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19. もう言っちゃったの

窓を流れるいくつもの雨粒を眺めながら、僕はバルコニー越しにリッチモンド公爵自慢の庭園を見下ろしていた。


今日はあいにくの雨模様で、幼少期から続けている体を動かすこともできない。朝食をすませて自室のソファに身をゆだねていると、ぱらぱらと舞う雨音に眠気に誘われる。遠くの方でかすかに轟く雷鳴に、しばらく天気が回復することはないのだろうとぼんやり思った。


パメラの行方を知った夜から、幾ばくかの日常が当たり前のように過ぎ去った。


エドワードの元妻であるパメラ・ローズベリー、いや、パメラ・ハットン子爵夫人のことを思い出すと複雑な気持ちになるので、なるべく意識の彼方へ追いやっている。彼女との人生はもう終わったことだし、考えても無駄なこと。


そう思うこと自体が彼女に囚われていることを証明しているようで、どうしようもないまま無心で雨を眺めている。


そもそも何でパメラのことを調べたんだっけ?


残念ながら、全然無心になれないので思い切って意識を集中させてみた。そして、エドワードの死が人為的なものではないかと言われたことを思い出す。


違うんじゃないかなぁ。


客観的に思い返しても、エドワードに目立った敵はいなかった。騎士団員はもちろん、夜会で顔を合わす貴族たちも誰もが親切で世話好きだったと記憶している。レナードだけは冷ややかな言動を貫いていたが、皮肉にもエドワードの面倒を一番見ていたのは彼だった。


エドワードを殺したい人ねぇ。


やはり、そんな人間に心当たりはない。

単純に考えてレナードの思い込みである可能性が高いのだが、それだけでは流せないこともある。なぜ治安の悪い地区にエドワードがいたのか、だ。


その理由はまだ分からないが、ただの事故だったらいいなと心底思う。


キャスリン・リッチモンドとして新たな生を授かった以上、前世であるエドワードの人生に振り回されたくはないし、振り回されるべきではない。たとえ犯人と呼ぶべき人物がいたとしても、今更何ができようか。捕らえたところでエドワードの人生が戻るわけでもない。


――いや、やっぱり許せないな。


もしそんな奴がいるのなら、半殺しにしてから王国裁判所に突き出してやる。絶対に半殺しにしてからだ。


「お嬢様、アーガイル大公家から招待状が届きました」


ノックとともに、執事長のギルロイが一枚の封書を持って現れた。澄まし顔で一礼して去っていく姿に、当初の取り乱した面影はない。それほどまでにアーガイル家からの届け物が日常的になってしまったのだ。


「ドリー、中身を確認して」


雨景色から視線を外すのが億劫で、クッションを抱えたまま、だらしなくひじ置きに寄りかかる。そんな主人を一瞥すると、ドロシーは開封されたカードに視線を走らせた。


「先々、王家主催の狩猟大会が開かれるようです。ユージーン・アーガイル大公が、アーガイル家の陣営にお嬢様をお招きされるそうです。あと、お守りも期待されているとのことです」

「え?参加することは決定ですの?」


思わずドロシーへ向き直り、しばらく見つめ合った後、こくんと頷かれた。


王家主催の狩猟大会は年に一度、社交シーズンの終わりを告げる催しとして開かれる。締めくくりとなる公式行事にふさわしく、ほぼすべての貴族が参加する大規模な祭事だ。


貴族は家門ごとにいくつかの陣営に分かれ、さながら模擬戦のように戦略を練り、広大な敷地に陣形を組んで獲物を狩る。女性陣は観戦という名目で参加するが、各々の天幕でお抱えの料理長らによる食事を囲み、社交に勤しむのである。


そしてもう一つ、特に未婚の令嬢たちにとっては重大なイベントがある。


先ほどドロシーが告げた「お守り」だ。狩猟の成功と無事を祈って、女性たちは意中の男性のために刺繍をほどこした黄色のリボンを用意するのだ。それを受け取った男性は手首に巻いて大会に参加し、最後に仕留めた獲物を女性に贈るのである。


一番大きい獲物を献上したカップルは、末永く幸せに暮らせるなどの逸話まで付随するものだから、若き令嬢たちを大いに色めき立たせているのだ。実際は陛下に褒美をもらうだけなのに。


とにかく僕がアーガイル陣営の一員になるのは、何一つメリットがない。しかもアイツは若くして黒騎士団の副団長を任される腕前なのだから、うっかり優勝してしまうこともありえる。


ほぼ全ての家門が集結する会場で、誰よりも大きな獲物を仕留めた若き大公。その腕には公爵令嬢から贈られた黄色のリボンが……ダメだ、ダメだ、絶対にダメだ。


想像しただけで吐きそうになった。


参加するならリッチモンド陣営で、今年も公爵とクリフォード、あとは専属護衛となりつつあるモンフォール卿の分でも用意すればいいだろう。


そうと決まれば、ギルロイ執事長に口止めだ。


「お嬢様、度々失礼します」


素晴らしいタイミングで戻ってきた初老の執事長は、少し動揺した様子で一通の封書を差し出した。


「オースティン伯爵からの……招待状でございます」

「お断りの手紙を出して。ついでに大公のもね」


「できかねます、お嬢様。旦那様の意思に反します」

「……もう言っちゃったの?」


そりゃそうか。

こんな大物からの招待を、当主に告げないわけはない。


「お父様は何て?」


聞くまでもないことだが、あえて聞いてみる。


「今年はリッチモンドの天幕を出禁にする、と仰っていました」

「お父様のリボンは用意しなくても良さそうですわね」


毎年、僕からのリボンを嬉しそうに家臣たちに見せびらかしておきながら、なんたる暴言。実際のところ、僕がどちらの誘いにも気乗りしていないことを感じ取っているのだろう。


ユージーン、レナード、そしてクリフォードが揃う狩猟大会。


一波乱も二波乱も起こりうるであろう未来に、僕は力強くクッションを抱きしめると、再び庭園へと視線を戻した。

ずっと雨ならいいのに。割と本気でそう思った。

【今話のクマ子ポイント】

雨の日の、少し緩やかな一日でした。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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