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桜庭メル、連行される

 「あっ、えっ……め、メルの言葉、分かりますか!?」

 「妙なことを聞くな、君は」


 メルと男性との間では、明らかに会話が成立している。


 「……何故か言葉が通じるパターンだぁ!やったぁ!」

 「……君は何を言っているんだ?」


 メルは何故か言葉が通じた喜びをそのまま口走ってしまい、男性に怪訝な目を向けられた。


 『えっ、言葉通じてるの?』『騎士の人が何言ってるか全然分からないんだけど……』『メルだけ理解できてるってこと?』


 だがコメント欄を見るに、どうやら視聴者達は男性の話している内容が理解できていない様子だった。

 つまり男性はメルと同じ言語を話しているという訳では無く、男性の言語をメルだけが何故か理解できるという状況だと考えられる。


 『メルだけ言葉が分かるなら、それがメルのチート能力なんじゃね?』『言語が違っても相手の言ってることが分かるチート能力?』『クッソ便利だけど地味……』


 コメント欄に書き込まれる考察を一瞥してから、メルは視線を男性に移す。


 「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺はズーロ。ペスカトピアの狩猟者だ」

 「あっ、メルって言います。初めまして」


 ズーロという男性の自己紹介にはメルには分からない単語がいくつかあったが、ひとまずメルは自分も自己紹介を返した。


 「さっきのウルサージとの戦い、勝手だが見物させてもらった」

 「ウルサージ……?あっ、さっきの熊ですか?」

 「ああ。魔法も無しに木の枝1本でウルサージを仕留めた人間は君が初めてだろう。見事なものだ」


 ズーロが再び拍手をする。


 「しかし妙だな」

 「何がですか?」

 「ウルサージを木の枝で仕留められるほど手練れの狩猟者であれば、俺が顔を知らないはずはないと思うんだが……もしかして狩猟者になったばかりの新人か?だとしたら期待の新星だな」


 ズーロが褒めていることはメルにも分かるが、「狩猟者」がまず分からないため今ひとつピンとこない。

 字面からして魔物の狩猟を生業とする者達であることは何となく理解できるが、狩猟者の期待の新星というのがどの程度の褒め言葉であるかが分からないのだ。


 「えっと……狩猟者っていうのは?」

 「……何?」


 メルが率直に質問をした瞬間、ズーロの顔に不審の表情が浮かぶ。


 「……君は狩猟者ではないのか?」

 「はい、違います」

 「……狩猟者でない者がこの未踏領域に立ち入るのは禁止行為だぞ」

 「え゛っ」


 メルは絶句した。

 今いるこの森が立ち入るだけで違法になるというのは、予想だにしていなかったのだ。


 「えっと……メル、気付いたらこの森の中にいて、入ろうと思って入ったんじゃないんですけど……」

 「俄かには信じられないな。それに故意ではなかったとしても禁止行為に違いはない。悪いが大人しく治安維持局に出頭してもらうぞ」

 「治安維持局……」


 また初耳の単語が出てきたが、治安維持局という名前からして警察のような組織であることは察しが付く。


 「もし抵抗するつもりなら……」


 ズーロが腰の剣の柄に手を掛ける。メルが抵抗すれば力尽くで連れて行く、というズーロの意思表示だ。

 それを見たメルはすぅっと目を細め、すぐに動き出すことができるよう軽く腰を落とした。

 もしズーロが実力行使という手段を取るなら、こちらも実力行使で応じる。それがメルの結論だった。


 「……それが君の意思か。ならば……」


 剣を抜こうとするズーロ。

 だがそれに先んじてメルは一瞬でズーロとの距離を詰めると、剣の柄に添えられたズーロの手を右足で踏みつけた。


 「なっ!?」


 抜刀を直前で阻止され、呆気に取られるズーロ。


 「てやっ!」


 その隙にメルは左膝でズーロの顔面を狙う。


 「ぐあっ!?」


 虚を突かれたズーロは回避行動もままならず、眉間に膝蹴りの直撃を受けて大きく仰け反る。


 「っ、硬い……?」


 一方メルは、ズーロを蹴った際の感触に違和感を覚えていた。

 ズーロの眉間は人体とは思えないほど硬く、鉄板を蹴ったのかと錯覚するほどだったのだ。

 もしかしたら異世界の人間は地球の人間よりも硬いのかもしれない、などとメルは考えつつ、


 「てやぁっ!」

 「ぐあぁっ!?」


 追撃の回し蹴りで、ズーロを大きく吹き飛ばした。


 「やっぱり硬いなぁ……」

 「ぐぅ、っ……」


 メルがズーロの硬度に首を傾げている間に、吹き飛んだズーロはよろめきながら立ち上がる。


 「何故そこまで抵抗する……?」

 「抵抗するに決まってるじゃないですか。この森には入っちゃいけなかったのかもしれませんけど、メルはホントに気付いたらこの森にいたんです。入ろうと思って入ったんじゃないのに犯罪者になるなんてメルは真っ平です」

