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桜庭メル、尋問する

 「ぐあっ、お、お前何なんだよ!?」


 メルに押し潰されたというのに、男性は喚くことができる程度には元気があった。

 メルは男性の背中に馬乗りになり、両足で男性の腕を押さえ込む。そして左手のスマホのカメラを男性の後頭部に向けながら、メルは質問を開始した。


 『なんで俺ら今知らんナンパ男の後頭部見せられてんの?』『メルの顔映しといてくれればいいのに……』『てかメルに馬乗りになられてるこの男羨ましいんだけど』『私も!!』

 「あなた、さっきあの女の人に言ってましたよね?オススメの遊び方を教えてあげるって。何を教えるつもりだったんですか?」

 「そっ、そんなこと聞いて何になるんだよ!?」

 「もしかして……カベンですか?」

 「っ!?」


 カベンの名前を出した瞬間、男性は口を堅く引き結んだ。

 メルは小さく溜息を吐くと、空いている右手で太腿のホルダーから牙のナイフを取り出し、男性の首筋にそっとナイフの刃を触れさせる。


 「ひっ!?」

 「もう1度だけ同じことを質問します。もしそれでもあなたが同じ態度を取るようなら……もしかしたら、ナイフを持ってる手が滑っちゃうかもしれませんね?」


 そう言いながらメルはナイフを僅かに動かし、男性の首筋に薄らと血を滲ませた。


 「あなたはカベンを持ってますか?」

 「は、はいっ!持ってます!」


 脅しの効果は覿面だった。男性は顔中に脂汗を浮かべながら、メルの質問に従順に回答し始める。


 「カベンはどこですか?」

 「し、尻のところに……」


 メルがナイフを持った右手で男性の尻のところのポケットを探ると、小さな容器のようなものが見つかった。

 容器の中に入っていたのは、角の丸い星型の飴玉。男性の言う通り、確かにカベンが入っていた。


 「な、なぁ、あんた、俺を治安維持局に突き出すつもりか?」

 「それはあなたの態度次第です。あなたがこちらの質問に従順に答えてくれたら、あなたの処遇について考えてあげてもいいです」


 麻薬の使用者にしては、男性の受け答えはしっかりしている。恐らくカベンを使い始めてまだ日が浅いのだろう。

 カベンの取引現場では無かったが、こうしてカベンの使用者、それも話の通じる相手を取り押さえることができたのは幸運だ。メルの知りたかった情報が、この男性から聞き出せる可能性は充分ある。


 「あなたはカベンをどれくらい使いましたか?」

 「ま、まだ10回くらいだよ……」


 全然「まだ」ではないだろとメルは思ったが、今は本題ではないので口には出さない。


 「カベンはどこで手に入れましたか?」

 「こ、この路地裏で。ひと月くらい前にここ歩いてたら、怪しい奴が接触してきたんだ。その時初めてカベンを買って、それから10日に1回くらいそいつからカベンを買うようになった」

 「売人はどんな人物ですか?」

 「分からない。なんでか分からないけど、顔が覚えていられないんだ。男か女かも知らない」

 「顔が覚えていられない、ですか……」


 顔が分からない、ではなく覚えていられないというのは奇妙な話だ。何かの魔法か、或いは魔法具の影響だろうか。


 「あなたは継続的に売人からカベンを購入しているようですが、顔も分からない売人とどうやって接触するんですか?」

 「この辺歩いてたら向こうから接触してくるんだ。俺の方からは接触できない」

 「……ホントですか?」

 「ほ、本当だ!嘘は吐いてない!」


 メルは訝しんだが、男性が嘘を吐いているようには見えない。

 購入者の側から能動的に売人に接触することができないとなると、この男性を利用してカベンの取引現場を押さえるのは現実的ではなさそうだ。


 これ以上はカベンの売人についての情報を引き出せそうにないと考えたメルは、質問の内容を切り替えた。


 「次の質問です。アコレイドという名前を聞いたことは?」


 カベン中毒の狩猟者マグが口にしていた「アコレイド」という単語。メルはこのアコレイドが一体何を指しているのか、どうにも気になっていた。


 「アコレイド……売人から名前を教わったことはある」

 「教わった?何の名前ですか?」

 「げ、幻覚の女の名前だ」

 「幻覚の……女?」


 メルは男性の言うことが、すぐには理解できなかった。


 「もっと分かりやすく、カベン中毒者以外にも伝わるように説明してください」

 「カ、カベンを使うと幻覚見るんだ!金貨の風呂に浸かってる幻覚とか、すっげぇ美人を何人も侍らせてる夢とか、そういう幸せな幻覚を見るんだよ!しかもとびっきり臨場感があるやつ!」

 「なるほど……幸せというか都合がいいというか……それで?」

 「カベンを何回か使ってる内に、変な女が見えるようになったんだ。女の幻覚を見ることはそれまでにもあったけど、その女は今までとは違った」

 「どういう風に違ったんですか?」

 「女の幻覚ってのは大抵俺に媚びたり誘惑したりしてくるんだけど、そいつは少し離れたところからニコニコ俺を見てるだけだったんだ」

 「……それは確かに変と言えば変ですね」


 男性の話を信じるならな、カベンによる幻覚はカベンの使用者にとって都合のいい内容のものになる。となると幻覚の女性がただニコニコ見ているだけというのは妙だ。

 これが初心な少年だとしたら、美人がニコニコしているだけでも幸せかもしれない。だが若い女性を路地裏に連れ込もうとするような放蕩な男が、女性が微笑んでいるだけで満足できるはずがない。


