第二話
にぎわう町
とは少し違う。皆がばたばたと忙しなく走り浮き足立っているように感じる
地震の影響が大して無いここですらこうなのか、とユウナは少しだけ驚いた
町を守る兵たちの横を通り過ぎ、入ったこの町。魔物からの襲撃は少し多いほう。
つんつんとした黒髪、黒目のよくある容姿に「好奇心」というものを貼りつかせた少女――ユウナは、まだ町に慣れていないのかくるくると目を動かし、知らず知らずのうちに口角が上がっていた
まるで小さな子供のようなその無邪気な笑み。
それと対象にユウナの横を少しうつむきながら歩く。踏み出すほどに、肩や首ではなく腕に巻きつけた長いマントを揺らす少女――ティアレ
二人の年齢はさしてかわらないはずだが、どうしてこうも態度も違うのやら
今にも飛び出しそうなユウナをとめることなくティアレは人ごみをよけて歩く。否、大体が向こうからよけてくれるのだが。
「ユーナ、宿に行って次の目的地と資金調達について話す。いい?」
ばたばたと手足を動かしながら後を追うユウナに小さくティアレは言う
「いい」も何も、ユウナには今居る国がどこで、どうすればいいのか、など全然分からないのだが。とりあえず大きな声で「おう!」と返事をし、また回りを見渡す
――黒い。
今まで彼女とともに来た町は、これで二つ目
だが、ここも一つ目と同じだ。黒髪黒目の種族――煌星しかいない
ティアレの繋ぎ星や、煌星の次に多い、降星も居ない
大地震から数日しか経っていないから、昔からこの町には煌星しか住んでいないということになる
案外大きな町だし、王都にだって遠いわけじゃ…どうかは知らない、けれど
そこでユウナはあることに気付いた
道行く人々がティアレを珍しげにみることを
確かに彼女から「この種族は珍しい」と言われたのだけれど
実際、話しかける人は居ず、遠巻きにじっと見ている。嗚呼、珍しげな目だけではなかった
なんだか少しだけ、すこーしだけ悲しくなる。
――だってそれはどこかで見た、
ティアレの隣を歩くため、ユウナは走った
「色々と国はある。小国も大国も
で、此処は結構大きな国。人口は一番多い、だけどその4割は煌星、3割が降星、残りはその他。少数種族。」
必要なことしか喋らない、ティアレが宿屋のベッドに腰掛けてユウナに告げる
「…そんなに、か」
ほう、と溜息とともに呟く。成る程、ティアレの種族は一割にも満たないらしい
ユウナは寄りかかっていた身体を起こし、ティアレの隣へ、勢いよく腰掛ける
軽く身体が弾む。ベッドはそこまで悪いものではないらしい。宿代は安い、らしいけれど
「なにも、知らない?」
きょとん、と大きな目をティアレがユウナのほうへ向ける
――同姓だけれども、ティアレはなかなか整った顔立ちで人を惹きつける
それに比べ、自分は可もなく不可もなく…ま、いいか
「なーにも」
そう言ってからへへっとユウナが笑う。ティアレはただ無表情でこちらを見る
ユウナは、小さく唸る。一応自分の事情について話した。話したときも無表情だった
数日、共にしただけだけれどやっぱり表情は少ない。でもお人好し。そして世渡り上手
「…煌星はこの国で唯一魔法が使える種族。だから調子に乗っている人も居る。だけど魔法の威力は人によって違うし別に魔法があるから優れているわけじゃない
次に多い降星は身体が頑強に出来ていて筋肉のつきかたとかが違う。ただ、……」
ここではじめてティアレが表情を崩した
「他の種族は珍しすぎて…何も言われないのだけど。ただ、降星は迫害されてる」
「……は?」
それは、なにゆえでしょうかね?
