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桜庭メル、試験を受ける

 「おはようございま~す……」


 異世界生活2日目の朝。メルは恐る恐る狩猟局の扉をくぐった。


 「来たか」


 食堂の端の席に座っていたズーロが、メルの姿に気付いて腰を上げる。

 ズーロはメルに近付いてくるのかと思いきや、先に受付の職員に声を掛けに行った。


 「すまないが、局長にメルが来たと伝えてもらえるか?」

 「かしこまりました」


 局長を呼びに行く女性職員の背中を見送ってから、今度こそズーロはメルに近付いてくる。


 「おはよう、メル」

 「おはようございますズーロさん」

 「ここに来たということは、狩猟者になるための試験を受けに来たと考えていいんだな?」

 「はい、今の私にはそれ以外にやれることも無いですから」

 「そうか」


 メルの返事を聞いてもズーロの表情はほとんど変わらなかったが、メルにはズーロが少し喜んでいるように見えた。


 「でも試験って何やるんですか?筆記ですか?」

 「いや実技だ。この建物の裏にある訓練場で、適当な狩猟者と模擬戦してもらう」

 「その模擬戦で勝たないと狩猟者になれないとか?」

 「勝つ必要は無い。模擬戦をしてみて狩猟者たる実力があると判断されれば、その場で狩猟者として登録ができる。実力が無いと判断された場合は、しばらく狩猟者見習いとして訓練だな」

