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46. 僕も好きだよ

宰相が連行された後、僕は無言でユージーンを見上げた。


エドワードの最期を聞かされて、正直まだ感情が追い付いていないが、僕よりもっとダメそうな奴が気になった。僕の意図に気付いたのだろう、ユージーンは何も言わずにそのまま宰相の後に続いて部屋を後にしてくれた。


奇妙な状況ではあるが、ユージーンの執務室にレナオードと二人きりになった。


「リオ」

「……お願いだ、エディ。君の最期があんなに酷いだなんて言わないでくれ。私が何も知らずにのうのうと寝ていた間に、君があんな目に合っていたなんて言わないでくれ!」


今まで見たことがないほど苦痛に歪む翡翠の瞳は濡れていない。なのに彼が絞り出した言葉は、まるで慟哭のように聞こえた。


エドワードが死んだことも、エドワードを助けられなかったことも、すべてレナードのせいではない。ましてやジャックのせいでもない。その責任を負うべき人間は、先ほど黒騎士団員に連れられて出て行った。


しかしこんな正論を告げたところで、彼の心が救われないことを僕は知っていた。彼を救えるのはエドワード本人だけだろう。


前世の自分をイメージして息を吸う。


「――リオ、僕は自分の死んだ時のことを覚えていない。こうやって聞かされても思い出せない。だから、痛いとか辛いとかは感じていないんだ。ただ、虚しさだけが残る」

「エディ、お願いだ。もうどこにも行かないでくれ。私の側にいてくれ、これからは私が全身全霊をかけて守る。今の私は地位も名誉も財産もある。従騎士だった頃とは違うんだ。誰よりも君を大事にするよ」


僕はレナードの瞳を見つめたまま、僕より頭二つ分ほど大きい男を抱きしめた。


「お前が好きなのはキャスリンではなくて、僕だろう?」

「エディ」


「悪いが、キャスリンはお前の気持ちに応えることができない」

「……はい」


「そしてエドワードも応えられない。お前が好きだったエドワードはもういないんだ。分かるな?」

「……はい。それでも、私は貴方と過ごした日々が恋しくて仕方がないのです」


僕の耳に温かい雫がぽたぽたと落ちる。

エドワードが知るレナードはいつも冷静で、こんなに感情をぶつけてくるような奴ではなかった。死んで初めて知ることがなんと多いことかと、不謹慎ながらしみじみと思う。


「僕を忘れないでいてくれて、ありがとう。僕も好きだよ、リオ。お前の好きとは違うかもしれないけど」


優しく頭を撫でながらお別れの挨拶を贈る。

これで本当にレナードとの関係も終わるのだ。少しの寂しさは感じるけれど。


本人には告げられない本音を胸に秘め、僕の従騎士の額に優しくキスをした。


さようなら、レナード。


「――い、やだ、嫌だ、嫌だ!嫌だエディ!私は嫌だ!君はここに確かに存在するのに、なぜ諦めないといけないんだ?私は二度と後悔したくない。エドワードを想うことが駄目なら、これからはキャスリン嬢を心から愛すよ。だいたいエディがエディである定義とはなんだ?それは記憶ではないのか?君がエドワード・ローズベリーの記憶を持っている以上、誰が何と言おうと君はキャスリンでもあり、エドワードなんだ。キャスリン嬢、お願いだから私の側にいてくれ。いや、私がずっと貴女の側にいる!」


28歳の本気の駄々を見せられた僕は、立ったまま気絶するかと思った。せっかくエドワードから開放してやろうとしたのに、この馬鹿めっ!


