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桜庭メル、痺れる sideカミノール

 カミノールが振り返るに、調査団に油断があったことは否めなかった。

 正直なところカミノールは天寵個体の出現はまず有り得ないと考えていたし、調査団の他の面々も、何なら調査を依頼した狩猟局もそれは同じだった。


 しかしそれも無理もないことではある。

 天寵個体は魔物が雷に打たれることによって発生するが、その確率は限りなく低いのだ。

 現にカミノールはこれまでにも何度か天寵個体の調査団に参加しているが、天寵個体の痕跡を発見したことは1度も無かった。それは他の狩猟者も同じことで、そもそもペスカトピアで現役の狩猟者の中に天寵個体の脅威を直接体験した者はいない。

 天寵個体の出現とは、それほど起こり得ない事態なのだ。


 だからこそ起こり得ないことが起こった時、カミノールはすぐに動くことができなかった。


 「ぐあぁっ!?」


 調査団の先頭を歩いていたズーロが横に大きく吹き飛ばされる。

 カミノールも他の調査団員も何が起こったのか理解できず、その場で石像のように固まった。


 「お前達……に、げろ……」


 兜が吹き飛び頭から血を流したズーロが、力を振り絞るようにカミノール達にそう告げる。ズーロはそのまま意識を失った。

 一拍遅れて、森の木々をまるで雑草のようにかき分けながら巨大な猿の魔物が出現した。

 猿の魔物は全身からバチバチと雷の魔力を放ち、凶暴な目付きで調査団を睥睨する。


 「……天寵個体だ」


 調査団の誰かが呆然と呟く。

 最初に我に返ったのはカミノールだった。


 「<氷柱連>!」


 腰の剣を抜きながら魔法を行使し、十数本の氷柱を天寵個体へと放つ。

 だがそれらの氷柱は天寵個体の腕の一振りであっさりと弾き返されてしまった。


 「恐らくブラシオンの天寵個体よ!石礫の魔法に注意して!」


 カミノールがそう叫ぶと、ようやく他の調査団の面々も動き出す。


 「よくもズーロさんを!」

 「うおおおお!」


 狩猟者達が各々の得物を手に、天寵ブラシオンへと躍りかかる。


 「おいお前!このことを街に!」

 「わ、分かった!」


 天寵ブラシオンとの戦闘が幕開けたと同時に、調査団の中で最も俊足な者が街への伝令役に指名される。

 伝令役の狩猟者はすぐさま天寵ブラシオンに背を向け、街へと走り出そうとするが……


 「があっ!?」


 数歩と走らない内に、天寵ブラシオンが放った石礫が伝令役の背中を捉えた。

 伝令役は走り出した勢いそのままに地面へと倒れ込み動かなくなる。動けないのは雷の魔力のためか、それとも背骨を砕かれたのか、カミノールには判断が付かなかった。


 「くそっ!」


 年長の狩猟者が悪態を吐く。

 最も足の速い彼が逃げ切れなかったということは、この場にいる全員が天寵ブラシオンから逃れられないことを意味していた。

 調査団に残された生き残るための道は、天寵ブラシオンを打ち倒すことだけだ。


 「皆、息を合わせるわよ!」


 まとめ役のズーロが離脱してしまったので、代わりにカミノールが音頭を取る。


