてから、私は彼女に度々甘いものを差し入れするようになりました。


前にいた世界では絶対にしなかったことです。

無意識に取り入ろうとしているのだろうかと自己分析をしてみますが、単純に会話の糸口が欲しいだけのような気もします。


マドレーヌの包装を開け、一口ぱくついた私は早速、彼女に『今日の質問』をします。


どうやら彼女は私よりもかなり長い間この世界にいるらしく、この世界について詳しいそうです。

そんな彼女に私が矢継ぎ早に質問をしようとすると「質問は少しずつ」と止められてしまいました。


曰く、「だって時間はいくらでもあるんだから、いいでしょ?」とのこと。

暗に、今後も会おうと言われたのだと解釈をした私は、そのことを承諾したのでした。


「この世界ってなんなんでしょうか?」


彼女はマドレーヌを飲み込むと、

「キミもここに迷い込んだんでしょ?私も最初は誰もいない世界だと思っていたけれど、実はそうじゃないみたい」

と答えました。


「そう、ですよね。今ここにあなたと私がいますもんね。私はあなたが初めて会った人で……。あの日はすみませんでした。泣いちゃって。」


「全然いいよ。そうなっちゃう子、少なくないから。長いこと人に会わないと人に飢えちゃうんだと思う。

今まで会ってきた子たちもそう。キミに会うまでに6人、かな。男の子もいたし、女の子もいた。年齢も様々だったね。」


「その人たちは、今どこに……」

「全員、元の世界に帰って行ったよ」


元の世界に帰る。

その言葉を聞いて私の肌は泡立ちました。


そんな私の様子を見て、彼女は気にせず会話を続けます。


「それで、この世界に対する私の見解だけど、人がいない世界じゃなかったらなんなのかって話だよね。私はここ、楽園だと思うんだ。」


「楽園……」


「不思議だよね、この世界。全部そのまま残ってる。人は1人では生きていけないって言うけど、この世界なら1人で生きていくことも全然可能だと思うんだ。」


それは確かにそうでした。

誰の目も気にせず、自分らしく生きられる。好きな時間に起きて、好きな場所に行って、好きなことをすることができる。

この世界なら可能なのです。


「みんな、元の世界に帰って行ったけど、私は元の世界に帰りたくない。元の世界では、いろんなことを頑張らなきゃいけなかったから。家族とか、友達との付き合いとか、学校の成績とか……もう全部面倒なんだよ。」


「……」

私は何も言うことができません。

彼女の言葉に対して共感を示すように深く頷くことしかできませんでした。


「例えこの世界が無駄で無価値な世界でも、私はここにいたいんだ。」


強い意思を込めて、彼女は腕を抱き寄せながら言います。

その言葉に、私は引っかかるものを覚えました。


「無駄?無価値?って、どういうことですか?」


「あれ、気づいていなかった?この世界、時間は進むけど、日付は進まないんだよ。」


もちろん、気づいていました。

いつまでも減らない冷蔵庫の中身。朝になったら返されている借りてきた本。

取った商品は次の日になれば店の棚に陳列されているし、カロリーの高いお菓子ばかり食べていても体重は1gも変わらない。

スマホを見ると時間は進んでいるけれど、日付はいつも同じまま。

この世界では何をやっても0:00にはリセットされる。


何をやってもこの世界に影響は出ないのです。

それを知っていたからこそ、私は思う存分、好き勝手動くことができたのでした。


「社会に貢献するとか、生産性の話をするのなら、ここでの行動の全ては全く無意味だよ。だって全部リセットされちゃうんだもん」


「それでも、私は有意義な時間を過ごせたと思ってます」

私はあの日々を思い出しながら答えます。


「それなら良かった」

彼女はそう言ってけらけらと笑いました。


「私は生産性とかそういうの気にしちゃう人間だったからさ。

無駄が嫌いだったし、時間を浪費することに罪悪感があった。

学校では成績を上げるために休み時間も勉強して。友達と遊ぶ時間すら将来に役立つものにしようとしてた。

意味のある時間だけを積み重ねていけば、きっと素晴らしい未来が待っているって信じてたんだ。でも、もうそんなものいらないんだもん。ここは無駄で自由な楽園だよ」


彼女は空を見上げて笑顔で言い放ちます。


しばらくして、彼女が「今日はもういいの?」と言って立ち上がり、手を振って姿を消します。


私はその背中が見えなくなるまで、ぼうっとしながら手を振り返していました。

 

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