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桜庭メル、募集する

 「メル、昨夜ベッドの中で必殺技思いついたんですよ」

 『必殺技?』『どんなの?』『気になる』『ベッド入ったら必殺技なんか考えてないでさっさと寝ろ』


 メルはいつものように、未踏領域で狩りをする様子を地球の視聴者に配信していた。


 「まだ実際にできるかは試してないんですけど、ぶっつけ本番でお披露目してみますね」

 『試してからでよくない?』『メルちゃんの必殺技見てみたい!!』『なんで試してからやらないの』

 「何かいい感じの的は……あっ!」


 寝る前に思い付いた必殺技の実験台を探し周囲を見渡したメルは、上空に数匹の魔物を発見した。

 地球で言うところのトンビに似たその魔物は、グラカイトと呼ばれる凶暴な肉食の魔物だ。


 「あの鳥の魔物にしましょう。空にいるのもちょうどいいですし」

 『空にいるのがちょうどいい?』『遠距離攻撃ってこと?』


 メルはその場でしゃがみ込み、スカートの下からドラゴンの牙のナイフを1本取り出す。

 そのタイミングでグラカイトの群れの中の1体がメルの存在に気付き、捕食しようと急降下を始めた。


 「行きますよ~……!」


 メルは右手に牙のナイフを握った状態で、両手の拳を強く打ち合わせる。

 すると両手に装備した天寵手羅から、バチバチと雷の魔力が激しく迸った。

 雷の魔力はメルが握っている牙のナイフにも伝播し、その刀身もまた雷を帯びる。


 「てやっ!」


 そしてメルは雷の魔力を纏ったナイフを、自身目掛けて急降下するグラカイトへと投擲した。

 ナイフは彗星のように雷の尾を引きながら一直線に空中を突き進み、グラカイトの脳天に突き刺さる。


 その瞬間、ナイフの刃に蓄積されていた雷の魔力が炸裂。全方位へと無差別に放たれた電撃が他のグラカイトにも命中し、感電死したグラカイトが次々と地上に墜落してきた。


 「やった!」


 自らが放った攻撃の成果に、メルは思わず歓声を上げる。


 『すげぇ』『一気に5匹ぐらい仕留めたな』『遠距離範囲攻撃は強いな』

 「上手くいきましたね!メルが考えてたのはナイフに雷を付けて投げるとこまでで、一気に何匹も攻撃するところまでは全く想像してなかったですけど、それでも上手くいきましたね!」

 『何だよ全部想定通りじゃないのかよ』『一撃で一網打尽なんて器用なことするなぁと思ったら偶然かい』『感心した俺の気持ち返せ』

 「何ですか~、上手くいったのは事実なんですから別にいいじゃないですか~」


 メルは仕留めたグラカイトの回収に向かう。

 墜落したグラカイトの数は全部で5体。内4体は多少火傷のような跡が付いている以外は比較的綺麗な状態だったが、直接ナイフが刺さった1体はほぼ黒焦げで素材としての価値は失われてしまっていた。


 「ん~……やっぱり直接雷の魔力をぶつけると焦げちゃいますね~」


 天寵手羅は「雷の魔力を扱うことができる」という優れた個性を持つが、雷の魔力の出力が高すぎるために、可能な限り傷をつけないことを求められる狩猟とは相性が悪い。


 『でも離れた場所にいる敵を纏めて攻撃できるのは強いよ』『狩猟以外で役立つ場面もあるんじゃない?』

 「……何でそんな優しいコメントするんですか?何か企んでます?」

 『たまに優しくしたらこれだよ』『もう親切にしてやんね』

 「あ~ウソですウソです!メルは優しくされればされるほど伸びるタイプなので絹ごし豆腐を持ち運ぶつもりでコメントしてください!」

 『どういうこと???』


 視聴者と会話しながらグラカイトを貯蔵札の中に収納していくメル。

 今日は既にある程度狩りをしていたので、グラカイトを全て回収すると手持ちの貯蔵札は満杯になった。


 「貯蔵札がいっぱいになっちゃったので、今日の配信はここまでにしようと思いま~す」

 『もう終わりか』『寂しい』『次メルちゃんの顔が見られるまでまた死んだように生きる毎日か……』『全肯定さん何かあった?』

 「最後に!今日新しくお披露目した必殺技の名前を募集しようと思います!」

 『必殺技ってさっきのナイフ投げるやつ?』『必殺技の名前公募するストリーマー初めて見た』

 「素敵な名前を思いついた視聴者さんは、是非この配信のアーカイブのコメント欄に必殺技の名前のアイデアを書き込んでくださ~い。集まったコメントの中から、メルが独断で名前を決めようと思います!」

