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桜庭メル、説教される

 「わぁ……!」


 壁の高さは目算で50m前後。それが弧を描くようにぐるりと連なっている。

 これほど巨大な壁は地球でも見たことが無い。メルは思わず圧倒された。


 「ペスカトピアの外から来た人間は、あの壁を見ると皆君のような反応をするんだ」


 メルが驚く様子を見て、ズーロは少し得意気だった。


 「すごい……あんなにおっきな壁、どうやって作ったんですか?」

 「魔法で作られたらしい、ということしか俺は知らない。あれほど巨大な壁を魔法で作ったというのは信じ難い話だがな」

 「そうなんですか?私には魔法で作ったとしか思えないんですけど……」


 魔法が存在しない世界で育ったメルと、魔法が当たり前の世界に住むズーロでは、魔法というものに対する捉え方がまるで違っている。

 そのことがメルには少し可笑しかった。


 「あそこにある門が見えるか?」


 メル達が歩いている狩猟者道の進路上、石畳の道が巨大な隔壁へと到達するその場所に、ズーロの言う通り小さな門があった。

 小さな門といっても隔壁が巨大すぎるために相対的に小さく見えているだけで、実際には3mほどの高さはある。


 「あれが狩猟者が未踏領域に出入りするための門だ。門の脇に治安維持局の職員が待機している守衛所がある。君にはそこに出頭してもらう」

 「治安維持局の人達が、門の出入りを管理してるんですか?」

 「そうだ。それと君のように勝手に未踏領域に入った不届き者へのお説教も彼らの仕事だ」

 「だから私は入ろうと思って入ったんじゃないって……」


 メルとズーロは歩く速度を上げ、門へと近付いていく。

 門の横の守衛所には何人かの人間の姿があり、彼らは皆手持ち無沙汰な様子だった。


 「今は空いているな。運がいい」


 ズーロは勝手知ったる様子で守衛所に近付き、中の職員に声を掛ける。


 「ああ、ズーロさん。お帰りなさい」


 ズーロより少し年下に見える男性職員が、ズーロに気付いて相好を崩した。


 「ドラゴンはどうでした?」

 「ああ、深層の方へ飛び去って行ったよ。あの分だと気まぐれで浅層まで飛んできただけだろう」

 「それなら安心ですね。いやぁ、ペスカトピアにドラゴン襲来なんてことにならなくてよかった」


 男性職員はしばらくズーロと雑談をしていたが、やがてメルの存在に気付き首を傾げた。


 「そちらの女の子は……狩猟者ですか?見覚えがないんですが……」

 「彼女は俺が森で保護した遭難者だ。まあ自称遭難者だがな」

 「ちょっとズーロさん!私の心証が悪くなるような言い方はやめてください!」

 「どうやらペスカトピアの人間ではないらしい。本当かは知らないが」

 「ズーロさん!?」


 ズーロの説明を聞き、男性職員は眉を顰める。


 「ちょっと待ってください」


 そう言って男性職員は守衛所の奥に引っ込むと、30cm四方の箱のようなものを持って戻ってきた。


 「そっちの方、えっと、お名前は?」

 「あっ、メルです」

 「メルさん、この箱に手を置いてもらえますか?」

 「?はい……」


 言われるがままにメルは箱の上に右手を置いた。


 「メルさん、あなたが未踏領域にいたのは事実ですか?」

 「はい」

 「あなたは狩猟者ではありませんね?」