 「試験がダメでも、狩猟者になれないって訳でもないんですね?」

 「そうだな。まあ君の場合は試験に落ちることはまずないと思うが……」

 「おや、来たのかい小娘」


 メルとズーロが雑談している間に、局長が2階から降りてきた。


 「おはようございます、局長。私は小娘じゃなくてメルです」

 「ふん、名前を覚えてほしきゃ狩猟者になって局に貢献するこったね。って訳であんたが狩猟者になれるかどうか、さっさと試験だ。ついてきな」


 局長は一方的に告げると、くるりとメルに背中を向けて歩き出す。


 「行くぞ」

 「あっ、はい!」


 メルとズーロも局長の後を追って移動した。

 受付の脇にある廊下を利用して建物の中を通り抜ける。するとその先には小規模な闘技場のような場所があった。

 中央に円形の舞台があり、その周囲を囲むように観客席が3段ほど設えられている。

 そして観客席には狩猟者と思しき人間がまばらに座っていた。


 「試験なのにお客さんがいるんですか?」

 「狩猟者の中には暇な時に試験を眺めてヤジを飛ばす連中もいるんだ」


 それらの観客とはまた別に、中央の舞台の脇には1人の女性が立っていた。

 その女性はメルと同年代のように見え、白銀色の芸術品のような鎧を身に着けている。

 女性の髪と瞳は氷河を彷彿とさせる水色で、その美しさにメルは思わず目を奪われた。


 「小娘、あの小娘が小娘の試験の相手だよ」

 「なんて?」

 「メル、君の試験ではあの水色の彼女が対戦相手を務めることになる」

 「あっ、そういうことですか。それならそうと最初から言ってくださいよ局長さん」

 「何だ、最初からそう言っただろうに」

 「言ってないですね」


 局長が若い女性を「小娘」で一纏めにして呼び分けないせいで、会話に支障が生じていた。


 「えっと、初めまして。私はメルって言います。今日はよろしくお願いします」


 メルは自分の対戦相手だという水色の女性に挨拶をする。


 「……カミノールよ。よろしく」


 女性の返事は必要最低限で非常に素っ気なかった。


 「カミノールはまだ18歳だが、狩猟者としての実力は確かだ。同性で同世代だから、君も戦いやすいだろう、メル」

 「私は相手の性別とか年齢とかは気にしないですけど……」


 実際メルは昨日、初対面のズーロの顔面を思いきり蹴飛ばしているので、その言葉には説得力があった。


 「小娘、今から試験の具体的なルールを説明する。耳の穴かっぽじってよく聞きな」

 「は、はいっ」

 「相手を殺すのは禁止。後遺症が残るような攻撃を意図的に食らわすのも禁止。それ以外だったら何でもアリだ。大怪我しても治療はしてやるから気兼ねせずに戦いな」


 殺害や致命的な攻撃以外は何でもアリ。何ともアングラ感のあるルールだ。


 「分かったなら小娘共、さっさと配置につきな。時間が勿体無いからね」


 局長は吐き捨てるようにそう言うと、観客席の方へ歩いて行ってしまった。


 「……行きましょう」

 「あっ、はい!」


 カミノールが一足先に舞台へ上がり、メルも慌ててそれを追いかける。

 そして2人は舞台上で、3mほどの距離を取って向かい合った。


 「あれが今日の受験者か……」

 「なんか珍しい恰好してるな」

 「なぁなぁ、あの子めっちゃ可愛くね?」

 「可愛いけど俺はカミノールちゃん一筋だから」


 観客席に座る暇な狩猟者達の声が、メルの耳に聞こえてくる。

 彼らが本当に遊興目的でこの場にいることがメルには分かった。


 「一応審判は俺が務めさせてもらう」


 部隊の脇から、ズーロが2人に声を掛ける。


 「2人とも準備はいいか?」

 「はいっ!大丈夫です!」

 「問題ありません」

 「それでは……始め!」


 ズーロの合図と同時に、カミノールは腰に提げている剣の柄に右手を掛ける。

 だがカミノールが剣を抜くよりも先に、カミノールの視界からメルの姿が消えた。


 「なっ……」


 メルの消失に驚いたのも束の間、カミノールの右手に痛みが走る。

 いつの間にかカミノールの目の前まで接近していたメルが、カミノールの抜剣を阻止するように右手を踏みつけていたのだ。


 「えっ速……」

 「お前あの子の動き見えた?」

 「正直全然……」


 観客席に座る狩猟者達のほとんどは、メルの動きを捉えることができていなかった。

