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桜庭メル、痺れる

 天寵ブラシオンが咆哮と共に両腕をメルへと振り下ろす。


 「わっ、意外と速い」


 天寵ブラシオンの動きは、その巨体に見合わず俊敏だった。

 だが素早さに関して言えば、メルのそれは天寵ブラシオンを遥かに上回っている。メルは華麗なバックステップで攻撃を躱し、天寵ブラシオンの腕は空を切った。

 だが天寵ブラシオンの腕が地面に叩きつけられた瞬間、そこから雷の魔力が放射状に広がった。


 「ひゃっ!?」


 メルは咄嗟に跳び上がり、すんでのところで地を這う雷を回避する。


 「あっぶなぁ……」


 メルが肝を冷やしたのも束の間、メルが地面に下りるタイミングを見計らい、天寵ブラシオンは再び地面に腕を叩きつける。


 「ひゃあっ!?」


 雷の魔力が地を這って足元まで迫り、メルは再びの跳躍を余儀なくされた。


 「これもう変則的な大縄跳びじゃないですか……!」


 悠長に地面に立っていれば、地を這う雷の餌食になってしまう。それを避けるには地面に接触する時間を最小限にし、常に跳躍し続ける必要がある。

 その感覚はメルの言う通り、大縄跳びによく似ていた。


 「メルさん気を付けて!1度でも雷の魔力を受けてしまうと、痺れて身動きが取れなくなるわ!」


 カミノールが律義にスマホで撮影をしながら、メルに対してそう忠告する。


 「わぁ緊張感ある~……」


 戦闘中に身動きが取れなくなるということは、天寵ブラシオンの攻撃を回避することができなくなるということだ。

 天寵ブラシオンの信じ難いほど太い腕で殴られようものなら、メルは間違いなく一撃で死んでしまう。それを考えると、絶対に雷の魔力を受ける訳にはいかない。


 「どうしよう……」


 メルは一旦近くの木の枝の上に退避し、天寵ブラシオンを打ち倒すための手段を考える。

 天寵ブラシオンは体から常に雷の魔力を放出している。つまり考えなしに天寵ブラシオンへパンチやキックなどの攻撃を加えれば、どう足掻いても雷の魔力に接触してしまう。

 では接触せずに天寵ブラシオンを倒せるのかというと、飛び道具がナイフ1本しかない(1本は天寵ブラシオンの左目に刺さったまま)のでそれも難しい。


 「とりあえず……もう片方の目も潰すか」


 天寵ブラシオンを倒す方法が思いつかなかったメルは、とりあえずの方針として天寵ブラシオンの視力を奪うことを定めた。

 一方天寵ブラシオンは、ちょこまかと逃げ回るメルに苛立ちを募らせている。

 天寵ブラシオンが咆哮を上げると、天寵ブラシオンの周囲の空中に20個ほどの石礫が出現した。

 石礫の大きさは野球ボールほどで、それら全てが雷の魔力を纏っている。


 「うわ、魔法もブラシオンより強くなってる」


 ブラシオン特有の石礫を生み出す魔法が、天寵個体となったことで大幅に強化されていた。

 天寵ブラシオンは手を使うことなく、樹上のメルへと石礫を射出する。

 メルは木から木へと飛び移ることで石礫の回避を試みたが、数が数だけにどうしても躱しきれない軌道の石礫が1つあった。