 「……犯罪者?何を言っているんだ?」

 「……えっ?」


 何やら行き違いがありそうな雰囲気を、メルは敏感に感じ取った。


 「……この森、未踏領域でしたっけ?未踏領域に勝手に入ったら犯罪なんですよね?」

 「いや……禁止行為だが犯罪という程では……」

 「えっ、でも治安維持局に出頭させるって……」

 「未踏領域に無許可で立ち入った者は、治安維持局で厳重注意を受ける決まりだからな」

 「厳重注意かい!」


 完全に拍子抜けである。メルはてっきり最低でも投獄かと勘違いしていた。


 「えっ、じゃあなんで抵抗するなら斬るみたいな雰囲気出したんですか!?」

 「いや、抵抗されたくないなと思って……」

 「しませんよ厳重注意じゃ抵抗なんて!」


 あまりに下らない行き違いに、メルは思わず脱力する。


 「はぁ~……暴れて損した」

 「まさか2発も蹴られるとは思わなかったな」

 「分かってたら2回も蹴りませんでしたよ!」


 安心したメルは、しばらく目を離していたスマホの画面を確認する。


 『何でいきなり戦い始めたの!?』『厳重注意が何?』『今これどういう状況?』『騎士の方の言葉分からないからな~んも分からん』『俺らを置いてけぼりにしないでくれメル』『メルちゃんのキック超カッコいい!』『全肯定視聴者ずっといるな』


 メルと違い、視聴者達にはズーロの言葉が通じていない。

 故に視聴者達はメルとズーロが戦い始めた理由がまるで分からず、完全に置いてけぼりになっていた。


 「皆さんごめんなさい。えっと、実はこの森勝手に入っちゃいけなかったみたいで、この男の人に治安維持局に連れて行くって言われたんです。治安維持局っていうのは多分警察みたいなとこだと思うんですけど」