 メルの動きを目で追うことができていたのは、ズーロと局長の2人だけだ。


 「へぇ……魔法も無しにやるじゃないか」


 局長は感心したように笑みを浮かべている。


 「てやぁっ!」


 メルはカミノールの右手を右足で踏みつけたまま、カミノールの顔を狙って左足で膝蹴りを繰り出す。

 先手を打たれて硬直していたカミノールは、メルのその攻撃に反応することができなかった。


 「ぅあっ……」


 メルの膝がカミノールの眉間に直撃し、カミノールの体は大きく弧を描きながら吹き飛ばされる。

 舞台の外に落下したカミノールは、そのまま起き上がってくることは無かった。


 「えっと……これ、私の勝ちでいいんですか?」


 静まり返る闘技場の中、メルは恐る恐る審判のズーロに尋ねる。


 「あ、ああ……紛れもなく、君の勝ちだ」

 「じゃあ私、狩猟者になれますか?」

 「……通常であれば、試験官に勝利すれば間違いなく狩猟者たる実力アリと判断される、が……今回の模擬戦は短すぎるからな……どうだ、局長?」


 ズーロが観客席の局長に判断を仰ぐ。


 「そうだねぇ……」


 局長は立ち上がり、ゆっくりと舞台に近付いてくる。


 「確かに今の模擬戦は、小娘の実力を測るには短すぎたねぇ」

 「そんなこと言われても……私はどうしたらいいんですか?」

 「1番手っ取り早いのはもう1戦することさね。けど追加の試験官なんて急に用意できるもんでもないからねぇ……」


 局長は意地の悪い笑顔を浮かべながら、視線をメルからズーロへと移した。


 「ズーロ。仕方ないからあんたが小娘と戦いな」

 「……何だと!?」


 まさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったズーロは、珍しく大きな声を上げて驚いた。


 「何故俺が!?」

 「あんた昨日も小娘と少しやり合ったんだろう?いいじゃないか、続きをやんな」

 「昨日も今も俺がメルと決着をつける必要は無いんだが……!?」


 局長はズーロの抗議を聞き流し、再びメルへと視線を戻す。


 「あんたはどうだい、小娘」

 「私は全然もう1戦やりますけど」

 「だってよズーロ。あんたこの小娘のこといたく気にかけてたじゃないか。あんたが試験官になるのを渋ったせいでこの小娘が狩猟者になれなくてもいいのかい?」


 局長が悪ノリをしていることは流石にメルも気付いている。

 だがメルは狩猟者になれるのであればズーロと模擬戦をするのも構わないので、特に何も口を挟まなかった。


 「……分かった。局長がそれで納得するなら俺がやろう」


 最終的にはズーロが根負けし、渋々舞台の上に上がった。


 「何だ、今度はズーロとあの子が戦うのか?」

 「ズーロが試験官なんて珍しいな」

 「試験官にしちゃズーロは強すぎるからな~」

 「でもあの子なら案外ズーロともいい勝負できるんじゃないか?」


 ズーロが舞台に上がったことで、観客席の狩猟者達が徐々に盛り上がり始めている。


 「ズーロさんって狩猟局の中でも強いんですか?」

 「それを俺に直接聞くのか?……まあ、自分で言うのもなんだが、強い方ではあると思う」

 「ズーロはこの狩猟局で5本の指に入る実力者だよ」


 ズーロの謙遜に、局長が補足を加える。


 「そうなんですか?じゃあ……死に物狂いでやらなきゃですね」


 メルが鋭い犬歯を露わにして笑う。

 メルのその表情に、ズーロは頬を引き攣らせた。


 「君の期待に添えられるかは分からないが……少なくとも昨日よりはマシな戦いを見せると約束しよう」


 そう言ってズーロは駆け寄ってきた男性職員から剣を受け取り、更に、


 「<鉄鋼躯体>」


 不思議な響きを孕んだ言葉を呟く。

 するとズーロの足元に鈍色の魔法陣のようなものが出現した。


 「わっ、魔法!?」


 メルはこの世界に魔法が存在すること自体は聞いていたが、その目で実際に魔法を目にするのはこの時が初めてだった(貯蔵札などの魔法具は別として)。

 魔法陣はズーロの体をスキャンするように素早く上昇し、そしてズーロの頭上で消失する。


 「この<鉄鋼躯体>は俺が最も得意な魔法だ。身体能力を大幅に強化した上で、体の表面を鋼鉄のように硬くすることができる。昨日君と戦った時もこの魔法を使っていたから、俺を蹴った時は硬かっただろう」