 仕方なくメルはナイフの側面を使ってその石礫を防いだのだが、


 「いたっ……!?」


 石礫を弾き飛ばした瞬間、メルの右腕に焼けるような痛みが走った。

 石礫が纏う雷の魔力が、ナイフを伝って腕を襲ったのだ。


 「いっ、たぁ……防いでもダメなのはズルじゃないですか……」


 接触が一瞬だったこともあり、腕のダメージはそこまで大きくない。今は痺れて上手く動かせないが、1分もすれば元に戻るだろう。

 だが武器越しに触れただけでも腕が動かしづらくなる雷の魔力は、メルの想像以上に厄介だ。


 そして右腕の痛みに顔を顰めたメルを見て、石礫の攻撃が有効と判断したのだろう。天寵ブラシオンが再び20個ほどの石礫を生成する。


 「ちょちょちょ待って待って」


 木の枝の上では20個の石礫全てを躱し切ることはとてもできない。

 両足と左手をついて地上に降りたメルに向かって、天寵ブラシオンが石礫を一斉に射出する。


 「ひゃわぁっ!?」


 メルは珍妙な悲鳴を上げつつも、樹上の時とは比べ物にならないほどの機動力を発揮して全ての石礫を回避する。

 だがその直後、ブラシオンが両腕を地面に叩きつけ、雷の魔力が地を這いながらメルへと迫った。


 「ああもう!」


 地を這う雷は現状ジャンプして回避する他ない。だがやはりというべきか、天寵ブラシオンはメルが跳び上がったところを狙ってまたしても石礫を射出した。


 「そう来ると思いましたよ!」


 天寵ブラシオンの狙いはメルには読めていた。故にその対策も講じてある。

 メルは先程の着地の際に拾っておいたいくつかの小石を、指で弾いて射出した。

 指弾によって放たれた小石は、雷を纏った石礫に次々と命中し、その軌道を狂わせることに成功する。

 だが石礫の攻撃を捌いただけでは、着地時にまた地を這う雷に翻弄されることになる。


 「てやぁっ!」


 そこでメルは空中でナイフを左手に持ち替え、天寵ブラシオン目掛けてそれを投擲した。

 ナイフは石礫の隙間を縫うように空気中を突き進み、天寵ブラシオンの右目へと吸い込まれていく。

 そして右目から血飛沫が上がり、天寵ブラシオンは悲鳴を上げながら激しくのたうち始めた。


 「よしっ!」


 今の天寵ブラシオンに地を這う雷を放つ余裕があるはずもなく、メルは安全な着地に成功した。


 「さて、と……こっからどうしよ」


 メルは荒れ狂う天寵ブラシオンを見つめながら、次の一手を思案する。

 天寵ブラシオンは両目こそ失ったものの、未だ元気に暴れ回っている。

 通常のブラシオンであれば、目にナイフを突き刺せば先端が脳に到達して死に至る。だが天寵ブラシオンは頭部を含めた体躯が巨大すぎるために、目にナイフを刺しても脳までは刃が届かないのだ。


 「でももう何も見えないし、これで案外大人しくなったり……はしないか」


 視力を失ったというのに、天寵ブラシオンの生命力は衰える気配を一切見せない。

 仮にこの状態の天寵ブラシオンがペスカトピアを襲った場合、ペスカトピアに深刻な打撃を与えることは十分可能だ。目を潰しただけでは天寵ブラシオンの脅威が去ったとは到底言えない。

 


