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桜庭メル、叩きのめす

 メルとディラージは<無間匣>の中で一夜を明かした。


 「さて、例のドラゴンを探しに行くわよ!」


 意気揚々と音頭を取るディラージ。


 「ディラージさんディラージさん。私昨日から思ってたんですけど」

 「何よ」

 「今回狙ってるドラゴンのこと、ずっと『あのドラゴン』とか『例のドラゴン』とか呼んでるじゃないですか。ちょっと不便なので名前あった方がよくないですか?」

 「そんなに不便かしら……?けど名前を付けたいなら好きに付けていいわよ」

 「えっ、メルが付けるんですか!?」

 「メルが言い出したんだからメルが付けたらいいじゃない」


 ディラージの言うことにも一理ある。だが問題は、メルがそのドラゴンを見たことすらないという点だ。

 メルが例のドラゴンについて知っているのは、ディラージから伝え聞いたいくつかの情報のみ。それだけで相応しい命名ができるとは思えない。


 「ん~……」


 とはいえやる前から諦めるのは性に合わないので、メルは数少ない手持ちの情報からドラゴンの名前を思案する。


 「……そのドラゴンって、左目に傷があるんでしたっけ?」

 「そうよ」

 「じゃあマサムネなんてどうですか?」

 「マサムネ?変わった名前ね」

 「私の地元の歴史上の人物で、独眼竜って呼ばれてたそうなんです。だからピッタリかなって」

 「ふぅん、そうなの。それならマサムネにしましょうか」


 ディラージはドラゴンの名前について一切頓着しておらず、あっさりと「マサムネ」が採用された。


 「<万魔殿>」


 ディラージが魔法で馬に似た姿の疑似生命体を生み出す。馬はディラージが生み出す疑似生命体の例に漏れず灰色の体色を持ち、口元からは手綱に似た形状の髭が生えていた。


 「この子に乗って適当に動き回りながら、探知魔法でマサムネを探しましょう」

 「私探知魔法使えないですけど……」

 「分かってるわよ。索敵は私に任せておきなさい」


 マサムネを発見できるまで、メルがお荷物になることが確定した。


 「意外と乗り心地いいですね」

 「でしょ?優秀なのよこの子」


 メルとディラージを背中に乗せ、灰色の馬が岩場を歩く。

 ディラージが手綱を操りながら探知魔法による索敵を行っている間、メルにできるのは落ちないようディラージの腰にしがみついていることだけだった。


 「……見つけた」


 メルが肩身の狭い思いをすること約30分。ディラージが低い声でそう呟く。


 「ホントですか?」

 「ええ。この先にアイツがいるわ」


 ディラージの探知魔法による索敵範囲はメルの五感が及ぶ範囲よりも広いらしく、ディラージが発見したマサムネの存在をメルはまだ知覚できていない。


 「メル、降りて。ここからは徒歩で近付くわ」

 「分かりました」


 メルとディラージが馬から降りると、馬はそのまま消失した。


 「こっちよ、付いてきて」

 「はい。ところでディラージさん、今言うことじゃないかもなんですけど」

 「何よ」

 「配信してもいいですか?」


 メルはスマホを両手で持ち、上目遣いでディラージにお願いする。

 今日は起きてからここに至るまで配信のことなど頭からすっぽり抜けていたのだが、ディラージがマサムネを捕捉した瞬間に「ドラゴンとの戦いを配信しないのは勿体ないのでは?」というアイデアが唐突に浮かんできたのだ。


