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桜庭メル、職質される

 メルが初めて足を踏み入れた局長室は、メルが通っていた小学校の校長室のような内装だった。なんだかいるだけで緊張してくるような空間だ。


 「適当に座りな」

 「は、はい」


 局長に促され、メルは応接用のソファに腰を下ろす。


 「あの……何で私呼ばれたんですか?」

 「そう焦るんじゃないよ。ちゃんと順を追って説明するさね。茶はいるかい?」

 「あっ、欲しいです」


 局長がカップを2つ用意し、紅茶に似たお茶を注ぐ。そして片方のカップをメルに手渡した。


 「さて……」


 局長はメルの対面のソファに座り、お茶を1口含んだところで、改めて話を切り出す。


 「小娘、あんたカベンのことは知ってるかい?」

 「えっ?はい、知ってますけど……」

 「そりゃ知ってるさね。昨日ヤク中に財布をスられかけたばっかりだからねぇ」

 「何で知ってるんですか!?」

 「あたしゃ狩猟局局長だよ?狩猟者に関わることは大体何でも知ってるさね」


 ひゃひゃひゃ、と局長が笑う。

 ズーロも局長も知っているとなると、昨日の一件はメルの思っている以上に狩猟局中に知れ渡っていることになる。


 「ていうか昨日のこと知ってるなら、わざわざ私にカベンを知ってるかなんて聞く必要なくないですか?」

 「質問から入った方が話が円滑に進むんだから、細かいこたぁ気にするんじゃないよ」

 「……まあいいですけど、別に」


 メルの中で着実に局長への苦手意識が培われつつあった。


 「それでカベンがどうしたんですか?」

 「さっき狩猟局の中で剣を振り回した馬鹿、あいつは多分カベンをやってるね」

 「えっ……それ、ホントですか?」

 「ああ。前にも狩猟局で他人を斬りつけた馬鹿がいたが、そいつはカベン所持の罪で今も塀の中にいるからね。あの馬鹿もヤク中でまず間違いないさね」


 メルは驚くと同時に納得した。あのマグという狩猟者の異様な言動が、麻薬によるものというなら腑に落ちる。


 「ああいう狩猟者のくせしてカベンに手を出す馬鹿野郎は、毎年何人か出てくるんだ。狩猟者のヤク中はただのヤク中より数段質が悪くてね、なまじっか武器を持ってるもんだから大抵捕まる前に怪我人か死人を出すんだ」


 過去に薬物中毒の狩猟者が狩猟局で剣を振り回し、そのせいで数名の狩猟者が引退を余儀なくされるほどの傷を負ったという事件を、メルは昨日カミノールから聞いた。

 そして局長の口振りからするに、その手の事件が起きたのは1度や2度ではないらしい。


 「治安維持局も役立たずさね。麻薬の撲滅を謳っておきながら、この数年間カベンの売人を1人も検挙できてないたぁねぇ」

 「私も麻薬が無くなればいいとは思いますけど……それで結局私は何で呼ばれたんですか?」


 とうとう局長は治安維持局への愚痴まで零し始め、メルはいよいよ何故自分が呼び出されたのか見えなくなってきた。


 「簡単に言うと、あんたにはカベンの売人をとっ捕まえてほしいのさね」

 「……はい!?」


 局長の要求は、メルの予想の遥か斜め上のものだった。


 「えっ、カベンの売人を捕まえるって……それは狩猟者じゃなくて治安維持局の仕事じゃ……」

 「その治安維持局が当てにならないから、狩猟局でも独自に調査をしようって話さね」

 「狩猟局に捜査権限ってあるんですか?」

 「無いさね」

 「じゃあめちゃめちゃ違法じゃないですか」


 あまりにも堂々とした違法行為への勧誘に、メルは呆れを通り越してむしろ感心してしまった。


 「違法じゃないさ。確かにペスカトピアで捜査権を持ってるのは治安維持局だけだけどね。治安維持局以外の『捜査』を禁止する規則はあっても、『調査』を禁止する規則は無いからねぇ」

 「詭弁……」

 「それに何も治安維持局を出し抜いてやろうって話じゃない。治安維持局がペスカトピアからカベンを撲滅できるのならそれでよし、それが難しいようなら狩猟局の方でもほんのちょっと手を貸してやろうってだけの話さ」


