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桜庭メル、品評する

 巨大サソリを貯蔵札で回収したメルが、ディラージが<万魔殿>で生み出した巨大な象を目印に帰還したのは、太陽が沈み切る直前だった。


 「あら、遅かったわね!」


 待ち合わせ場所には既に、両手を腰に当てた仁王立ちで待ち受けるディラージの姿があった。


 「ごめんなさい、遅くなりました」

 「ちゃんと魔物は狩ってきたんでしょうね?」

 「はい、それは勿論」


 メルは巨大サソリを収納した貯蔵札を取り出す。


 「流石ね」


 それを見たディラージは、自身も大きく空いた胸元から1枚の貯蔵札を引っ張り出した。


 「なんでそんな場所に仕舞ってるんですか……?」


 およそ正気とは思えない収納場所に、メルは表情を引き攣らせた。


 「それじゃあせーので出しましょう」

 「分かりました」

 「せ~……のっ!」


 ディラージの合図と共に、2人は同時に貯蔵札の中の魔物を取り出す。

 メルの前に現れたのは先程仕留めた巨大サソリの死体。そしてディラージの前に現れたのは、全長2.5mほどの刺々しい大トカゲだった。


 「あらメル、あなたアダマピオを仕留めたのね。やるじゃない、私アダマピオの肉は結構好きよ」

 「えっ、このサソリ美味しいんですか?」


 実のところメルは、巨大なサソリなど美味しくはないだろうと思っていたのだ。メルが自分で狩ってきておいて何だが。


 「アダマピオの肉は高級食材よ。っていうか魔物の肉は大抵美味しいわ」

 「へぇ、そうなんですね」

 「それにしても……」


 ディラージは改めて巨大サソリ、アダマピオに視線を向けると、どこか悔しげに眉を顰めた。


 「まさかアダマピオなんて大物を狩ってくるとは……でもこの勝負は美味しい魔物を取ってきた方の勝ちよ!魔物の大きさは関係無いわ!」

 「分かってますけど……?」


 メルが自分より大きな魔物を狩ってきたことが、ディラージは悔しかったらしい。


 「そうと決まれば早速食べましょう!」

 「そうですね、私ももうお腹ペコペコです……流石にこんなには食べれないですけど」


 今宵の晩餐の食材として用意されたのは、5m級のサソリに2.5mのトカゲだ。とてもではないが女子2人で食べきれる量ではない。


 「食べきれる量だけ使って、後はペスカトピアに帰った時に売ればいいわ。まずは私の取ってきたリザソーンから処理しましょう」

 「そのトカゲ、リザソーンって言うんですね」


 ディラージは大トカゲことリザソーンの後ろ側に回った。


 「<無間匣>」


 ディラージが魔法を唱えると、ディラージの右側の空中に直径約50cmの黒い穴が出現する。

 その穴からディラージは、マグロの解体ショーに用いられる包丁に似た長大な刃物を取り出した。


 「メル、解体を手伝って」

 「あっ、はいっ」

 「リザソーンは尻尾が1番美味しいから、そこを晩ご飯に使うわ。メルはリザソーンを押さえて動かないようにしておいて」

 「分かりました」


 メルがしっかりとリザソーンの胴体を押さえたことを確認してから、ディラージはリザソーンの尾の付け根に刃物を入れる。

 ディラージの華麗な包丁捌きによって、リザソーンの尾は1分と経たずに胴体から切り離された。


 「これでよし、と」


 ディラージは切り離した尾を巨大包丁と一緒に<無間匣>の異空間へと放り込み、リザソーンの本体は再び貯蔵札の中に戻した。


 「次はアダマピオの方ね」

 「アダマピオはどこが美味しいんですか?」

 「ん~、アダマピオを食べたって感じが1番するのはハサミかしら。右か左のどっちか1つで充分足りるわね」

 「じゃあ右にしましょ、右に」


 メルは早足でアダマピオの右のハサミの前に移動する。


 「アダマピオの外殻は硬すぎて、私の手持ちの刃物だとハサミを斬り落とすことはできないわ」

