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27. 前代未聞です

「帰ろう。今すぐ帰ろう、キティ」


何十回目かの台詞を耳に、僕はうんざりした顔を隠すことなく視線を窓の外に投げた。


招かざる客、クリフォード・リッチモンドの訪問に、グレース夫人は驚きながらもすぐに応接室を用意してくれた。無邪気に喜んでいたのは蒼騎士団に所属するルークぐらいだ。


「見たところ自分の足で歩いているし、顔色も悪くない。アーガイル家に迷惑をかけてまでここに留まる必要はないだろう?」


正論だ。


驚くほどの正論に返す言葉がない。

僕の後方には荷解きすることもままならず、ドロシーが無表情で突っ立っている。たぶん何も聞いてはいないだろう。


「お世話になることはお父様も了承されたこと。勝手に発つことは、逆に失礼ですわよ」

「では、アーガイル家に許しを願おう。確かにどちらが迷惑か、私たちが決めることではないからね」


ぐぅ正論だ。


クリフォードは蒼騎士団団長を務めているものの、後継者に選ばれるほどの知性も併せ持つ。先日の夜会ではポンコツ気味だったが、本来は感情に流されることなく論理的に話ができる人間なのだ。


「ワタクシがここに居たいのですわ、お兄様。今ここを去れば、ユージーン様との関係に亀裂が入ったと思われてしまうでしょう」

「キティと彼との関係って何だい?未だに婚約の申し出もない相手じゃないか」


「たとえユージーン様との婚約がなかったとしても、尻軽な令嬢と世間に思われるわけにはいきませんもの。今は真剣な交際であることを意識付けるような行動を取るべきであり……」

「何のために?」


「ワタクシの婚活のためですわよ!」


なかなか理解しようとしないクリフォードに苛立って、思わず語尾が強くなってしまった。対照的に、僕を見つめる彼の表情が和らぐ。


「キティの一番の関心事は結婚なんだね。では、私が相手ならどうかな?気心も知れているし、本当の兄妹というわけでもない。私と結婚すれば、今の屋敷を出ることなく両親とも一緒に暮らせるよ」

「は?……うん?なるほど?」


突拍子もない提案に思わずお茶をこぼしそうになったが、彼の言い分を聞く限りでは、案外悪い話でもないような気がしてきた。


クリフォードが僕に甘いのは周知の事実だし、妹から妻となっても変わることはないだろう。将来有望な公爵家の後継ぎで、蒼騎士団の団長まで務め、女性トラブルやギャンブルなどのスキャンダルも聞いたことがない。性格も温和で女性軽視もない。あれ、ひょっとして理想の旦那像ではないだろうか?


「血のつながりはなくても、世間体は良くないですわよ」

「言いたい奴らは私やキティが誰と結婚しても悪く言うものだよ。それに噂などは初めだけだし、言わせないだけの力を私が持てばいい話だ」


ふむ、なんか悪くないような気がしてきたぞ。


ユージーンはともかくレナードしか選択肢がない現状では、クリフォードが一番無難で間違いがないのではないだろうか。ただ一つの問題を残して――。


「お兄様はワタクシを女性として見れますの?」

「……ええっ?」


ここにきて、初めてクリフォードの表情が崩れた。陶器のような白い肌を瞬く間に朱に染めると、「そ、そりゃ、私だって男だし……キティは誰よりも可愛いし」と、しどろもどろにモゴモゴ言っている。


「では、ワタクシと口づけできますの?」

「なっ、よ、嫁入り前の娘が何てことを!」


「そうは言いましても、口づけもできない相手との結婚は考えられませんわ。ワタクシもお兄様とは想像がつきませんし。ですから、試しにやってみましょう」

「キ、キティ!待て、待つんだ!!」


考えても分からないことはやってみるに限る。

僕はすくっと立ち上がると、向かいに座るクリフォードのソファまで歩み寄り、片手を背もたれに置いて震える兄にゆっくりと身体を近づけた。


「キャスリン嬢に申し上げます」


ノックとともに入ってきたアルバートに咎められるまで。



* * * * *



涙ぐみながら馬車に乗り込むクリフォードを見送ると、僕は応接室に戻ってアルバートのお小言を聞くはめになった。ようやく定住が確定したドロシーは、僕の部屋で荷解きをしているため味方はいない。まあ、彼女がいたとして味方になるとは思えないが。


「前代未聞です。恋人の屋敷で兄君に迫るなど。令嬢の特殊な事情は存じ上げておりますが、アーガイル家でのふしだらな言動は控えていただきたい」

「了承もしていないのに入室する無礼もどうかと思いますけど。それに迫っていたのではなく、実験していただけですわ」


「そんな実験、聞いたことがありません!」

「それは……仰る通りですわ」


「今朝もユージーン様をベッドに招き入れるなど、大公夫人にでもなったおつもりですか」

「寝ていた人間がどうやって。貴方の主人に問題があると思うべきでは?」


「では、同意もなく隣で眠る男を見つけても、貴女は取り乱して泣き叫ぶこともなく、家族団らんの席で朝食をもりもり召し上がっていたというのですか?ご冗談もほどほどに」

「もっと食べたかったところを随分と我慢しましたのよ。前にも申し上げたでしょう?そんなに大切なご主人様なら、首輪でも付けて悪女の手が届かないところへ繋いでいらっしゃればよろしいのでは」


キャンキャン噛みつきながらも笑顔を絶やさないアルバートに対抗しながら、僕はどすんとソファに横になった。もうコイツの前で取り繕う必要がないと判断したからだ。


「まったく。並みの男よりも図太いその神経、うちのルーベン・バイロン卿にも見習っていただきたいものです」

「ルーベンって子爵家の?」


懐かしい名前に思わず反応してしまった。


「お知り合いですか?バイロン卿には一部の財務管理を任せているのですが、政治的立ち回りに疎いらしく、宮廷徴税官のウォートン卿に目を付けられては、何かとアーガイル家に泣きついてくるのです。まったく迷惑な小競り合いですよ」

「それなら、デヴォン伯爵に口添えをお願いされてはいかが?」


「はい?」

「確かアーガイル家の家臣でしたわよね。デヴォン伯爵を通せばウォートン卿の粗探しも止むかと思いますわ。伯爵には大きな借りがありますもの、今でも頭が上がらないはずですわ」


徴税官のウォートンと言えば、その昔、王太子が飼っていた猫を逃がしてしまった張本人だ。もちろん宮廷の中だけの話で、捜索に当たった黒騎士団の一部しか知らない事件ではあるのだが。


そして猫ちゃんを見つけたのがデヴォン家の令息だった。すでに家督を継いでいるかは知らないが、あの時の恩は一世一代で返せるものではないだろう。王太子は猫のことになると人格が変わるほど、無類の猫好きなのだから。


「……信じがたいですが、試してみる価値はありそうですね」

「ご自由にどうぞ」


にっこりと微笑んだ僕は、その夜、「クリフォード団長に色仕掛けで迫ったらしいな?」とユージーンに詰め寄られることになる。


恩を仇で返すとは、アルバートの奴め!

【今話のクマ子ポイント】

ルーベン・バイロン卿は、黒騎士団時代のエドワードの仲間です。エピソード16でちょこっと出てきます。残念な感じで。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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