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28. 口にすべきことではないのでは?

屋敷内は自由に探索しても良い。


ここに来た当初からユージンの許しは得ているので、暇を持て余した僕は、遠慮なく屋敷の中を歩き回っていた。クリフォードが帰宅してから数日、相変わらず敷地内には警備兵がうろついているおかげか、僕の身に危険が訪れることはまったくなかった。


これだけ厳重に警護していればね。


僕の数歩後ろを付いて歩く護衛騎士たちに目を配りながら、広大な屋敷をテクテク歩く。


アーガイル家が武闘派家門であることは知っていたものの、まさかこの屋敷までもが要塞としても通用する造りであるとは思わなかった。リッチモンド家の二倍ほどの広さを持つ訓練所も圧巻で、そこで訓練を行う騎士たちの動きも桁違いだ。


本当はあの設備を使って僕も身体を動かしたいところなのだが、今は療養中のか弱い令嬢なので我慢するしかない。後ろ髪を引かれつつも、夜会のメイン会場だった二階の大広間まで足を運ぶ。


招待客のいない広間はより一層広く感じられ、そのまま進むと大小さまざまな応接室、客室が並ぶ棟へとつながっている。その道中にも、美術品で埋め尽くされた部屋や異国の書物で溢れた書室もあり、さすがは大公家といったところか。


さて、今日は温室にでも行ってみよう。


顔なじみとなった護衛騎士を引きつれ、僕は屋内に設けられたガラス張りの一室へと足を踏み入れた。中に入ると同時に土と植物の香りが鼻腔をくすぐり、一瞬にして気持ちが安らぐ。


「これはキャスリン様」


すっかり聞き慣れてしまった声を拾ってしまい、安らいだ気持ちが一瞬にして曇った。


「あからさまに嫌そうな顔をしないでください。本当に失礼な方ですね」

「そのままお返ししますわ。悪女と無理に会話をする必要はございませんのよ」


温室の隣に二階へと続く階段があるので、執務室へ移動するにはここが近道なのだろう。僕はアルバート・モンターギュ卿に背を向けると、挨拶は済ましたとばかりに温室の中の小道を進んだ。


「先日のルーベン財務官の件、貴女の仰るとおりになりました」


なぜか僕を追いかけてきたアルバートが、いつもの笑顔のまま話を続ける。なんだ、礼でも言いたいのかと歩みを止めて振り返ったが、彼はそれ以上何も言わない。訝しい気持ちを抑えたまま、僕は再び背を向けて歩き出した。


「貴女はどうしてウォートン宮廷徴税官とデヴォン伯爵の関係をご存じだったのですか?」

「教える義理はないと思いますわ」


「では、シェラード外交官の黒い噂についてもご存じでしょうか?」

「あら、主人を惑わす悪女に教えを乞うおつもり?」


「私は合理的な人間です。気に入らなくても役に立つなら悪女にでも乞います」

「それは……口にすべきことではないのでは?」


あまりに堂々とした言い分に、僕は怒る気も失せて近くのベンチに腰を下ろした。


正直なところ、初めからまったく怒ってはいない。ユージーンを落とすつもりのない僕にとって、アルバートの嫌味が響くはずもなく、単にからかって遊んでいるだけだ。


しかも、クリフォードとの一幕を見られた後、アルバートには僕とユージーンとの恋人契約について打ち明けている。これ以上話をややこしくできなかったし、余計な噂を立てたくなかったからだ。だから、彼だって僕が敵ではないことは理解しているだろう。


「キャスリン様は療養中という立場から、お食事を制限されていますよね?後ほど王都で流行りの軽食とデザートを部屋まで運ばせましょう」

「シェラード外交官は潤沢な資産で今の地位まで上りつめた方ですから、それなりに敵も多く黒い噂も絶えませんわ。お立場的にも諸外国とのコネクションに強く、ご息女をツァーリ共和国の元首一族に嫁がせておいでですし、二番目のご令息はローザンヌ王国の公爵令嬢と婚約されたでしょう?」