 「じゃあどうしますか?」

 「私が胴体を押さえておくから、メルがハサミを引っこ抜いて」

 「は~い」

 「<魔王闘体>」


 ディラージがわざわざ身体能力を強化する魔法を発動した上で、アダマピオの胴体を両手で押さえ込む。


 「それじゃ、いきま~す!」


 メルはアダマピオの右のハサミを両腕で抱え込むと、綱引きの要領で思い切りハサミを引っ張った。

 ブチブチブチィッ!!というグロテスクな音と共に、ハサミは根元から引き千切られた。


 「上出来ね」


 ディラージはアダマピオの死体を貯蔵札に収納し、その貯蔵札をメルへと投げて渡す。


 「さて、下処理は済んだから、そろそろ料理を始めましょうか。今回は特別に私が腕を振るってあげるわ」


 ディラージがそう言って得意気に胸を張る。


 「ディラージさんってお料理できるんですか?」

 「ふふん、舐められたものね。料理の1つもできないなら戴冠者の名折れだわ」

 「へ~、じゃあ得意料理って何ですか?」

 「塩焼き」

 「あっ……」


 塩焼きが悪いとは言わないが、何となくディラージの料理のレベルが窺えたメルだった。


 「薪は……こんなものでいいかしら」


 ディラージは<無間匣>の中から次々と取り出し、キャンプファイヤーでもやるのかと思うような巨大な土台を組み上げる。


 「<着火>」


 完成した土台の中にディラージが魔法の火種を投入すると、巨大な焚火ができ上がる。


 「あとはこれを置いて……」


 最後にディラージは<無間匣>の中から脚付きの巨大な焼き網を取り出し、焚火の上に設置した。


 「これで準備は万端ね。さあ、料理を始めるわよ」

 「わ~、すっごく豪快~」


 この時点でもう大雑把なものしかでき上がる気しかしないメルだった。


 「まずはリザソーンの尻尾とアダマピオのハサミをいい感じになるまで焼いていくわよ」


 そう言ってディラージは2つの食材を網の上に並べる。

 リザソーンの尻尾からは肉の焼ける匂いが、アダマピオのハサミからはどこか海鮮に似た香りが漂い、食欲を刺激する。


 「いい感じに焼けてきたら、いい感じに塩を振っていくわ」


 語彙力の終わっているレシピを諳んじながら、<無間匣>から取り出した塩を尻尾とハサミに振りかけるディラージ。


 「これで完成よ!」


 レシピこそ無いも同然だったものの、得意料理と言うだけあって完成した塩焼きは確かに美味そうだった。


 「わ~、美味しそう。食べてもいいですか?」

 「いいわよ。はい」


 ディラージが短いナイフを2本取り出し、1本をメルに手渡す。


 「食器はあまり持ってきてないから、それで切り分けながら食べて」

 「は~い」


 メルが両手を合わせて「いただきます」と言っている間に、ディラージはもうリザソーンの尻尾を切り分け始めていた。

 前々からメルも気付いていたことだが、ペスカトピアには食事の際の挨拶の文化が存在しない。


 「ん~っ!やっぱりリザソーンの尻尾は美味しいわ!」

 「ホントですか?じゃあ私も……」


 メルもディラージに習って尻尾の肉を一口分切り分け、それをそのままナイフの刃に乗せて口へ運ぶ。


 「んっ!思ってたより美味しい!」

 「その言い方だとそんなに美味しくなさそうね」


 言葉選びを若干誤った感はあるが、実際メルはかなり感激していた。

 リザソーンの尻尾はジューシーな鶏肉のような味で、それでいて地球の鶏肉よりも遥かに旨味が強い。

 これまで何種類か魔物の肉を食べたメルだが、リザソーンは確実に歴代1位の味だった。


 「正直こんなに美味しいとは思ってなかったです」

 「ふふん、この私が狩ってきたリザソーンなのよ?美味しくない訳無いじゃない」

 「でも私のサソリだって負けてないはずです!きっと!多分!」


 メルは続いて自分が狩ったアダマピオに取り掛かる。

