桜庭メル、異世界初配信をする
「皆さんこんばんは、異世界系ストリーマーの桜庭メルで~す」
『こんばんは?』『今昼だけど……』『時差ぁ』『心霊系ストリーマーから異世界系ストリーマーになってて草』『そもそも異世界系ストリーマーとは?』『メルちゃん可愛い~!!』
「あっ、そっちはお昼なんですか?半日くらい時差があるのかな?」
ズーロから紹介された宿屋の客室。
落ち着いたらまた配信するという視聴者との約束を果たすべく、メルは配信を開始した。
もう2度と地球との通信が繋がらない可能性も考えたメルだったが、幸運にもそれは杞憂に終わった。
「とりあえず1回配信終わった後にあったことのお話をしますね。メル、森の中で熊を殺した後、男の人と会ったじゃないですか」
『あの騎士みたいな恰好の人?』
「そうですそうです。ズーロさんっていう方なんですけど。あの後メルはズーロさんに案内してもらって、ペスカトピアっていう街に連れてきてもらったんです」
『ペスカトピア?』『聞いたこと無いな』『まあ異世界の街ならそりゃ聞いたこと無いよな』
「それで今は、ズーロさんに紹介してもらった宿屋さんにいま~す」
『寝るとこ見つけられたんだ』『よかったね』『宿泊費はどうしたの?』
「殺した熊売ってお金貰いました」
『草』『魔物倒してお金貰うとかめっちゃ異世界じゃん』『異世界に適応してるなぁ』
ここまでの出来事を掻い摘んで視聴者に説明したメル。
次はこれからの予定だ。
「私を色々助けてくれたズーロさんは、魔物を倒してそれを売ってお金を稼ぐ『狩猟者』っていうお仕事をしてるんです。それでメルも狩猟者にならないかって誘ってくれて、明日狩猟者になるための試験を受けに行くんです」
『異世界転移モノだと魔物の討伐で生計を立ててるのは「冒険者」って呼ばれてることが多いけど、ペスカトピアってとこだと狩猟者って言うんだね』『異世界転移に自信ニキ来たな』『魔物を倒す仕事か……メルにピッタリじゃね?』『木の枝で熊殺す女には天職だろ』
「わぁ、誰も心配してくれな~い」
メルが魔物と戦う職業に就くことを心配する視聴者もいるのではと思っていたが、今のところそのようなコメントは一切見られなかった。
「それじゃあ異世界でのこれまでとこれからを話したところでぇ……お部屋紹介の時間で~す!わ~、パチパチパチ~」
『お部屋紹介?』『そういうのって普通自宅でやるもんじゃないの?』『でも異世界の宿屋の部屋ってどんな感じか興味ある』『それはそう』
「それじゃあ皆さん行きますよ~?さ~ん、にぃ~、い~ち……じゃ~ん!」
カウントダウンと共に、メルは客室の全体像を映す。
『お、おう……』『なんていうか……』『思ってたよりかなりビジネスホテルだな』
「ね~、なんか見覚えありますよね~」
客室の内装は、ほとんどビジネスホテルのようだった。
6畳ほどの部屋の中に、ベッドと机がギチギチに詰め込まれている。
『このギチギチ具合がまたビジネスホテル感あるよな』
「分かります、このギリギリスーツケース置けるかな~って感じがなんか馴染みありますよね」
メルはベッドに腰掛け、軽く体を跳ねさせる。
「このベッドも凄いんですよ、相当ふっかふかです」
『おお』『よく跳ねるな』
「それからメル、これかなりビックリしたんですけど」
続いてメルはベッドから立ち上がると、客室の入ってすぐのところにある扉を開いた。
「見てくださいこれ、凄くないですか?」
扉の先に鎮座していたのは、どこからどう見ても洋式トイレだった。
『えっトイレじゃん』『異世界に洋式トイレあるの?』
「そうなんです!しかもこれ水洗式なんですよ?」
メルがレバーを操作すると、便器の中に水が流れた。
『異世界に水洗式トイレあるの!?』『本当にそこ異世界か?』『その一室だけ見た限りあまりにも日本なんだけど』『使ってるとこ見せて』『異世界情緒がまるで無い……』
「トイレが先進的なのは助かりますよね~。トイレは綺麗なのに越したことないですから。あとユニットバスになっててシャワーもあります」
『サラッと言ってるけどシャワーある異世界変だぞ』『ペスカトピアって文明レベルは地球と変わらない感じなのかな?』
「お部屋で紹介できるのはこれくらいですね~」