 『期限は?』『締め切りいつ?』

 「募集はよきところで締めきろうと思いま~す」

 『よきところでは草』『具体的にいつだよ』『何でそこ曖昧にしておくの』

 「それでは皆さん、また次回の配信でお会いしましょ~、バイバ~イ!」




 「メルさん」

 「あっ、カミノールさん。こんにちは」


 狩猟局に帰還して魔物売却の手続きを終えたメルは、カミノールに声を掛けられた。


 「少しいいかしら?話したいことがあるのだけれど」

 「はい、大丈夫ですけど……」


 カミノールの口振りに、どことなく嫌な予感を覚えるメル。だが特に断る理由もないので、メルはカミノールと一緒に狩猟局併設の食堂に移動した。

 メルはブロートの揚げ肉(地球で言うトンカツ)を、カミノールは既に昼食は終えたとのことでフルーツジュースのみを注文し、2人は端の方の人目に付きにくい席に腰を下ろした。


 「それでカミノールさん、話っていうのは?」

 「……昨夜、父から少し変わった話を聞いたの」

 「カミノールさんのお父さんっていうと……」

 「ええ、治安維持局員よ」


 この時点で嫌な予感はほとんど的中したようなものである。

 話の導入から治安維持局員が登場した時点で、楽しい話である可能性は潰えたと言っても過言ではない。


 「父が言うには、数日前に6番通りの路地裏である男が捕まったそうなの。父曰くその男は6番通り周辺で女性への迷惑行為が複数回報告されている要注意人物だったそうよ」

 「女性への迷惑行為、っていうと……」

 「しつこく女性を口説こうとしたり、猥褻行為を働こうとしたり。要は性犯罪者スレスレの男ね。ただ逮捕するための決定的な証拠が無くて、治安維持局も手を出しかねていたみたい」

 「イヤな話ですね~」


 メルは眉を顰めた。

 色々とおかしいところのあるメルだが、一応は普通の少女としての感覚を持ち合わせている部分もある。性犯罪者には不快感を覚えるのだ。


 「でも捕まったってことは、いよいよ言い逃れできないことをやらかしたってことですか?」

 「いえ、そういう訳では無いらしいの。その男が逮捕された理由は、違法薬物所持の現行犯だったそうよ」

 「違法薬物、って……」

 「その男はカベンを持っていたんですって」


 その時メルの脳裏によぎったのは、数日前に6番通りの路地裏で尋問した、カベン使用者の男性だ。

 メルが彼を発見した時、彼は若い女性にかなり強引に言い寄っていた。カミノールが語る男は、彼の特徴と一致する。


 「治安維持局が男を確保した時、男は体中にいくつも怪我をしていたそうよ。それで取り調べでその怪我のことを聞かれた男が、興味深い証言をしたらしいの」

 「へ、へぇ……」

 「男が言うには、路地裏で女を口説いていたら突然上から誰かに襲われた。ナイフを突きつけられてカベンについて色々尋問された。顔は見なかったけど多分若い女だったと思う、だそうよ」