 「俺はその女もどうにか抱いてみようとしたけど全然上手くいかなかった。カベンの幻覚ってのは明晰夢みたいなもんで大体のことは自由になるのに、幻覚の女を好きにできなかったのはその時が初めてだったんだ」


 よく自分の醜い欲望をそんなにつらつらと語れるものだ、とメルは自分が脅迫していることを棚に上げて思った。


 「その後売人が俺に接触してきた時に、その変な幻覚の女のことを話してみたんだ。そしたら売人が俺に、『おめでとうございます、あなたもアコレイド様のお目に掛かれたのですね』って」

 「アコレイド様の、お目にかかる……?」

 「どういうことか聞いたけど答えてもらえなかった。『このままカベンを使い続ければいずれ分かりますよ』とだけ言って、売人はどっか行っちまった」


 男性は嘘を吐いているようには見えない。売人は本当に男性にそれ以上のことは話さなかったのだろう。

 だが男性が聞いた話だけでも分かったことはある。


 まず、アコレイドとはカベン使用者が幻覚で見る、妙な女の名前であること。

 そして売人の男性に対する「あなた『も』アコレイド様のお目に掛かれたのですね」という言い回しからして、カベンの使用によりアコレイドの幻覚を見るのはこの男性に限った話ではないということだ。


 「な、なぁもういいだろ!?質問には答えたんだから見逃してくれよ!」


 メルが少し考え込んだ隙に、男性が情けなく懇願し始める。


 「見逃す、ですか……」

 「頼むよ、これ以上治安維持局に目ぇ付けられるよ俺ヤバいんだよ」

 「そうですね……あなたのおかげで分かったこともありますし、治安維持局に突き出すのはやめておきましょう」


 メルはそう言って男性の背中の上から降りた。


 「ほ、本当か!?」


 治安維持局には突き出さないというメルの言葉に、男性は笑顔を浮かべる。

 それに対しメルは、すぅっと大きく息を吸い込み、


 「きゃあああああっ!!助けてえええええっ!!」


 と、夜空に向かって大声で叫んだ。


 「なっ、ちょっ、お前ぇっ!?」


 動転する男性には目もくれず、メルは地面を蹴って近くの屋根の上まで跳び上がる。


 「大丈夫ですか!?」


 メルが路地裏から離脱したのとほぼ入れ違いで、たまたま近くを警邏していた2人組の治安維持局員が悲鳴を聞きつけて路地裏に駆け込んでくる。


 「クソッ!ふざけやがって!」


 男性はメルへの悪態を吐きながら立ち上がり、治安維持局員に背を向けて走り出す。


 「何だアイツ、怪しいぞ!?」

 「追うぞ!」


 しかし即座に逃走を図ったことで逆に男性は不審者と見なされてしまい、治安維持局員が男性を追跡し始めた。


 「あははははっ!」


 男性と治安維持局員の追いかけっこを屋根から見下ろし、メルは楽しそうに笑っていた。

 男性はメルから尋問の際に受けたダメージのせいで、走るのにも支障が出てしまっている。この分ではそう遠くない内に治安維持局員に追いつかれてしまうだろう。

 更に言うとメルは男性から押収したカベンを、気付かれないように男性の尻ポケットに戻してある。男性を取り押さえた治安維持局員がそれを発見すれば、男性が違法薬物所持の現行犯で逮捕されるのは間違いない。


 『うわぁ……』『何わろてんねん』『めっちゃ悪役ムーブするじゃん』『性悪なメルちゃんも素敵!!』


 一連の出来事を全て見ていた視聴者達から、メルの性格の悪さを指摘するコメントがいくつか書き込まれる。


 『治安維持局には突き出さないって言ったのに』

 「だからメルから治安維持局には突き出さないで、治安維持局の人の方から来てもらったんです」

 『詭弁……』『ひでぇことしやがる』

 「そもそもあの人麻薬持ってたんですよ?あのまま見逃す訳無いじゃないですか」

 『まあそれはそうだけど』

 「それにこんな恰好で治安維持局の人に声を掛けたら、メルまで怪しまれちゃいますもん。だからああするしかなかったんです」

 『ちゃんと自分が怪しいこと自覚してるんだ』『だったらそんな怪しいカッコで出歩かなきゃいいのに』

 「でもこの服カッコいいでしょ?」

 『カッコいい』『カッコいい』『カッコいい』


 今のメルの服装は率直に言ってただの不審者で、それでいてやっていることも麻薬の違法捜査という後ろ暗いものだ。

 そんなメルが治安維持局員と接触しようものなら面倒事は避けられないので、あの男性に関してはこのような手段をとる他無かった。


 「さて、じゃあ見回りの続きしましょうか」


 メルは再び屋根から屋根へと移動を開始し、その後もアルノルディの地図に記された丸印の場所を巡回する。

 しかしこの日は結局、これ以上の成果を得ることはできなかった。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の1日に更新する予定です

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