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桜庭メル、異世界へ往く

 午後11時45分。あと少しで日付が変わる深夜の時間帯。某所のとある廃寺に、1人の少女の姿があった。


 「皆さんこんばんは~、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」


 ピンクのブラウスに黒のスカート。長い黒髪をツインテールに纏めたその少女は、不気味な雰囲気の夜の廃寺において明らかに異物だった。


 「桜庭メルの心霊スポット探訪、今日もやっていこうと思いま~す」


 メルと名乗る少女は、右手に構えたスマホに向かって1人で喋っている。

 ストリーマーと自称している通り、メルは今生配信の最中なのだ。

 スマホに表示されている配信画面によると、現在の視聴者数は66人。コメント欄に書き込みが絶えない程度には賑わっている。


 『こんばんは~』『こんばんは!メルちゃん今日も可愛い~!』『暗いな』『どこそこ』

 「えっと、ここはですね~……異府渡寺?っていうお寺だそうです」

 『いふわたりでら?』『聞いたこと無いな』『心霊スポットなの?』

 「そうなんです!何でもこのお寺では、これまでに分かってるだけでも10人以上も行方不明になってるそうなんです。そこまで広いお寺じゃなさそうなのに不思議ですよね~」


 メルが生配信で主に行う企画、「桜庭メルの心霊スポット探訪」とは、読んで字の如くメルが様々な心霊スポットに足を運び、心霊現象を撮影することを目的とした企画だ。

 メルが暗闇や物陰にビクビクと怯える姿が可愛らしいと視聴者からは好評だが、残念ながら心霊現象に遭遇できたことはまだない。


 「行方不明者の話だけじゃなくて、この異府渡寺には幽霊が出るかもっていう噂もあるんです!午前0時に異府渡寺の奥の院っていうところに行くと、女の人の幽霊が出るとか出ないとか……」