 「はい」

 「狩猟者以外が未踏領域に入ることは禁止されていると知っていましたか?」

 「ズーロさんに教えてもらって知りました」

 「未踏領域にはどのようにして来ましたか?」

 「分かりません。全然違う街にいたはずなんですけど、気が付いたら森の中にいました」


 これは何の時間だろうと思いつつも、メルは男性職員の質問に従順に回答していく。


 「最後の質問です。あなたはペスカトピアに害を与える意思がありますか?」

 「いいえ」

 「なるほど……ありがとうございました。もう手は大丈夫です」

 「はぁ……?」


 メルは首を傾げながら、箱の上から右手を退かした。


 「ズーロさん、メルさんは嘘を吐いていませんでした」

 「そうか、それはよかった」

 「メルさんは本当に他所の街からやってきて、未踏領域で遭難していたみたいです。不思議なこともあるもんですねぇ」


 ズーロと男性職員はよかったよかったと言い合いながら頷いている。メルだけが1人置いてけぼりだ。


 「ズーロさんズーロさん。私にも分かるように説明してください」

 「ああ。さっきの箱は嘘を見破るための魔法具だ。箱に手を置いた状態で嘘を吐くと箱が赤く光る」

 「そんなものがあるんですか?便利ですね~」

 「君が質問に答えている間、箱は1度も光らなかった。これで君は晴れて何の裏も無い遭難者だと証明された訳だ。おめでとう」

 「あ、ありがとうございます」

 「まあどっちにしても未踏領域に入ったことに変わりはないので、厳重注意は受けてもらいますけどね」


 男性職員がメルに厳しい目を向ける。


 「はい……」


 これから待ち受ける説教を想像し、メルは力なく項垂れた。




 「終わったぁ……!」


 体感時間で30分。守衛所の奥でこってりと絞られたメルは、解放されるや否や体を大きく伸ばした。


 「きちんと反省しろよ」


 隔壁に寄りかかって待っていたズーロが、メルに声を掛けてくる。


 「うるさいです~!っていうかズーロさん、私のこと待ってたんですか?」

 「それはそうだろ。ペスカトピアの名前すら知らない君を、1人で街に放置はできない」

 「え~、ズーロさん優しい~。ありがとうございます」


 実際1人で街に放り出されていたらメルは途方に暮れることしかできなかったので、心の底からズーロに感謝した。


 「わぁ……!これがペスカトピアなんですね……!」


 厳重注意を経てようやく門をくぐることを許されたメルは、ここでようやくペスカトピアの街並みを拝むことができた。

 石畳で整備された道路と、その脇に立ち並ぶカラフルな屋根の木造の建物の数々。ヨーロッパめいた雰囲気がありつつもどこか現実離れしたところのある、実にファンタジー的な街並みだ。

 遠くの方には、隔壁よりも高い塔がいくつも立ち並んでいるのも見えた。


 「では行こうか」


 街並みに感動しているメルに構わず、ズーロがメルに背を向けて歩き出す。


 「行くって、どこにですか?」


 メルは見物を止め、早足でズーロの隣に並んだ。


 「狩猟局だ。すぐそこにあるから時間はかからない」

 「狩猟局?どういうところですか?」

 「魔物資源の買取とペスカトピアの狩猟者の管理を行っている場所だ。俺達狩猟者は狩猟局に登録して、未踏領域への侵入許可証を兼ねた狩猟者証を発行してもらう。狩猟者証はさっき門のところで見ただろう」

