桜庭メル、見回る
「皆さんこんばんは、異世界系ストリーマーの桜庭メルで~す」
もうじき日付も変わろうという深夜。メルは宿泊している宿屋の屋根の上で配信を開始した。
『メルちゃ~ん!!』『どこから配信してるんだお前』『なんで屋根の上?』『てか何その恰好』
「じゃ~ん!どうですかこの恰好、似合ってますか?」
メルはいつもの地雷系ファッションではなく、先日購入したばかりの黒のトップスとホットパンツ、それからフード付きのマントというアサシン風のコーデに身を包んでいた。
メルがこの服装で配信をするのは初めてなので、どのような服かをゆっくりと全体的にカメラに映す。
『似合ってる』『動きやすそう』『かわいい!!!!!!』『アサシンみたい』『裏の仕事してそう』『えっちだなぁ』
コメント欄に書き込まれる感想は様々だったが、その大半は好意的な反応だった。
メル自身もこのアサシンスタイルを気に入っているので、視聴者から好評を得たことは喜ばしい。
『でもなんでそんなカッコして屋根の上にいるの?』『誰か暗殺しに行くの?』
「実は今メル、麻薬の取引について非合法に調査してるんです」
『マジで裏の仕事してて草』『どういう気持ちで自分から非合法って言ってんの?』『なんでメルが麻薬の捜査なんか』『ペスカトピアって警察いないの?』
「いますよ~、警察じゃなくて治安維持局って名前ですけど」
『いるんだ』『いるなら尚更なんでメルが捜査なんてするの』
「狩猟局の局長にお願いされたんですよ~。治安維持局は当てにならないから、メルが独自に調査をしろって」
『とんでもねぇ上司で草』『狩猟局ってブラックなん?』
「ブラックでは無いですよ~、局長はちょっと何考えてるか分かんないですけど」
数年間もカベンの売人を検挙できずにいる治安維持局に不満を抱くこと自体は、メルにもまあ分からなくはない。
しかしだからと言って自分の部下を使って独自に違法捜査をしようと思い立つその思考回路はあまりにも破天荒だ。
メルは宿屋の屋根に腰掛けて足をゆらゆらと揺らしながら、先日の局長との会話を思い出して苦笑を浮かべた。
「そういう訳でメルはここ何日か麻薬のことを調べてるんです。この服は調査のために新しく買った、動きやすさ重視の服なんですよ」
『確かに動きやすくはありそう』『布面積が少ない=関節の動きが制限されにくい=動きやすい、布面積が少ない=えっち、つまり動きやすさとえっちさはイコールなんですよ。Q.E.D.』『黙れよお前』
「確かにちょっと露出多くて最初は恥ずかしかったですけど、今はアサシンっぽくてお気に入りなんですよ」
『アサシンっぽいからお気に入りってのも変わった感性だよな』『でも動きやすさ重視するならそのマントは邪魔なんじゃない?』
「何言ってるんですか!?このマントがあって初めてこのアサシンコーデが成立するんじゃないですか!マント無かったらただ露出多いだけの人になっちゃいますよ!?」
『これに関してはメルが正論だわ』『アサシンとかはよく分からないけどそのファッションで1番大事なのがマントなのは私でも分かる』『マントが邪魔だなんて酷いこと言うやつもいたもんだな』『開示請求されても文句言えないぞ』『えっ……ごめんなさい……そんなに?』
類は友を呼ぶのか、メルの配信の視聴者の多くはメルと同じような価値観の持ち主だった。
「それでこないだその一環で、賽寶会っていうペスカトピアのヤクザにカチコミを掛けに行ったんですけど……」
『なんて?????』『今ヤクザにカチコミかけたって言った???』『滅茶苦茶するじゃんお前……』『何でそんな無茶なことするの……』
「まあ……捜査権の無いメルが麻薬のこと調べようとする時点で違法なので、どうせなら調査方法も違法でいいかな~って」
『無敵の人の理論やめろ』『メルちゃんアウトローでカッコいい!!』『全肯定さんはそろそろ否定すること覚えよ?』
「それでヤクザの人から、麻薬の取引が行われてそうな場所を教えてもらったんです。ほら、この地図」
メルはアルノルディから貰った地図を取り出し、カメラに向かって広げる。
「ヤクザ的視点だと、この丸印の付いてるところで麻薬が取引されてる可能性が高いそうです」
『あんま聞かない言葉だよなヤクザ的視点って』『たまには聞くみたいな言い方はやめろよ』
「という訳で今から、この地図の丸印のところを回ってみようと思います!」
『俺ら今から麻薬の売人探すとこ見せられるの?』『なんて治安の悪い配信なんだ……』
「よいしょっ」と小さく掛け声を漏らしながら、メルは屋根の上で立ち上がる。
そしてさながら軽業師のような身のこなしで、屋根から屋根へと軽やかに飛び移りながら移動し始めた。
『すげぇ』『忍者みたい』『忍者じゃなくてアサシンだっつってんだろこのタコ』『アサシンじゃなくて忍者の方がカッコいいだろうがよ』『は?』『は?』
「ちょっと、喧嘩しないでくださいよ~」
『なんか今日治安悪くね?』『確かに』『1番治安悪いのは配信の内容だけどな』
アルノルディが地図に付けた丸印は、その大半が夜の歓楽街である6番通りに集中していた。
6番通りの客は酒や風俗で判断能力が鈍っていることが多いため、そこを良からぬ者に付け込まれやすいのだろう。
『ペスカトピアって街灯あるんだ』『俺らが想像するような異世界より意外と文明発展してるんだよなペスカトピア』『でもやっぱり異世界の夜はこっちよりも暗いね』
