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桜庭メル、目覚める

 「ん……?」


 深い眠りから無理矢理叩き起こされたように、メルの意識は朦朧としていた。

 瞼を開けて最初に目に映ったのは、清潔な印象の白い天井。


 「メルさん!?」


 しかしその天井はすぐに、水色の髪と目を持つ芸術品のような少女の顔に覆い隠されてしまった。


 「カミノール……さん?」


 メルは未だにはっきりとしない意識で、うわごとのように少女の名前を口にする。

 声を出してみて初めて分かったが、メルの口の中はカラカラに乾ききっていた。メルは堪らずに咳き込んでしまう。


 「あっお水!?お水が欲しいのね!?」


 カミノールが慌ててベッドの脇の水差しからコップへと水を注ぐ。メルはここでようやく自分がベッドに寝かされていたことを理解した。


 「はい、メルさん。ゆっくり飲むのよ」


 カミノールがメルの唇にコップを押し当てる。メルは二口三口水を口に含み、口内の乾燥から解放された。


 「ぷはっ、カミノールさん、ここは……?」

 「ここは治療院よ。メルさん、3日間も眠っていたのよ」

 「治療院……」


 治療院というのは聞き覚えが無かったが、地球での病院に相当する施設であろうことは見当がついた。


 「メルは……そっか、天寵個体と戦って……」


 ぼやけていた思考が時間と共に明瞭になり、メルはここに至るまでの経緯を思い出した。

 メルは天寵ブラシオンと戦い、激戦の末に辛くも勝利を収めたが、直後に意識を失ってしまったのだ。


 「……カミノールさんが私をここに連れて来てくれたんですか?」


 メルの記憶が正しければ、あの場で動くことができたのはカミノールだけだ。故にメルはカミノールが自分を治療院まで搬送したものと思ったのだが、


 「いいえ。メルさんが意識を失った後、私は1度ペスカトピアに向かって、治療師さん達を連れて戻ったの。メルさんを搬送したのはその治療師さん達よ」

 「そうでしたか……でもカミノールさんが治療師さんを呼んできてくれなかったら、私はきっと死んでました。ありがとうございます、カミノールさん」


 メルを搬送したのが誰であろうと、カミノールがメルの命を救ったことに変わりはない。メルはカミノールに頭を下げた。

 勿論、実際にメルを治療した治療師にも後で礼を言わなければならない。


 「そう言えばカミノールさん、他の人達は……?」


 メルが天寵ブラシオンと戦う前に、カミノールを除く調査団全員が天寵ブラシオンによって打ち倒された。中には生死が危ぶまれるほどの重症者もいたことから、メルは彼らの身を案じる。