 「そ、そうなんですね……」


 カミノールが何故メルにこんな話をしているのか、それが分からないほどメルはバカではない。メルの顔に目に見えて冷や汗が流れ始める。


 「ところでメルさん、この間私にカベンのことを色々聞いてきたわよね?」

 「そ、そうでしたっけ?」

 「あの時は詳しく理由を聞かなかったけれど、どうしてメルさんがカベンのことをそんなに知りたがるのか、ずっと気になってはいたのよ……」


 瞬間、カミノールの視線が鋭さを増す。


 「例の男を尋問したのは、メルさんよね?」

 「い、いやぁ~……私ちょっと何のことだか……」

 「……やっぱりそうなのね」

 「いやいや違いますよ!?」

 「その冷や汗塗れの顔で言い逃れをするのは無理よ」


 カミノールの言うとおりである。白を切るにはメルは冷や汗を掻きすぎていた。


 「驚いたわ。まさか私にあれこれ質問するだけで飽き足らず、路地裏で他人を襲ってまでカベンのことを調べているだなんて……」

 「いやぁ私じゃないんですけどね?ホントに私じゃないな~」

 「……どうしてメルさんはそこまでして、それこそ逮捕の危険を冒してまでカベンのことを調べているの?」

 「私じゃない、と思う、んですけど……」

 「どうして?」


 カミノールの水色の瞳が真っ直ぐにメルを見つめる。

 その瞳を見てメルは最早惚けるのは不可能と察した。察するのが遅すぎるという説もあるが。


 「え~……っと……」


 だが知らぬ存ぜぬを通せないからと言って、馬鹿正直にカミノールに全てを打ち明けることはできない。

 局長から請け負ったこの任務は極秘、迂闊に他言すればメルだけでなく局長の立場も危うい。

 それにカミノールは治安維持局員の娘、「数年掛かりでカベンの売人を検挙できていない治安維持局が不甲斐ないので、独自に調査することにしました」などと告げたら大変なことになる。


 「えっとですね~……」


 メルは頭をフル回転させ、カミノールを納得させるに足るそれらしい理由をでっちあげる。


 「……私、ペスカトピアからはずっと遠い場所に住んでたんです」

 「えっ?そ、そうなの?」


 突然の自分語りを始めたメルに、カミノールが困惑を露にする。


 「どうやってペスカトピアに来たのかは自分でもよく分かりません。気が付いたら未踏領域の樹海の中にいて、たまたま通りかかったズーロさんに拾われてペスカトピアにやってきました」

 「ええ、それはズーロさんからも聞いたことがあるわ」

 「ズーロさんに狩猟局まで連れてきてもらって、局長さんに狩猟者にしてもらって、ディラージさんに武器の面倒を見てもらって、カミノールさんにこの街のことを教えてもらって。私、まだペスカトピアに来て日が浅いですけど、もうこの街のことが大好きになりました」


 声のトーンを駆使してどうにかこうにかいい話の雰囲気を演出しようと試みるメル。

 その甲斐あってか、カミノールは真剣な表情でメルのいい話風のエピソードトークに聞き入っている。


 「最初にカベンの話を聞いた時、私、本当にショックでした。そして同時に許せないって思ったんです。私が大好きなこの街に、麻薬っていう悪意をばら撒いてる人がいることが本当に許せなかった」

 「……それで、独自にカベンの調査を?」

 「いけないことだとは分かってました。違法薬物の捜査は治安維持局のお仕事で、何の権利も資格もない素人の私が手を出していいことじゃないと思いました。けどどうしても、麻薬をばら撒いてこの街を泣かせる悪人を、私の手で懲らしめたくて……」


 そこまで語ったところで、カミノールが勢いよくメルの手を両手で握った。


 「ひゃあっ!?」

 「メルさんがそこまでペスカトピアを想ってくれていたなんて……!」


 感極まった様子で涙を流すカミノール。それを見てメルはただ一言、「ヤバい」と思った。


 「嬉しいわ……私の生まれ育ったこの街を、メルさんがそんなにも愛してくれて……」

 「あ、あはは……そ、そうです、か……?」

 「……決めた。私、メルさんに全面的に協力するわ!」


 普通に他のテーブルの客にも聞こえてしまいそうな声量で、カミノールが力強く宣言する。


 「メルさんの助けになることなら何でもする!父から聞いた治安維持局の情報も全部横流しするわ!」

 「い、いや……そこまでしてくれなくても全然……」

 「私達の手で、必ずこの街からカベンを根絶しましょうね……!」

 「は、はい……」


 カミノールの透き通った水色の瞳が闘志の炎を宿す。


 「早速家に帰って、父から何か有用な情報が聞き出せないか試してみるわ!メルさん、今日はここで失礼するわね」

 「は、はい……」

 「有用な情報が聞き出せたら、すぐにメルさんにも伝えるわ!」

 「が、頑張ってください……あはは……」


 勇み足で立ち去っていくカミノールの背中を、メルは引き攣った笑顔で見送る。

 そしてカミノールの姿が狩猟局から消えると同時に、メルは思い切り頭を抱えた。


 「選択を……誤ったぁ……!」


 カミノールを必要以上に焚き付けてしまったことに対する焦燥と、シンプルに友人に嘘を吐いたことに対する罪悪感。2つの感情に苛まれ、メルはしばらくテーブルから動くことができなかった。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の5日に更新する予定です

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