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10. 痛み入りますわ

馬車まで送ると言い張るレナードを説得し、僕は迎えの給仕長と一緒に元来た通路を通って一階へと降りた。賑やかなホールの一角に、ドリーとモンフォール卿がテーブルを囲んでいたが、二人とも無言なので間違っても恋人同士には見えないだろう。


「待たせましたわね、このまま帰りましょう」

「馬車を少し離れた通りに待機させております」


充満する甘い香りにごくりと喉が鳴ったが、モタモタしている場合ではない。目立たないよう平民のような格好はしているものの、身近な人間が見れば一目で公爵令嬢であることがバレてしまうだろう。


貴族の噂話はどこから発生してどのように進化するか読めないからこそ怖い。さすがにこれだけの情報で、リッチモンド家とオースティン家を結び付けたりはしないだろうが、とにかく用心するに越したことはないのだ。


「段差にお気をつけください」


そう告げたモンフォール卿の手を取り、一歩外に足を踏み出す――と同時に、僕は見知った顔を真正面に受け止めた。


「これはキャスリン嬢。今日はまたユニークな装いだな」

「た、大公、か、っか」


「――なるほど、オースティン伯爵家のカフェ……ね」

「まぁ!そうなのですか!ここが?まったく存じ上げませんでしたわぁ」


とびきりの笑顔を振りまくと、ユージーン・アーガイル大公の背後に控える騎士団員らが、だらしなく頬を緩めた。しかし、目前の男は気難しい表情を崩さない。


「今から帰るのか?送ろう」

「とんでもありませんわ」


「エディ忘れ物だよ……おっと、これはアーガイル大公閣下。ようこそお越しくださいました」


突如、信じられない棒読みを披露した大根役者が、見たこともない小箱を片手に、作り笑いを携えて背後から現れた。二階から僕を見送っていたところ、大公の姿を見つけて飛び出してきちゃったのだろう。


ねぇ、なんで?


レナードの登場は、悪手以外の何ものでもない。

ドリーたちにでさえ、つまらない工作までして隠していたのだ。よりによって大公、公爵令嬢、伯爵と、世間に見られたくない三点セットが綺麗に揃ってしまったではないか。僕が深窓の令嬢だったなら、泡を吹いて倒れていたかもしれない。


「大公にお立ち寄りいただけるとは恐悦至極。しかし申し訳ないのですが、私はキャスリン嬢と外出の約束がありますので、ご案内には給仕長を付けましょう。とっておきの部屋をご用意させていただきますよ」

「いや、それには及ばない。私はリッチモンド公爵に頼まれて令嬢を迎えに来ただけだ」


このウソツキどもめ!


涼しい顔で嘘に嘘の応酬を交わす二人の間に立ち尽くしながら、どうすれば彼らを黙らせることができるのか頭をフル回転させる。とにかくこれ以上、目立ちたくない。


「リッチモンド公爵が?それはおかしいですね。公爵は我々が一緒にいることをご存じのはず。私はキャスリン嬢へ正式にプロポーズをした身ですので」

「リオ!いい加減に……い、いい加減になさってくださいな、オースティン伯爵」


しくじった。


大公の眉間にしわが刻まれ、「リオ?」とカタチの良い唇が動いたことを僕は見逃さなかった。でも見逃したかった!咄嗟に彼から目を逸らし、ダラダラと冷や汗を吹き出しながら地面を見つめる。


「なるほど。ならば余計に俺を刺激しないことだな、オースティン伯爵。俺が本気になれば、いつでも簡単にレースはひっくり返されるぞ」

「……っ!」


不機嫌さを隠そうともしない大公の言葉に、さすがのレナードも口を閉ざす――が、僕だって言葉を失った。なんだその脅し?


なんなの?

彼らは一体何をいがみ合ってるの???


そして、聡明な僕は気が付いた。


かつて自分も男だったからこそ分かることだが、これは雄同士のプライドの戦いなのだろう。例え自分には不要な獲物(つまり僕)であっても、他者に奪われそうになると執着してしまう、男とは悲しい生き物なのだ。


他愛もないことで競ってしまうことが雄の性であるならば、ここは絶対に刺激してはいけない。僕に興味があろうとなかろうと、つまらない意地の張り合いで大公が後に引けなくなっては困るのだ。何とかして大公を落ち着かせ、注意をレナードの出しゃばり野郎から逸らしたい。


「キャスリン嬢のことは俺もまんざらではない、と言ったらどう……」


わ―、わ―、わ――!


