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桜庭メル、聞き込む

 「皆さんこんにちは、異世界系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『待ってた』『こんにちは~』『こっちはこんばんはだけどな』『メルちゃ~ん!!』


 門から程近い未踏領域の樹海の中で、メルは配信を開始した。


 「今日もまた魔物を狩りに来たので、魔物と戦うところを配信しようと思うんですけど……その前に皆さんに紹介したいものがありま~す」

 『何?』『はやく見せて』『何だろ』『メルのことだし武器とかじゃね』

 「それはですね~……じゃ~ん!」


 黒いスカートの下、左右の太腿に装着したホルダーからメルが取り出したのは、2本の真新しいナイフだった。


 「これで~す!」

 『ナイフ?』『前使ってたやつと違うね』『そのナイフ何でできてるの?』『そのナイフメルちゃんによく似合ってる!!』『ナイフが似合ってるは褒め言葉なのか……?』


 そのナイフの刀身は金属とは別の素材で作られており、見た目には象牙色の石のように見えた。


 「この前配信でおっきいドラゴンと戦ったじゃないですか」

 『あの画面が白くなったと思ったらドラゴンが死んでた時ね』『眩しすぎて何が起きてるのかさっぱり分からなかった時ね』『エッチなお姉さんがいた時ね』

 「このナイフは、あのドラゴンの牙を材料にして作ってもらったナイフなんです」

 『うおおおドラゴンの牙製の武器ロマンある!!』『ドラゴンの牙で作ったナイフとか絶対強いやつじゃん』

 「ね~、絶対強いですよね。だから今日の配信では、このナイフを使って魔物と戦ってみようと思います!」


 メルがカメラに向ける笑顔は、いつにも増して輝いている。新たな武器を、それもドラゴンの牙で作られた逸品を手にしたことで、普段よりも興奮しているのだ。


 「ということなので、早速魔物を探してみますね」


 メルは一旦2本のナイフを太腿のホルダーに戻すと、瞑想するように目を閉じて聴覚を研ぎ澄まし、魔物が発する音を探る。

 すると右手の方向数km先から、4本足の魔物の足音が聞こえてきた。未踏領域浅層に生息する魔物と言えば、深緑の鹿ことディリジアだ。


 「……あっちの方に何kmか行けばディリジアがいるみたいです。行ってみましょう」

 『え、キロって言った?』『何十mとか何百mとかじゃなくてキロ?』『数km先の魔物なんてどうやって見つけたんだよ今に始まったことじゃないけど』

 「耳がね、いいので」

 『相変わらず頭おかしい索敵方法』『魔法で索敵してるって言われた方がまだ納得できる』『蚊のまつげが落ちる音も聞こえそう』


 メルは徒歩とは思えないような速度で樹海の中を移動し、やがて遠方に1頭のディリジアの姿を発見する。


 「魔物がいたので、早速新しいナイフを試してみようと思います。と、その前に……」


 メルは腰に付けている小さな鞄から、1本のナイフを取り出した。

 そのナイフは配信冒頭で紹介したものとは違い、金属を用いて作られたごく普通の店売りのナイフだ。


 「ドラゴンの牙のナイフの強さをお見せするには、普通のナイフと比べるのが1番分かりやすいですよね。っていうことで、比べる用の普通のナイフもご用意しました」

 『メルちゃん用意周到で偉い!!』『そのためだけにわざわざナイフ買ったのか』『勿体ない』

 「まあナイフはいくらあっても困りませんから」

 『そうか?』

 「じゃあまずは普通のナイフでディリジアを攻撃してみますね」


 メルはディリジアに向けてナイフを投擲しようとしたが、直前でふと思い直した。

 メルとディリジアとの距離は100m以上ある。これだけ離れた場所からナイフを投擲したら、ナイフがディリジアに命中した際の様子が視聴者にはよく見えないだろう。