 「ああ、そう言えばズーロさん、何かカードみたいなもの見せてましたね」


 隔壁の門でズーロは治安維持局の職員に、運転免許証に似たカードを提示していた。メルもそのことは何となく覚えている。


 「その狩猟局ってところに登録しないと狩猟者にはなれないんですか?」

 「そうだ。狩猟者証が無ければ未踏領域への門は利用できないし、魔物を討伐して持ち帰っても買取はしてもらえない。ほら、見えてきたぞ、あれが狩猟局だ」


 メルの目の前に、剣と牙のエンブレムが掲げられた建物が現れる。

 周囲の建造物の数倍の規模を誇るその建物には、ズーロのように鎧姿の人間が何人も出入りしていた。

 出入りする人間は顔立ちが厳つい者や顔に傷のある者が多く、全体的にヤの付く自由業のような雰囲気がある。


 「こっちだ」


 ほんのりと漂うイリーガルな香りに怖気付くメルを意に介さず、ズーロは勝手知ったる様子でスタスタと建物に入っていく。


 「あっ、ま、待ってください!」


 こんな厳つい人混みの中に取り残されてはたまらないと、メルは慌ててズーロの後を追った。

 建物に入ってみると中は意外に清潔感があり、メルは市役所のような印象を受けた。

 向かって正面にはいくつか受付窓口が並んでおり、狩猟者達が列を作っている。

 左側には食堂が併設されており、利用客で賑わっている。中には昼間から酒を飲んでいる者もいた。

 ズーロが1番列の短い受付窓口に並んだので、メルもそれに倣う。


 「ズーロさん、これって何の列ですか?」

 「魔物資源の買取だ。まあ俺はその他に請け負っていた仕事の報告もあるが」

 「仕事の報告?」

 「未踏領域の浅層でドラゴンが目撃されたから様子を見てこいと言われていたんだ。君も見なかったか?」

 「あっ!見ました見ました」


 空を飛ぶドラゴンは、メルにここが異世界であることを確信させた決定打だ。その姿は網膜に焼き付いている。


 「確か街とは反対の方に飛んでいきましたよね?」

 「ああ。だからドラゴンが街を襲う心配は無いという報告だな」


 なるほど~、というメルの相槌で会話が終了する。

 丁度そのタイミングで受付の方もズーロの番がやってきた。


 「こんにちは、ズーロさん」


 受付に座る若い女性が、ズーロににこやかな表情を向ける。


 「ご用件は?」

 「魔物の買取を頼む」


 ズーロは数枚の貯蔵札を取り出し、受付の女性職員に手渡した。

 それらの貯蔵札の中には、メルが仕留めたウルサージを収納したものも混ざっている。


 「畏まりました。買取金額のお支払いは明日になりますが」

 「構わない。それと局長から頼まれていた仕事の報告があるんだが……」

 「あっ、伺っております。すぐに局長をお呼びしますね」


 女性職員が建物の奥へと消えていく。


 「メル、こっちへ」


 ズーロとメルは列を外れ、壁際の邪魔にならない場所に移動する。


 「さて……」


 女性職員の戻りを待つ間、ズーロはメルの方へと向き直り、懐から財布を取り出した。


 「今俺は自分が倒した魔物に加えて、君が倒したウルサージの買取も纏めて依頼した。具体的な買取金額が出るのは明日になるが、大体の金額は見当がつく」


 そう言ってズーロは財布から5枚の金貨を抜き取ると、それをメルに差し出した。


 「これが君の分の報酬だ」

 「えっ……!?」

 「何を驚くことがある?君には君が倒した魔物の分の報酬を受け取る権利がある。それにこれから君がどのように身を振るにしても、先立つものは必要だろう」

 「それは、そうですけど……」


 メルはペスカトピアの通貨など当然全く持っていない。その問題についてはメルも薄らと考えていたところだった。


 「これだけあれば少なくとも今日明日食うに困るということは無くなる。取っておけ」

 「でも……私が倒した魔物をズーロさんに売ってもらって、そのお金を私が受け取るのは……何となくですけど、ルール違反なんじゃ?」


 魔物資源を売ることができるのは狩猟者のみ、とメルは教えられた。

 しかし狩猟者による魔物資源売却の代行が許されているのであれば、そのようなルールは存在しないも同然だ。

 ということは逆説的に、魔物資源売却代行は禁止されていると考えるのが自然である。


 「……確かにそれはそうだが、」

 「その通り。魔物資源の売却代行は規約違反さね」


 ズーロの言葉を、嗄れた声が遮った。

 視線を向けると、先程の女性職員が、70代前後と思われる女性を連れて戻ってきていた。

