気づき
気づいたとき、もうすでに世界は静まりかえっていました。
耳が聞こえなくなったのではありません。
試しに「あー」と声を出してみると、問題なく聞き取ることができます。
しかし、母がフライパンでジュウジュウと目玉焼きを焼く音も、父がスーツに着替える音も、隣の部屋でゲームをしている弟の笑い声も、車の走る音も、電車が通る音も、一切聞こえないのです。
どくどくと鳴る心臓をうるさく感じながら、私は2階の自分の部屋から出ました。
いつもであれば部屋を出るだけで家族の気配を感じられるのに、それが一切ありません。
私は不気味さに押しつぶされないように慎重に歩き、弟の部屋をノックしました。
ノックの返事が返ってくる様子はなく、10秒ほど待って、私は返事を待たずに扉を開けます。
「あれ」
扉の先にあったのは、もぬけの殻の部屋でした。
弟の定位置であるベッドの上にはゲーム機だけが置かれており、この時間ならば絶対に家にいるはずの弟の姿はどこにも確認できません。
弾かれるように弟の部屋を飛び出し、1階に降ります。
階段の先に見えるリビングには電気がついており、ほんの少しだけ私は体の力を緩めました。
期待を込めてリビングの扉を開きます。
目に飛び込んできた光景は、私の期待を裏切るのに十分なものでした。
コンロの上に置かれたフライパン、ラックにかけられた父のスーツ、それらはいつもの我が家の朝の風景。
確かに先ほどまで人がいた形跡があるのに、誰もいません。
「……みんな、どこ?」
声を出してみたけれど、家の中に響くだけで返答が返ってくることはついぞありません。
これは、夢だろうか?
と、パニックになりそうな頭で最大限に冷静に現状を分析します。
しかし、冷たい床の感触や窓から差し込む光の眩しさはとてもリアルで、とても夢とは思えませんでした。
スマホを手に取ってみましたが、画面に映し出されたのは『圏外』の文字だけ。
時間は動いていますが、世界が止まってしまったかのような錯覚に陥ります。
氷の塊を飲み込んだかのように体が冷えていくのを感じます。
私は何度も失敗しながら窓を開錠して開け放ち、ベランダに出ます。
車が動いていない。コンビニにも誰もいない。電車の線路に目を向けても、列車がくる様子はない。
「……どういうこと?」
そう呟きますが、返答はありません。
そのかわりに、16歳の想像力豊かな頭が、この状況になんとか説明をつけようと働きます。
まるでこの世界に私ひとりだけが取り残されたような。
だれもいない世界に迷い込んでしまったような。
「……だれも、いない」
そう呟いた私の胸の中に、すうっと風が通り抜けていきました。