 外殻は硬すぎて剥がせたものではないので、引き千切った際の切断面から中身をナイフで穿り出す。


 「いただきま~す」


 白っぽい肉を口に含むと、プリッとした弾力と共に海老に似た旨味が一気に広がった。


 「んっ!美味し~!」

 「美味しいわよね、アダマピオ。私もいただくわ」


 ディラージもハサミから穿り出した身を口に運び、恍惚と頬を緩ませる。


 「ん~!お酒に合いそうな味ね」

 「海老みたいな味ですよね~、海鮮じゃないのに不思議~」

 「エビ……?」

 「あれ、海老知らないですか?海に住んでる曲がった生き物なんですけど」

 「海の生き物なんてほとんど知らないわ。ペスカトピアは海が遠いもの」

 「へ~、そうなんですね」


 メルの知っているペスカトピアは狩猟局の周辺だけなので、海が近くに無いことすら今初めて知った。


 「っていうか海老は私の地元の生き物なので、もしかしたらこっちにはいないかもです」

 「あら、そうなの。けどエビを知らなくても、アダマピオの美味しさは変わらないわ」

 「ですね」


 メルとディラージはしばらく食事に集中する。


 「そう言えばディラージさん、勝負はどうします?」

 「ああ、そうねぇ……」


 各々1体ずつ魔物を狩り、より美味しい魔物を狩った方の勝ち、というルールで勝負をしていたメルとディラージ。

 だがペスカトピアでは貴重な深層の魔物にありついている内に、2人とも明らかにそんな勝負はどうでもよくなっていた。


 「そもそもリザソーンとアダマピオだと味の系統が違いすぎるもの。どっちが美味しいかなんて決められないわ」

 「ですね。優劣をつけるなんてナンセンスです」


 自分達で決めたルールを自分達で批判しながら、2人は塩焼きを完食する。


 「はぁ~、お腹いっぱいです」

 「メル、お茶はどう?いい茶葉を持ってきてるのよ」

 「いただきます!」


 ディラージが<無間匣>からティーセットを取り出し、紅茶に似た茶を2人分淹れる。

 そしてメルとディラージは食後の雑談タイムへと突入した。


 「ディラージさん、私ずっと気になってたことがあるんですけど」

 「あら、なぁに?」

 「ディラージさんはこの間倒せなかったドラゴンを倒すために、今度は私を連れてきたって言いましたよね?」

 「ええ。メルとならきっと倒せるわ」

 「そう思ってくれるのは嬉しいですけど、何で私なんですか?自分で言うのもなんですけど、私何の魔法も使えませんよ?」


 メルは自分が世界で1番強いと信じて疑わないが、その一方で自分のできることとできないこと、得手不得手をきちんと理解している。

 そんなメルの不得手の1つは、自分よりも圧倒的に巨大な相手との戦闘だ。メルは基本的にパンチやキックで戦うので、巨大な相手には威力が足りないことが多い。

 木の枝でウルサージを仕留めた時のようにやりようはあるが、それでも向いていないに変わりはない。

 とどのつまりメルは、自分はドラゴン退治には適していないと考えていた。


 「人間の犯罪者とかをぶちのめすならともかく、ドラゴン退治なら他にもっと向いてる人がいたんじゃないのかなって。それこそ他の戴冠者の人とか」

 「他の戴冠者は気楽にドラゴン狩りに連れ出せるような立場じゃないのよ。それに私は一緒にドラゴン狩りをするなら、メルが1番だと思ってるの」

 「どうしてそこまで私を……」

 「この前の模擬戦、覚えてるでしょ?」


 ディラージが顔を顰める。


 「公式には引き分けっていうことになったけど、あれはどう考えても私の負けよ。メルもそう思うでしょ?」

 「えっと……」


 メルは言葉を詰まらせた。

 正直なところ、メルも先日の模擬戦は自分の勝ちだと思っている節はある。最終的にはメルも倒れたが、それでもディラージの方が倒れたのは先だ。

