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桜庭メル、焦がす

 「皆さんこんにちは、異世界系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『メルちゃああああああん!!!!!!』『生きとったんかワレェ!』『無事でよかった……』『割とガチで心配してたんだぞ』『生きてたなら生存報告くらいしてよ……』


 メルが未踏領域で配信を開始すると、早速コメント欄に驚きや喜びのコメントが次々と書き込まれた。


 「あ、あはは……やっぱり心配させちゃいました……?」

 『当たり前だろ』『あんな配信の終わり方してその後1週間も音沙汰無かったらそら心配するわ』『正直9割方死んだと思ってた』


 前回のメルの配信は、天寵ブラシオンと戦った時のものだ。

 天寵ブラシオンに勝利した後、メルはカミノールの腕の中で意識を失い、そのまま配信は終了した。

 そんな終わり方をした上にその後何日も音沙汰が無いとなれば、視聴者達がメルの死亡を疑うのも当然である。


 「えっと……ご心配おかけしてすみませんでした」


 メルはスマホのカメラに向かって、深く頭を下げる。


 『まあ無事ならよかったよ』『生きててよかった』『メルちゃんは私達に謝ったりしないでメルちゃんのやりたいようにやっていいんだよ!!』『全肯定さん推しをダメにするタイプのオタクだな』


 メルの謝罪に対する視聴者の反応は、そのほとんどが好意的なものだった。


 『こないだの配信から今日まで何してたの?』

 「えっと、治療院……地球で言う病院みたいなところに入院してました。2日間くらい意識が無かったみたいです」

 『えめっちゃ重症じゃん』『大丈夫だったの?』『今配信してるんだから大丈夫だったに決まってるだろ下らねぇこと聞くなよ』『語気が強いなぁ』

 「本当なら意識が戻ったらすぐに退院して、配信しながら魔物狩りに行こうと思ってたんですけど……」


 メルは苦笑を浮かべる。


 「カミノールさんがメルのことすっごく心配して、全っ然退院させてくれなくて……」

 『カミノールさんって誰だっけ?』『メルが異世界で作った友達でしょ?』『あのゴリラの化け物みたいなのに襲われてたのをメルが助けた女の子だよね』『あ~あの水色の?』

 「そうですそうです、皆さんよく覚えてますね」


 カミノールの髪や目の色は地球では珍しいので、視聴者達の印象にも残りやすい。


 『カミノールさんが退院させてくれなかったってどういうこと?』

 「メルの入院中、カミノールさんがなんでかすっごく過保護になっちゃって……ご飯食べる時もメルは全然両手使えるのに、『メルさんは両腕を大怪我したばかりだから』って言って食べさせてくれようとしたり……お手洗いに行くときも、『途中で転んだりしたら大変だわ』って個室の中まで付いてきてくれようとしたり……」

 『わぁ過保護』『メルって飯とかトイレとかに介助いるほど重症だったの?』

 「いえ全然。意識が戻った時にはもうほとんど万全でした。だからすぐにでも退院したかったんですけど……ここ何日かは怪我の治療っていうより、カミノールさんを説得するための時間でしたね……」