 新たに現れたその女性は白髪を腰の辺りまで伸ばし、顔の皺の数には見合わない凛とした姿勢で律動的に歩いてくる。


 「局長……」


 ズーロがその女性を見て苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


 「ズーロ、何だその顔は。あんたがあたしを呼んだんだろうに」

 「間が悪いな。老人らしくもっと時間をかけて歩けばいいものを」

 「はんっ。並大抵のババアなら2階から降りてくるだけでも重労働だろうけどね。生憎あたしゃ鍛錬を続けてるんだ、今でもあんたより速く走れるさね」

 「化け物だな……」


 ひゃひゃひゃ、と局長と呼ばれる女性は楽しそうに笑う。


 「それで?ドラゴンの進路も報告せずに受付前で堂々と売却代行たぁどういう了見だ、ズーロ?」

 「ドラゴンに関しては深層の方向へ飛び去って行ったから問題ない。売却代行については……事情があるんだ」

 「ほう?どんな事情だ、言ってみな」


 ズーロは局長に、メルと出会った経緯とメルの境遇を簡潔に説明した。


 「……という訳で、メルは金を持っていない上に行く当てもない。だからメルが仕留めたウルサージを俺が代わりに売って、その分の金をメルに渡そうと思ったんだ……規約違反なのは承知の上でな」

 「なるほどねぇ……ズーロ、あんた相変わらず堅物だねぇ」

 「……何だと?」

 「そういう事情なら後で小遣いとでも言って金を渡せばいいもんを。なぁにをバカ正直に狩猟局ん中で売却代行の説明なんかしてんだ。融通が利かないねぇ」

 「……」


 ズーロは言い返せずに黙り込んだ。


 「それにしても……」


 局長がじろりとメルに視線を向ける。

 メルはそこで局長の左右の瞳の色が微妙に異なることに気が付いた。向かって右側が青色で、左側が濃い緑色だ。


 「あんた、本当にウルサージを1人で仕留めたのかい?」

 「はっ、はい」


 メルは少し緊張しながら答える。


 「その辺の木の枝1本で?」

 「一応、はい……」

 「ふぅん……?嘘くさい話だねぇ」


 局長はメルの体を無遠慮にジロジロと眺める。


 「……あんた、魔法使えないだろ?」

 「えっ、分かるんですか!?」

 「まあね。あたしの目は特別なんだ」


 ひゃひゃひゃと笑う局長の、青い方の瞳が僅かに光った。


 「魔法を使わずに魔物を仕留められる奴なんて、狩猟局にもまずいやしない。それを、あんたみたいな細い娘がねぇ……」

 「えっと……証明しろって言われたら困っちゃうんですけど……」

 「まあ、ズーロがそんな嘘を吐くとも思えないしねぇ。疑わしいが本当なんだろうさ」


 そう言って局長は、メルにぐっと顔を近付けた。


 「あ……あの……?」


 唇が触れ合いそうな距離にまで顔を近付けられ、メルはどうしたらいいか分からず困惑する。


 「……あんた、狩猟者になる気はあるかい?」

 「えっ?」

 「あんた、金も無ければ行く当ても無いんだろう?だが生きてくんなら金は必要だ。その金を狩猟者になって稼ぐ気はあるかと聞いている」

 「えっ、と……雇っていただけるならありがたいですけど……」


 メルがそう答えたのはほとんど脊髄反射のようなものだった。

 実のところメルはまだ異世界に来たばかりで、これからの身の振り方についてあまり頭が回っていないのだ。


 「そうかい。なら明日の朝、もう1度ここに来な。あんたが狩猟者に向いてるかどうか試してやろう」


 局長は一方的にそう告げると、メルに背中を向けてスタスタと歩いて行ってしまった。


 「……えっ?」


 話の急展開について行けず、メルは呆然と立ち尽くす。


 「……相変わらず言葉が足りんな、あのババアは」


 ズーロは呆れたようにそう呟いた。


 「メル。局長は君に狩猟者の素質があると考えて勧誘したんだ。俺も君は狩猟者に向いていると思う。最終的な決断は勿論君の自由だが、ひとまず狩猟局に登録してみるのもいいんじゃないか」

 「あ、ありがとうございます」

 「まあ、今すぐ結論を出す必要は無い。明日の朝までに考えておけばいい。それともうすぐ日が暮れるから、今日の所はもう休むといい。近くに安くて清潔な宿屋があるから、そこでよければ案内するが」

 「ありがとうございます何から何まで……何でそんなに私の面倒見てくれるんですか?」

 「途中で見放したら後味が悪いからな」


 宿屋に案内してくれるというズーロに続いて、メルは狩猟局を後にした。

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