 「うおおおおお!!」


 カミノールの合図に合わせ、調査団は一斉に天寵ブラシオンへと攻撃を仕掛ける。

 剣が、槍が、斧が、矢が、魔法が、次々と天寵ブラシオンを襲った。

 ……が。


 「そんな……」


 調査団が仕掛けた攻撃は、その全てが天寵ブラシオンの毛皮に弾き返されてしまった。

 カミノールが放った凍結の魔法も、着弾した途端に霞のように霧散してしまう。


 「バカな……」

 「嘘だろ……!?」


 早くも調査団の間に絶望感が漂い始める。

 調査団の攻撃は天寵ブラシオンに一切傷を与えることは無かったが、それでも天寵ブラシオンを苛立たせるには充分だった。

 天寵ブラシオンが空気の震えるような咆哮を上げながら、丸太を束ねたような両手を地面に叩きつける。

 するとそこから放射状に放たれた雷の魔力が、地を這いながら調査団の面々を襲う。


 「ぐあああああっ!?」

 「がああっ!?」


 調査団は誰も雷の魔力から逃れることができなかった。


 「ぅああああああっ!?」


 カミノールも全身が痺れて動かなくなり、右手の剣を取り落とさないよう握り締めるだけで精いっぱいだ。

 天寵ブラシオンは動けなくなった調査団を前に、猿とは思えないような下卑た笑みを浮かべる。

 そして天寵ブラシオンは調査団の中で最も近くに立っていた狩猟者を、その剛腕で無造作に殴り飛ばした。


 「があっ!?」


 殴り飛ばされた狩猟者の、骨のひしゃげるような音が聞こえてくる。

 無抵抗な相手を一方的に殴り飛ばす感覚がお気に召したのか、天寵ブラシオンは笑みを更に深くする。

 そして1人また1人と、まるで積み木を崩して遊ぶ子供のように、天寵ブラシオンは狩猟者達を殴り飛ばしていく。


 「っ……」


 天寵ブラシオンから最も離れた立ち位置にいたカミノールは、雷の魔力のせいで身動きも取れないまま、目の前で仲間達が次々とやられていく様子をまざまざと見せつけられた。

 殴り飛ばされた狩猟者達は全員が見るからに重傷で、生きているのか死んでいるのかも分からない。

 仲間をまるで玩具のように扱う天寵ブラシオンの残虐性と、そんな天寵ブラシオンを前に何もできない自分の無力さに、カミノールは怒りで脳味噌が溶けそうだった。


 遂にカミノール以外の調査団全員が天寵ブラシオンの魔の手にかかり、残るはカミノールただ1人となった。

 カミノールの目の前に立ちはだかった天寵ブラシオンが、相変わらず下卑た笑顔を浮かべたまま、両手を組み合わせて頭上に振り上げる。

 その両手で押し潰されれば、カミノールはきっとすら残らないだろう。


 だが不幸中の幸いというべきか、天寵ブラシオンが両手を振り下ろす直前、カミノールの体は雷の魔力の呪縛から解き放たれた。


 「っ、<銀盤>!」


 カミノールは足元から後方へと氷の道を作り出し、その上を滑って天寵ブラシオンの前から高速で離脱する。

 直後に空を切った天寵ブラシオンの両手が地面を叩き、石畳の道に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 「はぁっ、はぁっ……」