 『どっちだよ』『そこは出るって言いきっていいだろ』

 「でも……幽霊が出るってメルが言いきっちゃって、実際に行ってみて幽霊が出なかったら、視聴者さん達から詐欺罪で訴えられちゃうと思うし……」

 『そんなことで訴えねえよ』『そこまで暇じゃねえわ』『もっと自分の視聴者を信用しろ』

 「とにかくあと15分くらいで午前0時になるので、早速その奥の院っていうところに行ってみようと思います!心霊スポット探訪、スタートです!」


 何の捻りも無い掛け声と共に、メルは移動を開始する。

 人の手を離れて老朽化が進んだ本殿の後ろに回ると、山の方へと続く細い道があった。道の近くには「この先 奥の院」と書かれた看板が転がっている。


 「奥の院、こっちみたいですね」

 『思ってたよりも山道だな』『夜中にこんな山道歩いて大丈夫か?』『足元とかかなり危なそう』『メルちゃん大丈夫?心配……』

 「大丈夫です、一応道にはなってますし、それにメルはこう見えて結構運動神経いいので!」


 視聴者達の心配の声を余所に、メルは躊躇なく山道へと足を踏み入れる。

 山道の路面には石などのせいでかなり凹凸があったが、メルは悪路を意に介すことなく軽快な足取りで進んでいく。


 『めっちゃ歩くの速くない?』『マジで運動神経いいじゃん』『地雷系ファッションで運動神経いいの詐欺だろ』『どういう価値観?』『メルちゃん何か運動とかやってたの?』

 「運動は~……ちっちゃい頃おばあちゃんから格闘技みたいなの習ってました。エクササイズ程度でしたけど」

 『そういやメルって何歳なの?』

 「ナイショですっ」


 視聴者と雑談をしながら山道を歩くこと5分弱。メルは開けた場所に出た。


 「あれ、着いたのかな……?ここが奥の院……じゃ、ないですよね……?」

 『そうだね』『奥の院らしきものが何も無いからね』


 山道はここで終わっていたが、そこは単なる広場のようで、奥の院らしきものはどこにも見当たらない。

 代わりに広場の奥には、5体の石でできた地蔵が並んでいた。


 「あっ、お地蔵さんがありますよ」


 近付いてみると、地蔵の高さは1mほどとそれなりに大きい。

 雨風に晒されてかなり削れてしまっているが、元はかなり精巧に作られたものであることがメルにも分かった。


 「このお地蔵さんが奥の院……なんてこと無いですよね?奥の院って言ったら多分建物ですよね?」

 『普通はそうだね』

 「う~ん……道間違えちゃったのかな?この先奥の院って看板あったのに……」

 『でもあの看板転がってたしな』『もしかしたら他に奥の院に続く道があったのかもね』『地蔵があるってことはそこも寺の境内ではありそうだけど』


 目的の奥の院に辿り着けなかったことに、メルはその場で首を傾げる。

 するとメルは少し離れた草むらに、雑草に埋もれるようにして横倒しの地蔵が転がっているのに気付いた。


 「あれ?もう1人お地蔵さんいますね」

 『ほんとだ』『転がってるね』

 「あのお地蔵さんも多分お仲間ですよね?」


 よくよく観察してみると、5体の地蔵の向かって左側の地面には、何か重いものが置いてあったような窪みがあった。


 「ここにいた6人目のお地蔵さんが倒れて、そのまま転がってあそこに行っちゃったってことでしょうか?」

 『多分そうじゃない?』『まあそうだろうね』『すっごい名推理!!メルちゃん探偵になれるよ!』『すごい全肯定ファンがいる』

 「……可哀想ですよね。戻してあげましょうか」


 メルは倒れている6体目の地蔵の下に近付くと、


 「よっ」


 左手に撮影用のスマホを持ったまま、右手だけで1mを超える大きさの地蔵を持ち上げてみせた。


 『は!?!?!?』『え、何してんの?』『その地蔵多分100kgくらいあると思うんだけど……』

 「メルって実はこう見えて、結構力持ちなんですよ?」

 『片手で100kgの石像を把持するのは「結構力持ち」のレベルじゃないのよ……』『しかも上から持ち上げてるからな』『そもそも人間にそんなこと可能なの?』

 「あはは、可能も何もメルが今実際にやってるじゃないですか~」

 『バケモノめ……』『俺達は人外の配信を見てたのか……』『力持ちのメルちゃんカッコいい~!!』


 メルは右手だけで地蔵を軽々と持ち運び、5体並んだ地蔵の左隣、地面の窪みにピッタリと嵌るように6体目の地蔵を置いた。


 「うん、これで寂しくありませんね」


 一仕事終えたメルが満足気に頷いた、その時。


 ――オオオオオオ……


 「えっ、な、何ですか!?」


 突如として地鳴りのような音が辺りに響き、メルは動揺して周囲を見回す。

 すると6体の地蔵の目が、怪しい銀色の光を放ち始めていた。


 「ひゃっ、な、何ですかこれ!?目が光ってます、目が光ってますよ!?皆さん何なんですかこれ!?」

 『俺らに聞かれても困る……』『地蔵の目光ってて草』『目にライトが埋め込まれてるってこと?』『いやライトって感じはあんまりしなくないか……?』『てか光強くなってね?』


 地蔵の目から放たれる銀色の光は、加速度的にその強さを増していく。


 「目がっ、目が痛いんですけどっ!?」


 太陽を直視したかのような痛みを目に覚え、メルは思わず左手で両目を覆う。


 『な~んも見えん』『これ今どうなってんの?』『メルちゃん大丈夫?』


 そして強すぎる光のために配信画面には最早何も映っておらず、視聴者達からはメルの状態が見えない状態になっていた。


 「ひゃああああっ!?」


 銀色の光の中、激しい浮遊感に襲われたメルは一際大きな悲鳴を上げる。




 「……え?」


 気付くとメルは見覚えのない森の中にいた。

 空を見上げると、木々の隙間から見える空は青かった。


 「何で?夜だったはずなのに……」


 異府渡寺の奥の院には、午前0時に幽霊が出る。その噂を確かめるために、メルは深夜に配信を開始したのだ。

 空が青いはずがない。


 「そうだ、配信は……」


 異常事態に混乱したメルは、スマホの配信画面を確認する。


 『どうなった?』『メルちゃん大丈夫!?』『大丈夫そうだな』『てか空青くね?』


 配信は何事も無かったかのように続いており、視聴者からのコメントも相変わらず書き込まれている。


 「皆さん……なんかメル、気が付いたら知らない場所にいたんですけど……そして気付いたらお昼になってたんですけど……」

 『なんで?』『こっち普通に夜だけど……』『メル今どこにいるの?』

 「えっ、皆さんの方は夜なんですか!?」

 『うん』『夜だよ~』


 愕然とするメル。メルは空が明るくなっていた理由について、てっきり夜が明けるまで自分が気を失っていたのだと思っていたのだ。

 しかし視聴者達のいる場所が未だに夜であるということは、時間が経過したのではなく、メルが時差のある場所に移動したということになる。


 「そうだ、今の時間は……」


 現在時刻が分かれば元居た場所との時差が分かり、それによって現在地を大まかに特定することができる。

 そう考えたメルはスマホの時刻表示を確認するが、


 「何これ!?」


 時刻表示は「93:71」と、意味不明な時刻を示していた。


 『時間分からなかったの?』

 「えっと……今ここは93時71分だそうです……」

 『なんて?』『93時って何時だよ』『そりゃ93時は93時でしょ』『スマホ壊れてるんじゃないの?』

 「そうなのかな……でも配信はできてますよね?」

 『時刻表示だけバグったとか?』


 不可解な現象にメルが首を傾げたその時。

 空から降り注ぐ光が何かに遮られ、メルの周囲にふと影が落ちた。


 「ん?」


 不審に思ったメルは、影を作るものの正体を確かめるために空を見上げる。

 すると空には巨大な飛行物体の姿があった。


 「なっ!?」


 最初は飛行機かと思ったメルだが、すぐにそれが全くの見当違いであることに気付く。

 全身を鱗に覆われ、飛膜を備えた1対の翼を持つ、トカゲに似た巨大な飛行生物。

 その姿は紛れもなく、神話やファンタジーに登場するドラゴンそのものだった。


 「ドラゴン!?えっ、あれドラゴンですよね!?」

 『ドラゴンだね……?』『えっマジで?』『流石にフェイク動画でしょ』

 「えっ……地球にドラゴンっていましたっけ?」

 『俺の知る限りではいないね』『コモドドラゴンとかならいるよ』『少なくとも空飛ぶやつはいない』『てかまずあんなデカい爬虫類がいないだろ10mはあったぞ』『CGか何かでしょ?』


 空想上の存在であるはずのドラゴンの出現。

 それを受けてメルの脳内に、ある1つの可能性が思い浮かぶ。


 「もしかしてここって……地球じゃなかったり……?」


 ドラゴンなどという生物は、地球上には存在し得ない。

 しかしメルは実際に空飛ぶドラゴンの姿をその目でしかと見た。

 となればもう、メルがいる場所が地球ではないとしか考えられない。


 『それって、異世界転移ってこと?』


 コメント欄に書き込まれた「異世界転移」の文字に、メルはさぁっと青褪めた。

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