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2. 見初められたのですか

波乱の誕生日会から数日が過ぎた頃、昼下がりに届いた一通の招待状に我がリッチモンド公爵家は文字どおり騒然となった。


「お、お嬢様―――!アー、アー、アーガイル大公家から招待状が届きましたぁ」


執事長にあるまじき音量に、即座に反応したのは執務室で書類を片付けていた我が父、リッチモンド公爵だった。


「それは誠か、ギルロイ?こちらへ、その招待状を私に見せ……これはまぎれもなくアーガイル大公家の紋章。素晴らしいっ!さすがはキティだな」

「さようでございますね、旦那様。まさかこのような大物を釣り上げ……見初められるとは、さすがはキャスリンお嬢様でございます」


階段の中腹でこのやり取りが聞こえてしまった僕は、膝の力が抜けて転げ落ちるかと思った。有言実行が過ぎるだろう。あの、お肉大好き野郎は一体何を考えているのだ?


「キティ!キティはどこにいる?」


うわずった公爵の声が、事の重大さを物語っている。


アーガイルとリッチモンド。

同じ公爵家と言えども、両家の間には超えられない壁がある。アーガイル家は王族公爵家であり、昨年に病気で天に還られた先代当主、つまりペロペロ野郎の父親は現国王の王弟だった方だ。必然的にお肉大好き破廉恥ペロペロ野郎も王家の一員であり、アーガイル家を継承してなお王位継承権第3位を保持している。


かたやリッチモンド公爵家の歴史は比較的浅く、新興貴族の部類に属する。領地経営の他に貿易業で地盤を固め、数少ない公爵家の中ではそこそこの立ち位置を誇るが、それでもアーガイル家とは比べ物にならない。まさに格が違うのだ。


先日の僕の誕生日会には結婚適齢期を控えた上級貴族の子息が数名ほど招待されていたのだが、公爵、侯爵、伯爵とこの国の名家が揃う中でも、アーガイル大公の存在は目を引いていた。もし家の格だけで戦うのであれば、彼に対抗できるのは王族ぐらいだろう。


だからこそ、アーガイル大公が「庭を見たい」と僕に申し出た時も、誰からも邪魔は入らず、異議も唱えられなかった。曲がりなりにも、公爵令嬢である僕とお近づきになりたい子息が集まっていたにも関わらずだ。


こうして、パーティ会場にいた父であるリッチモンド公爵によって半ば強制的に案内をすることになったのだが、それが悪夢の始まりだったとは。


「こんなところにいたのか、愛しい娘よ。さあさあ、早く開けてごらん」

「アーガイル家で開催される夜会への招待状ですわ、お父様。できればこのまま灰にしてくださらない?」


勢いよく扉から顔を出した公爵に対して、冷たく答えながら執務室へと入る。途端にリッチモンド家当主の相貌が崩れ「なんだ、すでに誘われていたのか!」と、招待状を受け取ろうとしない僕を気にもせず、控えていた執事長に封を開けるよう促した。どうやら後半の台詞は綺麗に聞こえなかったらしい。


「ふむ、開催日までまだ日はあるな。こうしてはいられない。巷で話題のデザイナーを呼びなさい。新しいドレスを仕立てなくては。あと贔屓にしている宝石商もだ。ありったけの一点モノを持って来るように伝えてくれ」

「かしこまりました、旦那様」


分かってはいたが、すでに出席が決定されている事実に立ち眩みがする。気を抜くとよろけそうになる体を踏ん張り、ゆっくりとソファに腰を下ろした。


気を失いそうになるほど行きたくない。


行ったところで、今度はどこを舐められるか分かったものじゃない。そもそも何で女性の身体を舐めるのだ?……いや、僕も男だったので理由は知っているが、僕の理解がおよぶ常識とは全然ちがう。出会ったばかりの令嬢を舐めていい理由などあるわけがない。


先天的な病気だろうか?もしくは気が触れているとか?……待てよ。僕のように前世の記憶を持っている可能性も否定できない。――猫か?


そう閃いた僕の鼻先を、ふわりと花の香りが包み込む。

優秀な僕付きのメイド、ドロシーが用意してくれた紅茶だ。この香りは僕のお気に入りの茶葉だから、彼女なりに主人の心情を案じてくれたのだろう。


「ありがとうドリー。ああ、本当に嫌だわ。どうにしかして断れないかしら」

「何をですか?」


声高々に執事長と作戦を練る公爵の耳に届かないよう小声でこぼした僕に、ドリーは表情を変えずに手際よくティーセットを並べていく。

公爵の分なんか片付けてしまえ。


「だから大公の、舞踏会にっ」

「タイコウノ?」


そうだった。

ドロシーは興味がないことは全く耳に入れないメイドだった。


敵が少なくない上級貴族にとって口が堅い使用人は重宝されるものだが、彼女の場合、そもそも聞いていないのだから漏らしようがない、という少々特殊とも言える特技を保持している。


って言うか、興味持てよ。

ご主人様の花婿候補だぞ?


「アーガイル大公ですわ」

「先日の誕生日会にもいらっしゃっていましたね。お嬢様は見初められたのですか?」


「そんなわけないでしょう」


反射的に答えてしまったが、そう、アーガイル大公は僕に惚れてなんかいない。あれは好きな相手を見つめる顔ではなかった。前世では恋のエキスパートだった僕が保証するから絶対だ。


そもそも誕生日会とはいえ、あからさまな花婿探しのパーティーに応じたことも不思議だった。由緒ある大公家を継ぐ前から、彼が社交の場に顔を出さないことは周知の事実であったし、あのルックスにも関わらず派手に浮名を流している噂も聞かなかった。


浮いた噂のない、地位も名誉も財力もある若き大公に対して、不能ではないかと口汚く陰口を叩く連中もいたが、今となっては皆が騙されていたと思うしかない。あの手慣れた様子は、かなり上手に遊んでいるのだろう。


「先代の喪も明けて、地盤を固めるためにも良家との縁を結ぶことにしたのだろう。アーガイル家に釣り合う家門で、年頃の娘を持つ家はそう多くないからな。はっはっは」


格上からのアプローチに、顔の輪郭が崩れてしまった公爵には申し訳ないが、彼はリッチモンド家の後ろ盾が必要そうには見えなかったし、女性としての僕も求めていない。ましてや花嫁候補など考えてもいないだろう。


この招待には何か裏がある。


無意識にさすっていた右手の甲から手を離すと、僕は少し冷めてしまったお茶をごくりと飲み干した。

【今話のクマ子ポイント】

ドロシーを侍女にすべきかメイドにすべきか、今も迷ってます。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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