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3. お好みではございません

「何を企んでいらっしゃるのですか?」


少し鋭さを滲ませる口調に、ユージーン・アーガイルは走らせていたペンを止め、ゆっくりと視線を上げた。


「何のことだ?」

「急にお開きになると仰った舞踏会です。リッチモンド公爵令嬢を招待されたとか」


「招待客は山ほどいるだろう」

「先日は公爵令嬢のパーティーにもご出席されましたが」


「リッチモンドの貿易事業の拡大ぶりには目を見張るものがある。付き合っておいて損はないだろう」

「アーガイルと比べれば取るに足らない業績です」


淡いチャコールの長髪を斜めにまとめ、取り繕わない口調とは裏腹に微笑みをたたえる侍従に、ユージーンは軽く舌打ちをしてペンを置いた。幼少の頃より自分に仕えるこの男は、有能ではあるものの、往々にして表情と感情が一致しないという面倒くさい一面を持つ。


「何が言いたい?」

「もう申し上げました」


「俺に伴侶を勧めていたのはお前もだろう、アルバート」

「では、リッチモンド家の花婿レースに加わるのですね」


張り付いた笑顔を微かに歪ませる侍従に、ユージーンは短く「はっ」と乾いた声を上げて、再びペンを走らせた。


「俺が参加すればレースにならない」


まだ成人して間もないくせに、やけに格式にこだわるこの男が、何を不満に思っているのかようやく合点がいった。アーガイル家の花嫁候補として付き合う分には構わないが、アーガイル家の当主が他家に品定めをされたという事実が気に入らないのだろう。


「くだらんな。あれはキャスリン嬢の誕生日会だ」

「誰に向かって建前の話をされているので?グレース様の顔を立ててご出席されたまではともかくとして、なぜ庭まで案内させたのですか?あれでリッチモンド家を完全に誤解させましたよ。なのに今度はうちの夜会に招待するなんて!」


庭を散歩しただけではなく、手まで出したと知ったらこの堅物はどんな顔をするだろう。


「それで俺が令嬢に惚れたとは思わないのか?」

「ははっ、確かに噂どおりの将来有望な美貌ではございましたが、そんなまさか……え?」


署名を終えたばかりの書類を受け取ると、アルバートは一瞬動きを止め、何もない宙を見つめたのち再びイヤイヤと首を振った。


「ユージーン様のお好みではございません」


貴方のタイプはもっとこう……と、真面目な顔をした侍従が自身の胸の前で大きな曲線を描き始めると同時に、控えめなノックの音が彼の愚行を止めた。


「申し上げます!大公夫人……あ、グレース様がお呼びでございます」


「入れ、要件は?」

「失礼します!今度の夜会の準備で閣下にご相談されたいことがあると、白鳥の間でお待ちでございます」


「母上の好きにしていただいて構わない、と伝えてくれ」

「……承知しました」


警備兵が使用人の代わりに言付けることは珍しくはないが、この騎士はずいぶんと母上に肩入れをしているようだ。入室時と同様に礼儀正しく退室したが、表情にははっきりと失望の色が見えた。なかなか顔を見せない息子からの返答に、落胆する先代夫人の姿でも想像したのだろう。


「よろしいのですか?」

「久しぶりにやりがいのある仕事を与えたんだ。父上を失った悲しみもまぎらわせるだろう。本人の胸の内はともかくとして」


「言葉にお気をつけください。屋敷の中ですよ」

「だからこそだ。外では噂の片鱗さえ聞いたことがない。うちの使用人の口の堅さは推薦状にも書いてやるべきだな」


そう自嘲気味に笑う主人に、アルバートは一瞬咎めるような視線を投げたが、それ以上は何も言わなかった。代わりに、無言の抗議を示すかのように集めた書類を抱えたまま行き先も告げずに出て行った。


入れ替わるように、金色の巻き毛をなびかせた、まだあどけなさが残る少年がするりと入ってくる。


「兄上!」

「ノックぐらいしろ」


「しようとしたら、アルがすごい笑顔で出てきたんですよ。何を怒らせたんですか?……あ、そんなことよりも僕は聞きましたよ!」

「なるほど、要件は分かった。お前が想像しているような事実はない」


片手で5つ下の弟を制すと、ユージーンはため息交じりに立ち上がった。


「やだなぁ、僕にも聞かせてくださいよ。未来の義姉上の話を!」

「それより剣の腕は上がったのか?蒼騎士団の団長を目指すのだろう」


弟に背を向けて窓際の水差しから液体を注ぐと、ユージーンはあえて彼が好む話題を投げかけた。このヴァンダル王国では王族を守護する近衛兵のほかに、赤、蒼、黒、白の四つの王国騎士団が存在する。ユージーンが所属するのは黒騎士団で副団長を務めてはいるが、将来的には団長に就任するだけの実力と地位を持つ。


「クリフォード団長からお聞きになっていないのですか?僕、ついに騎士見習いから従騎士に昇格したんです」


昔のように抱きつきそうになったのか、兄へと伸ばした手を慌てて戻すと、そのまま誇らしげに敬礼して見せた弟に、ユージーンは自然に笑みをこぼした。無論、たった一人の身内の昇進については、堅物と名高い蒼騎士団団長から聞き及んでいる。


「そうなのか、よく頑張ったな」

「へへ。兄上が頻繁に稽古をつけてくださったおかげです。このまま精進すれば、兄上のように史上最年少で騎士叙任式を賜るのも夢ではないですよね」


感情の赴くままにくるくると表情が代わる姿に、話題の公爵令嬢の面影が見える。ユージーンは緑がかった金色の巻き毛をくしゃりとからめとると、優しく弟の頭を撫でた。


「俺はこれから王宮に戻るが、一緒に行くか?」

「いえ、僕は本日休暇をいただいて……あ、話をそらさないでください。リッチモンド公爵令嬢と婚約されるのですか?」


「お前が期待しているようなことはない。先日の礼として、うちの夜会に招待しただけだ。年もお前の方が近いのだから、仲良くしてあげなさい」

「でも、その夜会も公爵令嬢を招くために開かれるのでしょう?」


「――そうではない」


聞こえよがしに溜息をこぼすと、すっかり生意気な口を利くようになってしまった弟を小突く。つい最近まで「兄上こそが正義」と言っていたはずなのだが、蒼騎士団ではなく赤に入れるべきだったか。


「父上の喪が明けてから、正式な宴は催していなかっただろう。アーガイル家当主としてのお披露目でもある。令嬢はついでに過ぎない」

「兄上がそう仰るなら……。あと、たまには夕食に顔を出してください。母上と僕だけの食卓は寂しいですから」


「ああ、わかった。俺はもう行くぞ」

「はい、僕も失礼します」


ぺこりとお辞儀をして退出する弟に目を向けることなく、ユージーンは着替えを用意させるための呼び鈴へと手を伸ばした。


さて、どれが本題だったんだろうな。


そんなことを考えながら、ふと艶やかな金朱の髪色を持つ少女を思い出す。リッチモンド公爵令嬢を夜会に招くことに、皆が期待しているような思惑はない。


「何も企んではいないんだが」


そう独り言つと、ユージーンはベルを短くかき鳴らした。

【今話のクマ子ポイント】

ここで出てくる蒼騎士団は、クマ子の短編「蒼騎士団長に告ぐ!今すぐ僕と離縁してください」のアルフレッド団長より後の世代になります。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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