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7. 今度デートしよう

大広間に面したバルコニーの一つを選ぶと、レナードは給仕にカーテンを降ろすよう命じ、足元がおぼつかない僕を外へと促した。


バルコニーから見下ろす庭園は、クリフォードにエスコートされた時よりも神秘的で美しかった。窓辺には視線を遮るように木々が茂っているため、庭園からも隣接する他のバルコニーからも、お互いが干渉し過ぎないような作りになっていた。


その環境が彼を大胆にさせたのだろうか。

大広間の喧騒が遮断されると同時に、レナードは躊躇うことなく僕を抱きしめた。


「夢みたいだ。会いたかった――エドワード、エディ」


少し鼻にかかったくぐもった声に、僕は反射的に持ち上げた両手を止め、少し考えてから静かに下ろした。不本意ながら彼の胸に顔をうずめるかたちで直立する僕の鼻を、懐かしい匂いがくすぐる。


ああ、当時からレナードが好んでいた香りだ。


「涙もろくなりましたわね、リオ」

「……泣いてない」


「誰も見ていないとはいえ、ワタクシは嫁入り前の令嬢ですわよ。早く離れてくださらない?」

「……その話し方、どうにかならないの?」


のっそりと僕から身を離したレナードは、涙を見られたくないのか僕から顔を逸らして空を見上げた。不意に木の葉を揺らした気持ちのよい夜風が、僕たちの間を駆け抜ける。


「がっかりさせて申し訳ないけれど、ワタクシは正真正銘、キャスリン・リッチモンドですわ。エドワード・ローズベリーの記憶を持っているだけで、エディではありませんの」

「その融通の利かないところ、まさしくエディだね」


ははっと無邪気な笑顔を見せると、レナードはゆっくりと視線を戻して、正面から僕を見つめた。その表情からは何も読み取れない。


そもそも僕たちは、このような感動的な再会を果たすほどの仲ではなかった。父親であるオースティン先代伯爵からローズベリー家を悪く聞いて育ったのだろう。出会った頃から僕のことを快く思っていない様子は、彼の言動にも現れていた。


それでも同じ騎士団に所属して幾度となく顔を合わせるうちに険悪さは薄れ、世間話ぐらいはできるようになった。しかも二人の間には六つの差があり、まだ従騎士だった彼に敬われる立場だったのだ、僕は。


「ワタクシの記憶違いかしら?貴方にエディと呼ばれたことは一度もないような……」

「ずっと呼んでたよ、心の中で」


んー?


「ああ、こんな奇跡が起こるなんて。エディ、結婚しよう」


んんー?


さっと長身を折りたたみ、目の前で片膝をつこうとする男を慌てて制すと、僕はその上半身を力任せに掴んで引き上げた。


すっごく重い。よくもスクスクと成長してくれたものだ。


「リオ、落ち着いて。一体どうしたの?」

「一体どうしただって?君が死んだんだよ」


鋭い返答に、ぐっと言葉が詰まった。


「君が言った『また明日』は二度と訪れなかった。いつものように太陽が昇っても、それは私の知る日常ではなかった。とてもあっけなく、本当にあっけなく、私をリオと呼ぶ者がいなくなったんだ。……分かるかい?この絶望が」


僕の両腕をつかみ返し、淡々と吐き出す彼の言葉はとてもか細く、なのに慟哭のように鼓膜を震わせた。大の男が小柄な令嬢の肩に垂れる姿は、第三者がいたとしたらどう見えただろう。


「……ごめんな、リオ」


これが、キャスリンとして生まれた僕が、エドワードとして発した初めての言葉になった。



* * * * *



レナードは思っていたよりも僕に心を開いていたらしい。


もしくは心の準備もなく近しい人を亡くすと、必要以上に故人を恋しく感じるものなのかもしれない。エドワードが亡くしたのは父親だけだったので真偽は不明だが、一理あるような気がする。


バルコニーに置かれた長椅子に並んで腰を下ろしたものの、うつむいたまま口を開こうとしないレナードを一瞥し、僕は小さく息を吐きだした。庭園からはしっとりとした夜にふさわしい調べが、夜風に乗って繫いだ僕たちの手をくすぐった。