 『えっヤバいじゃん』『犯罪ってこと?』『メル捕まるの?』

 「そうなんですよ、メルも牢屋に入れられちゃうのかと思って、それは嫌だからこの男の人倒そうとしたんです」

 『倒そうとすんな』『何故罪を重ねるような真似を……?』『メルって法治国家じゃないところの生まれの人?』

 「でもよくよく話を聞いてみたら、治安維持局で厳重注意を受けるだけで済むんですって」

 『なぁんだ』『前科付かないってこと?』『よかったね』『じゃあメル暴れ損じゃん』

 「ね~」


 スマホに向かって話しかけるメルを、ズーロは眉間に皺を寄せて訝しんでいる。


 「君……何をしている?」

 「ああ、これはなんていうか……私の地元と連絡できる道具です」


 メルは考え得る限り最も簡潔にスマホについて説明した。


 「なるほど、魔法具か」

 「魔法具?」

 「魔法具を知らないのか?」

 「知らないですけどとりあえず今はいいです。何となく分かるので」


 大方魔法の道具のことだろう、というのはメルでも見当がついた。


 「それよりメルを治安維持局まで連れてってもらえませんか?メル、ここがどこかも分からないので」

 「ではペスカトピアに向かおう。だがその前に……」


 ズーロはメルが殺した巨大熊、ウルサージという魔物の死体へと近付いていく。

 そしてズーロはウルサージの死体に、トランプほどの大きさの半透明のカードのようなものを触れさせた。

 すると驚くべきことに、ウルサージの巨体が一瞬にしてにゅるんっとカードの中に吸い込まれてしまった。


 「えええっ!?」


 巨大な魔物が小さなカードに一瞬で吸い込まれるという光景に、メルは思わず驚愕の声を上げる。


 「これは貯蔵札だ。殺した魔物を1体だけ収納できる、狩猟者の必需品だ」

 「そういうのが魔法具なんですか?」

 「そうだ」


 巨大な魔物を仕舞うことができる魔法の道具。それはメルに更なる異世界転移の実感をもたらした。


 「さて、ペスカトピアに向かうぞ。早くしないと門が閉まるからな」


 ウルサージを収めた貯蔵札を懐に仕舞い、そう言ってズーロが歩き出す。


 「あの男の人が街まで連れて行ってくれるそうなので、今からついて行こうと思います!」

 『大丈夫?』『その男の人信用できる?』

 「一旦配信はここで終わりにしますね。落ち着いたらまた配信を始めますね」


 メルは視聴者達に今後の動向を説明してから配信を終了し、ズーロの後に続いた。


 「ペスカトピアっていうのは街の名前ですか?」

 「……ペスカトピアも知らないのか?」

 「はい。すっごく遠いところから来たので」


 メルがペスカトピアを知らないということに、ズーロは酷く驚いていた。

 どうやらペスカトピアという都市は知っていて当然の常識であるらしい、とメルは察した。


 「ペスカトピアは俺の知る限り、この世界で最も繫栄している都市の1つだ」


 ズーロは足を動かしながら、ペスカトピアについてメルに説明する。


 「街全体に行き届いた魔法設備による高い生活水準、街の外周に張り巡らされた強固な外壁と防衛魔法による安全性、そして未踏領域から得られる豊富な魔物資源。この3つがペスカトピアの主な特長だ」

 「街全体の魔法設備ってどんな感じですか?」

 「街の中枢にある大魔力炉から、街のあらゆる住宅や施設に魔力が供給されている。それらの魔力は照明、水、熱、各種魔法具の動力など、様々な形で利用できる」

 「なるほどなるほど……」


 地球に置き換えてみると、電気ガス水道といったインフラに相当する設備だ。


 「未踏領域から得られる豊富な魔物資源っていうのはどういうことですか?未踏領域ってこの森のことですよね?」

 「それは正確じゃない。未踏領域というのは人類の生存圏の東側に広がる、文字通り人類未踏の大地のことだ。この森は未踏領域のほんの一部、最も人類の生存圏に近い未踏領域に過ぎない」

 「わぁ、壮大……」

 「未踏領域は魔物の領域。強力な魔物が無数に生息し、人間が何の準備も無く立ち入れば為す術無く魔物に食い殺されることになる。だから未踏領域への立ち入りは制限されているんだ」


 反省しろよ、とズーロがメルに視線で訴えかけてくる。


 「そしてペスカトピアは人類の生存圏の最東端に位置している。つまりペスカトピアは唯一未踏領域と接している都市ということだ。未踏領域に生息する魔物から資源を直接得られるのはペスカトピアだけ、と言い換えることもできる」

 「魔物資源がペスカトピアの特産品、ってことですか?」

 「そうだ。そしてその魔物資源の確保を担うのが、俺達狩猟者だ」


 ズーロが右手の親指で自らの胸を指し示す。その仕草はどこか誇らしげだった。


 「といっても魔物資源は魔物を討伐しなければ手に入らない。そして魔物の討伐は容易くない。それは君にも分かるだろう」


 メルは頷く。

 先程戦った巨大熊のウルサージ、メルは目を狙って素早く殺すことができたが、本来なら人間が10人纏めてかかっても相手にならないほどの強さだった。

 あのような魔物を、街の特産品にできるほどに安定して討伐するのは容易ではない。


 「実際狩猟者は危険な仕事だ。魔物に返り討ちにされてくたばる狩猟者も珍しくない。だからペスカトピアは少しでも狩猟者が安全に魔物を討伐できるように、いくつかの設備を整えている。その内の1つがあれだ」


 ズーロが前方を指差す。

 人差し指が指し示す先には、森を割るように設置された石畳の道があった。


 「道、ですか?」

 「あの道路は狩猟者道と呼ばれている。未踏領域の中に樹木のように枝分かれしながら敷設されている道路だ」

 「狩猟者さん達が未踏領域の中で動きやすくなるようにってことですか?」


 メルの見たところ、石畳の道は地球の道路と比べても遜色ないほどに平面だった。石や木の根で凸凹した森の地面とは比べ物にならない程の歩きやすさだ。


 「それもあるが、最大の目的は狩猟者の遭難を防ぐためだ。仮に未踏領域内で遭難したとしても、狩猟者道に出ることさえできれば、道を辿ってペスカトピアに帰還することができる。ほら、道路に印が付いているだろう」


 ズーロの言う通り石畳の道には、矢印のような模様が等間隔で刻まれていた。


 「あの印を辿れば街に辿り着ける。君もこれを知っていれば、遭難することは無かったな」

 「へぇ~、労働環境が整ってるんですねぇ」

 「まあ、狩猟者道が敷設されているのは未踏領域のごく浅層だけだが……延伸工事は今でも続いている」


 狩猟者道に出たメルとズーロは、そのまま矢印に沿ってペスカトピアの方向へと足を進める。


 「だがやはりペスカトピアの特徴として最も分かりやすいのは、街を守るための隔壁だろうな。万一にも未踏領域が街を脅かすことの無いよう、街をぐるりと囲んだ巨大な隔壁は圧巻だ」

 「巨大なって、どれくらいおっきいんですか?」

 「口で説明するよりも見た方が早い。ほら、見えてきたぞ」


 ズーロの言う通り、木々の向こう側に巨大な白い壁が見えてきた。

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