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13. お可愛らしいこと

「今日は絶好の劇場日和だな!なっ、キティ?」


気の毒なくらい浮かれているリッチモンド公爵を一瞥し、僕は憂鬱な気持ちを溜息で吐き出した。だいたい劇場日和ってなんだよ。


ユージーンからの申し出を断ったあの日、奴は手際よく、実に手際よく、外堀埋めに取りかかった。つまり僕ではなく、父親であるリッチモンド公爵から落としたのだ。


「キャスリン嬢を観劇にお誘いしても良いだろうか?」と。


アーガイル大公家との繋がりが途絶えたと思っていた公爵の返事は無論一択のみ。かくして僕は、あの破廉恥野郎と外出することになったのである。


「お父様。大公の気まぐれに付き合っていると、狙うべき魚を逃しますわよ」


そう忠告したが、公爵の耳には届かなかったようだ。僕は己の無力さを噛み締めながら、気合の入ったメイドたちによって身支度を整えられた。


あれからレナード・オースティンも大人しくしているが、このまま本当に他の花婿候補が潰えてしまったらどうしよう。


そもそもユージーンと公共の場に出かけることは、百害あって一利なし。

僕たちの姿を見たものは、事実はどうあれ特別な関係だと判断するだろうし、そうなれば僕に求婚する令息はいなくなるだろう。噂が広まったところでユージーンとの契約が終われば、何も得ることができずに時間だけを浪費した公爵令嬢だけが残る。


許せない。


なんの恨みがあって僕の婚活の邪魔をするのか。

だいたい、このやり方はユージーンにとってもリスクが高い。よほどのクズでなければ、僕と別れた(付き合っていない)直後に他家と婚約なんてできるわけもなく、ユージーンだって婚期を遅らせることになる。


もしかしてそれが狙いなのか?

自分が結婚したくないものだから適当な令嬢を身代わりに、さも前向きに婚活をしているようにアピールしているのではないだろうな。


――ますます許せない。


僕を怒らせたらどうなるか、あの世間知らずの坊やに教えてやらなくてはならないようだ。



* * * * *



「アーガイル大公は、ワタクシとの結婚をお望みですの?」


迎えに寄せた馬車まで、屋敷から僕をエスコートしていた破廉恥クズ野郎は、ピタリと歩みを止めて怪訝そうに僕を見下ろした。その後ろをそわそわと付き添っていたリッチモンド公爵が慌てて間に入る。


「キティ!何を不躾な……どうなのですかな、大公?」


仲裁ではなく援護射撃に回ったようだ。


令嬢にあるまじき問いにさすがのユージーンも一瞬目を見開いたが、すぐに表情を整えると僕を愛しげに見つめて微笑んだ。


「もちろん、そうなれば良いと思っている。そのためにも、まずはお互いのことを知るべきだろう?本日の申し出を受けてくれたのは、令嬢も同じ気持ちだと思っているが」


あえて「婚約」ではなく「結婚」と言ってやったのだが、明言を避けつつ前回断ったことへの嫌味を言われてしまった。


あからさまに不機嫌になった僕の態度に、「そうだな、そうだな。まずは楽しんできなさい」と謎のフォローをする公爵を無視して、僕は馬車に乗り込んだ。ああ、誰かこのまま僕をさらってくれないだろうか……あ、神様、違います。「誰か」とはレナードではないです。アイツ以外でお願いします。


細かい注文がダメだったのか僕の願いは叶うことなく、当然ながらユージーンが乗り込むと馬車は静かに動きだした。


「今日も可愛いな、キティ。深紅のドレスがよく似合っている。珍しく扇まで持っているのか?」

「ええ、虫よけですの。最近、顔の周りを羽虫が飛び回って不快極まりなく」


彼の落ち着いたブルーグレーを見つめながら、過去の苦情と未来への忠告を伝えたつもりだったが、奴は何やら顔を歪ませて肩を震わせている。――まさか、また笑っているわけではあるまいな。


「俺を前にして頬を染めもせず、キャンキャン吠える女はお前ぐらいだな」

「ジーン様は圧倒的に経験不足のようですわね。もっと多くの女性と交流することで、己の誤りに気付かれると思いますわ」


「俺に女を勧めるとは」

「ご自分が結婚したくないからと言って、婚活中のワタクシを巻き込む行為がどれほど迷惑か、ご理解いただきたく存じますわ」


「別にお前が望むなら、婚約でも結婚でも叶えてやれるが、子どもを諦めさせるのはな……」

「は?」


令嬢らしからぬ声が出てしまった。


対するユージーンも我に返ったように驚いた表情を見せた後、「失言だ、忘れろ」と口を閉ざしてしまった。

え、何これ、どんな状況?