 命の危機を紙一重で脱した緊張感。カミノールの心臓は早鐘を打ち、自然と呼吸が荒くなる。

 一方の天寵ブラシオンは、カミノールを仕留め損ねたことで一気に不機嫌になっていた。

 ギロリとカミノールを睨みつけた天寵ブラシオンの周囲の空中に、20個以上の石礫が出現する。


 「<氷瀑壁>!」


 カミノールが反射的に氷の防壁を作り出した直後、天寵ブラシオンが石礫をカミノールへと射出する。

 氷の防壁に着弾した石礫は、そのまま防壁を貫通してカミノールの体を打ちのめした。


 「あぐっ!?」


 防壁によって石礫の威力は軽減されていたが、それでもカミノールを満身創痍にするには充分だった。


 「ぐっ、ぅ……」


 立っているのもやっとという状態のカミノールに天寵ブラシオンが迫る。

 そのゆっくりとした足取りは、カミノールの絶望をより深めるための演出だ。

 これほど悪辣な性格の魔物を、カミノールは見たことが無かった。


 「……下衆が」


 せめてもの意趣返しに、カミノールは天寵ブラシオンへと生まれて初めての悪態を吐く。

 そして天寵ブラシオンが再び腕を振り上げ、カミノールの命運が尽き果てようとしたその時。


 「……え?」


 どこかから飛来したナイフが、天寵ブラシオンの左目に突き刺さった。

 状況が飲み込めず呆気にとられるカミノールの体を、誰かが抱き留める。

 ピンクのブラウスに黒のスカート。長い黒髪のツインテール。


 「メル、さん……?」

 「大丈夫ですか!?」


 それはカミノールが友人になったばかりの少女、メルに他ならなかった。

 遠方からナイフを投擲して天寵ブラシオンの目に命中させるその技術に舌を巻いたカミノールだが、すぐにこれは好機だと思い直した。


 「メルさん、逃げて……」


 メルのブラウスの袖を掴んで必死に訴えるカミノール。


 「あの天寵ブラシオンは調査団を一瞬で壊滅させた。きっとメルさんでも敵わないわ……」


 その言葉を聞いたメルが僅かに眉を顰めたことに、カミノールは気が付かなかった。


 「メルさんは逃げて……天寵ブラシオンの発生を街へ伝えて……」


 カミノールはメルの足の速さを知っている。調査団の伝令役は天寵ブラシオンから逃れられなかったが、メルならば逃げ切れるかもしれない。

 そんな一縷の望みをかけてメルに頼み込むカミノールだったが、


 「……申し訳ないですけど、お断りします」


 メルはそう言ってカミノールを庇うように前に進み出た。


 「仮にメルがここから逃げて街に天寵個体のことを伝えに行ったとして、それでカミノールさんはどうするつもりですか?」

 「それは……」

 「少しでも天寵個体を足止めするために、死ぬまで戦おうとでも思ったんですか?」


 カミノールは何も言えなかった。まさしくその通りだったからだ。


 「今のカミノールさんがあれに立ち向かったところで、何の時間稼ぎにもなりません。ただ無駄死にするだけです」

 「でもそうするしか無いじゃない!


 どの道自分は天寵ブラシオンから逃げることも、天寵ブラシオンを倒すこともできない。ならばせめてメルのために時間を稼ぐ捨て石になろう。カミノールはそう考えていた。


 「そうするしかない?変なこと言いますね」


 そしてその自己犠牲を、メルは許さなかった。


 「もっと簡単で誰の犠牲も要らない方法があるじゃないですか」


 メルが悪戯っぽく笑う。その顔は何故かカミノールの網膜に鮮烈に焼き付いた。


 「メルがあの魔物を殺しちゃえばいいんです」

 「なっ……無茶よ!」


 口では無茶と言いつつも、カミノールの心にはメルならやってくれるのではないかという希望が生まれ始めていた。


 「無茶じゃないです。メルは強いですから」


 天寵ブラシオンが怒りの咆哮を上げ、憎々しげにメルを睨みつける。

 メルと天寵ブラシオンとの戦いの火蓋が、今にも切られようとしていた。


 「カミノールさん」


 メルがカミノールの目を真っ直ぐに見つめる。カミノールの心臓の鼓動が早まった。

 カミノールの手の中に、メルが板のようなものを押し付ける。


 「メルは絶対にあの魔物をここで殺しますし、カミノールさんのことも絶対に守ります。だからカミノールさんは、これでメルのことを撮ってください」

 「これは……?」

 「メルの地元の撮影道具です。この黒いところをメルに向けておいてくれればいいです」


 カミノールは困惑しながら板に視線を落とす。


 『クソデカゴリラで草』『えっあれブラシオンなの?』『ブラシオンってあのチンパンジーみたいなやつだよね?』『チンパンジーがゴリラに進化するのか……』『異世界は不思議だねぇ』


 板にはカミノールが見たことも無い、文字のような模様が浮かび上がっては消えてを繰り返していた。

 とりあえずカミノールが言われた通り、板の黒い箇所をメルに向けた。


 「雷よりも地雷系の方が強いってこと、見せてあげます」

 『何だその決めゼリフ』『メルちゃんカッコいい~!!!!』『カッコいいか……?』『雷と地雷は似ても似つかないだろ』『何なら地雷と地雷系も似ても似つかないぞ』


 先制攻撃は天寵ブラシオンだ。

 天寵ブラシオンが振り下ろした腕を、メルは華麗なバックステップで回避する。

 だが地面に叩きつけられた腕から、地を這う雷が放たれた。


 「ひゃっ!?」


 短く悲鳴を上げながら、メルは跳び上がって地を這う雷を回避する。

 その姿を目の当たりにしたカミノールは、驚きで目を大きく見開いた。

 地を這う雷は一瞬で拡散するため、調査団は誰1人としてその攻撃から逃れることはできなかった。

 それをメルは初見で回避して見せたのだ。驚かずにはいられない。


 『メルちゃん凄い!!』『今なんかめっちゃ速い電気みたいなの初見で躱してなかった?』『ヤバい動体視力と反射神経してたな今』『なんで今の反応できるんだよ……』『まあメルの身体能力がヤバいのは今に始まったことじゃないし』『それもそうだな』