「街灯のおかげで道を歩く分には問題無いんですけど、屋根の上は道よりも暗くてちょっと走りづらいんですよ~。困りますよね~」
『困ってるのは建物の所有者の方だろ』『ペスカトピアの行政も屋根の上走るような輩のこと考えて街の開発しないだろうよ』
「あっ、でもメルが今向かってる6番通りは、朝までずっと明るいんですよ。ほら」
メルがカメラを向けた先には、寝静まったペスカトピアの中で唯一煌々と明かりを放つ区画があった。
あの輝かしい区画こそが、眠らない街こと6番通りである。
「メル何回か6番通りの見回りしましたけど、あそこの人達ってホント凄いんですよ。み~んな朝までお酒飲むかお金賭けるかおっぱい揉むかしてます。バイタリティは尊敬しますけどお近付きにはなりたくない人達です」
『そうだね』『明け方の路上ゴミとゲロだらけになってそう』『お金賭けるってペスカトピアは賭博合法なの?』
「合法なのもあります。その辺は地球と同じですね」
ちなみにペスカトピアの賭博で合法のものは、公営のカジノで行われているものだけだ。
具体的にどのような賭博が行われているのかはメルも知らないが、聞きかじった限りでは地球のカジノと同じようなギャンブルが行われているらしかった。
6番通りに近付くにつれて、メルの耳には酔客達の乱痴気騒ぎの声が聞こえてくる。
正直あまり心地のいいものではないので、メルは無意識に顔を顰めた。
『うわうるせーな』『地球の歓楽街よりうるさいんじゃねぇの?』『メルは耳いいから余計しんどそうだな』
「まあ……好きではないですけど、あれくらい騒いでてくれた方が調査はしやすいですよ。だ~れも建物の屋根のことなんか気にしませんから」
メルが何度か6番通りを見回りして分かったことだが、6番通りの客達は本当に上を見ない。皆が皆目の前の酒や女や金に夢中で、それ以外が目に入っていないのだ。
正体を隠すと同時に夜の闇に溶け込むためにアサシンスタイルに身を包んでいるメルだが、このところは変装せずに地雷系ファッションで屋根の上を走り回っても別に気付かれないのではないかと思い始めていた。
「ん~……ここは特に異常なし、と……」
煌びやかな6番通りの街並みを見下ろしながら、メルは地図の丸印の地点を1つ1つ確認していく。
アルノルディが取引現場として予想した場所なだけあって、それらはメインストリートから外れた路地や建物の陰など、薄暗く人目に付きにくい場所が多い。
6番通り自体は目が眩むほど明るいがために、それらの場所は一層暗く感じられた。
「……ん?」
丸印の場所を10箇所ほど回ったところで、メルは怪しげな光景を発見した。
「いやっ……離して、くださいっ……!」
「まあまあまあ、お姉さん6番通り初めてでしょ?俺がオススメの遊び方教えてあげるって」
通りの外れの方にある酒場の裏手の、路地と呼ぶのも憚られるような細い路地。そこでメルより少し年上に見える女性が、30代と思われる男性に腕を掴まれていた。
状況から見て、男性が女性を無理矢理路地へ連れ込んだと見てまず間違いない。女性は何とか男性の手を振り解こうとしているが、力の差があるようでなかなか振り解けない。
「あの女の人……メルが通りかかってラッキーでしたね」
メルはホットパンツの懐から、1枚の硬貨を取り出した。
「袖振り合うも他生の縁、ってことで助けてあげましょう」
『いつになく珍しいこと言うじゃん』『メルちゃん難しい言葉知ってて凄い!!』『さてはお前偽物だな?』『本物のメルをどこにやった!?』
「替え玉疑われるほど難しいことは言ってないと思うんですけど……」
視聴者の悪ノリに困惑しつつ、メルは右手の親指で硬貨を弾く。
硬貨はライフル弾のような速度で空中を突き進み、女性の腕を掴む男性の右手に命中した。
「ぐあっ!?」
男性が悲鳴を上げながら女性の腕を離す。よくよく見ると右手の甲から出血しているのが屋根の上からでも分かった。
メルは更に男性に向かって硬貨を射出し、それは男性の右足首に命中する。
「ぐああっ!?」
男性は1度目よりも大きな悲鳴を上げながら、堪らずその場に崩れ落ちた。
「えっ?なっ、何が……」
女性の方は状況が飲み込めず、呻き声を上げながら蹲る男性を混乱しながら見下ろしている。
「とうっ」
その隙にメルは屋根から飛び降り、蹲っている男性のその丸まった背中に容赦なく着地した。
「ぎゃあああっ!?」
「きゃあああっ!?」
突如として上空から叩き潰された男性と、突如として目の前にアサシンスタイルの人間が降ってきた女性、2人分の悲鳴がシンクロする。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
非常識にも空から降ってきた人間にあるまじき冷静さで、メルは女性に安否を尋ねる。
「えっ?」
「腕。結構強く掴まれてたみたいですけど」
「えっ、あっ、だ、大丈夫です……」
「そうですか。余計なお世話ですけど、あんまり6番通りに1人で来ない方がいいですよ」
「は、はい……ごめんなさい……?」
「私に謝る必要は無いですけど。さ、もう行ってください」
メルに追い払われ、女性は感謝と困惑の狭間のような表情で明るいメインストリートへと戻っていった。
「さて……問題はあなたです」
読んでいただいてありがとうございます
次回は明後日の30日に更新する予定です