 だが審判を務めていた局長が引き分けと判定した以上、メルは自分の勝ちを強硬に主張するつもりは無く、引き分けという判定にも一応は納得している。

 そして何より、ディラージに面と向かって「あなたの負けで私の勝ち!!」と言い張るのは憚られた。


 「遠慮しないでいいわよ。私はずっと負けだと思ってるし」


 だが模擬戦の件に関しては、メルよりもむしろディラージの方がきっぱりと割り切っていた。


 「メル、あなたは魔法を一切使わず、素の身体能力だけで私に勝った。戴冠者の私によ?あなたの素の身体能力は、はっきり言って戴冠者以上だわ」

 「あ、ありがとうございます。えへへ……」

 「あなたほどの身体能力があれば、きっとドラゴン相手でも有利に立ち回れるわ。これがあなたを連れてきた1つ目の理由」

 「1つ目?」

 「ええ。そして2つ目の理由はそれよ」


 ディラージがメルの両手の天寵手羅を指差す。


 「メル、前回私がドラゴンを仕留め切れなかった理由は何だか分かる?」

 「えっ?え~っと……」


 無茶振りである。メルは前回のディラージとドラゴンの戦いの様子を知らないのだから、ディラージが勝ち切れなかった理由など分かるはずもない。

 ただディラージもそのことは分かっているので、あまり引っ張らずにその正答を口にした。


 「火力が足りなかったからよ」

 「火力、ですか?」

 「ええ。メルも知っての通り、私の最大の強みは<万魔殿>による数の力よ。けど私が<万魔殿>で生み出すことができる疑似生命体の戦闘能力は、平均的な深層の魔物程度が限界なの。だから深層の魔物よりも圧倒的に強くて、その上広範囲攻撃を持ってるような相手だとすっごく相性が悪いの」

 「あ~……」


 メルは<万魔殿>による数の暴力にはかなり苦戦させられたが、それはメルが<万魔殿>の疑似生命体を

1体ずつしか処理できなかったからだ。


 「ドラゴンってやっぱり火とか吹くんですか?」

 「めちゃくちゃ吹くわよ」

 「あ~……」


 ドラゴンの炎によって一気に焼き払われる疑似生命体の軍勢という構図が、見てきたかのようにメルの脳裏に思い浮かぶ。


 「私の弱みは瞬間火力、最高火力の低さ。継続的に一定の攻撃力を維持することは得意だけど、それが通用しない相手には割とどうしようもないの。けどメルと天寵手羅の力があれば、私の弱点を補うことができるわ」

 「天寵手羅もそんなに火力は無いと思いますけど……」


 天寵手羅は衝撃に応じて雷の魔力を放出する性質があり、メルの膂力であれば雷の魔力の放出量もかなりのものになる。

 だがそれが<万魔殿>の数の暴力を上回る威力だとは、メルには思えなかった。


 「1発殴るだけならそうでしょうね。けどその手袋、放出した雷の魔力がある程度蓄積されるでしょ?」

 「そうですね」

 「それってつまり、殴れば殴るほど威力が上がるってことよね?」

 「あ~、確かにそうですね。あんまり考えたこと無いですけど」


 ディラージの言う通り、天寵手羅が放出した雷の魔力はある程度両手に留まるので、短時間で何度も衝撃を与えれば雷の魔力の総量は増していく。

 だがメルがこれまで天寵手羅を付けて戦った相手の中で、一撃で沈められなかったのはディラージだけだ。同じ相手を何度も殴る機会が少ないので、威力の上昇が実感しにくいのだ。


 「戦闘が長引けば長引くほど、あなたの拳は威力が上がるわ。だから私があなたを補助して、あなたが拳の威力を上げ続ければ、きっとあのドラゴンの命にも届くはずよ」


 ディラージが真っ直ぐにメルの目を見つめる。


 「あのドラゴンの討伐は、あなたに掛かってるわ、メル」


 それに対しメルは力強く頷いた。


 「任せてください!」

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の10日に更新する予定です

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