6. 単刀直入だなぁ
レナード・オースティン。
オースティン伯爵の長男で、エドワードよりも6つ年下の生意気な少年だった。
我がローズベリー家は、隣の領地を治めるオースティン家になぜか昔から敵視されていたため、初めて出会った頃からちょっと面倒な相手ではあった。しかし年の差があったせいか、周りをチョロチョロとしては何かとちょっかいをかけてくる彼のことを、僕はそれなりに可愛がっていたのだ。愛称で呼ぶ程度には。
僕の小さな失敗は、幸いにもアーガイル大公の耳には入らなかったらしい。レナードに視線を投げることなく、僕の肩を少し引き寄せた大公はそのまま大広間へと進んでいった。
そして当然のごとくダンスに誘われ、百人ほどが余裕で収容できるダンスホールの中央で僕たちは手に手を取り合う。屋敷に足を踏み入れてから注がれる視線は今も健在で、ダンスに参加していない人々はさまざまな思惑を孕んだ表情で談笑している。この内の何割が僕たちを話題にしているのだろう。
17歳という若さで家督を継ぎ、先代の喪が明けた今は彼にとってもまさに結婚適齢期。独身主義やら女性に興味がないやらの噂も、僕の存在で払拭できたのかもしれない。
僕たちはお互いに結婚など考えていないけれど。
それよりも気になるのは、ひときわ鋭い視線を投げつけるレナードだ。咄嗟に愛称で呼んでしまったとはいえ、普通なら聞き間違いだと流す程度のこと。アイツは何をそんなに険しい顔をして僕を見ているのだ?
「貴女はダンスの時でさえも、俺の存在を忘れるらしい」
「は?」
突如投げられたそんな言葉に、僕は令嬢らしからぬ間抜け面で顔を上げた。
「やっと自分の相手が誰だったかを思い出しましたか?」
「失礼いたしました。周りの視線に慣れておらず」
「先ほど肩が触れた男性、確かオースティン伯爵か。彼と面識が?」
「へ?」
ギクリと一瞬だけ硬直した振動を感じ取ったのか、アーガイル大公はそれを肯定と受け取ったようだ。
「オースティン伯爵は、確かパトロンとして王都でいくつか事業をしていたな。最近は領地内に鉱山が見つかったとかで羽振りは良いようだが、リッチモンド公爵家とは取引がない。ましてや彼は女性嫌いだったはずだが」
「え?そうなのですか?」
反射的に驚いた僕の態度に、アーガイル大公が怪訝そうに片眉を上げた。
僕が死んでから十四年が経つのだから、レナードは28歳前後。大公が彼を伯爵と呼んだことから、すでに家督を継いでいるようなので先代はご逝去されたのだろう。レナードには五人の姉がいたので、それなりにお年を召していたはずだし。
しかし、女性嫌いとは?アイツが?そうだったっけ?
「オースティン伯爵は未婚なのですか?」
「随分と彼に興味があるんだな」
ぐいっと腰に回された手に圧を感じながら、質問を無視する大公の態度から答えを確信する。爵位を継いだにも関わらず30を目前に独身となれば、何かしらの噂が立つのは仕方がないことだ。しかし僕の知る限り、レナードが女性を避けていた事実はなかったのだが。
「興味はございませんわ」
これは本音。
僕は意図的にエドワードの関係者とは距離を置いている。
誰しもが前世の記憶を持たないことに気付いたのはいつだったか。
幼少の頃、僕は周囲の人間にエドワードの話をよく聞かせていたらしい。前世というものを理解していたわけではないが、「エディはお菓子を食べさせて貰えなかったので、キティになれて嬉しい」などと口にしたような気もする。
そのうち、怪訝な顔をする周りの反応から「どうやらエドワードの話はしてはいけないらしい」ということを自然と学び、その後しばらくして、自分以外の人間には前世の記憶がないことを理解した。
そして「エドワード」は完全に僕の中だけに封印されたのだ。
キャスリンとして生を受けた以上、世間一般と同じように前世のことは忘れ、エドワードの関係者と接点を持つことは得策ではないと結論付けたのだ。
実はこっそり、エドワードの母親のことだけは王都の便利屋を使って調べたことはある。領地に戻られて健在だと知れただけで十分だった。
「関わるつもりもありませんわ」
軽快なステップを踏みながら静かに目を伏せた僕に、大公はそれ以上何も言わなかった。
* * * * *
「リッチモンド公爵令嬢!」
関わるつもりのない男に名を呼ばれ、僕は内心冷や汗をかきながら振り向いた。
大公とのダンスの後、彼とお近づきになりたい令嬢集団に囲まれて、気が付けば僕は会場の脇へと追いやられていた。正直、ありがたい。
喉の渇きを覚えたので、近くの給仕から果実水を受け取り一息つく。
キャスリンとしての社交界はまだ数えるほどしか経験がない。しかもこの夜会の主催者である大公効果で、ここまで注目されたことはエドワード時代にもない。さすがに疲れたので、人ごみを離れて歩き出した矢先のことだった。
「私はレナード・オースティンと申します。先ほどは失礼いたしました」
「……キャスリン・リッチモンドですわ」
「よろしければ私とも踊っていただけませんか?」
「申し訳ないのですが、少し疲れてしまいまして」
「それでは夜風にでもあたりましょうか。バルコニーまでエスコートします」
グイグイくるなぁ、コイツ。
元々社交的で自信に満ち溢れている性格だったが、今は大人の色気も纏って余裕が見える。14歳頃までの彼しか知らない身としては戸惑うばかりだ。
そんな僕におかまいなしに、レナードは僕の手を取って流れるように歩き出した。
僕の周りには強引な奴しかいないのか。
「あの、伯爵?ワタクシ、兄を探しておりまして」
「先ほど私を見て、リオと呼ばれましたね?」
単刀直入だなぁ、コイツ。
「伯爵の聞き間違いではないでしょうか?」
「リオは私の愛称です。しかし、そう呼ぶ人間は一人しか存在しません」
「で、でも愛称であればご家族やご友人も」
「彼らはレニーと呼びます。私がそうさせたのです。ただ一人を除いて」
やけに一人を強調してくるが、まさかそれだけで僕がエドワードだと思っているわけではあるまい?あと、なぜ僕だけリオ呼びを訂正されなかったのだろう。なんか怖い。
「それでしたら、ますますワタクシには預かり知らぬことですわ。そもそも卿のことだって先程まで存じあげず」
「伯爵、と呼ぶには慣れませんか?」
「……失礼いたしました。社交界に不慣れなもので、ご容赦くださいませ」
「いい加減観念したらどうだい、エディ?私の目は誤魔化せないよ。呼び方なんて正直どうでもいい。君のその目だよ。色も形も違うのに、その眼差しがエディだと私に確信させるんだ」
僕は小刻みに震えていた。
やだ怖い。コイツ、めっちゃ怖い。
よくも初対面の令嬢相手にこうも啖呵が切れるものだ。いや、元々こんな奴だった気もするが、もう成人だろ?伯爵だろ?こんな馬鹿げた話を口にしていいわけがない。
「伯爵は正気を失われているようですわね。ワタクシは失礼して」
「君のことは夫人にも伝えよう。確か名前はパ……」
「パメラには言うなっ!」
咄嗟だった。
あまりの咄嗟のことに、これがレナードが仕掛けた罠だったことにも気付かないまま、僕は素直にも苦悶の表情を浮かべてしまった。対してレナードは恍惚とした、まるで女神を前にした信徒のような顔で微笑んだ。
「おかえりエディ」
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