 「心配は要らないわ」


 カミノールはメルを安心させるように微笑んだ。


 「調査団は既に全員意識を回復しているわ。何なら1番の重症者はメルさんだったのよ」

 「そうですか……無事ならよかったです」


 死者が出なかったことを聞き、メルは胸を撫で下ろした。

 その時、メルのいる病室の外から、何だか聞き覚えのある足音のリズムが聞こえてきた。


 「ほら、メルさん。噂をすれば……」


 カミノールの言葉と共に病室の扉が開く。

 そして現れたのは、頭に包帯を巻いたズーロだった。


 「おお、メル!よかった、君も目が覚めたのか」

 「ズーロさん。お怪我は大丈夫なんですか?」

 「俺の方は心配いらない。あと一晩もすればこの包帯も取れるだろう」


 ズーロは自分の頭を指差して笑う。

 頭から血を流して倒れるズーロの姿がメルには衝撃的だったが、どうやら見た目ほど重篤な怪我ではなかったらしい。


 「それより君の方はどうなんだ。両腕はもう1度動くようになるか怪しいと聞いたが……」

 「腕、ですか?」


 ズーロに言われて初めて、メルは自らの腕に視線を落とす。

 雷の魔力によってR-18G指定が必要なほど焼け爛れていたメルの両腕だったが、見たところその怪我は跡すら残らず完治しているように見える。

 試しに両手を胸の高さまで持ち上げ、握って開いてを何度か繰り返してみたが、その動作にも特に支障は無い。


 「うん、大丈夫そうです」

 「そうか、ならよかった」


 安心した様子で何度か頷いたズーロは、「それにしても……」と感慨深く腕を組んだ。


 「まさか君が、単身で天寵個体の討伐を成し遂げるとはなぁ」

 「えっ、どうしてそのこと知ってるんですか?私が戦ってた時、ズーロさん気絶してましたよね?」

 「何を言っているんだ。君が天寵個体を討伐したことは既に狩猟局中に知れ渡っている。いや、狩猟局どころかペスカトピア中に知れ渡っていてもおかしくないな。天寵個体の討伐というのはそれだけの偉業だ」

 「その通りです」


 ズーロの言葉に、何故かカミノールが誇らしげに頷いていた。

 一方のメルは、偉業と言われても今ひとつピンとこない。


 「えっと……そんな大ごとなんですか?」

 「当然だ。前にも話したが、天寵個体というのはともすれば戴冠者が対処に当たらなければならないほどの強力な魔物だ。それを君が単身で討伐したということは、ともすれば君が戴冠者に匹敵する戦闘能力を有しているということだ」

 「あ~……確かにそうなる、のかな?」


 戴冠者が対処するほどの魔物を1人で討伐したメルは、戴冠者に匹敵する戦闘能力を持つ可能性がある。一応理屈は通っている。


 「だから当初は君の偉業を疑う者もいた。調査団が10人がかりで天寵個体を追い詰め、最後に君が美味しいところだけをかっさらったのではないかとね。まあそういう連中は軒並みカミノールが黙らせたが……」

 「黙らせたって……カミノールさん何したんですか」


 メルが尋ねると、カミノールは僅かに胸を張りながら答えた。


 「嘘を見破る魔法具を使ったのよ」

 「それって治安維持局にあるやつですか?」


 その魔法具なら、メルも初めてペスカトピアに来た際に使った(使わされた)ことがある。


 「カミノールは大胆だったぞ。君の偉業を疑う連中を狩猟局の闘技場に集めて、全員の前で魔法具を使いながら君と天寵個体との戦いを一から十まで滔々と語り、それから連中を全員血祭りにあげたんだ」

