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桜庭メル、遊ぶ

 「暇だなぁ……」


 マサムネ討伐から帰還した翌朝。

 メルは狩猟局に併設された食堂でジュースを飲みながら暇を持て余していた。


 昨日未踏領域深層からペスカトピアに帰還したメルは、その足でマサムネの素材を武器屋に持ち込みナイフの製作を依頼した。

 武器屋によるとナイフの完成には数日を要するとのことだったので、その場の思い付きでナイフができ上がるまでは狩猟者稼業を休業することにしたメルだったが。


 「こんなことなら手袋だけ持って狩りに行けばよかった……」


 暇すぎて休みにしたことを早くも後悔し始めていた。

 そんなに暇なら自分で言っている通り今からでも狩りに行けばいいだけの話なのだが、それはそれで何だか負けた気がする、というのがメルの性格だった。何とも生き辛い。


 「あら、メルさん?」


 メルがちびちびとジュースを飲みながらうだうだしていると、いつの間にか狩猟局に現れたカミノールが声を掛けてきた。


 「カミノールさん。おはようございます」

 「おはよう。何をしてるの?」

 「何もしてないです。新しいナイフができるまでお休みってことにしたんですけど、そしたらやること無くて困ってて……カミノールさんは狩りですか?」

 「ええ、そのつもりだったのだけど……」


 カミノールは顎に人差し指を添え、考え込む仕草を見せる。


 「……メルさん、今日はお休みなのよね?」

 「そうです。まあ私が勝手にそう言ってるだけですけど」


 狩猟者は自営業。働くも休むも本人次第だ。


 「じゃあ、私にペスカトピアの街を案内させてもらえないかしら?」

 「案内、ですか?」

 「ええ。メルさんはこの街のこと、狩猟局の近くしか知らないでしょ?」

 「あ~……言われてみればそうですね」


 メルがペスカトピアに来てから、それなりの日数が経っている。だがメルの知っている施設と言えば、狩猟局に宿に未踏領域への門、それから治療院といくつかの店くらいだ。

 ペスカトピアの規模に対して、メルの知っている範囲はあまりにも狭い。


 「私はペスカトピアの生まれだから、メルさんにこの街のいいところをもっと知ってほしいの。だからもしよかったら……」

 「いいんですか!?お願いします、是非!」


 メルからすれば願っても無い申し出である。時間の潰し方として、友人との街ブラは相当な上位だ。


 「じゃあ私は着替えてくるわね。メルさんはここで待ってて」

 「鎧で街歩きたくないですもんね~」


 元々狩りに行くつもりだったカミノールは鎧姿なので、このままでは街歩きには適さない。

 街歩きに相応しい服装へと着替えるためにカミノールは一旦帰宅し、メルはまた1人食堂で時間を潰すことになる。

 しかし同じ1人で時間を潰すのでも、目的も無くグダグダするのと友人を待つのとでは、天と地ほどの差があった。


 「やってることは同じなのに……目的の有り無しっておっきいんだなぁ……」


 異世界で新たな気付きを得たメルだった。


 「お待たせ、ごめんなさい」


 カミノールが清楚なワンピース姿になって狩猟局に戻ってきたのは、それから約30分後のことだった。


 「わ~!その服可愛いですね!すっごく似合ってます」

 「ありがとう、母に作ってもらったものなの」


 カミノールの母親は、ペスカトピアで服飾品の工房を経営している。メルは以前聞いたことがあった。


 「それじゃあ行きましょうか」

 「はいっ」


 メルとカミノールは肩を並べて狩猟局を後にする。


 「そう言えばメルさん、武器の携帯に関するペスカトピアの法律のことは知ってる?」

 「はい、狩猟者になった時の講習で教わりました」


 狩猟局の周辺では狩猟者が大っぴらに武器を携えながら歩いているが、実は武器の携帯が許可されている場所はペスカトピアの中のごく一部なのだ。

 狩猟局と未踏領域への門を含む一定の範囲が「武装可能地区」に指定されており、狩猟者はその範囲内においてのみ街中での武装が許可されている。


 武装可能地区の範囲外で武器を運搬する必要がある際には、狩猟者証を携帯した上で、外部から武器が見えないような形で運搬しなければならない。


 「私今日はナイフを持ってないので大丈夫ですよ!」


 メルが自信満々にそう言うと、カミノールは不思議そうな表情を浮かべた。


 「えっと……それは……?」


 カミノールがメルの手を指差す。正確にはカミノールが指差しているのは、メルの両手に嵌っている黒の革手袋だ。


 「……あっ!?」


 ここでメルは自らの不備に気付いた。

 確かに今日のメルはナイフを所持していないが、メルが使う武器はナイフだけではない。というよりナイフはどちらかというとサブの武器で、メルのメインの武器は両手に装着した天寵手羅だ。