 カミノールには知り得ないことだったが、スマホの画面の向こう側にいる視聴者達も、カミノールと同じ驚きを感じていた。


 「メルさん気を付けて!1度でも雷の魔力を受けてしまうと、痺れて身動きが取れなくなるわ!」


 カミノールは念のためそう忠告したが、カミノールが言うまでも無くその後もメルが雷の魔力を食らうことは無かった。

 地を這う雷を避けて軽業師のように樹上へと移動したかと思うと、ひらりひらりと鮮やかに石礫を躱していく。


 「凄い……」

 『猿みてぇな動きしてる』『よくもまああんな気軽に枝から枝へぴょんぴょんと』『あのゴリラよりもメルの方がよっぽど猿らしいじゃん』『ゴリラが猿っていうより怪獣過ぎるってのもあるけどな』


 カミノールはメルの身のこなしにただただ見惚れた。

 メルは石礫を回避するために樹上から地上へと降り、直後に地を這う雷から逃れるために再び跳び上がる。


 「てやぁっ!」


 そしてメルが空中で放ったナイフが、吸い込まれるように天寵ブラシオンの右目に突き刺さる。


 「やった!」


 それを見た瞬間、カミノールは思わず小さな歓声を上げた。


 『なぁんで空中でナイフ投げて命中させられるんですか???』『どういう訓練積んだらあんなことできるようになるの』『前におばあちゃんに格闘技習ったとか言ってたよな確か』『どんなおばあちゃんだよ……』


 天寵ブラシオンが両目を失ったことで、カミノールも視聴者達も、当の本人のメルでさえも、メルの勝利を疑っていなかった。

 だが視力を失ったはずの天寵ブラシオンが、メルの方へと正確に顔を向けた時、カミノールは失念していたことを思い出した。


 狩猟者の多くが探知魔法で狩りの対象となる魔物を探すのと同様に、魔物の中にも魔法によって索敵を行う個体が存在するのだ。

 仮に天寵ブラシオンが魔法による索敵が可能だとしたら、視力を奪ったとしても本質的には意味がない。


 「メルさん、っ……!」


 カミノールがそれをメルに伝えようとしたのとほぼ同時に、天寵ブラシオンの口から雷の魔力のビームが放たれた。


 「っ、ああああああああっ!?」


 ビームが僅かに左腕を掠め、メルが苦悶の声を上げる。その左腕は一瞬にして焼け爛れてしまった。


 「メルさんっ!?」


 あまりの左腕の痛ましさに、カミノールも思わず悲鳴じみた声を零してしまう。


 『メルちゃん!!!???』『えっヤバくね……?』『左腕ヤバいじゃん』『めっちゃグロいことになってる……』『あれ治るやつ……?』『治らなかったらそれこそヤバいでしょ……』


 視聴者達の間にも動揺が走る。


 「そんな……」


 メルの左腕は明らかな重症。戦闘では到底使い物にならない。

 片腕を使えない状態で、メルは天寵ブラシオンに勝てるのだろうか。天寵ブラシオンの攻撃は命中すれば一撃でメルを絶命させる威力があるが、メルの方は天寵ブラシオンに有効的な攻撃ができるのだろうか。

