30. ここからが本題なんだけど
「会いたかったよ、エディ」
尻尾を振りながら立ち上がるレナードを手で制すと、僕はソファを指さし無言で「座れ」と命じた。さすがにアーガイル家の応接室で僕に抱きつくのはマズいと感じたのか、大人しく従ってはくれたが油断は禁物だ。
「いきなり滝つぼに落ちたやら、アーガイル家で静養するやら、心配し過ぎて私は君に殺されるのかと思ったよ」
「死にそうになったのはワタクシですわ。それに手紙でも説明したでしょう」
狩猟会場を去る際にユージーンに頼んだアレだ。
「それだよ、それ。何だよ『貴方は正しい、ご武運をお祈りします』ってさ。真意は分からなかったけど、君の事故直後の伝言だろう?どう考えたって不穏じゃないか。エディの疑惑の件だとして、『ご武運を』なんて言うから護衛を増やしたよ」
「さすがリオですわね。ワタクシが伝えたかったことを完璧に読み取れていますわ」
エドワード時代、レナードとはプライベートを共にするような仲どころか、疎まれていたぐらいなので会話は極端に少なかった。結果として、お互い最小限の言葉で意思疎通ができるようになってしまったのだが、まさかここにきて役立つとは思わなかった。
ともあれ、まずは僕が命を狙われたことをレナードに伝えなくては話が始まらない。ちょうどお茶を運んでくれたドロシーもいたが、僕は構わず経緯を伝えることにした。どうせ彼女は聞いちゃいないのだ。
「……嘘だろう」
パメラと別れてから僕の身に起きた出来事を語り終えると、レナードは震える声で呟いた。「僕があの時、君を残して行かなければ……」と頭を抱えているが、そうだとしても一緒に滝つぼに落ちたに違いない。そう言いかけて口を噤む。
「キャスリン・リッチモンドに命を狙われるような心当たりがないとなると、やはりエディの線が消えないな。しかも私たちがパメラ夫人に会った直後のことだ。そもそも、あれだけ見つからなかった彼女が、あの場で働いていたことさえ疑わしく思えてきたよ」
「ええ、ワタクシもそれは考えましたわ。あの日、ほぼ王国中の貴族が会場にいたのですもの、誰かがワタクシたちを目撃した可能性は高いと思いますの」
「さすがに君のことをエディだとは思っていないだろうけど、彼について探っていることは知られているのかもしれないね。君を本当に殺すつもりだったのか、脅して手を引かせるつもりだったのか、脅した後の出方を見たかったのか」
「あの場で殺すつもりはなかったと思いますわ。もしそうなら、一発目の矢を外すはずがありませんもの」
改めて振り返ってみることで、ずいぶんと頭がすっきりとした。やはりレナードと話すと要点がまとまりやすい。
「私からも報告があるんだ。エディが亡くなる前に会ってた奴を探ってみたんだけど、まったく誰も浮上してこないんだ。おかしいだろう?パメラ夫人の話では、かなり頻繁に帰りが遅かったと言っていたのに」
「うーん、ワタクシが覚えていれば話が早いのですけど」
「仕方がないよ。きっと忘れたくなるような恐ろしい体験をしたんだろう。私としては思い出して欲しくないね」
「優しいのね、リオ」
僕に褒められたことが嬉しかったのか、レナードは尻尾をぶんぶん振り回しながら話を続けた。
「それでね、探し方を変えたんだよ。エディが会っていた人物ではなく、エディ自身を見かけた人がいないか。十四年も前の話だから難しいと思ったけど、さすがはエディだよ。貧民街への街道に店を構える店主たちが覚えていたんだ。『美しい青年を何度か見かけた』ってね。当時も同じように証言をしたらしいけど、現場から離れていることもあって特に注目もされなかったようだね」
「……それで?」
「君は誰かと一緒ではなかったけれど、同じタイミングでよく見かける騎士がいたんだ。長身で茶色の髪を一つに結び、面長で頬骨がやや出ている男。誰を思い浮かべる?」
「ジャック、……ジャック・ロビンソン」
ぱちんとレナードが指をはじいた。
「正解だよ。それから私は再びパメラ夫人に会いに行ったんだ。マコーリー侯爵の屋敷で働いていることは分かったわけだし」
「え、ずるいですわ」
「ひどいな、君がアーガイル家に引きこもっているからだろう?パメラ夫人も私が訪ねると嫌な顔をするしさ。まあそれで、ジャックについて何か思い当たることがないか聞いてみたんだけど、まさかパメラ夫人の再婚を斡旋したがの彼だと言うんだよ。おかしいだろう?」