本当に関心したのか「ほぅ」と呟いたアルバートが、向かい側のベンチに座った。


「彼が宰相の座を狙っているという話を耳にしますが、貴女はどう思われますか?」

「疑いようもないでしょう、これだけの野心家なのですから。けれど難しいでしょうね。現宰相のラトランド閣下を引きずり下ろせるようなネタがあれば別ですけど。彼も前職は外交官ですし、盤石な地盤を築かれていますもの」


「ではシェラード外交官の夢は叶いそうにありませんね」

「分かりませんわ。最近は黒い噂が絶えないサルディニア公国と盛んに取引をされていますから、何か企んでいるのかもしれませんわよ」


気が付けば、アルバートの表情から笑顔が消えていた。微笑みを浮かべ続けられのも気味が悪いが、これはこれで怖い。そんな失礼なことを考えているとも知らず、ユージーンの右腕であろう男は感嘆の意を述べた。


「そこまでご存じだとは思いませんでした」

「これでも貿易を生業としているリッチモンド家の直系ですのよ。ですが、すでにアルバート様もご存じの情報を述べただけですし、何の価値もなかったでしょう」


「いえ、貴女を試すための質問でしたので、お気になさらないでください」

「だから……それは口にすべきことではないのでは?」


まるで姑だな。

いまだユージーンとの関係を疑っているであろう侍従の態度に、僕は特大の溜息を吐いた。



* * * * *



アルバートと別れた後、僕は思い切って護衛騎士たちに相談を持ちかけた。


「今日はルーク様も王宮にいらっしゃるのよね?訓練所を使わせていただいてもよろしいかしら?」

「それは、構いませんが……」


二人の護衛と警備兵たちの一部は、僕が命を狙われてアーガイル家に匿われていることを知っている。なので、彼らの前でなら衰弱しているふりをしなくても良いことに気付いたのだ。


久しぶりに剣を振るうことができると思うと足取りも軽い。


訓練所には見知った顔ぶれが数名ばかり、それぞれ自由に鍛錬を積んでいた。客人である公爵令嬢の突然の訪問に、その場にいた全員が後ろの護衛たちに目をやったが、彼らだって答えられるわけがない。僕は好奇の視線をわざと無視して、軽く柔軟を始めた。


一度部屋に戻って動きやすい服装に着替えてきたので、今日は思いっきり身体を動かすとしよう。


「どちらかお相手を願えますか?」

「…………」


かなりの近距離での発言だったが、二人ともが意味を理解するまでに少し、理解した後の困惑で少し、結果どちらもが返事をしなかった。


「ワタクシに剣を向けられないことは理解しておりますわ。ですので、攻撃を避けてくださるだけで良いのです」

「……では木刀を使わせてください」


公爵令嬢というより、女性である僕に剣を向けるなど騎士道に反するのだろう。無茶なお願いをしていることは承知しているので、護衛騎士の申し出を快諾する。


「参ります」


一呼吸おいて、足を踏み出した――瞬間、自分が使い物にならないことを痛感した。


頭で思い描く動きから、あまりにも現実がかけ離れてしまっている。リッチモンド家では最低限の基礎体力しか保持できなかったことが悔やまれた。エドワードの半分のスピードも出せていないというのに、もう息があがっている。


「大公閣下から教わったのですか?」


多少なりとも剣を扱う公爵令嬢に興味を持ったのだろう。その場にいた騎士たちが、徐々に僕の周りに集まっていた。純粋な剣に対する関心が透けて見えて微笑ましい。


そして、なぜ彼らが兄であるクリフォードではなく、ユージーンから教わったと勘違いをしたのか、僕は後から知ることになる。

【今話のクマ子ポイント】

急に周辺国名が出てきてビックリですね。

ツァーリ共和国、ローザンヌ王国、サルディニア公国。

漢字の部分だけで見分けはつきます。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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