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5. 貴女の前だけだ

「これはユージーン・アーガイル黒騎士団副団長。今宵は招待いただき感謝します。さて、これで挨拶は済みましたね」


にこやかに一礼したクリフォードは僕を自身の背後に隠し、全然笑っていない目でアーガイル大公に小首を傾げて見せた。自分よりも格下の呼称で呼んだのも絶対にわざとだろう。そんな彼の態度に苛立ちを見せることなく、大公も同じくにこやかに返す。


「これは珍しいこともあるものですね、リッチモンド卿。無表情以外の顔をお持ちだとは存じ上げませんでした」


全然にこやかじゃなかった。

さっきは団長呼びだったくせに、意外と大人げない。


「兄が失礼いたしました、大公閣下。改めまして、素敵な夜会へお招きいただきありがとうございます」


見かねた大人な僕がぴょこっと兄の背後から姿を現し、可憐なカーテシーで礼を取る。


「ドレスがよくお似合いだ、キャスリン嬢」

「大公閣下のお心遣いに感謝いたしますわ」


深い夜空を基調としたシルクに、淡いグレーの宝石をちりばめた大人っぽいドレスを持ち上げると、僕は再度お辞儀で応えた。どう見ても目前の男を連想させるこのドレスは、クリフォードが帰宅した翌日、アーガイル家から突然届けられたのだ。


この独占欲にまみれたドレスの登場により、父は有頂天、兄は半狂乱という、地獄のような日々が始まった。自分の髪と瞳の色を施したドレスを女性に贈るという行為、これの意味するところは一つしかない。


――通常であれば。


「私もキティとお呼びしても?」

「お断りします!」


間髪入れずに、目の前の壁が答える。


「私はキャスリン嬢にお聞きしているのだが」

「キティは身内だけに許された呼称ですので」


「では、私と身内になりますか?」

「お断りします!!」


もはや金切声に近い兄を宥めると、僕はズキズキと痛むこめかみに手を当てながら二人を遮った。


「真面目な兄妹をからかうのはお止めください、大公閣下」

「今日はジーンと呼んではくださらないので?」


「一度も!……お呼びしたことはございませんわ」


発狂寸前の兄の耳を両手で塞ぐと、僕は微笑をたたえながら素早く周囲を見回した。とにかく今後の婚活に支障をきたすような噂を立てたくはない。コイツの狙いは分からないままだが、少なくとも今は普段と様子の違う兄をからかうのが楽しいらしい。


「では、ここからは私がご案内しましょう」

「お断りします!!!」

「ぜひお願いします!」


突如、それなりに体格の良いクリフォードを体当たりで押し退け、後ろに控えていたリッチモンド公爵が現れた。存在をすっかり忘れてたが、ずっと僕たちの会話を聞いていたのだろうか。


「こんばんは、アーガイル大公。私は庭師の真似事が趣味なのですが、手入れの行き届いたこちらの庭園に感銘を受けました。久しぶりに心躍る機会をいただき感謝申し上げる」

「ようこそおいでくださいました、リッチモンド公爵と公爵夫人。奥に母もおりますので、ぜひお顔を見せてやってください」


少し含みを持たせる言い方に聞こえたが、気のせいだろうか。公爵は終始笑顔を見せながら、その誘いに頷いた。


「喜んでご挨拶させていただこう。クリフ、お前も来なさい」

「父上?!お待ちください、キティ!キティも一緒に!」


「ご心配なくリッチモンド卿。令嬢は私が責任を持ってお預かりしますよ」


勝ち誇ったような顔を隠そうともせず、アーガイル大公はさらりと僕の手を取ると自分の腕につなぎ止めた。かたや悲壮な顔をして引きずられていく兄を見守りながら、僕は周りに聞こえない声で抗議する。


「兄をからかわないでください」

「貴女に兄はいないだろう?」


反射的に顔を上げると、少し冷ややかな視線とぶつかりギクリとする。大公はそんな僕に気付かぬ素振りで「では中に入りましょう」と、偽りの笑顔で促した。


キャスリン・リッチモンドは一人っ子だ。


僕を難産で産み落として程なく、公爵夫人は二度目の妊娠が難しいことを告げられた。夫人は愛人を迎えることを勧めたらしいが、貴族としては珍しく妻にベタ惚れだったリッチモンド公爵は首を縦に振らなかった。