 屁理屈もいいところである。仮に治安維持局から詰められた際にその理屈を口にして、それで言い逃れができるとは到底思えない。


 「百歩譲って狩猟局でもカベンの売人を調べるとして、何で私なんですか?」

 「あんたは戴冠者に匹敵する戦闘能力を持ちながら、ペスカトピアでほとんど顔が知られてない。極秘捜査員としてこれ以上相応しいのが他にいるかい?」

 「それは……そうかもですけど」

 「おっと。極秘捜査員じゃなくて極秘調査員だったね」

 「いいんですよそんな細かい言い回しは」


 頑なに捜査ではなく調査だと言い張り、規則の隙間を突こうとするその振る舞い。非常に小賢しい。


 「勿論引き受けてくれたらそれなりの報酬を払う。売人を1人とっ捕まえる毎に特別報酬も追加するよ。どうだい、引き受けてほしいんだけどね」

 「ここまでの話聞いて誰が引き受けるんですか……と、言いたいとこですけど」


 メルは薄らと口角を上げる。


 「いいですよ、やっても」

 「……本当かい?」


 自分から話を持ち掛けておきながら、局長はメルの返答に驚いた様子だった。


 「意外だね、もっと根気強く説得しにゃならんと思ってたんだが」

 「実は私ちっちゃい頃、スパイに憧れてた時期があったんです。だから秘密の調査とかちょっとやってみたいかなって。今後ずっと狩猟局の諜報員として働かされるとかならイヤですけど……」