 「最後の血祭り要ります?」

 「メルさんを疑ったんだもの。それくらい当然でしょう」


 そう言うカミノールは、むしろ血祭程度では生温いとすら思っていそうな表情だった。


 「そういう訳で、君の天寵個体討伐の実績は正式に狩猟局から認定された」

 「わぁ、カミノールさんのおかげですね。ありがとうございます」


 メルが感謝を口にしながらカミノールに笑顔を向けると、カミノールは頬を染めて顔を背けた。


 「天寵個体を討伐した君には報奨金が支払われる。それも狩猟局とペスカトピアそれぞれからだ」

 「えっ、そうなんですか?」

 「それだけ天寵個体は街にとって脅威ということだ。報奨金がどれだけの金額かは俺も知らないが、少なくとも当分は遊んで暮らせるぞ」

 「やったぁ」


 正当な報酬であるならば、金は貰えるに越したことはない。メルは無邪気に喜んだ。


 「報奨金だけではないぞ。君が討伐した天寵個体の魔物資源は、全て君に所有権がある」

 「メルが全部貰えるんですか?調査団の人達は……」

 「俺達調査団は天寵個体に対して全く何もできなかったからな。それで天寵個体の魔物資源を受け取れるほど図々しくはないさ」

 「それは……」


 メルは言い淀む。

 ズーロを始めとする調査団が天寵個体に対して何も成し遂げられなかったことは、メルにも否定できなかった。


 「確か天寵個体の死体が入った貯蔵札は、カミノールが預かっているんだったか?」


 ズーロがカミノールに視線を向けると、カミノールは小さく頷く。

 そしてカミノールは懐から1枚の貯蔵札を取り出し、それをメルに差し出した。


 「この中に天寵ブラシオンの死体が収納されているわ。メルさんが与えた致命傷以外、ほぼ無傷の綺麗な状態よ」

 「ありがとうございます」


 メルは貯蔵札を受け取り、普段の習慣でスカートのポケットにそれを仕舞おうとする。

 だが今のメルは普段の服装ではなく、いわゆる入院着のような恰好だった。

 メルは仕方なく貯蔵札を一旦サイドテーブルに置く。


 「ちなみにズーロさん。天寵個体の素材全部売ったらいくらくらいになりますか?」


 雑談としてメルがそう尋ねると、ズーロは困ったように顎に手を当てた。


 「……正直見当もつかないな。少なくとも報奨金として支払われる額とは比べ物にならない値が付くのは確実だが……」

 「そんなにですか!?」


 メルに支払われる報奨金は、当分遊んで暮らせる額というのがズーロの見立てだった。

 その報奨金と比較しても比べ物にならない額となると、小市民のメルにはもう想像もつかない。


 「天寵個体の素材なんざ、数十年に1度出回るかどうかの貴重な代物だからな。どれだけ金を積んでも手に入れたいという連中はごまんといる」

 「へ~、そうなんですね」

 「ただ……これは余計なお節介だとは思うが、俺としては天寵個体の素材を全て売り払ってしまうのはあまりお勧めしない」

 「ん、どうしてですか?」


 メルがそう尋ねると、ズーロはニヤリと笑う。


 「折角貴重な素材を手に入れたんだ。その素材の一部を使って、君専用の装備品を作るといい」

 「装備品、ですか?」

 「狩猟者は大抵、強力な魔物や希少な魔物を討伐した際、その素材の一部を使って特注の装備品を作るんだ。その手の装備品は優秀な狩猟者であることの証明になるし、性能も普通の素材を使ったものより優れていることが多いからな。カミノールの剣だって、確かその手の武器だっただろう」


 ズーロが視線を向けると、カミノールは頷いた。


 「へ~、カミノールさんの剣って魔物からできてるんですね」

 「ええ。といっても特別な魔物の素材ではなくて、私が狩猟者として初めて討伐したディリジアの角を使っているのだけれど。それでも店売りの鉄製の剣よりは切れ味がいいわ」

 「ディリジアというありふれた魔物の素材でも、それなりの性能のものができるんだ。天寵個体の素材を使った装備品がどれほどの性能になるか、想像しただけで胸が躍るな」


 ズーロは珍しく、子供のようにはしゃいでいる様子だった。

 そしてメルもズーロの話を聞いて、天寵ブラシオンの素材を用いた装備品に興味が湧いてきた。


 「おっと、無駄話が過ぎたな。メル、意識が戻ったと言っても、まだ体は万全ではないだろう。しばらくは安静にしているんだぞ」


 ズーロは最後にそう言い残し、メルの病室を後にする。


 「天寵個体の素材を使った装備品かぁ……あっ、でも特注で作ってもらうと、多分結構お金かかりますよね。幾らくらいかかるんだろう」

 「分からないけれど、報奨金と天寵ブラシオンの代金があれば問題ないと思うわ」

 「それもそうですね」


 メルは笑いながらベッドに体を預ける。


 「それで、あの……」


 するとカミノールが何やらもじもじし始めた。


 「お手洗いですか?」

 「いえ、そうではないの……メルさん、私はあなたに命を救われたわ。あの時メルさんが来てくれなかったら、きっと私はあのまま天寵ブラシオンに殺されていた。あなたは命の恩人よ、ありがとう」


