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47. ズルいぞ

雪解けの訪れが冬の終わりを告げる頃、僕はアーガイル家の馬車で中心街に向かっていた。もちろん隣……には、ユージーン・アーガイル大公が、羊毛で仕立てられた上品なジャケットに身を包み、飽きもせずに僕を見つめている。


いまだエリザベート王女との婚約は解消されていないため、僕たちの関係に進展はない。


これまでも友人として適切な頻度で、ユージーンは僕を外に連れ出していたが、今日は少し勝手が違うようだ。いつもの軽口もなく、強張った面持ちで僕を両膝の間に抱えて座っている。ちなみに、これが友人として適切な距離かと問われれば否定せざるを得ないのだが、受け入れないことには馬車が出発しないのだ。


リッチモンド家から揺られること半刻ほど、ガタンと音を立てて車体が動きを止めた。


「足元に気を付け……いや、ちょっと待て」


今日は朝から粉雪が舞っていた。

うっすらと雪が降り積もったステップに、僕が足を滑らせないか心配になったのだろう。差し出された手が腰に回され、そのまま抱きかかえるように降ろされた。これが友人として適切な距離かと問われれば……。


「うわぁ」


ユージーンが隣へ移動すると、目前に飛び込んできた景色に一気に飲まれそうになる。ここは王都の中心に位置する小高い丘の上だ。真新しい教会といくつかの商店が肩を並べる広場があり、眼下には地平線まで見渡せる大地が広がっている。戦時中は敵陣の監視場として活用されたのだろうが、今は傾きかけた太陽に染められた幻想的な雪景色が続くばかりだ。


「ここには一度訪れたきりですわ」

「それはエドワードで?それともキャスリン?」


御者と護衛のモンフォール卿を下がらせ、小声で投げられた問に、僕は反射的にユージーンを睨みつけた。いつもは闇色にも見える髪が、夕日に照らされてアメジスト色に輝いている。


「なぜそんな意地悪な質問をなさいますの?」

「どこが意地悪?そんな難しい話だったか?」


重ねられた不愉快な言葉に、僕は気付かれないよう奥歯を噛み締めた。


「……よく考えてみるとエドワードの記憶でしたわ。王都に初めて到着した翌日、母上と街の全貌を見るために訪れたのです。キャスリンは王都育ちなので、そんな考えもおよびませんでしたわ」

「なるほど。ここからローズベリー領は見えるのか?」


背後から抱きしめながら、ユージーンが僕を自分の外套の中に入れた。今日はそこまで寒くはないが、高台にいるせいか風が強い。


「見えませんわ。馬車で何日もかかりますのよ」

「そうか。あちらも雪は降るのか?」


「――どうでもいいでしょう、そんなこと!」


とりとめもない会話だと分かっていた。


分かっていたのに、募る苛立ちを隠すことができなかった。荒げてしまった声に自分自身が驚いたが、一度開いた口を閉じることもできなかった。


「先ほどから何を仰りたいのですか、ジーン様」

「キティこそどうした?何が気に入ら……いや、何か別に言いたいことがあるんじゃないのか?」


質問に質問で返されたことが、余計に僕の心を波立たせる。反射的に外套から跳び出すと、今度は正面からユージーンを睨みつけた。


「お前に言いたいことなんて、あるわけないだろっ」


飛び出た言葉に目を見開いて、思わず口を覆う。


――僕は今、どっちだった?


何事かと近づくモンフォール卿を手で遠ざけると、ユージーンは青ざめた顔で立ち尽くす公爵令嬢に視線を落とした。


彼の視線を肌で感じながら考える。僕の心を支配する、このドロリとした感情は何だ?ずっと前から僕を苛立たせているものは何だ?ぐちゃぐちゃになりそうな心臓を抱え、出そうで出ない答えに頭が沸騰しそうだ。


