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35. 大切に想ってますぅ

焦るギルロイの声を背に、名を呼ばれた男が開け放たれた扉の前で仁王立ちでいた。数刻前に僕が予想していた再会とはかけ離れ、悪魔のような形相で僕を見ている。


「キティ、説明してもらおうか?」

「レディに対して脅すような物言いは感心しませんね。私に対しても無礼ですよ、大公閣下」


慌てて立ち上がったレナードが、僕を隠すように立ちふさがった。


「歓談中に邪魔をして申し訳ない、オースティン伯爵。しかし、我が家の大事な子猫を心配するあまりの行動だ。寛大な心で許して欲しい」

「ここには大公家の猫などいませんが?猫はあるべき場所へ戻っただけでしょう」


「まだ子猫でね、誰が主人か分かっていないようだ」

「猫に主人など。自由だからこそ猫なのですよ」


「俺は伯爵と話をするために訪問したわけではないのだが?」

「奇遇ですね、私も同じ意見です」


レナードが僕を隠すのでユージーンの顔が見えないが、徐々に声を荒げる男どもを制すため、僕は目の前の壁を押し退けて二人の間に立った。


「これ以上、大声を出されるなら二人とも出て行っていただきますわよ」


自分の射程距離に僕が現れたからだろう。ユージーンが僕を引き寄せようと手を伸ばすと同時にレナードに引き戻された。


「彼女に触るな、オースティン伯爵」

「どのような立場で私に命令なさるのか?この程度のスキンシップ、私たちにとっては日常的なことですよ」


おいおい、大嘘をつくんじゃない。


まるで子どもがお気に入りの玩具の取り合いをしているかのような状況に、僕はうんざりしながらレナードの手をぴしゃりと払った。


「ユージーン様、挨拶もなく立ち去ったことはお詫びしますわ。ですが、ワタクシがリッチモンドの屋敷に戻ることを望んだのです。狩猟大会の件をご心配されていらっしゃるのでしたら、護衛も増やしましたし外出も控えております」

「お前は良くても俺がダメなんだ。お前を抱いていないと夜も眠れない」


この男は婚約者がいる身であることを忘れたのか?

案の定、レナードが過剰反応をして、わーわー言い出したじゃないか。


「エ、キャスリン嬢!まさかとは思いますけど、そんなふしだらな行為を強要されてはいませんよね?」

「嫌がる女を抱いたりはしないさ。毎晩一緒だったからな、彼女から俺の移り香がするだろう?」


するわけないだろ。僕だって湯浴みぐらいしている。


「エデ、キャスリン!嘘だよね?まさか、また一服盛られたのかい?」

「待て、またとは何だ?誰がお前に一服盛ったんだ?」


どうやらレナードの許容範囲を超えてしまったらしい。ほぼ錯乱状態で、僕とエドワードのエピソードを混ぜてしまっているし、もはや口調もエディに対するものに変わっている。


これ以上余計なことを喋らせないために、僕はレナードを正面に見据えて声を荒げた。


「オースティン伯爵、落ち着いて。今も昔も薬など盛られておりませんわ。それに同衾と言っても横で眠っただけ、つまりテディベアと一緒ですわ」


「テディだって?グリズリーの間違いだろう?君はどうしていつもそんなに押しに弱いんだよ!だったら、私の時も押されてくれよ!」

「おい、まさか伯爵にも何かされたのか?」


――収集がつかない。


もう全然、まったく収集がつかない。


僕を無視して白熱する二人から視線を外すと、僕はストンと椅子に腰掛けた。それを合図に、ドロシーが新しい紅茶を注いでくれる。この醜態を一部始終見ていただろうに、まったく表情に出さない彼女に心底感心した。たぶん本当に興味がなくて、何も聞こえていないのだろう。それはそれで凄いけれど。


「そもそも貴方にはエリザベート王女殿下というご立派な婚約者がおられる身でしょう?こんなところまでキャスリン嬢を追いかけて、彼女に迷惑がかかるとは思わないのですか!」

「……家紋の入っていない馬車を使った」


珍しく正論を放ったレナードに、さすがのユージーンも苦し気に唸る。事実、まさにこの一言に尽きるのだ。どれだけ僕の身を案じてくれようとも、王女の婚約者の手を取るわけにはいかない。


「キティ、俺だって馬鹿げた行動をしていること百も承知だ。この状況下では、確かな約束を与えることもできない。それでもお前を諦められないし、他の男にくれてやるつもりもない」

「わ、私の方がず――と大切に想ってますぅ!大公なんて今春だろ、エディと出会ったのは。私とは二十年来の付き合いだし、実質パートナーだったんだ。こちらだってぽっと出の男にくれてやるつもりはないよ!」


「オースティン伯爵、貴方はなぜキャスリン嬢のことをエディと呼ぶんだ?」


ひゅっと僕とレナードの息が止まった。


もう洗いざらいぶちまけてしまっているので、名前どころの話ではないのだが、ここから誤魔化すことなどできるのだろうか?


「エドワード・ローズベリー伯爵だった男のことか?」


僕とレナードの息が完全に止まった。


な?え?なぜ?なんで?愛称ではなく、僕のフルネームをユージーンが知っているのだ?


――やばい、やばい、やばい。


自分がやらかしたことを理解したレナードは、完全に子犬の顔をして僕を見つめている。

いや、こっちを見るな。


「失礼する」


しんと静まり返った応接室に、リッチモンド公爵の太い声が響き渡った。執務室のある別棟で家門会議に出席していると聞いていたが、ユージーンが乱入したことでギルロイが呼びに行ったのだろう。


「大公閣下、いかなる理由があったとしても、今の立場の貴方に娘を会わせるわけにはまいりません。そしてオースティン伯爵、貴方もです。今は娘をそっとしておいてやりたい。申し訳ないが、お二人ともお引き取りを」


「突然の無礼を改めてお詫び申し上げます、リッチモンド公爵。キティ、さっきの言葉に嘘偽りはない。それだけは信じてくれ」

「キャスリン嬢、お会いできて光栄でした。お心が定まられたらご連絡を」


名残惜しそうにする二人に対して立ち上がると、僕はもじもじと手を動かしながら訪問の礼を述べた。あえて見送りはしない。


二台の馬車が連なって出ていく姿を眺めながら、「ちゃんと伝わりましたわよね?」と、僕は後方の馬車に向かって小さく呟いた。

【今話のクマ子ポイント】

回を追うごとにレナードがポンコツに……。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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