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18. 俺らの憧れでした

エディ?


本名はエドウィン、エドガー、エドワード、エドモンド?え、分からない?じゃあ、家門は?どこの家の者だよ?はあ?さすがの俺でも愛称だけで分かるわけないだろうが!


オースティン伯爵の知り合い?んー、彼は社交的だが広く浅くだから……ああ、あれかな。黒騎士団の剣姫。なーんてな、あはははは。


え?知らないだって?お前ヤバくない?黒騎士団のエディと言えば、そこら辺の令嬢よりも美しいと評判だった騎士だよ。華奢だったから剣に重さはないけど、その分スピードと剣さばきが抜群で騎士としても一目置かれていたらしい。で、付いたあだ名が剣姫。


俺も肖像画を見たけど、あれはヤバかった。天使か妖精の化身かと……はいはい、妖精さんの本名?確か名前も愛らしかったんだよなぁ。ローズ、ローズベリー、そうだエドワード・ローズベリー伯爵だ。


そうそう、お前と同じく若くして爵位持ちだったんだよ、妖精姫は。そんで当時、彼の従騎士だったのがレナード・オースティン伯爵ってわけだ。あ、お姉さん、こっちにも酒をもう一杯。


「好きなだけ飲め、ここは奢る」


ただのお喋りと情報通を紙一重で生きる友人、サミュエル・リンジー卿と黒騎士団御用達の酒場にて。この男と夕食を共にするのは煩わしい時もあるが、今回はかなり有益な時間になったとユージーン・アーガイルは満足していた。


オースティン伯爵が滑らせた名前が気になり、軽い気持ちでキャスリンに問うたのはつい先日のこと。あの彼女が無防備にも動揺した姿を見せたものだから、がぜん興味が湧いてしまった。


エドワード・ローズベリー伯爵。


あのオースティン伯爵が従騎士を務めていたということは、今は30代半ばというところか。なぜ彼女の周りは年齢層の高い上級貴族が湧き出てくるのだろう。とにかく、目障りな芽は早めに摘んでおくに限る。


「それで、ローズベリー伯爵とはどこで会える?彼がよく出席する夜会を知っているか?」


ローズベリー家の名はあまり聞いたことがないが、領地持ちだとしても社交界シーズンなら王都に滞在しているだろう。郊外のタウンハウスか、近隣の高級ホテルか、そのあたりから探しても良さそうだ。


そう高をくくっていたが、あのサミュエルが「肖像画」しか見ていない理由を知ることとなる。


「そりゃ無理だ。エドワード・ローズベリーは故人だからな」

「死んでるのか?」


そうなると、オースティン伯爵の「エディ」とは別人の可能性が高い。そもそも彼は何と言っていただろう。キャスリンのことをエディと呼んでいなかったか?


「生きていたら、可愛い娘でもいただろうなぁ。奥さんも美人だったらしいし。妖精さんの妖精ちゃんは、さぞかし俺好みだったんだろうなぁ」

「妻帯者だったのか?」


「ああ、結婚が決まった当時は、黒騎士団員の半数は自暴自棄になったとか。お、噂をすれば。ロビンソン卿!」


俺の背後に視線を投げると、サミュエルが大声で手を上げた。振り返れば、古参の団員ジャック・ロビンソン卿が店に入ってきたところだった。社交的なサミュエルに向けた笑顔が、自分を見つけてぎこちなく固まる。


「これはアーガイル副団長、お疲れ様です」

「今はプライベートだ、気楽にしてくれ」


「そうそう、ちょうど面白い話をしてたんっすよ。ロビンソン卿、伝説の剣姫はご存じでしょう?」


まさに空いていた椅子に腰かけようとしたジャックは、一瞬、何とも言えない苦い表情を浮かべて着席した。その間、手際よくやって来た給仕に、彼の酒と新しいつまみを何品か注文する。


「エディ……か」


「確かロビンソン卿は年齢も近いっすよね?彼と同じ時期に黒騎士団にいたんでは?」

「ああ、同期だったが。……なぜ今頃、彼の話を?」


「それは俺も知らないっす。ユージーンが剣姫について聞くもんだから」

「レナード・オースティン伯爵と関わりのある『エディ』について聞いただけだ」


そこへジャックのための酒と料理が運ばれてきたので話を中断する。エドワード・ローズベリーが故人である以上、キャスリンと関係があるとは思えない。――思えないが、なぜか気になった。


「それなら剣姫のエディで間違いないですよ、副団長。――彼は俺らの憧れでした」


麦酒を豪快にあおると、ジャックは気が緩んだのか饒舌になった。


「容姿が優れていたのはもちろんですが、何と言うか、彼には人を惹きつけるオーラがありました。どうにか彼と仲良くなりたくてちょっかいを出していましたが、たいていレナードの奴に邪魔されましたね」


「レナード・オースティン伯爵か?」

「はい。今は彼も爵位持ちですが、当時は我々の世話をする従騎士でしたから。いつの間にかエディ専属のような顔をしていましたが、彼が許していたので誰も文句は言えませんでした。はは、懐かしい話です」


「ローズベリー卿は人気者だったんだな」

「そうですね。高嶺の花だった、の方がしっくりくるかもしれません。彼は猫のように愛らしくすり寄ってくるくせに、こちらが近づくと逃げていくのです。一見、社交的で誰にでも気さくに接するのですが、本当に誰にでも平等でした。誰も彼の特別にはなれない。何というか、他人に興味を持てないように見えました」


その言葉に、ふと燃えるような金髪の少女が浮かんで消える。


「なんか聞いてた噂と違うっすね。可憐な剣姫を想像してたのに」

「はは、それは見た目だけの話さ。エディは豪胆だったし、口も悪かった」


「えー、口が悪い妖精さんなんて、やだー」


ふざけたサミュエルの声が、遠くの方で聞こえた気がした。


――口が悪い。最近誰かに同じことを言わなかったか?


「ローズベリー卿はいつ亡くなられたのだ?」

「ええと、今から十四年前ですね。……もう、そんなに経つのか」


十四年前。


これらのパズルのピースに意味はあるのだろうか?馬鹿げた妄想に囚われそうになった頭を一振りして、酒杯に手を伸ばす。


「夫人は今どうされている?」

「エディの奥さんですか?今はトマス・ハットン子爵と再婚して、子爵夫人ですよ。子宝にも恵まれて、幸せに暮らしていると思います」


「よく知ってるな」

「実はハットン子爵を紹介したのは私なのです。我々のエディを奪った時は悪魔のような女だと思いましたが、彼の死後、大切な人を失った同士として手を差し伸べる機会があっただけです」


今夜、この場にジャックが現れたことさえ天の采配なのだろうか。


そんなあり得ないことを思いつくほど、この奇妙なパズルがはまっていく感覚に身震いした。そもそもデビュタントを終えたばかりの公爵令嬢と、一回りも年が離れた伯爵に接点があることさえ不思議だった。


果たして、この二人の関係は十四年前にこの世を去った男が握っているのだろうか。


「俺たちが黒騎士団に入団する前の話か。伝説の剣姫を一目見たかったなぁ」


そんな呑気なサミュエルの発言をきっかけに、話題は今年入った団員の話へと移っていったのである。

【今話のクマ子ポイント】

ジャック・ロビンソン卿はエピソード16にも出てます。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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