「……僕を、助けろ、ユージーン」

「仰せのままに」


ふわりと抱き寄せられ、彼の唇がこめかみに触れて熱を伝える。目元に、耳に、頬に、首筋にと優しい口づけを落とされ、思わず彼の中でくぐもった声を上げてしまった。


「俺が聞いてやるから、全部吐き出せ」


ぞくりとする擦れた声で囁かれ、僕の視界がみるみると滲む。


「僕は死にたくなかった!」

「ああ」


「母上に認められたかった!」

「ああ」


「パムとも添い遂げたかった!」

「……それはダメだ」


「なんでだよ!」


抗議の意味で胸を突き飛ばしたら、まるで反撃するかのように乱暴に唇を奪われた。もう絶対に友人の距離ではない。


「お前がお前であれば、俺は正直どっちでもいいんだよ。エドワードとして生き直したいなら、できる限りのことはしてやろう。ただしパメラ夫人のことは諦めろ、想うことさえ許されない」


こんな少女の姿で、本気で僕とパメラがどうこうなるとでも思っているのだろうか。天下の大公閣下とは思えない狭量に、思わず笑いが込み上げた。


「なに笑ってんだ……ったく。そりゃ、本音はキャスリンとして生きて欲しいさ。この生はキャスリン・リッチモンドのもので、エドワードの復讐のために与えられたものじゃない。そうだろう?」

「……ええ、そうですわね」


ゆっくりと彼の背中に手を回して、ユージーンの胸に顔を埋めた。力強く響く鼓動に耳を傾けていると、荒立った感情が少しずつ凪いでゆく。


自分でも気づかなかったが、僕は……エドワードは、とても怒っていたのだ。宰相の理不尽な仕打ちに、容赦なく終わらされた運命に――。


言葉にできないほどの怒りを溜め込んで、溜め込んで、溜め込んで、消化不良を起こしたのだろう。それをユージーンに受け止めてもらえたことで、驚くほどスッキリとしてしまった。


そうか、エドワードは怒っていたのか。


「ユージーン・アーガイル大公」

「は?え……はい」


突然フルネームを呼ばれ、ユージーンが僕の拘束を解いて一歩下がった。


「貴方が好きです。どうかワタクシと結婚してください」


優雅なカーテシーでドレスを持ち上げる。

そして、目の前の愛しい男に向かって微笑んだ。


「お……お前、知ってたんだな!ズルいぞ」


エリザベート王女の新たな婚約者が決まったと、内々に聞かされたのは昨夜のこと。


お相手は友好国であるローザンヌ王国の第二王子らしい。ローザンヌの公爵令嬢を令息の嫁に迎えるシェラード外交官、もといシェラード宰相を牽制するためでもあるらしいが、第二王子が黒髪だったことが一番の理由ではないかと思っている。


「ワタクシは明日が来ないかもしれないことを、身をもって知っておりますの。だから後悔のないよう、言うべきことを言うべき相手にお伝えしたまでですわ」

「くそっ……いや、んんっ……喜んでお受けいたします、キャスリン嬢。くそっ」


先を越されたことがよほど許せなかったのか、眉間にしわを寄せたまま片膝を付いたユージーンは、それはそれは悔しそうに礼をとった。しかし次の瞬間、ぐいっと前かがみに立ち上がり、目と鼻の先まで顔を近づけるとニヤリと片眉を上げた。


「どうか我が婚約者殿に口づける栄誉を。明日が来ないかもしれないんでね」


「やっ、嫌ですわ!だってジーン様、怒っているでしょう?めちゃくちゃにされるもの。息が苦しくなって、頭もぼんやりして、ふわふわ気持ちよくて、何も分からなくなるから嫌!」

「……おい、男だった経験を活かして、わざと煽ってるんじゃないだろうな?俺の理性を吹っ飛ばしてどうする気なんだ?」


そしてユージーンが満足するまで深く口づけられた後、二人で手をつないで馬車まで戻った。一部始終を見ていたであろうモンフォール卿の視線を避けた先に佇む真新しい教会が、実はあの取り壊される教会の移転先だと聞いて思わず笑顔になる。


新しくスタートを刻むこの場所が、エドワードではなくキャスリンの想い出になるのも悪くない。ぼんやりされた頭でそう思った。

【今話のクマ子ポイント】

転生してから今までずっと、主人公はエドワードの死を受け入れていませんでした。

ぜーんぜん折り合いなんてついてなかったのです。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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