そして僕が5歳になった頃、公爵は一族の中から聡明な男児を選ぶと、自分の後継者とするべく養子として引き取った。それが僕の従兄にあたるクリフォードだ。


この国では、女性が家督を継ぐことはない。

それは前世の記憶に頼らずとも物心つく頃には備わる常識なのだが、知識として理解することと、当事者として経験をすることでは全く違う。前世では当然のごとく与えられたすべての権利が、性別が異なるだけで剥奪される現実は、僕をやり切れない気持ちにさせた。


リッチモンド公爵が僕の嫁ぎ先に躍起になっているのも、正当な後継者を追い出そうとしているように邪推してしまうのは、僕がエドワードの記憶を持っているせいだろうか。


もちろん、公爵が条件のいい貴族にこだわるのは、嫁ぎ先で僕が苦労しないためであることは分かっている。そして本当の妹のように大切にしてくれる従兄のことも、僕は当然のごとく大好きなのだ。


今夜は少し様子がおかしいが、普段は思慮深く、聡明で、尊敬に値する人間なのだ。


「自慢の兄ですわ」

「そうか」


自らが提起したにも関わらず、すでに興味を失ったかのような態度にムッとしたが、これ以上広げたい話題ではない。やはり気に入らない奴だと確信しながら、エントランスホールへ足を踏み入れた。


アーガイル家の屋敷は外観もさることながら、中も驚くほど豪奢だった。

小さなパーティー会場にも成りえるエントランスホールには、大公と言葉を交わしたいであろう貴族たちが小さなグループを作り、機会をうかがっているようだ。そして、僕の姿を捉えるやその視線は意味深なものに変化する。


ヤバい。思った以上に僕たちの噂が広まってしまいそうだ。


一刻も早くこの腕を振りほどいて誤解を絶ちたいところだが、社交界のマナーというものを無視するわけにもいかない。このまま大広間までエスコートされたのち、一曲はダンスの相手を務めることになるだろう。


「先ほども言ったが……」


降り注ぐ視線など気にも留めないのだろう。二階へと続く大階段の中腹で足を止め、大公はおもむろに僕の耳元まで口を寄せた。


「今夜は特に美しいな。貴女の赤みがかった黄金の髪に、そのドレスがよく映える」

「あ、りがとうございます」


あまりの不意打ちに、不覚にも照れてしまった。


「そんな顔をすると年相応だな」


前世で20歳まで経験しているのだ。

実は僕の方が年上だと知ったら、彼こそどんな顔をするだろうか。


「大公は子どもっぽいところがおありですわね」

「貴女の前だけだ」


僕は知っているぞ。

このような軽口を誰にでも言える輩はエドワードの周りにもたくさんいたが、大概が女性に対して不誠実だった。こんな台詞がさらっと出ることからも、どれだけ言い慣れているか計り知れるものだが、異性から遠ざけられて育った令嬢ほどよく引っかかるものだ。


残念だったな小僧、僕は異性に免疫があるぞ。


聞こえよがしに溜息をつくと、僕はエスコートを無視して階段を上り始めた。しかし、大公も気にしたそぶりを見せることなく、再び僕の手を絡め取って定位置に戻す。


王位継承権を持つ大公と深窓の公爵令嬢。

しかもどちらも目立つ容姿であることから、大広間へと続く廊下で談笑する人々が自然と道を開けるのも無理はない。


しかも僕は大公色のドレスを身に纏っている。噂話が大好物な貴族にとって、会話を中断してでも僕たちの一挙一動を見逃したくないわけだ。


そんな中、外の景色に夢中になっていたのだろう。

窓辺に佇んでいた長身の紳士が持つワイングラスが、ゆらりと揺れて僕の肩をかすめた。


「失礼!大丈夫ですか、ご令嬢」

「いえ、こちらこ……リオ?」


しまった!


囁くような呟きだったにも関わらず、驚愕の色を浮かべたその男を見た瞬間、僕は自分が大きな過ちを犯したことに気が付いた。


亜麻色の髪を後ろに流し、目元の泣きぼくろが特徴的な男の名はレナード・オースティン。前世の僕、エドワード・ローズベリーをライバル視していた男である。

【今話のクマ子ポイント】

騎士団は違いますがお兄様は団長で、大公は副団長。

でもお兄様はまだ爵位がなく、大公は爵位持ちです。

さて、どっちが偉いでしょうか?ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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