その疑問を顔に出せば、言葉を選びつつゆっくりティアレが話し始める
「さっき、言ったとおり…調子に乗ってる人が、自分たちが一番優れてる、と思って…そういう、こと
他も迫害されてるだろうけど、他は、降星と煌星以外は見たこと無いっていう人も居るだろうから、主に…降星が」
歪められた顔に浮かぶのは苦痛。
「…黒髪、黒目は煌星。銀髪の髪が降星、そしてわたし…金色の髪、が繋ぎ星。少ないから親戚ぐらいしか知らないけど」
以上、教科書の知識。
そうティアレは締めくくる
「…細かいところは、また聞くよ。旅はそんなに短いわけじゃないだろ?」
へらへら、と笑って向ければ、ティアレはまた無表情だった
「違う。短くなければいけない。長く掛かりすぎては駄目」
色素の薄い、金色が揺れる
「あ、…了解。”俺”も急いで欲しいしな」
男のようなその口調に、僅かにティアレが眉をひそめるのが見えた
彼女も分かってきてはいるだろうが、これがわたしの口調だ。心乱せば、素の口調へ戻ってしまうけれど
「あー、でさ、ティアって呼んでいい?」
「…嫌」
「…じゃあティー」
「ユーナ、怒るよ?」
「え、なんでだよ!?」
がっしりと、胸倉を掴まれて見下される。すごく…怖いです
「じゃ、レー!」
ティアレの、レ。怒られるのを半分承知で言った。殴らないでください
「それなら、いい」
「いいのかよ!?」
胸元が自由になる。そういえばティアレ胸大きいよなあ
「あ、あー、っとその、お金…」
気まずくなる前に話題逸らし。
因みに今俺は灰色のよくあるマントに水色と白のワンピースタイプの服を着ている。ワンピースの下にはズボンを履いていて、そこに二丁の拳銃がワンピースの影に隠れている
これは、すべて普段着で飛び出した俺のためにティアレがそろえてくれたもの
「今はまだ余裕あるから。この町を出る前に少し貯めなきゃ駄目だけれど」
「了解。悪い、何から何まで」
「これから返してくれればいい」
――こいつは無駄に優しい
つっけんどんな言い方で目線すら合わせないけれど、こっちが一番気にしない言葉を選んでくれる。いつもいつも
というか、目線を合わせないのはもしかして照れているからだろうか
「…ティアレさーん」
「…なに?」
「照れてるのか?」
「照れてない」
「…ティアさーん」
「怒る、よ?」
後頭部を捕まれる。寧ろ髪の毛
「いたいいたい!!抜ける!はげる!!つるぴかーはいやだっ!!」
「………」
ふ、と手を離される
頭の皮膚がひりひりする。嗚呼、ティアレのせいではげるまでのカウントダウンが短くなった
わざとらしい溜息をついてから、ティアレが一息に喋る
「明日資金調達のためギルドへ行く。その際に銃の使い方とか慣れること。それから次、王都を目指す
後、貴女も魔法つかえるんじゃないの?」
「あー…」
銃については口径も形も小さい衝撃の小さなやつを買ってもらった
ただ、これがいいのか、とか悪いのかなどは分からない。使い方は一応幽閉されているときに護身術を習った
「魔法はおいといて、銃は使える
幽閉されてたけど、な。もし家に誰か侵入してきて奥の部屋に入ってきて、俺に危害を加えさせようとしたら、俺は暴走するだろ
そうならないように、護身術をいくつか知ってるし、一、二度なら小さい銃も使った。中身は勿論カラだったけど」
――俺って信用ないのー、
そうやって一息に喋る。ティアレはやっぱり無表情だった
俺がこういうへらへらとしたものを作るように、彼女も作っているのかもしれない
「…わかった。でもすぐに撃てるように。後二丁同時に使えるように。私は人を守れるほど、強くない」
最後のほうは凛とした声がすこし濁った。顔を横目で伺えば目は伏せていた
ゆっくりと目線を上げてから俺が切り出す
「ああ、それで魔法は、な。あの強い『力』と俺の中にある、魔法を形成するための魔力。
それの境界線が曖昧なんだよ。力と魔法が俺の中でぐちゃぐちゃになってる。だから、…悪いが、使いたくない」
もし、魔法を発動しようとして力を発動させてしまったら
もし、力が暴走してしまったら
もし、ティアレが
「使えない」
きっぱりと宣言すればティアレがベッドから立ち上がった
「…なあ、ティアレ」
「やっぱりティアでいいよ」
――あれ
すこし驚いて、立ち上がったティアレの背中を見てから口角を上げる
「うん」
ティア、と口の中で呟く
「ティア、こっち向いて」
「嫌」
「やっぱり照れてるのか?」
「照れてない」
「なんでそんな胸大きいんだよ」
むっすり、と頬を膨らませて言う。
綺麗なくせにでかい、とか不公平だ。俺によこせ
「!?」
驚いた、というようなケダモノを見るような眼でこっちを見られる
――因みに俺は恋愛対象は異性である
さっと立ち上がって胸をつかむ。
「ふ、あっ!」
あ、やっぱ大きい。
ていうか、何だこの反応
ぷるぷる、と震えながら涙目でこちら睨み付ける。普段だったらすぐに逃げるが、涙目なので威力は無い
そして、無表情だった彼女には朱がさしていた
――因みに俺は同姓には興味ないがこれは、すこし、こう大事なものが揺らぐ
そして、ティアの蹴りがこっちに向かって飛んだ