 「雷の魔力さえなければいくらでもやりようはあるんだけどなぁ……」


 天寵ブラシオンの討伐において、唯一最大の障害となるのはやはり雷の魔力だ。

 触れただけでダメージを受け、更に体の自由も奪われてしまう雷の魔力は、近接戦闘を得意とするメルにとって天敵といってもいい。

 仮に天寵ブラシオンが雷の魔力を持たないただ巨大なだけの魔物であれば、とっくにメルは討伐を終えていただろう。

 メルが歯痒い思いをしつつ天寵ブラシオン討伐の手立てを考えていたその時。


 「えっ?」


 眼球の痛みに暴れていた天寵ブラシオンが突如として動きを止めると、メルの方へと顔を向ける。

 その動きはメルの位置を正しく認識しているようにしか思えなかった。

 天寵ブラシオンもメルと同じく、視覚以外で周辺状況を把握する能力がある。メルがその可能性に思い至ると同時に、天寵ブラシオンは顎を大きく開いた。


 「っ!?」


 瞬間、メルの背筋にゾクリと悪寒が走る。

 ほとんど脊髄反射でメルが真横に飛び退いた直後、天寵ブラシオンの口から雷の魔力がレーザービームのように放たれた。

 ビームの直撃こそ免れたメルだったが、完全にビームを躱し切ることもできず、雷の魔力が僅かに左腕を掠める。


 「っ、ああああああああっ!?」


 ビームの威力は凄まじく、ほんの僅かに掠っただけだというのに、メルの左腕は一瞬で焼け爛れてしまった。


 「メルさんっ!?」


 戦いを見守っていたカミノールが、ともすればメル本人よりも悲痛な声を上げる。


 「うっ、ぐ……」


 意識が飛びそうになるほどの苦痛がメルを襲う。

 天寵ブラシオンはビームが当たったことが分かるのか、ニタニタと厭らしい笑みを浮かべていた。


 「ああ……やっちゃったなぁ……」


 メルは額に脂汗を浮かべながら、無理矢理笑顔を形作る。


 「油断してたなぁ私……」


 天寵ブラシオンの目を潰したことで、もう周りが見えないと高を括っていたことは否めない。その結果僅かに攻撃への反応が遅れてこの様だ。


 「これ治るのかな……」


 左腕の怪我は直視に耐えないほど酷い。少なくとも地球の現代医療では最早治療不可能だろう。


 「でも……まだ片腕が使えなくなっただけ」


 しかし左腕を失っても、メルの戦意は衰えてはいなかった。

 不幸中の幸いというべきか、使い物にならなかったのは左腕だけで、それ以外の体は十全に動く。雷の魔力を食らったとはいえ、ほんの僅かに掠っただけだからだろう。

 そして痺れていた右腕もようやく回復した。メルはまだ戦える。


 そして左腕の激痛によって逆に頭が冴え、メルは1つの作戦を思いついた。

 メルが今扱える飛び道具では、天寵ブラシオンを討伐するにはあまりにも威力が足りない。天寵ブラシオンを仕留めるには近接戦闘が必須になるが、天寵ブラシオンに接触すれば雷の魔力を受けて動けなくなってしまう。

 であれば話は単純。一撃で天寵ブラシオンを殺してしまえば、その後動けなくなろうが何の問題も無い。


 「決まり、かな……?」


 メルは目を瞑って深呼吸をして精神を研ぎ澄ませてから、改めて天寵ブラシオンを真っ直ぐに見据えた。

 ニタニタ笑っていた天寵ブラシオンが、再びメルに向けて顎を大きく開く。

 その口から雷の魔力のビームが放たれると同時に、メルは地面を蹴って走り出した。


 擦れ違うようにしてビームを躱し、メルは天寵ブラシオンとの距離を詰める。

 ビームが回避されたことを何らかの方法で察知したのだろう、天寵ブラシオンは地面に両腕を叩きつけ、地を這う雷を放った。


 「……遅い」


 まさしく雷光のような速度でメルへと迫る地を這う雷だが、メルの目にはスローモーションのように見えた。

 左腕の痛みが徐々に鈍くなっていく。限界以上の身体能力が発揮されていることがまざまざと自覚できる。

 極限状態に置かれたことでアドレナリンが過剰に分泌され、それが一時的な身体能力の強化を引き起こしているのだ。


 メルは地を這う雷に対し、これまでのように上に跳ぶのではなく、前へと向かって跳躍した。

 高跳びではなく幅跳びの要領で、メルの体は一気に天寵ブラシオンの下へと近付いていく。

 それに対し天寵ブラシオンはこれまで通り、雷の魔力を纏った数十個の石礫を射出するが、


 「芸がない……」


 研ぎ澄まされたメルの視界には、迫り来る石礫は止まっているも同然だった。

 メルは石礫への対策として右手の中に仕込んでおいた小石を3つ指で弾き飛ばす。

 指弾は石礫に命中して軌道を狂わせ、その石礫が更に別の石礫に命中してまた軌道を繰り返す。それが何度も繰り返され、最終的にメルはたった3つの小石で数十もの石礫を全て弾いて見せた。


 「てやっ!」


 天寵ブラシオンの目前にまで到達したメルは、その勢いそのままに天寵ブラシオンの股下を潜り抜けて背後へと回る。

 そこでメルは地面に落ちていた、調査団の誰かのものと思われる片手剣を拾い上げた。

 メルはこの剣を以て天寵ブラシオンの命を奪う方法を、研ぎ澄まされた思考力によって超高速で思案する。


 天寵ブラシオンが纏う雷の魔力のために、メルが天寵ブラシオンを攻撃できるのはたった1回。それをしくじれば、雷の魔力で動けなくなったところを天寵ブラシオンの剛腕で叩き潰されてお終いだ。