 「ひゃひゃひゃ、そんなことはさせないさね。カベンさえどうにかしてくれれば充分さ」


 局長が右手をメルへと伸ばす。


 「期待してるよ、小娘」

 「……期待してるなら名前覚えてくださいよ」


 釈然としない表情を浮かべつつ、メルは局長と握手を交わした。




 夜。滞在している宿の宿泊客の大半が寝静まった頃合いを見計らって、メルはこっそり宿を抜け出した。

 目的は勿論、カベンの流通経路の調査だ。


 「どうせ麻薬の取引なんて夜中にやってるに決まってるもんね」


 何とも安直な決めつけである。

 ちなみに現在のメルの服装はいつもの地雷系ファッションではなく、昨日カミノールと七番通りに行った際に購入した清楚なワンピースだ。


 「あんたは顔は割れてないけど服装はちょっと有名だからね。調査の時にはその黒と桃色の服以外を着な」


 というのが局長からの指示だ。

 それから一応戦闘になることも想定して、両手に天寵手羅を装備している。清楚なワンピースに黒い革の指ぬきグローブは若干ちぐはぐだ。


 「さて、と……」


 体を解す程度の軽い準備運動をしてから、いよいよメルは夜のペスカトピアへと繰り出した。

 ペスカトピアの道路には、等間隔で街灯が設置されている。地球の街灯に比べると若干くらいが、それでも移動に差し支えない程度の視界は確保されている。


 「すっごく静か……」


 狩猟局の周辺には夜間に営業している店舗がほとんど存在せず、夜遊びをしたい人間は街の中心の方にある歓楽街へと足を運ぶ。

 そのため夜の狩猟局周辺は、昼間の賑わいが嘘のように静寂に包まれていた。


 「こんなに静かなら、聞き逃すことはなさそうかな」


 刑事ドラマなどでは捜査は足で稼ぐというが、メルの場合は耳で稼ぐつもりだった。

 ペスカトピアを移動しながら持ち前の鋭敏な聴覚を研ぎ澄まし、カベンの取引に関する会話を拾い上げるという算段だ。

 そのためには街が静かであるに越したことはない。


 メルは自らの聴覚を妨げないように足音を殺しながら、聴覚に意識を集中して歩く。


 「……が……で」

 「……ああ……だな」


 すると早速、男性2人のものと思われる会話が微かに聞こえてきた。


 「……カベン……」


 更に会話している男性のどちらかが、明らかに「カベン」という単語を口にしている。


 「えっ、早くない?」


 調査を開始して5分も経たない内に手掛かりが現れたことに驚きつつ、メルは会話が聞こえた方向へと走る。


 「カベンの取引を……」

 「ああ、あそこの物陰で……」


 距離が近付くにつれて徐々にはっきり聞こえるようになった会話の内容は、やはり怪しさ満点だ。


 「これで黒じゃなかったら嘘でしょ……!」


 目の前にある十字路を右に曲がれば、会話の主である2人の男性の下へ辿り着く。

 必ず取引の現場を押さえる。固い決意と共にメルは十字路へと飛び出し……


 「おっと」

 「ひゃあっ!?」


 危うく右側から歩いてきた男性とぶつかりそうになった。


 「大丈夫かい?いきなり飛び出してきたら危ないよ」


 メルを優しく窘めた30代前後の背の高い男性は、治安維持局の制服を身に着けている。


 「君、こんな夜中に何してるの?」


 そう尋ねてきたもう1人の恰幅のいい男性も、やはり治安維持局の制服姿だ。

 2人の男性の声は、メルが先程まで聞いていた怪しげな会話と同じ声色だ。


 「あ、えっと……夜風に当たりたくて、少しお散歩を」


 メルは夜中に出歩いている理由について、もっともらしい嘘をでっちあげる。


 「散歩?君みたいな若い女の子が夜中に1人で出歩くのは危ないよ」

 「そ、そうですよね、気を付けます……」


 メルは誤魔化すように笑い、それから肝心な質問を2人に投げ掛ける。


 「あの、さっきカベンがどうとか聞こえたんですけど……」


 2人が治安維持局員だからと言って、カベンの取引に関与していないとは限らない。

 カベンという単語を出すことで2人がどのような反応を示すか、メルは注意深く観察する。


 「ああ。僕が以前警邏をしていた時に、そこの物陰でカベンの取引が行われているのを見つけたことがあったんだよ」


 メルの質問に対し、背の高い方の男性があっけらかんとそう答えた。


 「カベンって知ってるかい?最近若い子達を中心に流通してる麻薬なんだけど……」

 「は、はい。名前くらいは……」

 「そのは時カベンを購入していた青年は捕まえることができたんだけど、売人の方は取り逃がしてしまってね。それが悔しかったなぁっていう話をしていたんだ。な?」

 「ああ」


 恰幅のいい男性が頷く。


 「そ、そうだったんですね……」


 メルが耳にしたカベンに関する怪しげな会話の正体は、カベンを取り締まる側の会話だった。

 残念ながら売人を捕まえるための手掛かりにはなりそうにない。


 「カベンの売人はいつどこで誰に接触してくるか分からない。君も間違ってもカベンなんかに手を出してみようと思わないでね」

 「勿論です」

 「それとしつこいようだけど夜に出歩くのは危ないから、早く帰るんだよ」

 「はいっ」


 帰るつもりなど毛頭無いメルだが、返事だけは立派だった。


 「それじゃあ私、もう行きますね」

 「うん。それじゃあね」


 メルが立ち去ろうとすると、背の高い男性がメルに軽く手を振った。


 「ご加護がありますよう」


 恰幅のいい男性の方は、そう言ってメルを見送る。

 メルは一刻も早く2人の視界から外れるべく、適当な路地に入り込んだ。


 「そっか……治安維持局の人に見つかること考えてなかったな……」


 治安維持局員はペスカトピアの平和を守るため、毎晩街をパトロールしている。

 清楚なワンピースに身を包み令嬢的雰囲気を醸し出しているメルが堂々と夜の街を闊歩していたら、彼らの指導の対象となってしまうことは避けられない。

 メルが夜間に極秘調査を行うためには、治安維持局の目を掻い潜る必要があるということだ。


 「どうしよう……とりあえず屋根登ろ」


 メルは近くの建物の壁を駆け上り、屋根の上に移動する。

 地上ではなく屋根の上を移動すれば、少しは治安維持局の目を掻い潜りやすくなるはずだ。


 「今日は色々準備不足だったなぁ……」


 屋根から屋根へと音も無く飛び移りながら、メルは早速今の出来事を反省する。

 治安維持局による警邏を失念していたこともそうだが、反省点は他にもある。


 例えば服装。今回は地雷系ファッション以外で唯一メルが所持している清楚なワンピースを着用した訳だが、夜の街で白を基調とした服装は予想以上に目立ってしまう。

 調査がある程度の長期に亘ることを考えると、服もより目立たないものを用意するべきだろう。


 「明日、もうちょっと色々準備しないと。新しいナイフもできるし」


 脳内で明日の予定を組み立てつつ、メルはペスカトピアの屋根を駆け巡る。

 その後はカベンの取引に遭遇することも治安維持局員に見咎められることも無く、初日の調査は終了した。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の20日に更新する予定です

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