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34. 嫌な予感しかしない

「お客様かしら?」


久しぶりに過ごす自室でのティータイムに耽っていた僕は、リッチモンド家の正門をくぐる一台の馬車に目を止めた。ここからだと家紋までは見えないが、何となく黒髪の青年が乗っているような気がする。


ユージーン・アーガイルの不在時を狙って屋敷を出たのは、多少悪かったと思っているが、そうでもしなければまた力づくで止められていただろう。再び出ていくと告げた僕に、グレース夫人とルークは悲しそうな顔を見せたが、僕の立場を尊重して今度は引き留めることなく送り出してくれた。


事実はどうあれ、エリザベート王女の婚約者の自宅に元恋人、らしき人物が滞在するのは世間体が悪い。下手をすれば王族に対する不敬罪に問われる可能性もあるし、僕にだって不名誉なレッテルが張られるだろう。もうすでに張り付いているのかもしれないが。


「ドリー、ワタクシの髪を整えて」


化粧台に移動した僕は、ささっと鏡の中の自分を見直した。まだ朝とも言える時間帯なので特に乱れたところもなく、申し訳程度にドロシーが髪に櫛を入れる。


さて、ご機嫌斜めであろう大公閣下をどうやって宥めようか。


そう思いあぐねていたが、待てど暮らせど僕を呼びに来る気配がない。階下がざわついているので訪問者はいるはずなのだが、リッチモンド公爵の客だったのだろうか?そう首を捻り始めた頃、ようやく執事長のギルロイが来客を告げにやって来た。


「旦那様が二人きりで会わせるな、と仰せです」

「……分かったわ。ドリー、貴女も一緒に来てちょうだい」


こんな時は、主人に興味を持たないメイドが役に立つ。


昨夜、突然帰宅した娘を前に、リッチモンド公爵夫妻はなにも詮索せずに僕を抱きしめた。「可哀そうに、辛かっただろう」と言っていたので、なにやら僕が被害者になったかのような気分になったが、世間から見れば間違いないので黙って頷いた。


しおらしい娘の姿に心を打たれた公爵は、「しばらく結婚相手を探すことをやめる」とまで宣言した。何一つ傷ついていない身としては申し訳ないが、僕にとってはありがたい。


だからこその命令なのだろう。


「あら、リオでしたの?」

「誰だと思ったんだい?」


ギルロイに促されて一階の応接室へ向かった僕は、まさに苦虫を嚙み潰している男と対峙した。そういえば、彼の屋敷に滞在する約束を一方的に反故にした挙句、リッチモンド家に戻ってきた経緯も説明していなかった。


「言づけは届いたと思いますけれど、作戦を変更してごめんなさい」

「想像はできるよ、あの坊やが駄々をこねたんだろう」


ほぼ合っている気がするので、これも黙って頷いた。


「でも、こうやって実家に戻るぐらいなら、私の屋敷でも良かったじゃないか。案の定、公爵夫妻は傷ついた娘に近づく男を警戒しているよ」


面白くなさそうな顔を隠そうともせず、レナードはチョコレートを一粒口に運んだ。意外に甘党なのは変わっていないらしい。


「やはり世間体を考えまして」

「世間体?だから極秘に移動するって話だったじゃないか。しかも、誰かに知られたとして何が問題なんだい?僕は独身で君に求婚している身だよ」


いや、お前に外堀から埋められるのが問題じゃないか……と思ったが、これも黙っておく。


レナードの言う通り、極秘に行動すれば世間には秘密にできたかもしれない。ただ、アーガイル家の馬車を使う以上、必然的にあの男には行き先がバレてしまう。それが問題だったのだ。


「エディ、何か僕に隠してないかい?」


相変わらずの勘の良さに、いや、エドワードにだけ余計に働く洞察力に感心しつつ、騎士と従騎士だった当時の気安さのまま告白した。


「ユージーン様がワタクシのことを好きかもしれない」


瞬間、「あー!!」と何かに踏み潰されたような奇声を上げたレナードが、悲壮感を漂わせながらソファに突っ伏した。今まで紳士的だった色男の奇行に、側で控えていたドロシーもさすがにビクリと身体を強張らせている。


「デジャヴもいいとこだよ!パメラ夫人に出会った時と同じような顔をしているじゃないかっ。ああ、嫌な予感しかしない。どうしたんだよ、数日前まで大公のことなんて虫けらのようにしか見ていなかったじゃないかっ」

「いや、そこまでは……」


「とにかく全部気のせいだからね。彼から好きだとでも言われたの?」

「言われていませんわ」


「そりゃそうだよね、婚約者がいる身でそんなこと言えないよね。っていうか、私の話を聞いてる?私は何度も君が好きだって言ったよね?伝わってる?」

「でも、リオの好きは……」


「あー!もう信じられない。とにかく相手は王女殿下だよ。王族の男を取るつもり?言っておくけど、大公が王命を断ることなんて絶対にできないからね。そして王女殿下が婚約を破棄することもないよ。大公は初恋相手だからね」

「よく、知っていますのね」


「こんなの誰でも知ってるよ!逆に今まで婚約しなかったのが不思議なくらい、王女は大公にベタ惚れだったんだ。どちらかと言えば、エディが横からちょっかいをかけたんだよ」

「失礼な。誕生日会の招待はともかく、その後も付きまとっているのはユージーン様ですわよ」


「ああ、もう!本当に何もかもうまくいかないなあ。ジャックも知らぬ存ぜぬしか言わないし」

「あら、ジャック・ロビンソン卿を訪ねてくれましたのね」


ここでようやくレナードはのっそり起き上がると、衣服を整えて座り直した。


「ええ、狩猟大会から君は籠の鳥状態でしたから、私だけで働かせていただきましたよ。とは言っても収穫はなしさ。ジャックからすれば私は招かざる客だよ。なにせ黒騎士団にいた頃から私のことを目の敵にしていたからね」

「賭博場に出入りしていたことを密告したからでしょう」


「君を守るためにしたことだよ。まあ、そんなわけで彼は非常に友好的ではない。それこそエディの言うことなら何でも聞くのだろうけどね」

「エディの言うことなら?……そのアイデア、悪くないかもしれませんわよ」


「まさか君が直接聞く気かい?」

「その通りですわ。もう一度ジャックを呼び出しましょう。場所は人気のないところがいいですわね」


「E.Rカフェの裏通りに移転予定の教会がある。取り壊される直前まで一般開放はされているけど、中は全部運び出されていてもぬけの殻だよ」

「死者の復活にぴったりの場所ですわね。では日時は……」


突然、廊下の向こうが騒がしくなった。

応接室の扉は閉まっているにも関わらず、途切れ途切れに慌てたようなギルロイの声が漏れ聞こえる。どうやら新たな訪問客でも来たらしい。レナードも紅茶に伸ばした手を止めると、訝しげに扉を見つめた。


「お待ちください、アーガイル大公閣下!」


そして扉は開かれた。いささか乱暴に。

【今話のクマ子ポイント】

個人的にこのエピソードが一番気に入ってます。

レナード君のご乱心とか、大公の登場シーンとか。

そうねって方はぜひ評価を!★★★★★ʕ๑•ɷ•ฅʔ ←引っ掛け

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