メルはトイレの扉を閉め、再びベッドに腰掛ける。
「じゃあ次は、異世界のご飯を紹介しちゃおうと思いま~す」
『おっ』『それはめっちゃ興味ある』
「さっきちょっと狩猟者ってお仕事の話したじゃないですか。狩猟者さんが倒した魔物を買い取ってもらうところが狩猟局って言うんですけど、その狩猟局の中に食堂があるんです。その食堂で晩ご飯買ってきました~。正確にはズーロさんに買ってもらいました~」
『ズーロさんにおんぶに抱っこ過ぎる』『めっちゃいい人じゃんズーロさん』『ちゃんとありがとうした?』
「ね~、いい人ですよねズーロさん」
『そういやメルってズーロさんのこと2回くらい蹴ってなかった?』『ちゃんとごめんなさいした?』
メルは部屋に備え付けの机の上から、茶色い紙の包みを手に取る。
包みを開くと、中から出てきたのは肉と葉物野菜をパンで挟んだサンドウィッチのような食品だった。
「じゃ~ん、これで~す」
メルはスマホのカメラをサンドウィッチに近づける。
パンに挟まれている野菜はレタスに似ており、肉の方はタレをつけて焼いた照り焼きのようになっている。
『サンドウィッチ?』『美味しそう』『なんか日本にも普通にあるような飯だな』『その肉何の肉?』
「えっと、ブラシオンっていう魔物のお肉だそうです。ブラシオンがどんな魔物かは分からないですけど」
『知らない魔物の肉食うのか……』『知らない生き物の肉食べるの怖くないの?』
「人はみんな小さい頃は牛や豚がどんな生き物か知らないままそのお肉を食べてたんですよ」
『そりゃそうかもしれないけど』『もっともらしいことだけ言うのやめろ』『メルってタガメとかタランチュラとかも平気で食べれそう』
「タランチュラよりはタガメの方が好きですね~」
『食べたことあって草』
タレで手が汚れることの無いよう、メルは包み紙越しにサンドウィッチを持ち上げる。
「それじゃあ早速、いただきま~す」
そしてメルはスマホのカメラで自撮りをしながら、いよいよサンドウィッチに口を付けた。
「ん~……」
『どう?』『どんな味?』『食レポはよ』
「このレタスみたいな葉っぱはシャキシャキしてて美味しいです。味もほぼレタスと同じです」
『肉の方は?』『何の肉に近いとかある?』
「お肉は~……強いて言えば豚肉に近いかな?でも言うほど豚肉にも近くないかも……ん~、食べたこと無い味と食感……」
残念ながらブラシオンなる魔物の正体を突き止めることは、メルの舌にはできなかった。
「でもお肉は旨味があって美味しいし、タレも美味しいので美味しいです」
『終わってる食レポ』『美味しいので美味しいですはもう終わり散らかしてる』『語彙ィ~』
「美味しい美味しい」
肉の正体は分からないながらも、そのサンドウィッチはかなりの美味だった。
「やっぱり食堂のメニューの中でも高い方だっただけあって相当美味しいです」
『お前ただ奢ってもらっただけじゃなくて高い方のメニュー頼んだんか』『遠慮ってもんが無いな』
「違いますよ!ズーロさんの方から『初めてならこれを食べてみろ』ってこれを買ってくれたんです。メルが値段知ったのはその後です」
『ほんとぉ?』
「ホントですぅ!」
『喋る時は口の中が見えないように手で隠してるところから育ちの良さを感じる』
時折視聴者と喋りながら、メルは15分ほどでサンドウィッチを完食する。
サンドウィッチはかなりボリュームがあり、1つ食べただけでメルは満腹になった。
「ふぅ……美味しかったぁ」
『よかった』『ならよかった』『メルちゃんが美味しそうにサンドウィッチ食べてる姿で私もお腹いっぱいになった!!』
「じゃあ夜ご飯も食べ終わったところで、今日の配信はそろそろ終わりにしようかな?」
『もう終わりか』『寂しい~!』『まあメルが異世界でも元気そうでよかった』
「また明日、昼になるか夜になるかは分からないですけど、配信しようと思ってます!」
『楽しみ!!』『見れるか分からないけど楽しみにしとく』
「それじゃあ皆さん、会えたらまた明日の配信でお会いしましょう!バイバ~イ」
果たせるか分からない明日の約束を視聴者と交わし、メルは配信を終了した。
次回は明日更新して、それ以降はひとまず2日に1回を目標に更新していこうと思います
よろしくお願いいたします