「ジーン様!」


咄嗟に出した呼称に、ユージーン・アーガイル大公の動きが止まった。


「屋敷まで送ってくださるのでしょう?ワタクシ、もう疲れてしまいましたわ」


大げさに溜息を尽きながら、右手を目前の男に差し出す。


僕の必殺技「くすぐりましょう、貴方の自尊心」が功を奏したのか、ユージーンは実に素直に「そうだな」と同意すると、自身の腕に僕の手を止まらせた。顔は無表情のままだけど。


「痛み入りますわ」


哀れな僕に、選択肢などなかったのである。



* * * * *



ガタゴトと石畳に揺れるアーガイル紋の馬車の中、僕とユージーンは出発してから終始無言で向き合っていた。頼みのドロシーとモンフォール卿は彼の指示に従い、僕が乗ってきた馬車で追従しているはずだ。ユージーンと一緒だった騎士たちとはあの場で別れることになった。そもそも何の用事でE.Rカフェを訪れたのかも不明だ。


正面の男は先ほどから両腕を組み、目を閉じた状態で微動だにしない。


寝てるのだろうか?

そんなわけがないことを確信しながらも、僕が微かな期待を抱き始めた頃、彼の青みがかった銀色と目が合った。ひぃっ。


「例の茶会から随分と精力的に活動しているんだな」

「お……そういう訳ではないのですが」


大きなお世話だ。


「リッチモンド家の事業も安定しているようだし、慌てて娘を嫁がせなければならない事情もないだろう」

「お……そうですわね」


大きなお世話だ。


「ならば、もっとじっくりと相手を見極める目を養ったらどうだ?」

「大きなお世話ですわ……あっ」


咄嗟に手で口を覆ったが遅かった。ユージーンは驚いた表情で僕を見つめた後、意地悪気な笑みを浮かべて続けた。


「お世話ついでに、俺が参戦してやってもいいのだが?」

「ご冗談を。好意があるフリをされたところで時間の無駄ですわよ」


「なぜ好意がないと言い切れる?」

「相手を見極める目を養っているからですわ」


勢いにまかせて生意気な口をきく年下令嬢に、彼は「はっ」と声を出して笑った。驚いたことに、本物の笑顔っぽい。


「キティ、もう一度俺を呼んでみろ」

「な……(馴れ馴れしいですわ)、そ……(その呼び方はダメだとクリフォード兄様が仰ったでしょう)、い……(イヤに決まってますわ!)」


何一つ言いたいことが言えないでいると、ユージーンは上半身を屈めたまま立ち上がり、僕に向き合う形で片膝を座席に置いた。つまり、全身で僕を包み込むような危険な体勢だ。


呼ばなきゃ、今すぐ呼ばなきゃ!

この俺の名は野郎が何をするか分からない。


「ジ、ジーン様」


間一髪。


僕は手首に巻いていたリボンを素早くほどき、目前に迫っていたユージーンに掲げた。そして、それをゆらゆらと左右に揺らす。


「ワタクシ、実は分かっておりますのよ。さぁさぁ」

「……俺は分からない。リボンがどうしたんだ?」


初めて彼の表情を劇的に崩すことに成功したが、どうやら前世が猫説はハズレたようだ。そうなると、今の己の行為が馬鹿らし過ぎる。


「何でもありませんわ」

「オースティン伯爵と婚約するのか?」


答える義務はない。


ふいっと横を向いた僕の顎をユージーンが片手で持ち上げる――と、おもむろに上から唇が落ちてきた。着地点は、僕の唇だ。必然的に彼の体重がのしかかり、華奢なキャスリンは柔らかい座席に標本のごとく縫い留められた。


「ふぁふぁふし、ふぃってふぁすわ」

「嘘だろ?キスしている最中に喋るヤツなんているのか?」


「ぷふぁっ、はっ、信じられない、二度も、最低。……言っておきますけど、貴方がワタクシに興味がないことぐらい知ってますのよっ」


そうして僕は、大公に舌を入れられたのである。

【今話のクマ子ポイント】

R15でいいですよね?ね?ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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