 「……やっぱりもうちょっと近付きましょうか」


 メルはディリジアに自らの存在を気取られぬよう、足音を殺しながら徐々にディリジアとの距離を詰める。

 程なくしてメルはディリジアの後方10mほどの木陰に辿り着き、そこに身を潜めた。

 普通に声を出してはディリジアに気付かれてしまうため、メルはカメラに向かって囁きかける。


 「それじゃあ皆さん、行きますよ……」

 『うおっ唐突なASMR』『助かる』


 ようやくメルがディリジアに向けて金属製のナイフを投擲する。

 メルの手を離れたナイフは目にも留まらぬ速度で空中を真っ直ぐに突き進み、そして吸い込まれるようにディリジアの首元へと命中した。

 だがナイフの刃はディリジアの首を貫くことは無く、首元に衝撃を受けたディリジアは悲鳴を上げながら逃走し始める。


 「あんな風に、普通のナイフだと魔物の毛皮には弾かれちゃうんです。だから他の狩猟者の人達が魔物を斬る時には切れ味を鋭くする魔法を使ったりするそうなんですけど、メルは魔法が使えないから普通のナイフじゃ魔物を傷付けられないんです」


 そこでメルは一旦言葉を切り、その場でしゃがみ込んでスカートの下からドラゴンの牙のナイフを1本取り出す。


 「でもこのナイフならきっと……!」


 そしてメルはドラゴンの牙のナイフを、逃げ去っていくディリジアの背中に向けて投擲した。

 高速で飛翔する牙のナイフはディリジアの後頭部に直撃すると、そのままディリジアの頭蓋に深く突き刺さった。

 ディリジアは短い断末魔を上げ、それを最後に地面に倒れ動かなくなる。


 「やった!」

 『おお』『お見事』『メルちゃんのナイフを投げるフォームすっごく綺麗!!』『注目するとこ命中精度じゃなくて投擲のフォームなんだ』


 やはりドラゴンの牙のナイフであれば、魔法で強化せずとも魔物の毛皮を貫けることが証明された。

 これで眼球の狙撃のような面倒な真似をせず、また天寵手羅の過剰な火力によって魔物の素材としての価値が低下してしまうことも無く、メルは魔物を討伐することができるようになった。


 「さっすが、ドラゴンの牙だけありますね~」


 メルはほとんどスキップのような軽やかな足取りでディリジアの死体に近付き、牙のナイフを回収してから死体を貯蔵札に収納する。


 「さあ、この調子で今日も貯蔵札がいっぱいになるまで魔物を狩っていきますよ!」

 『ニッコニコで草』『魔物逃げて』『やっぱりメルちゃんにプレゼント送るとしたらナイフとかがいいのかな?』『脅迫だと思われそう』


 牙のナイフのおかげでメルの狩りの効率は格段に向上し、その結果これまでの狩りの半分程度の時間で、メルが持っている10枚の貯蔵札を全て埋めることができた。




 ドラゴンの牙のナイフのデビュー戦となる配信を終えてメルが狩猟局に戻ってきたのは、昼時の少し前だった。


 「あらメルさん。今日は早いのね」


 魔物買取の列の最後尾に並ぼうとしたメルは、そこでカミノールに声を掛けられた。


 「カミノールさん!ちょうどよかった、カミノールさんも今日は終わりですか?」

 「いえ、私は1回食事に戻ってきたところなの。昼食を摂り終わったらまた狩りに行くつもりよ」

 「そうなんですね。良かったらご飯一緒に食べませんか?」

 「いいわよ。じゃあ私は先に食堂で待っているわね」


 そう言ってカミノールが食堂へと移動し、メルは改めて受付の列に並ぶ。

 列は順調に進み、メルは5分ほどで魔物素材の売却手続きを済ませることができた。


 「お待たせしました、カミノールさん」

 「大して待ってないわ。それじゃあ行きましょうか」


 昼時にはまだ少し早いということもあり、食堂は空いている。カウンターにも列は無く、従業員も暇を持て余していたのか、2人が注文をしてから料理が提供されるまでが非常に迅速だった。