 「ハイシン?何よそれ」

 「えっと、配信っていうのはですね……」


 メルはディラージにスマホの機能と配信の概念について説明する。


 「ふぅん……つまりその魔法具を使うと、私達がマサムネと戦っているところを、メルの地元の人が観戦できるのね?」

 「そうですそうです……いいですか?」

 「別にいいわよ。観戦されるのには慣れてるから」

 「やった!」


 ディラージの許可が得られ、メルは両手をぎゅっと握って喜びを露にする。


 「けどその魔法具を持ったままマサムネと戦うのは不便ね」


 ディラージが<万魔殿>の二十面体を出現させると、そこから体長30cmほどの小人のような疑似生命体が出現した。

 小人は体が全体的にのっぺりとしており、背中に蝶のような羽が生えている。メルは妖精のような印象を受けた。


 「この子にその魔法具を持たせたらどう?」

 「えっ、いいんですか!?」


 メルとしても両手を使わず撮影ができるなら万々歳だ。

 メルは嬉々として配信を開始し、スマホを妖精に手渡した。


 「皆さんおはようございます、異世界系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『メルちゃんおはよう!!』『珍しい時間の配信だな』『メルのおはようございます初めて聞いた』『こっち全然おはようの時間じゃないけどな』


 メルが配信を開始すると、事前の予告無しにもかかわらず熱心なファンがちらほらと集まってくる。


 『なんかメルの後ろエッチなお姉さんいない?』『ほんとだえっちなお姉さんいる』『エッチなお姉さんこんなとこで何してるの』

 「今日はですね~、このディラージさんと一緒に、ドラゴンと戦おうと思いま~す!」

 『おお!』『ついにドラゴンか』『初日にチラッと見かけて以来だよなドラゴン』『やっぱ異世界と言えばドラゴンだよな~』

 「今日戦うドラゴンはすっごく強いらしいんですけど、負けないように頑張りま~す」


 いつものようにカメラに向かって話しかけるメルに、ディラージが訝しむような視線を向ける。


 「……なんか、いつもより可愛い子ぶってるわね」

 「うぐっ!?」


 ディラージが何の気なしに呟いた一言が、メルの心を深く抉った。


 「え、えっと……目的のドラゴンは近くにいるそうなので、早速向かいま~す」

 『てかメル両手空いてるけど今どうやって撮影してるの?』

 「妖精さんに撮ってもらってます」

 『は?』


 それ以上の説明はせず、メルはディラージの後ろを付いて歩く。

 少し歩くと、マサムネから発せられていると思しき物音がメルの耳にも聞こえてきた。


 「あっ、ドラゴンの音が聞こえてきましたね……」

 『聞こえるのはお前だけ定期』『そんなに耳がいいと耳元でシンバル鳴らしたら大ダメージ受けそう』『耳元でシンバル鳴らされたらメルじゃなくてもしんどいって』

 「音が聞こえるってことは、そろそろ姿も見えてくると思うんですけど……」


 だがメルの予想に反し、マサムネの姿はなかなか見えてこない。

 岩場は起伏が激しく遮蔽物も多いので、すこぶる見晴らしが悪い。どれだけ目が良かろうと、そう遠くまでは見えないのだ。

 結局メルがマサムネの姿を視認することができたのは、音を聞いてから5分近く後のことだった。


 「わぁ……カッコいい……!」

 『小学生男子みたいな反応で草』『でも実際カッコいい』『メルのドラゴンを見た時にまず「カッコいい」が出てくるところが好き』


 マサムネの全長は15m弱といったところで、全体的な形状はヘビよりもトカゲに近い。全身が青みがかった黒色の鱗に覆われており、背中には折り畳まれた翼があった。

 長い尻尾は根元から二股に分かれており、背面には背骨に沿うように背鰭のような形状の棘が連なっている。

 ディラージから聞いていた通りマサムネの左目は大きな傷跡で潰れていたが、それ以外にも大小数々の傷跡が体中に確認できた。まさしく歴戦の猛者といった雰囲気だ。


 マサムネはリラックスタイム中なのか、何をするでもなく座り込んでいる。メルとディラージの存在に気付いている様子はない。

 メルとディラージは一旦大きな岩の陰に身を潜める。


 「メル、手筈通りに行くわよ」


 ディラージがメルに囁き、メルもそれに頷き返す。


 『エッチなお姉さんなんて言ったの?』『エッチなお姉さんだからやっぱりエッチなこと言ってるんじゃないの』『なんで今からドラゴンと戦うって状況でエッチなこと言うんだよ』