 そしてたった1回の攻撃で天寵ブラシオンの命を奪うのは至難の業だ。

 通常のブラシオンでさえ、刃物による攻撃は毛皮やその下の筋肉に阻まれて通りにくい。ましてや天寵ブラシオンが相手となると、適当に剣を振るったところで毛すら斬れない。


 剣を天寵ブラシオンの命に届かせるには、刃が通り尚且つ一撃で致命傷となる場所を狙う他ない。


 「そんな場所……1つしか思いつかないなぁ」


 メルが犬歯を露わにして笑う。

 天寵ブラシオンが背後のメルを振り返り、咆哮を上げながら両腕を振り上げた。

 地を這う雷を放とうというのではなく、至近距離にいるメルを直接叩き潰そうという腹積もりだろう。


 「てやっ!」


 メルは地面を蹴り、天寵ブラシオンの顔の高さまで一気に跳び上がる。

 それに対し天寵ブラシオンは即座に反応し、顎を大きく開いてビームを放つ体勢に入る。


 「はあああああっ!!」


 だがビームが放たれるよりも先に、メルは渾身の気合の声と共に、右手の剣を天寵ブラシオンの口の中へと突き出した。


 「ぐっ!?ああ、っ……」


 天寵ブラシオンの口の中に溜め込まれた雷の魔力が、メルの右腕を激しく焼く。


 「ああああああああっ!!」


 だがメルは一切怯むことなく、剣を天寵ブラシオンの喉の奥深くまで押し込む。

 その剣先は柔らかい喉を貫き、その先にある脊髄をも断ち切った。


 天寵ブラシオンの体が力を失い、ゆっくりと傾いていく。

 いくら強力な天寵個体といえど、脊髄を断ち切られては生きられはしない。

 ペスカトピアの街に甚大な被害をもたらすと予測された天寵個体は、今ここに討伐されたのだ。


 だがメルも無事では済まなかった。

 天寵ブラシオンが口内に溜め込んでいた雷の魔力に正面から右腕を突っ込んだために、メルの右腕は左腕以上に激しく焼け爛れてしまっている。

 更に雷の魔力が右腕から全身へと伝導し、体中に大小数多くの火傷も発生している。

 加えて雷の魔力による麻痺で、メルはまともに体を動かすことすら難しくなっていた。


 ズタボロになったメルの華奢な体が、重力に引かれて落下を始める。

 メルは碌に動かない体に必死で鞭を打ち、どうにか2本の足で着地することに成功した。


 「っ……あああああああああああああっ!!!!!!」


 アドレナリンによる過剰な興奮。天寵ブラシオンという強敵の命を自らの手で奪った高揚。全身を苛む激しい苦痛。

 それら全てを吐き出すように、メルは空に向かって思い切り勝鬨をあげる。

 しかしそこでメルの肉体は限界を迎えた。


 「……ぁ」


 全身の力が抜け、メルの体がぐらりと傾く。


 「メルさんッ!?」


 メルが倒れ込む直前、その体を抱き留めたのはカミノールだった。


 「メルさん!大丈夫!?メルさん!?」

 「カミノール……さん……」


 メルは痺れる唇をどうにか動かし、カミノールに声を掛ける。


 「ちゃんと……約束守って……メルのこと……撮っててくれたんですね……」


 カミノールはメルの頼みを律儀に守り、戦闘中のメルにスマホのカメラを向け続けていた。


 「メルさん、こんなボロボロに……!」

 「そんな顔しないでください……天寵個体は、メルが倒しましたから……」

 「でも……でも、メルさんが……!」


 メルは焼け爛れた右腕をどうにかこうにか気合で動かし、カミノールの頬を伝う涙を拭った。


 「カミノールさん……カメラを、メルに……」

 「え……こう……?」


 カミノールは言われるがまま、メルの顔にスマホのカメラを向ける。

 メルは力を振り絞って顔の筋肉を動かし、カメラに向かって微笑みかけた。


 「皆さん、いかがでしたか……?メル、勝ちましたよ……」


 カメラの向こうの視聴者に向けてそう囁いたのを最後に、メルは瞼を閉じた。

読んでいただいてありがとうございます

次回は明後日更新する予定です

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[一言] 防具なしナイフ2本剣1本でほぼラージャンを0乙討伐とな 人間じゃなくて種族ハンターだったのか…
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