 つまりメルの両手に嵌っている革手袋は立派な武器なのだが、日頃からファッションとして天寵手羅を身に着けているメルは、うっかりそのことを失念していたのだ。


 「えっ、じゃあ私、これ付けたまま武装可能地区出たら犯罪者ってことですか!?」

 「法律上はそうなるわ。まあ一目見て武器と分かるものではないから、見咎められることは無いと思うけど。それに見咎められたとしても厳重注意で済むでしょうし」

 「でもでも、犯罪は犯罪ですよね!?どうしよう、1回宿に帰って置いてこなきゃ……」

 「外して仕舞えばいいと思うのだけど……」

 「……あっ、そっか」


 人間焦ると当たり前のことも思いつかなくなってしまうものである。

 カミノールの一言でようやく落ち着きを取り戻したメルは、天寵手羅を外してポケットに押し込んだ。


 「これで大丈夫ですか?」

 「そうね、それでいいと思うわ」


 本来なら正当な理由も無しに武器を武装可能地区の外に持ち出す時点でグレーゾーンと言えばグレーゾーンなのだが、流石に治安維持局員もそこまで厳しいことは言わない。


 「とりあえず七番通りに向かってみようと思うのだけど、それでいいかしら?」

 「七番通り?」

 「ここから1番近い歓楽街よ。百貨店や催事場や遊戯場が一通り揃ってるから、遊ぶのには困らないわ」

 「わ~、いいですね」


 カミノールに先導され、メルはこれまで通ったことの無い道を歩く。

 しばらく歩いていると、メルの耳には雑踏と話し声が聞こえ始めた。その賑わいは、地球の都会と比べても遜色ない。


 「すっごく賑やかですね」

 「もう聞こえるの!?」


 足を進めるにつれて、メルの耳に届く賑わいも大きさが増していく。行き先である七番通りの熱気が、音として伝わってくるかのようだった。


 「着いたわ、ここが七番通りよ」


 そして狩猟局を出発してから約20分、メル達はようやく七番通りに到着した。

 しばらく前から聞こえていた雑踏や話し声に違わず、七番通りの賑わいは地球の一大観光地にも匹敵していた。

 七番通りの道幅は地球の公道で言うと約8車線分。それだけの広さの通りを、所狭しと人混みが埋め尽くしている。人が多すぎて道の両脇に立ち並ぶ店舗がどのようなものかまるで分からない。