 「あっ、それ不思議に思ってたんです。硬かったのは魔法の力だったんですね」


 昨日からメルの頭の片隅に引っ掛かっていた疑問が、今ここで解消された。


 「でもよかったんですか?戦う前に手の内を明かすようなことして」

 「まあ……こちらは戦闘開始の合図の前に準備を整えているからな。多少手の内を明かすくらいしなければ公正じゃない」

 「確かに。まだ始まってないのにしれっと剣構えて魔法使いましたよねズーロさん」


 昨日軽く戦った際には、ズーロはメルに先手を打たれて剣を抜くことすらできなかった。丁度先程のカミノールと同じように。

 ズーロが予め剣を抜いたのは、昨日の二の舞を避けるためだ。


 「ではそろそろ始めよう。局長、審判を頼む」

 「あいよ。それじゃあ……始め!」


 局長の合図と同時に、メルは地面を蹴ってズーロとの距離を一気に詰める。


 「ふっ」


 迫り来るメルに対し、ズーロは軽く息を吐きながら剣による突きを繰り出す。

 だがメルは素早い回し蹴りを剣の側面に命中させ、突きの軌道を狂わせた。


 「てやっ!」


 そして続け様に放たれた2発目の回し蹴りが、ズーロの側頭部を的確に撃ち抜く。


 「ぐっ……」


 呻き声を上げながらよろめくズーロ。

 だがズーロが大してダメージを受けていないことが、他ならぬメルにはよく分かっていた。


 「かったいなぁ……」


 <鉄鋼躯体>の魔法で強化されたズーロの肉体は、相変わらず人体とは思えないほどの硬度だった。


 「悪いが<鉄鋼躯体>を使っている時の俺には、打撃はほとんど効かないぞ」

 「てやっ」


 メルの拳がズーロの鼻っ柱に突き刺さる。

 だがズーロは鼻血の1滴も流さない。


 「ホントだ、全然効かない」

 「……君のその躊躇の無さが俺には少し怖いよ」


 単純な殴る蹴るだけではズーロに勝つことは難しい。

 それを理解したメルは、一旦戦闘を仕切り直そうと後退を試みる。


 「はっ!」

 「ひゃあっ!?」


 ズーロの振るう剣が鼻先を掠め、メルは悲鳴を上げた。


 「あっぶな、どこ狙ってるんですか!?」

 「首だ。この剣は刃が潰れているから、斬られる心配はしなくていいぞ」


 淡々とそう言いながらズーロは次々と剣を振るう。

 だがメルはそれらの斬撃を、ひらりひらりと踊りでも踊るかのように軽やかな動きで回避していく。


 「ちょこまかと……君は軽業師か?」

 「違いま~す」


 ズーロの軽口をあしらいながら、メルは如何にしてズーロを打ち倒すか頭を巡らせる。

 <鉄鋼躯体>の魔法により、ズーロには打撃が通用しない。となると必然的に、ズーロを倒すためには打撃以外の攻撃手段を用いることになる。

 では打撃以外の攻撃手段とは何か。メルに思い付くのは1つだけだった。


 「はぁっ!」


 ズーロがメルの喉元を狙って突きを繰り出してくる。

 メルはその突きをひらりと躱すと、逆にズーロの右腕に左手を掛けた。

 その動作にズーロが反応するよりも早くメルは飛び上がり、ズーロの右腕を両足で挟み込んで固定する。

 そしてメルはズーロにぶら下がるようにしながら、右腕を関節とは逆方向に捻り上げた。


 「があああああっ!?」


 ズーロが悲鳴を上げながら仰向けに倒れ込む。

 メルがズーロに対して極めたその関節技は、飛びつき腕十字と呼ばれるものによく似ていた。


 「ぐっ……ぐあっ……」


 ミシミシと右腕が激しく軋む中、ズーロは熟練の狩猟者としてのプライドか悲鳴を押し殺す。

 だがその一方で、ズーロは痛みのあまり唯一の武器である剣を手放してしまった。


 「やっぱり関節技は効くんですね」


 メルは容赦なく腕十字を続けながら、目論見が成功したことに笑みを浮かべる。

 <鉄鋼躯体>は肉体の表面を鋼鉄並みに硬化させるが、人体の構造が変化する訳では無い。

 であれば肉体の表面の硬度など一切関係の無い関節技であれば、<鉄鋼躯体>を使ったズーロにも通用するのではないか、というのがメルの考えだった。

 その考えが正しかったのかどうかは、大量の脂汗を浮かべながら悲鳴を押し殺しているズーロを見れば明らかだ。


 「ズーロさんどうしますか?このまま続けるなら、ズーロさんの右腕ぐっちゃぐちゃにしちゃいますけど」


 遠回し且つ物騒な降伏勧告をするメル。実際ズーロがこのまま降参の意思を見せなければ、メルはズーロの右腕を破壊するつもりでいた。


 「ま……参った……」


 だがメルが本格的に腕を破壊し始める前に、ズーロが絞り出すような声で降参を告げた。


 「はいそこまで、小娘の勝ちさね」


 ズーロの降参を受け、局長がメルの勝利を宣言すると、観客席がどっと湧いた。


 「マジか!?ズーロ負けたぞ!?」

 「えっ、あの子強くね……?」

 「でも関節技って……魔物相手には役に立たないだろ」

 「だとしてもズーロに勝てるのはすげぇよ」

 「にしても変わった恰好だなぁ」

 「あの子名前なんて言うんだろ」


 観客達の感想を漠然と聞きながら、メルはズーロの右腕を解放する。


 「はぁ……腕が千切れるかと思った……」


 ズーロは脂汗まみれの顔で起き上がると、心底安心したように自分の右腕を擦った。


 「あはは、そんな大袈裟な~」

 「いや本当に」


 メルは冗談だと思って笑い飛ばそうとしたが、ズーロはこれ以上ないほどの真顔だった。

 その時、パチパチとやる気のない拍手の音が聞こえてきた。


 「おめでとう。ズーロに勝てりゃ文句はない」


 局長がそう言いながら舞台に上がってくる。


 「じゃあ私、合格ですか?」

 「ああ。今日からあんたは狩猟者だ」

 「わぁ……!やったぁ!」


 メルはその場で跳び上がり、試験に合格できた喜びを露にする。

 ただ助走も無しに突然3mほどジャンプしたので、隣にいたズーロは驚いて仰け反っていた。


 「そうと決まればさっさと移動するよ。今からあんたは狩猟者証を作って、それから狩猟者の規約について講習を受けなきゃならないからね」


 局長はそう言ってメルに背中を向け、上がってきたばかりの舞台を下りた。


 「講習の後は必要な道具を揃えないとな。近くに狩猟局御用達の道具屋があるからそこに行くといい」


 ズーロもそう言って、右腕を庇いながら舞台を下りる。


 「あっ、ま、待ってください!」


 メルは慌てて2人の後を追った。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日更新する予定です

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[一言] 垂直跳び3メートルはもはや人間じゃないんよ…
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