 カミノールがメルに向かって深く深く頭を下げる。


 「そんなに気にしないでください。メルがカミノールさんを助けられたのはたまたまですから」

 「たまたまだとしても、私がメルさんに救われたことに変わりは無いわ。だからささやかだけれど、お礼を用意したの」

 「お礼なんてそんな、別にいいのに……」


 カミノールがどこからともなく、両手で抱えるほどの大きさの包みを取り出す。


 「喜んでもらえるか分からないけど……開けてみて」

 「ありがとうございます。ごめんなさい気を使わせちゃって……」


 メルはカミノールから包みを受け取って開封する。

 すると中から出てきたのは、ピンクのブラウスと黒のスカートという、メルお馴染みの地雷系ファッションだった。


 「これ、メルの服……?でも少しデザインが違う……」

 「メルさんがいつも着ていた服は、天寵ブラシオンとの戦闘でボロボロになってしまったわ。だから私の方で、新品を用意させてもらったの」

 「新品を用意って……どうやってですか!?」


 メルの衣装は、言うまでも無く地球で購入したものだ。ペスカトピアで同じものが用意できるとは思えなかった。


 「実は私の母は、服飾品を生産する工房を経営しているの。だから母の工房に依頼して、可能な限り同じ意匠の服を作ってもらったわ」

 「同じ意匠の衣装をですか」

 「えっ?」

 「なんでも無いです。え~、わざわざありがとうございます~!」


 カミノールの気遣いに感激しつつ、メルはブラウスを手に取って広げる。するとメルはあることに気が付いた。


 「……カミノールさん。このブラウスなんかすっごく手触りがいいんですけど」

 「そう?それはよかったわ」

 「……もしかしなくてもこのブラウス、すっごくお高くありません?」

 「そんなことは無いわ。確かに母には最高級の素材を使うようにお願いしたけど」

 「いややり過ぎですよこれ!メルが元々着てたのこんなにいいやつじゃなかったですもん!」


 メルの元の衣装も別に安物という訳では無かったが、それでもこのブラウスと比べると天と地ほどの差がある。

 これはメルの直感だが、地球でこのレベルの服を手に入れようと思ったら、ともすれば3桁万円が必要になる。


 「うわスカートもめっちゃいいやつ……」


 スカートの方も手に取ってみたが、やはりこちらもブラウス同様明らかな最高級品だ。


 「カミノールさん、流石にこれは受け取れないです……」

 「えっ……」


 メルが遠慮がちに断りの文言を口にするや否や、カミノールの顔に深い絶望の表情が浮かぶ。


 「もしかして、気に入らなかったかしら……?」

 「いや気に入らないなんてことは全然ないですけど……流石にこれはいただくには高級すぎますって……」

 「でも、メルさんは私の命の恩人なのよ?命は替えが無いのだもの、それに比べれば服の1着や2着では安すぎるくらいだわ」

 「理屈の上ならそうなんですけど……!」


 メルは思わず頭を抱えた。

 確かにカミノールの理論は正しい。命に比べれば服など安いものだというのは間違っていない。

 しかしそれとこれとはまた別の問題だ。


 「それにこの服は凄いのよ。清潔維持の魔法がかかっているから汚れが付かずに洗濯が不要の上、自動修繕の魔法のおかげで小さな傷ならすぐに直ってしまうの」

 「じゃあもっと高級品じゃないですか!余計に受け取れませんって!」

 「いえ、気に入ったのならぜひ受け取って頂戴。本当はもっと他にもお礼をするつもりだったのを、ズーロさんに窘められてこの服だけにしたんだから。これだけは受け取って貰えないと困るわ」

 「ありがとうございますズーロさん!でもどうせならこの服のことも止めてほしかったです!」


 メルとカミノールの押し問答は5分ほど続き、


 「……メルさん、貰ってくれないの……?」

 「っ……分かりました!ありがとうございます!」


 最終的には涙目上目遣いが決まり手となり、メルの敗北で幕を閉じた。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日の27日に更新予定です

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