婚約者候補の夜会に招かれて、一回りも違う男の手を握っているだなんて、リッチモンド公爵やクリフォードが知ったら泡を吹くどころの騒ぎではないだろう。


しかし今はエドワードとして彼に付き添っているので、運命の神よ、ここは一つ見逃していただきたい。


「君は公爵令嬢になっても華奢だな」

「は?エディはムキムキでしたわよ」


かぶせ気味に言い返した僕を見て、レナードは軽い笑い声をあげた。


「パメラ夫人には言わないよ」


ぽそりと呟かれた名前に、僕の全身が一気に熱を帯びた。


パメラ・ローズベリー伯爵夫人。

僕の妻だった人の名だ。


切れ長の瞳が特徴的な、とても情熱的で美しい人だった。騎士団仲間からの紹介で一目会った時から心惹かれたが、魅力的な彼女は高嶺の花で、とても僕から声をかけられるような存在ではなかった。だから彼女からディナーに誘われた時は、有頂天になったものだ。


エドワードの母親の動向を調べた時、彼女はローズベリー領にはいなかったので、僕と死別してから離縁したのだろう。そう結論付けると苦いものがこみ上げてくるが、もうずっと前に飲み込んだ感情だ。思い返す必要もない。


「……彼女は今、どうされていますの?」

「実は知らないんだ。しばらくはローズベリー家にいたようだが、新しい嫁ぎ先ができたとしか」


「彼女なら再婚先に苦労はしなかったでしょうね」


自嘲気味に笑ってしまったが、心の底から安堵はしている。

一般的に女性が再婚相手を探すのは非常に難しい。男性が年若い令嬢を再婚相手に迎えることはよく聞く話だが、その逆はまずあり得ない。当時パメラは18歳とまだ若かったが、それでも男は初婚の令嬢を好むものだ。


夫を亡くした女性は未亡人として一生を終えること多いからこそ、彼女が再び幸せを手に入れたことは喜ばしい。自分の知らない男の隣で微笑む彼女は見たくないが、今の自分では彼女に幸せを与えられないことも理解している。


「どうだろうね。エディには悪いけど、私は彼女のことがあまり好きではなかったから。計算高く、狡さを兼ね備えた女性だったと記憶している」

「まあ!パムを侮辱するのはやめなさい。子どもだったリオには、彼女の魅力が分からなかっただけですわ」


「では14歳のキャスリン嬢には、私の魅力は伝わってるの?」

「オースティン伯爵家当主、独身、女嫌い、鉱山持ちのお金持ち」


「はは、鉱山が見つかる前から領地経営はうまくいっていたさ。あと、女性は嫌いじゃない。知っているだろう?」


意味深に握った手の甲を親指でなぞられて、僕は背中が粟立つ感覚に身震いした。


「リオ、いい加減にして。何度も言いますけど、今のワタクシは嫁入り前の公爵令嬢ですわよ」

「オースティン家なら、リッチモンド家とも釣り合うよ」


「そんな話をしてるんじゃないわ」

「そんな話だよ。鈍いところもエディを引き継いでいるわけ?」


まるで当時のレナードのように話す姿に引きずられそうになるが、そろそろ彼とは物理的にも距離を取らねばなるまい。なにせ花婿募集中の身としては、彼を巻き込むわけにはいかないのだ。


「リオ、本当に……」

「大公とはどんな関係?」


ぶっこむなぁ、コイツ。


「うちのお茶会にお招きしたので、お返しに今夜の招待をいただいただけですわ」

「どうせ茶会という名のお見合いパーティーだろ?花婿をお探しみたいだね」


「仕方がないでしょう。デビュタントを終えた身で婚約者がいないなんて、年齢を重ねるごとに外聞も悪くなりますもの。結婚はまだ先の話ですわ」

「大公家が参戦しなければ、うちにもまだ分があるかな。ね、今度デートしよう」


――可哀そうに。


死んだ旧友に会えた奇跡に、彼の思考回路はぐちゃぐちゃに混線してしまったらしい。


レナードには悪いが、エドワードの関係者と距離を置くことは今後も続行するつもりだ。これは今を生きるキャスリンの人格を守るためでもある。今後もどこかの舞踏会で顔を合わせることはあるかもしれないが、故意に会うつもりはない。


そう告げようとした僕は、その言葉を飲み込むことになる。


「エディ、君を殺した相手を覚えているかい?」


確かにレナードはそう言ったのである。

【今話のクマ子ポイント】

バルコニーなのか、テラスなのか、ベランダなのか。

クマ子は調べましたよ。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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