こうして僕は、軽い頭痛とともにヘーゼル色の瞳をそっと閉じたのである。



* * * * *



それからしばらくは、貴族社会だけでなく王国中が騒然となった。


王の右腕とも呼べる宰相が他国と共謀して闇賭博を主催、人身売買、貴族の殺害や殺人未遂の容疑に掛けられたからだ。まさに王国創立以来、前代未聞の大事件と言えるだろう。


罪に問われた一部が十四年以上も前なので、捜査は難航するかと思われたが、ジャック・ロビンソン卿を含め多くの供述と、シェラード外交官が入手した物的証拠、何よりラトランド宰相が積極的に自白したことから、裁判は異例の早さで終わりを告げた。


そうして雪深い季節に移ろいだ頃、宰相だった男を筆頭に事件の主要人物たちは、ひっそりと極刑に処されたのである。


残されたラトランド一族はどの犯罪にも関与していなかったため、ユージーンの約束通り極刑を免れた。しかし爵位ははく奪され、ラトランド家とその家門は歴史上から消えることになった。


貴族がただの平民として生きていけるものなのか、どちらが幸せだったのかは分からない。ただ、ユージーンが宰相の遺言を伝えた際、彼らは静かに受け入れたそうだ。


事件を明るみにし、解決に導いたユージーン・アーガイル大公は史上最年少で黒騎士団の団長に、レナード・オースティン伯爵は財務官に、シェラード外交官は念願の宰相の職が与えられた。


およそ権力に興味がなく、金儲けに忙しいレナードが財務官を引き受けたことは不思議だったが、「大公に匹敵するには宰相ぐらいは狙わないとね」と不穏な宣言を聞いてしまったので忘れようと思う。ちなみに、貴重な情報を提供したジャック・ロビンソン卿にも報奨金の話はあったらしいが、すべて断ったそうだ。


こうして今回の功労者たちを国中が褒め称えたが、そこにキャスリン・リッチモンドの名前はない。すべては、ユージーンとレナードの情報操作のおかげだ。


そもそも僕はただ神様が与えてくれたチャンスを自分のために使っただけに過ぎないし、キャスリンの人生をこれ以上エドワードに費やしたくはなかった。


没収したラトランド家の領地の一部は報奨金として功労者へ分け与えられたが、ユージーンとレナードはまるで示し合わせたかのようにそれを他者に譲渡したらしい。後日、しつこく問い詰めたところ、ユージーンはすごく嫌そうな顔でローズベリー伯爵家に贈与したことを教えてくれた。


「言っておくけど、俺はまだローズベリー領には行ってないからな。お前と行く約束は破ってないから」


あさっての言い訳をするユージーンに、思わず笑みが零れてしまう。お前はローズベリーと縁などないのにと呟くと、「キティがエドワードである以上、俺の義家族でもあると言えるわけだし」と意味不明なことを言って僕の目頭を熱くさせた。


対してレナードは、またしても一人で元妻パメラに会いに行ったらしい。


「言っておくけど、これはエドワードからだから。エドワード・ローズベリーから、自分に何かあった時に君を助けるよう頼まれていたんだ。十四年前は私には爵位も財力もなかったから、今更になるけど約束を果たしに来たよ」

「噓でしょ、レナード。あの人の、エディの敵を討ってくれただけでも大恩人なのに。領地まで与えてくれるだなんて……」


涙ぐむパメラと驚きで何も言えないハットン子爵に対して、レナードは抑揚のない声で再度告げた。


「だから、これは私からではない。断じてない」

「……貴方、本当に面倒くさいわね」


こうしてハットン子爵は領地持ちの貴族になった。「君の元旦那には敵わないなあ」と微笑む優しい夫の元で、彼女はこれからも幸せに暮らしていけるだろう。


ユージーンとレナードには、それぞれキャスリンから頬へのキスが贈られた。彼らが手放した対価にはとうてい及ばないが、彼らはとても喜んでくれた。……死ぬほど喜んでくれた。ちょっと僕が引いてしまうぐらいには喜んだ。ああ、もちろん二人ともに贈ったことは、墓場までの秘密である。


こうしてすべてが解決して、当たり前の日常が戻ってきた――そう思っていた。僕の中で一度芽生えた疑念が、徐々に僕を蝕んでいることにも気付かずに……。


僕は果たして本当に、キャスリン・リッチモンドなのだろうか、と。

【今話のクマ子ポイント】

話がそれるので、エドワードの母やローズベリー家の人々は登場させませんでしたが、キャスリンに里帰りをさせてみたかったです。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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