 ペスカトピアの言葉は何故だかメルにしか理解できないため、ディラージが言っていることは視聴者には分からない。そして分からないのをいいことに、視聴者達はコメント欄で勝手なことを言っていた。


 「頼んだわよ、メル!」


 ディラージが岩陰から飛び出す。

 それに気付いたマサムネが、唸り声を上げながら体を起こした。


 「<媚薬体質>!」


 ディラージの頭部から1対の洞角が出現し、その体から強烈な甘いフェロモンが放たれる。

 フェロモンはディラージが操る魔法の風に乗り、マサムネの鼻先へと叩きつけられた。


 フェロモンによってマサムネは一気に興奮状態へと突入、耳をつんざく咆哮を上げる。


 「うるさっ」


 メルは轟音に肩をビクッと跳ねさせながら、ディラージとは対照的に姿勢を可能な限り低く下げて忍び足で走る。


 「<万魔殿>!」


 ディラージが<媚薬体質>に続いて<万魔殿>で疑似生命体の軍勢を出現させ、更にマサムネの注意を引き付ける。

 その隙にメルはマサムネの左側から背後へと回り込んだ。


 マサムネが大きく顎を開き、前方の全てを焼き払う炎のブレスを吐き出す。

 ディラージは<万能障壁>でブレスを凌ぐが、疑似生命体の軍勢は広範囲の炎によって一撃で半壊状態に陥ってしまった。


 「あんまり時間はかけられませんね……」


 ディラージがマサムネの注意を引き付け、メルが攻撃する隙を作る、というのが今回の作戦だ。

 だがマサムネの攻撃力の高さを見ると、ディラージと言えど長くマサムネを引き付け続けるのはリスクが高い。

 ディラージは天寵手羅の性質から長期戦を見据えていたが、ディラージの負担を考えるとメルが狙うべきは短期決着。そしてそのための方策も、メルは昨夜寝る前に考えてある。


 「行きますよぉ!」


 マサムネの背後を取ったメルは、気合を入れて両手の拳を打ち合わせる。

 するとその衝撃によって、両手の天寵手羅からバチバチと雷の魔力が迸った。

 更にメルは左手の拳を右手で包み、両手を頭上へと振り上げる。


 「てやっ!」


 メルが振り上げた両手を、近くに転がっていた直径1.5mほどの岩へと勢いよく叩きつける。プロレスでダブルスレッジハンマーと呼ばれる技だ。

 瞬間、両手から先程の数倍もの雷の魔力が生み出され、メルの周辺が雷光一色に染まった。


 『まぶしっ!?』『最近のメルの配信は目に悪いなぁ……』『メルちゃんサイッコーに輝いてる!!』『全肯定さんそれは褒めてるの?ただ実況してるの?』


 雷光が収まると、メルが殴った岩は真っ二つに砕けていた。

 そしてメルの両手は、彗星のように眩く輝く雷の魔力に包まれていた。


 「よし……!」


 天寵手羅の出力を確認したメルは満足げにほくそ笑み、それからマサムネに向かって走り出す。

 地面を蹴って幅跳びの要領でマサムネの背中に着地すると、そのまま背鰭のような棘を足場にマサムネの体を一気に駆け上がった。


 これまでディラージの策によってメルの存在をほとんど認識していなかったマサムネだが、流石に自分の背中を駆け上がられては否が応でもメルを意識せざるを得ない。

 だがマサムネがメルに注意を向けた時には、メルは既にマサムネの頭の上に立っていた。

 マサムネは苛立った様子で咆哮を上げながら、頭を振り回してメルを振り落とそうと試みる。


 「ひゃっ!?ちょっと揺らさないでくださいよ~!」

 『いやなんで落ちないんだよ』『それで落ちないのはもう物理法則的におかしいだろ』『異世界だから物理法則も違うんでしょ(適当)』


 だがメルは素晴らしい体幹を発揮し、マサムネの頭の上に留まり続けた。その様子は足の裏がマサムネの頭に接着されているのではないかと思えるほどだ。

 結局マサムネは1分ほど頭を振り続け、結局はメルを振り落とすことを諦めた。


 「今度はメルの番ですよ!」