 「ペスカトピアって、こんなに人がいたんですね……」

 「その気持ち、少し分かるわ。私も七番通りに来ると時々人が多すぎてびっくりするもの」


 七番通りに比べたら、狩猟局周辺など田舎も同然だ。


 「こんなに人が多かったら、流石に私も倒し切れるかどうか……」

 「どうしてここにいる全員と戦う想定をしているの……?」


 人混みの熱気に圧倒されるメルだが、圧倒のされ方が少々独特だった。


 「こんなに人が多いと、お店に行くだけでも一苦労ですね……」

 「そうね……それで、その、メルさん……」


 何やらカミノールが薄らと頬を染めながらもじもじし始める。


 「あの……はぐれたら大変だから、その、手を……」

 「繋ぎますか?いいですよ」


 メルはカミノールの右手をスマートに左手で握った。


 「わ~、カミノールさんの手すべすべ~」

 「あっ、ありがとう……」

 「それじゃ行きましょっか。そろそろお昼の時間ですよね」

 「ごっ、ご飯屋さんなら、お薦めのお店があるわ……」


 声が上擦っているカミノールに腕を引かれ、メルはいよいよ七番通りを歩き出した。


 「……なんか、見られてますね?」


 七番通りに入って程なくメルが感じたのは、自身へと向けられる数多くの視線だった。擦れ違う人々の大半が、何故だかメルの方を振り返るのだ。

 メルは最初、視線はカミノールに向けられたものだと思っていた。カミノールは絵札が発売されるほどの有名人、歓楽街では人目も集まるだろうと。


 だがそうではなかった。確かにカミノールに目を向けている通行人もいるが、それ以上にメルに集まる視線の方が遥かに多かった。


 「何だろう……もしかしてペスカトピアって、女子2人で手を繋いで歩いてるのが珍しかったりします?」

 「そういうことでは無いと思うわ。メルさん、あなたは結構な有名人なのよ」

 「えっ!?何でですか!?」


 それはメルにとって正しく寝耳に水だった。


 「メルという新人狩猟者が、天寵個体を討伐し、戴冠者ディラージと模擬戦を行って引き分けた。その噂は既にペスカトピア中に広まりつつあるわ。特に七番通りは狩猟局に近いから、狩猟者に詳しい人も多いでしょうし」

 「でも、何で私がメルだって気付かれてるんですか?似顔絵が張り出されてる訳じゃあるまいし……」

 「確かに似顔絵はまだ出回ってないけど……」

 「まだって何ですか?」

 「でもメルさんの見た目は知られているわ。だからその服装で気付かれているのよ」

 「あ~……」


 メルが身に着けている地雷系ファッションは、ペスカトピアにおいてかなり特徴的だ。七番通りの人混みを見渡してみても、メルと同じような服装の人間は見当たらない。

 つまりメルが地雷系ファッションで街を歩く行為は、自分がメルであることを喧伝しているに等しいのだ。


 「まあ、私のこと抜きにしても目立ちますもんね、この服……」


 ストリーマーとして活動しているメルは、見られることそれ自体に抵抗は無い。だが友人と遊ぶ時に一々人目を集めてしまうのは流石に煩わしい。


 「メルさん。もしよかったら、ご飯の前に服を見に行かない?」

 「服、ですか?」

 「ええ。ここの人達はメルさんの顔までは知らないはずだから、その特徴的な服さえ替えてしまえば気付かれなくなると思うわ」

 「それいいですね!私ちょうど新しい服が欲しいと思ってたところなんですよ、今持ってる服これしかないので」

 「えっ服それしかないの……?」


 という次第でメル達はまず七番通りの服屋を目指すことになった。

 カミノールがメルの手を引いて人混みの中を縫いながら歩き、やってきたのは水色の屋根が特徴的な建物。店内を覗くと利用客のほとんどは若い女性で、皆思い思いに服を選んでいる。


 「あら、お嬢様。いらっしゃいませ」


 メルとカミノールが手を繋いだまま入店すると、近くにいた店員がカミノールにそう声を掛けてきた。


 「お嬢様、って……もしかしてこのお店って……」

 「はい。私の母の店です」


 そう告げるカミノールは、少し気恥ずかしそうだった。


 「珍しいですね、お嬢様がお店の方に来るなんて。今日はどのようなご用事で?」


 メル達より少し年上のその女性店員は、気さくな口調でそう尋ねる。


 「友人の服を見繕いに来ました」

 「お嬢様にご友人が!?」


 女性店員は失礼極まりない驚き方をしながら、カミノールと手を繋いでいるメルの方に視線を移す。


 「あれ、あなたひょっとして、メルさんですか?」

 「は、はいっ!?そうですけど、どうして知って……?」

 「ああ、ごめんなさい。その服を見て、もしかしたらそうじゃないかと思って」


 やはり服である。ピンクのブラウスと黒のスカートを身に着けている限り、メルは身バレから逃れられない。


 「メルさんと七番通りで遊ぼうと思ったのですが、メルさんのこの恰好では人目が集まってしまって。ですからメルさんの印象を変えるような服を探しに来ました」

 「なるほど~、そういうことでしたか」

 「お任せしてしまっても?」

 「はいは~い!お任せくださ~い!」


 女性店員がメルの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。


 「えっ?あ、あの……?」

 「いや~噂で聞いてたよりもずっと可愛いですねメルさん!これは可愛い女の子愛好家として、あ違った、服飾店の店員として腕が鳴りますよ~!」

 「なんか変な肩書ありませんでした!?カミノールさん、この人って服屋さんで働いてて大丈夫な人なんですか!?」


 店の奥にある試着室へと引きずり込まれるメルを、カミノールは無言で手を振って見送る。

 そして約5分後。


 「よかった……普通にまともな服用意してもらえた……」


 試着室から出てきたメルは、いつものツインテールを解き、カミノールとよく似た清楚なワンピースに身を包んでいた。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の14日に更新する予定です

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