「ジャックが、パムの再婚相手を紹介した?」
余計なことを――そんな腹立たしい気持ちと感謝の気持ちが混ざりあって、感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。それでもはっきりしとした違和感だけは拭えない。
ジャックとパメラは仲が悪かったのだ。
「当時の黒騎士団の連中は、私を含めてパメラ夫人を毛嫌いしていたからね。君の葬儀でも声をかけることさえ出来なかったよ。夫人はとても憔悴しきっていたし、天敵だった私たちからお悔やみを言われてもね」
「ジャックに会う必要がありそうですわね」
「ここからが本題なんだけど」
にこりと上着を正したレナードは、ドロシーを制して僕のためにお茶を注ぎ直した。
「そろそろここを出て私の屋敷に来ないかい?」
「オースティン伯爵家へ?」
「ああ、僕たちが狙われていると仮定するならば、一緒にいた方がお互いに身を守れるし、こうして話に進展があればすぐに動ける。私が君に取り次いでもらうために、どれだけの日数を要したと思うんだい?絶対に、あの大公坊やが妨害していたとしか思えないよ」
「あの、世間体を考えてくださらない?アーガイル家の次はオースティン家だなんて、ワタクシの淑女としての立場は地に落ちますわ」
「だから私と婚約しよう、エディ。君が僕を好きになるまでは手は出さないと誓うし、自分の屋敷のように不自由はさせないよ。それに大公は王女殿下と婚約したんだろう?君がここに留まることの方が不自然だよ」
そう、ユージーンとエリザベート王女の婚約は正式に発表はされていないものの、一部の貴族の間で噂が広まり、今や知らない者はいないほど周知の事実となっているらしい。引きこもりの身である僕にはうかがい知れないが、この広がり方には作為的なものを感じなくもない。
とはいえ、若き大公とたった一人の王女のロマンスは、年頃の令嬢だけでなく人々を熱狂させ、大公がリッチモンド公爵令嬢と懇意にしていたことは記憶の彼方へ吹き飛ばされてしまったようだ。まあ、僕にはありがたい話でもあるけれど。
あれからユージーンとは顔を合わせていない。
もちろん彼が僕のベッドに忍び込むこともなくなったし、それどころかアーガイルの屋敷に帰宅することさえやんでしまった。
ルーク曰く、この状態が今までの日常だったらしいのだが、明らかに僕を避けているのだろう。さすがに王女と婚約した手前、公爵令嬢がいる大公家に戻るのは世間体も良くないだろうし。
もはや僕とユージーンとの契約は、解除されたも同然だった。
実際、リッチモンド公爵家からも「そろそろ帰ってきたらどうだ?」という打診もあったし、僕もタイミングを見計らってはいたのだ。アーガイル家の反対さえなければ。
信じられないことだが、大公家の人々が必死に僕を引き留めるのである。
「ユージーンが王女殿下と婚姻を結ぶことはありえませんわ。キャスリン嬢、お願いですからもう少しお待ちいただけませんか?」とグレース夫人に泣き落とされ、「義姉上!僕との勝負はまだついていませんよ。勝ち逃げなんて絶対にダメです!」とルークに懇願され、挙句の果てには「まだご相談したいことが山ほどありますので」とアルバートまでもが、僕が屋敷を去ることに難色を示したのだ。
王家との婚姻は名誉であるにも関わらず、なぜかアーガイル家にそれを歓迎する気配はなく、グレース夫人に至っては婚約が白紙に戻ることを願っているかのようにさえ見えた。
そして僕だって、大公家での暮らしは思いのほか楽しかったので名残惜しさはある。だからといって、いつまでもこの状況に身をゆだねられないことも分かっていた。
「そうですわね。このままリッチモンド家に戻っても心もとないですし、極秘であれば厳戒態勢であるリオの屋敷に行く方が良さそうですわね」
「……極秘ね。まあいいよ、君が来てくれるのなら文句はないさ」
そうと決まれば旅立ちの準備だな、と見上げると、怪訝な顔をしたドロシーと目が合った。どこまで聞いていたのかは分からないが、またしても荷造りが必要な状況にうんざりしているのかもしれない。
しかし「タルトタタン、食べ放題」の呟きが聞き間違いでない限り、彼女はすぐさま準備に取りかかるだろう。それも嬉々として。
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