よく分からないが、先ほどのユージーンの発言は彼の本音を吐露していたように思えた。つまり、結婚したくないわけではなく、結婚を避けたい理由があり、それは子を成し得ないことにつながっているらしい。

これらの情報から、エドワードの人生経験を踏まえて導き出された答えは一つ。


ユージーンは性的行為に問題を抱えているのだろう。


詳細は分からないが、かつて男だった身としては同情を禁じえない。オスの象徴とも言える牙がもがれたような状況にいるのだ。それ故の傍若無人な態度、それ故の過度な性的接触、理由が分かれば涙を誘う。


「強く生きましょうね」


思わずこぼれた言葉に、ユージーンは心底呆れた顔をして「お前は絶対に分かっていない」とこぼしていたが、僕は女神のような微笑みで返した。


ちょうど馬車が目的地に着いたところだった。



* * * * *



いくつかある王立劇場の中で、一番の規模と建築美を兼ね備えた劇場に足を踏み入れると、ロビーで会話を弾ませていた貴族たちの視線を一斉に集めた気がした。事実、若き大公閣下と公爵令嬢の組み合わせなのだから、噂好きの彼らが気にしないはずはない。


幾人かはユージーンと面識があるのか、軽く会釈をする男性も多い。キャスリンはデビュタントを終えたばかり、エドワードとしてもあまり社交の場に出ていなかった僕にとって、少し居心地が悪い空間だ。


「開演まで時間はあるが、席に着くか?」


たぶん緊張している僕に気を遣ったのだろう。そう問いかけたユージーンに、突如、鮮やかなドレスに身を包んだ令嬢がぶつかった。正確にはぶつかってきた、だ。


「おっと失礼した」

「こちらこそ前を見ておらず失礼いたしました。マーガレット・フォスターですわ、ご無沙汰しております大公閣下」


「ああ、先日の夜会以来だったかな。フォスター公爵はご健勝だろうか?」

「父は相変わらずですが、大公家での素敵な夜会に触発されて、近々我が家でも宴を催しますの。ぜひともおいでになって。私もまた閣下のお相手を務めさせていただきたいですわ」


「それは楽しみだな」

「ここでお会いできるなんてご縁があるのかしら。よろしければ、フォスター家の席でご一緒しませんか?」


マーガレット・フォスター嬢には僕が見えていないらしい。もしくはユージーンの腕を飾るアクセサリーとでも思っているのだろうか。僕の存在を無視して会話を続ける二人に純粋に首をかしげる。


マーガレット嬢とは面識はないものの、同じ公爵令嬢なのだから僕を知らないわけがない。つまり、彼女なりの宣戦布告といったところだろうか。お門違いだが、この状況では訂正もしづらい。


一方ユージーンは、先ほどの僕の一言「経験不足」に対する反論なのだろう。子どもじみたやり口が天下の大公様を可愛らしく見せるものだ。


「せっかくだが、連れがいるので遠慮しよう」

「……キャスリン・リッチモンドでございます」


僕の生温かい視線に気付いたのだろう。

眉間にしわを寄せたまま、ユージーンが僕をマーガレット嬢の前まで引き寄せた。対する令嬢は、今初めて僕の存在に気付いたような素振りを見せ、簡単な挨拶と別れの言葉を残して奥へと去って行った。


「お可愛らしいこと」

「お前は……本当に可愛くないな」


さっきまで震えていたのは誰だったか、とブツブツ言いながらも僕をエスコートするユージーンは、その後、別の令嬢とぶつかることになる。

【今話のクマ子ポイント】

父親の前では「大公」、二人の時は「ジーン様」と使い分けています。

「名前で呼べ」を律儀に守っちゃってます。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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