 更に言うと狩猟者としての活動を再開するにあたっても、カミノールとの壮絶な攻防があった。しかしそのことまで話すと長くなるので、メルは表情を引き攣らせるに留める。


 「そんな訳で!どうにかこうにかこうしてまた配信を再開できたということで、早速ですが皆さんに紹介したいものがあります!」

 『何?』『紹介したいもの?』『気になる~!!』『全肯定さんは全力でリアクションしてあげてて偉いなぁ』

 「それはぁ~……じゃん!これで~す」


 そう言ってメルが取り出したものは、花のようなデザインの勲章だった。


 『何それ』『メダル?』

 「これはですね~、覇王花章(はおうかしょう)っていう勲章だそうです」

 『勲章?』『なんで勲章なんか持ってるの?』『は?メルちゃんなら勲章の10個や20個持ってて当たり前でしょ?アンチなの?』『全肯定さんそれどういう全肯定の仕方?』

 「前回の配信でメル、おっきいゴリラ倒したじゃないですか。あれで貰いました~」


 天寵個体はペスカトピアにとって危険な存在。それを未然に排除した功績を称えられ、メルは叙勲されたのだ。


 「それからもう1つお見せしたいものがあって~……これです!」


 続いてメルは、いわゆる指ぬきグローブと呼ばれる形状の黒い手袋を取り出した。


 『手袋?』『カッコいい』『厨二チックなデザイン』『中学生の頃よくそういうの着けて学校行ってた』

 「これはですね~、おっきいゴリラの素材で作った、メルの新しい手袋で~す」


 ズーロから天寵ブラシオンの素材を使って装備品を制作することを提案されたメルは、その助言に従った。

 入院中に依頼していたものが退院とほぼ同時に完成したので、こうして今日の配信でお披露目と相成った次第だ。


 「これ、ただの手袋じゃないんですよ」


 メルは撮影用のスマホを持ったまま、器用に手袋を両手に着ける。着用したのはこの時が初めてだが、その質感はとても心地よかった。


 「この手袋、実は武器にもなるんです!」

 『手袋が武器?』『どういうこと?』

 「説明書も貰ってるので、今から読みますね」


 手袋を着用し終えたメルは、続いて四つ折りの紙を取り出した。紙を開き、そこに記された手袋の用法を読み上げる。


 「えっと……この手袋の名前は『天寵手羅(てんちょうしゅら)』」

 『店長修羅?』『めっちゃ怖い店長かな』『俺のバ先じゃん』

 「天寵ブラシオンの革を使って作られた手袋で……あっ、天寵ブラシオンっていうのはこないだ殺したおっきいゴリラのことです。手袋の手や指の甲の部分には、天寵ブラシオンの骨を加工して作った装甲が埋め込まれています。この装甲は衝撃を受けることで、衝撃の強さに応じた雷の魔力を放出します……だそうです」


 説明文を読み終え、メルは紙をポケットに仕舞う。


 「要するにこの手袋を着けて魔物とかをパンチすると、パンチの強さに応じて雷がバチバチッ!てなるってことですね~」

 『おおカッコいい』『強そう』『パンチと一緒に雷が出るなんて魔法みたいじゃん』『魔法なんでしょ実際』『異世界だもんね』『メルちゃんその手袋すっごく似合ってる!!私も明日指ぬきグローブ買いに行く!!』『指ぬきグローブがメルのファングッズになるのか……』

 「ということで今日の企画はこちら!天寵手羅使ってみた~!わ~、パチパチパチ~」


 メルは自分で拍手をして盛り上がりを演出する。


 「メルも使ってみるのは今日が初めてなので、どんな風に雷が出るのか楽しみです!早速魔物を探してみましょう!」

 『新武器の実験台にされる哀れな魔物か……』『実験台にされようがされまいがメルに目付けられた魔物は全部哀れだろ』『確かにメルはエグめの殺し方するもんな』『首捻って折ったり目ん玉ぶっ刺したり……』