 マサムネが頭の動きを止めたタイミングで、メルは左手の拳を右手で包み込み、雷を纏った両手を頭上に振り上げる。

 そして先程岩に対してしたのと同じように、渾身のダブルスレッジハンマーをマサムネの右目に目掛けて叩き込んだ。


 「てやぁっ!!」


 その衝撃によって発生した雷光は、例えるなら地上に生み落とされたもう1つの太陽だった。

 直視すれば失明しかねないほどの圧倒的な光量。地上にいたディラージも、思わず両手で光を遮りながら顔を背けた。


 直後、光の中でズンッという地鳴りのような音が響く。

 その音を不思議に思ったディラージが目を覆っていた両手を外すと、既に雷光は収まっていた。


 「……はぁ!?」


 ディラージの目の前には、頭部の右半分が内側から爆ぜたような状態のマサムネの死骸があった。


 「勝ちました~」


 メルがマサムネの死骸の上に立ち、カメラに向かって小さく手を振っている。


 『勝ちました~じゃないんだよ』『今何した?』『画面真っ白でな~んも分からんかった』『目に悪いか何も見えなくなるかの二択だからその店長が怖いみたいな名前の武器使うのやめなよ』『雷属性ってこんなに配信に向いてないんだな……』

 「メ……メル!?あなた一体何したの!?」


 ディラージからすれば、目が眩んでいるほんの数秒の間にマサムネが死んでいたのだ。困惑して当然である。


 「何したって……マサムネを殴りました」

 「殴っただけでドラゴンがこんなことになる訳ないでしょ!?」

 「天寵手羅があればマサムネを倒せるって言ったのはディラージさんじゃないですか」

 「それは言ったけど……」


 ディラージの作戦は、天寵手羅が発生させた雷の魔力をしばらく蓄積する性質を利用し、長時間の戦闘によってメルの拳の威力を上げるというものだった。

 メルが一撃でマサムネを仕留めることなど、ディラージは全く想定していなかった。


 「メル、昨夜気付いたんですよ。片手で殴るより、両手で殴った方が威力が高いんじゃないのかなって」

 『なんかすごくバカみたいなこと言ってる』


 天寵手羅の衝撃に応じた雷の魔力を放出する性質は、左右の両方に備わっている。

 であれば単純な計算として、ダブルスレッジハンマーのような両手を同時に叩きつけるような攻撃は、通常のパンチと比較して威力が2倍に跳ね上がる。

 それだけの威力があればマサムネとの短期決着も狙えるのではないか、というのが昨日メルが寝る前に考え出した作戦だった。

 そして実際にその作戦が功を奏したという訳だ。


 「まさかドラゴンを、それも特別強力な個体を、一撃で仕留めるだなんて……」

 「目を狙ったのが良かったのかもですね~」

 「ドラゴンは目だってガチガチなんだけど……」


 ドラゴンの網膜は網膜とは思えない程に強靭で、並大抵の攻撃は弾き返されてしまう。マサムネの右目にダブルスレッジハンマーを叩き込んだメルも、その感触には驚かされた。

 だがいくら強靭と言っても所詮は網膜。全身を覆う鱗に比べれば流石に脆い。

 だからこそ雷の魔力はマサムネの網膜を突破し、その頭蓋の内側を破壊し尽くすことができたのだ。


 「ディラージさん、これ」


 メルがディラージに差し出したのは、マサムネの死骸を収納した貯蔵札だ。


 「メルは武器に使う分だけ貰えたら充分なので、後はディラージさんが持っててください」

 「何言ってるのよ、私達2人で倒したんだから報酬も二等分に決まってるでしょ。まあその辺りの話は帰りながらしましょ」


 何にせよマサムネの討伐という目的を無事に果たしたメルとディラージは、そそくさと帰り支度を始めた。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の12日に更新する予定です

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