 「カミノールさんそれで足りるんですか?」

 「私はこれで充分よ」


 カミノールが注文した料理は地球で言うところのシチューに似ていたが、如何せん量が少ない。カミノールのトレイを見たメルは、小学校低学年の給食かと思ったほどだ。

 ちなみにメルが注文したのはブロートの揚げ肉という、地球で言うところのトンカツのような料理だ。


 「ところでメルさん、最初に会った時にちょうどよかったって言ってたけど、私に何か用事でもあったの?」


 テーブルについて食事を始めたところで、カミノールがそう尋ねてくる。


 「あ~、用事っていうか、カミノールさんにちょっと聞きたいことがあって」

 「聞きたいこと?」

 「はい。カベンのことなんですけど」


 メルがカベンという単語を口に出した瞬間、カミノールは表情を険しくした。


 「……カベンのこと?」

 「カミノールさん、お父さんが治安維持局で働いてるって言ってましたよね?だからもしどういうところでカベンが取引されてるとか、カベンの流通ルートとして怪しいのはどこかとか、もし知ってたら教えてほしいんです」

 「……どうしてメルさんがそんなことを知りたがるの?」


 至極当然の疑問である。友人が突然麻薬のことを根掘り葉掘り聞いてきて怪しまない人間は、三千世界に存在しない。


 「いや、まあ、ちょっと……」


 そして理由を聞かれても、メルには答えることはできない。

 局長から命じられたカベンの取引の調査は、ともすれば狩猟局から治安維持局への挑発ともとられかねない行為だ。

 治安維持局員の娘であるカミノールには、絶対に知られる訳にはいかない。


 ……そもそもメルが麻薬の取引を調査しようとしていること自体が違法と言えば違法なので、カミノールでなくとも知られてはならないのだが。 


 「……まさかメルさん、カベンに興味が……」

 「いやいやいや!カベンをやってみたいなんてことは全く思ってないです、ホントに!」


 カミノールの疑惑の視線を、メルは大慌てで両手を振って否定する。


 「じゃあどうしてそんなにカベンのことを知りたがるの?私もメルさんがカベンに手を出すとは思えないけど、今のメルさんはそう思われても仕方ないわよ?」

 「それは私も分かってるんです。今私がこのまま治安維持局に突き出されても文句は言えないくらい怪しいってことは、自分でもよく分かってるんです」

 「それなのに質問の意図は答えられないの?」

 「……はい。でも……」


 メルは真剣な表情で、カミノールの氷のような水色の瞳を真っ直ぐに見つめる。


 「私には必要なことなんです」

 「……そう」


 カミノールは白い頬を薄らと桃色に染め、メルから僅かに視線を逸らす。


 「……あなたがそこまで言うのなら、きっと何か深い理由があるのよね」

 「深い?深いかな……」

 「……いいわ。私の知ってることを教えてあげる」

 「えっ、いいんですか!?」


 自分の怪しさを自覚していたメルは、カミノールがあっさりと首を縦に振ったことに驚きを露にする。


 「ええ。メルさんは命の恩人で、それに私の友達だもの。今から私は友達と楽しくお喋りをしてる時に、つい親の仕事について口を滑らせてしまうだけだわ」

 「あははっ、いいですね。私そういうの好きですよ」


 共犯者のように悪戯っぽく笑い合うメルとカミノール。


 「それで、聞きたいことはカベンの取引が行われる場所と、カベンの売人として怪しい人物だったかしら?」

 「そうです」

 「まず取引が行われやすいのは、やっぱり路地裏とかの人目に付きづらい場所ね。それから夜の歓楽街の人混みの中でも取引が行われていると聞いたわ」

 「なるほどなるほど……」


 カミノールが口にした情報は予想通りと言えば予想通りだが、単なる予想という不確定情報と関係者から横流ししてもらった確定情報とでは、天と地ほどの差がある。


 「それからカベンの売人については、治安維持局は何の手掛かりも掴めていないわ。ただ治安維持局はカベン流通の元締めとして、ある組織を疑っているの」

 「組織、ですか?それって……」

 「『賽寶会(さいほうかい)』。有り体に言うとヤクザよ」

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の22日に更新する予定です

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