 「メルだって好きでエグい殺し方してるんじゃないですよ~、そうするしかないってだけで……」


 視聴者と雑談しながらメルは耳を澄まし、魔物の気配を探る。


 「……うん、あっちにディリジアがいますね」


 メルは四足の魔物が森を歩く音を捉え、そちらに向かって歩き出した。

 程なくしてメルは前方に、新緑の毛皮を持つ鹿の魔物を発見する。


 「ディリジアいましたね~。じゃあ早速、手袋の初お仕事と行きましょう!」

 『がんばれ~』『メルちゃん気を付けて!!』『相変わらず頭おかしい聴力してんな……』


 メルが敢えて大きく足音を立てると、メルの存在に気付いたディリジアが威嚇の嘶きを上げる。

 ディリジアは鼻息を荒くすると、頭部の大きな角を振り回しながらメルに突進し始めた。


 「行っきますよぉ……!」


 メルは腰を落として構え、ディリジアを正面から迎え撃つ体勢を取る。

 そして猛り狂うディリジアが、遂にメルの腕の届く範囲に踏み入れる。


 「てやっ!」


 メルが目にも留まらぬ速さで繰り出した右の拳が、ディリジアの額と衝突し……

 瞬間、目の眩むような激しい閃光が辺りを包んだ。


 「ひゃあっ!?」

 『うわ何だ!?』『まぶしっ』『何も見えねぇ……』『画面真っ白なんだけど?』


 予想だにしなかった凄まじい光量に、メルと視聴者は混乱する。

 そして程なくして光が収まると、そこには黒焦げになったディリジアの死体が転がっていた。


 「……えっ、これってメルがやったんですか?」

 『当たり前だろ』『そりゃそうだろ』『メル以外に誰がいるってんだよ』


 状況から考えて、ディリジアの死因が天寵手羅による雷の魔力であることは間違いない。

 メルの拳とディリジアの突進が激突した際の衝撃によって、天寵手羅が雷の魔力を放ったのだろう。

 それはつまり、天寵手羅が説明書通りの性能を発揮したということだ。その点に関しては当初の目的通りであり問題はない。

 では何に問題があるのかというと、


 「ちょっと威力高すぎないですか……!?」


 という点だ。


 「衝撃の強さに応じた雷が出るとは書いてありましたけど……メルちょっとパンチしただけですよ?それだけでこんな威力……」

 『いや「ちょっとパンチしただけ」ではなかっただろ』『傍目にも頭蓋骨べしゃべしゃになりそうな威力だったぞ』『メルちゃん力持ち!!』『力持ちという表現は生温すぎる』

 「パンチした魔物が黒焦げになっちゃうと狩りにならないんですけど……」

 『それは確かにそうだね』


 狩猟者の目的は魔物を討伐し、その素材を持ち帰って売却することだ。

 だというのに倒した魔物が黒焦げになってしまったら、売却も何もあったものではない。


 「う~わ~……これもう後ろ足くらいしか焼け残ってないですよ……」


 メルがディリジアの焼死体を検めたところ、2本の後ろ脚だけは辛うじて焼け残り、素材として売却ができそうだった。

 しかしそれでもディリジアの体の大半が魔物資源としての価値を失ってしまったことに変わりはない。


 「悪いことしたなぁ……」


 メルが悔いているのはディリジアの命を奪ったことではなく、ディリジアの死体を活用することができなくなってしまったことだ。

 自衛以外で命を奪うのであれば、せめて奪った命は有効に活用するべきだ、というのがメルの考えだった。

 だが天寵手羅を用いると、その考えを全うするのが難しくなることが明らかとなった。


 「残念ですけど……狩猟者のお仕事の時は、この手袋はとりあえず封印ですね……」

 『草』『【悲報】新武器、使用回数1回でベンチ行き』『でも使用回数1回はリサイクルショップならプラス査定だから……』『フォローになってないぞ』

 「また暗いところに行くことになった時とかに使いましょう」

 『照明器具扱いで草』『実際両手が塞がらないで使える携帯型照明は便利』『てかぶっつけ本番なんだから最初から上手くできないのは当たり前でしょ』

 「……え?」


 メルは最後のコメントに目を留める。


 『まだ1回目だから上手く使えなかっただけじゃない?』『もう少し練習してみたら?』

 「確かに……」


 言われてみればその通りである。練習も無しにぶっつけ本番で、新たな武器を使いこなせるはずが無いのだ。


 『まずは両手を叩いたりして、どれくらいの衝撃でどれくらいの雷が出るのか調べてみたら?それで雷の威力が分かってきたら実戦投入してみればいいし』

 「なるほど~!!視聴者さんかしこ~い!頭い~い!」

 『そんなに褒めるなよ照れるだろ』『いい気になるなよ……!!』『全肯定さんブチギレで草』『嫉妬は醜いぞ』『ていうかメルは何でそれが思いつかなかったんだよ……』


 普通に考えれば真っ先に思い付きそうな「新武器をぶっつけ本番ではなく練習してから実戦投入する」というアイデアだが、メルは目から鱗が落ちた気分だった。


 「メル、今日からこの武器使う練習しますね!ただ……メルの練習を延々皆さんにお見せする訳にも行かないので、練習は配信が終わった後ってことで……」

 『俺はメルの練習垂れ流しの配信でもいいけどね』『作業用BGMになるしね』『メルちゃんの配信なら何やってても無限に見れるよ!!』

 「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……とりあえず今日は、いつもみたいに普通に狩りしようと思います……」


 その後メルは普段通り魔物を合計10体討伐し、特に面白いことも起こらないまま配信を終了した。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の29日に更新する予定です

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