 助けに入るべきだろうか。しかし満身創痍の自分が参戦したところで、メルの足手纏いになってしまうのではないだろうか。

 だが足手纏いになることを恐れて、こうしてただ見ているだけというのは、果たして正しいことなのだろうか。


 カミノールの脳内を、ぐちゃぐちゃの思考が埋め尽くす。

 自分の為すべきことが分からず、カミノールは途方に暮れながらメルへと視線を向け、


 「……え」


 カミノールは自らの目を疑った。

 左腕を焼かれて絶望的な状況に追い込まれたメルが、笑っているように見えたのだ。


 「メル、さん……?」


 メルが天寵ブラシオンに向かって走り出す。

 地を這う雷を前に跳びながら回避し、石礫を指弾で撃ち落とし、天寵ブラシオンの目前まで辿り着いたメル。そのまま天寵ブラシオンの股下を潜り、背後へと回り込む。

 天寵ブラシオンが振り返ると同時に、メルは落ちていた剣を拾って跳び上がる。

 そして再びビームを放とうとした天寵ブラシオンの口の中に、メルは剣を突き入れた。


 「ああああああああっ!!」


 雷の魔力に腕を焼かれながらも、メルは天寵ブラシオンの喉奥を貫く。

 その一撃が致命傷となり、絶命した天寵ブラシオンの巨体がゆっくりと傾き始める。


 『勝った!?』『あそこから巻き返したか!!』『すげぇ……』『てか速すぎて見えなかったんだけど』『メルさっきよりも速くなってない?』


 メルの勝利に沸き立つコメント欄。


 「嘘……」


 左腕を失ったメルがあの悪辣な魔物の討伐を果たしたという現実を、カミノールはすぐに飲み込むことができなかった。

 メルは雷の魔力で痺れた体を何とか安全に着地させ、


 「っ……あああああああああああああっ!!!!!!」


 空に向かって思い切り勝鬨を上げた。


 『うわビックリした』『耳キーンてなった』『メルってあんな声出せるんだ』『あんな大声出したらもう地雷系名乗れないだろ』『地雷系に対する偏見がすごい』『メルちゃんおっきい声出せて偉い!!』『全肯定さんが幼稚園児の合唱コンクールみたいな褒め方してる……』


 高揚感に身を任せて声を上げるメルの姿は悪く言えば野蛮だったが、カミノールには何故かメルのその姿が神々しく見えた。カミノールは心奪われ、無心でメルのその姿を目に焼き付ける。

 だがそんな時間も束の間、勝鬨を止めたメルの体がぐらりと傾いた。


 「メルさんッ!?」


 カミノールは我に返り、大慌てでメルに駆け寄ってその体を抱き留める。


 「メルさん!大丈夫!?メルさん!?」

 「カミノール……さん……ちゃんと……約束守って……メルのこと……撮っててくれたんですね……」


 メルがそう言ってカミノールに微笑みかける。


 「メルさん、こんなボロボロに……!」


 調査団の誰よりも重傷を負ったメルの姿に、カミノールの目から自然と涙が零れてくる。


 「そんな顔しないでください……天寵個体は、メルが倒しましたから……」


 メルが右手を無理矢理動かし、カミノールの涙を拭う。

 メルに触れられた頬が、何故だか熱を帯びたように感じられた。


 「カミノールさん……カメラを、メルに……」

 「え……こう……?」


 カミノールは言われるがまま、メルから預かった板をメルの顔へと向ける。


 「皆さん、いかがでしたか……?メル、勝ちましたよ……」


 その言葉を最後にメルは意識を失った。


 「メルさん?メルさん!?」


 カミノールは必死で呼びかけるが、メルからの応答はない。


 『メルちゃん!?』『えっ死んだ……?』『縁起でもないこと言うなよ』『メルちゃんが死ぬ訳ないでしょ!!』『でも死んでもおかしくないレベルには重症だぞ……』


 全身に重度の火傷を負ったメルは、いつ死んでも不思議ではない状態だ。

 だがそれでもメルを抱くカミノールの腕は、確かにメルの鼓動を感じていた。

 メルはまだ助かる。まだメルを助けることはできる。カミノールはそう確信した。


 「メルさんは私達を助けてくれたわ……今度は私がメルさんを助ける番……!」


 カミノールには治療魔法の心得は無い。メルを治療院に連れていこうにも、重症のメルは下手に動かすとそれだけで命に係わる。

 それにこの場にはメル以外にも、傷付き倒れた調査団の面々もいるのだ。

 となればカミノールが取るべき選択肢は1つ。急いで1度ペスカトピアに戻り、治療師を連れてここに戻る他ない。


 「待ってて、メルさん……」


 カミノールはメルの体を優しく石畳の上に横たえる。


 「必ず、助けるから……!<銀盤>!」


 カミノールの魔法によって、石畳の道の上に氷の道が形成される。

 その氷の道を全速力で滑り、カミノールは自身に出すことのできる最高速度でペスカトピアを目指した。

前回間違えて1日早く投稿してしまったので、間違えたところからまた2日に1回投稿しようと思います

すみませんでした


読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日更新する予定です

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