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9 特別授業

 告白、ではなかった。

 考えてみれば当たり前である。恋愛ごとのことばかり考えていたからついそういう解釈をしてしまったけれど、誰もかれもリリアのようにお花畑な脳みそをしているわけではない。

 当然、学生の本分は勉強である。


(は、恥ずかしいっ)


 顔から火が出そうだ。真っ赤になっているリリアをいぶかし気にしながらも、「そんなに走ったのか」と上手く勘違いをしてくれているのが救いだった。

 昨日もいた眼鏡の図書委員の先輩がこちらに気づいて会釈してくれたので、リリアもそれに返す。談話室の鍵を受け取り、図書館の奥に進むと、また古ぼけた扉があった。


「こんなところに談話室があるのね」

「図書館は極力私語厳禁だから、こういう部屋は有難い。存在もあまり知られていないから、すぐに借りれるしな」


 なるほど、穴場スポットというわけか。

 中は防音に適した造りになっているのか、壁に厚みがあった。勧められるままにソファに座る。


「それで、本題だが…その前に、少しリリア先輩を試させてほしい。先輩が信頼に足る人物かどうか、この一日二日では完全に見抜いたと言えないからな」


 大袈裟な。それほどの秘密を話すというのだろうか。

 昨日の流れを考えれば、恐らくは現存する異能について、何らかの情報を持っているのだろうが。


「わかった」

「では、リリア先輩がもし異能者だったら、どんな風に異能を使う?」


 もし、異能者だったら。リリアも、自分が時を戻す異能者なのではないか、と考えたことがある。しかし、本当にそうならどうするか、想像もしていなかった。


「どんな異能を使えるようになりたいかは、好きに考えてほしい。先輩の言う、時を遡る異能でもいいし、もっと小規模なものでも、大規模なものでもいい」


 ケーキを無限に出すことができれば、いつでもマリーナとティーパーティーができるようになるだろう。瞬間移動ができれば、移動教室も楽になるし、長期休みのたびに実家まで馬車に揺られることもなくなる。分身できれば複数の授業に同時に出席して本体は寮でのんびりすることもできるだろう。

 どれも魅力的で、楽しそうだ。

 けれど。


「使わないと思うわ」


 リリア・エンダロインは何不自由なく育てられた、エンダロイン侯爵家の令嬢である。異能の力を使ってでも叶えたいような願望は、とうに財力と権力で手に入れてしまっている。

 愛する人の妻になる、という願いさえも。


「私、幸せなの。特に望みはないわね」


 強いて言うなら、愛する男に幸せな人生を送ってほしい。そのために、縁結びめいたこともやっているが、これは異能の類で為したいものではない。愛する人は自分の手で幸せにしたいのだ。


「そうか」


 満足げに細められた瞳。

 アッシュの笑顔は酷く穏やかで、普段の女性を女性として気遣う、紳士らしさのない所作との差が激しい。


「リリア・エンダロイン、合格だ」


 のそりと、テーブルの下から小柄な老人が這い出してきた。


「えええええええええっ」


 驚愕のあまり身をのけぞらせるリリアを気にすることなく、老人は服についていたほこりを叩き落とす。


「ヴァロン先生は覚えているだろう?」

「も、もちろん」


 異能について授業をしてくれた先生だ。忘れるわけもない。覚えているかということではなく、この隠れ場所に驚いているわけなのだが。ともかく、不審者じゃなくて良かった。密室、後輩とリリアと不審者、ということにもなれば、後輩を守るべくリリアが体を張るところだった。


「フン、リリア・エンダロイン。特別授業をつけてやる。これは国家級の機密であるから、メモを取ることは禁ずる」

「ええっ、その、有難いのですが、国家級の機密を私のようなものが…」

「問題ない。そもそも、王立ステイロット学園がどうして生徒数の極端に少ないこの授業を取りやめにしないと思っておるんだ。この授業がなければ、使える教室も増え、明らかに多数の生徒のためになるというのに、だ」


 異能の授業は堂々の不人気一位を獲得していたが、不人気だということで囃し立てられることもなく、むしろ存在感のほとんどないものとして扱われている。一回目の人生でも、この授業の話題を一度だって出した覚えがない。


「異能の秘密は受け継がねばならん。しかし、誰にでも明かすことはできない。信頼の置ける人物以外に漏らすことはあってはならない。故に、ここで話すことは他言禁止とし、メモを取ることも禁ずる。この学園で現在これを知っているのはそこのアッシュ・トライトンと五年の双子どもだけだ」

「わかりました」

「よろしい」


 ヴァロン先生は、リリアが聞く姿勢になったのを確認すると、勢いよくパチン、と指を鳴らした。その瞬間、小柄な老人だったヴァロン先生は、いっそ恐ろしさを感じる程の美貌の男になっていた。年の辺りは二十代後半から三十代前半といったところだろう。

 ぽかんとしているリリアに、麗しい顔が微笑みかけてくる。


「どうだ? これが異能だ。異能者は過去のもの、この解釈は半分正しいが半分間違っている。確かに異能者の数は減っている。絶滅寸前と言ってもいい。異能は遺伝しにくい形質だったようでな、異能者同士が婚姻を結んでも、生まれた子供が異能を持たないこともあるほどだ。けれど、それでも確かに異能者は現在も細々と血を繋いでいるのだよ」


 再び指を鳴らすと、美しい顔は元のしわくちゃで髭の立派な好々爺へと変貌していた。


「ワシの異能は、自分の年齢操作だ。いつの時代のワシをも完璧に再現できる。そのせいで、自分が今何歳で、どれが本当の姿かわからなくなってしまったがな。異能は、そう易々使うものでもないということであろうな」


 なるほど。


「異能者と異能者でないものを見分ける方法はありますか? 指を鳴らしてみる、とか?」

「ん? ああ、これはワシがワシ自身に異能を使うぞ、と合図しているようなものだな。数学で言えば、予め便利な公式を準備しておくのに似ている」


 わかるようなわからないような、不思議な感覚である。


「見分ける方法については、そうだな、へそを見ればいい」

「へそ…」

「異能に目覚めた者は、へその近くに小さな痣がある。よく見なければわからないが、見つければそれとわかるだろうよ」


 良いことを聞いた。後で確認しよう。


「ありがとうございます、先生」

「なに、これもワシに任せられた責務だから、当然のことだ。若者たちよ、もう昼休みも終わり頃だ。早く戻るといい。次は教室で会おう」


 颯爽と談話室から出ていくヴァロン先生に礼をして、見守りに徹していたアッシュに目線を向ける。


「流石に俺のへそはまだ見せないぞ」

「違うっ」


 なんでそうなる。心底嫌そうに拒絶されて傷ついた。勝手に後輩にへそを見せろと強請る先輩にしないでもらいたい。リリアはもっと慎み深い淑女なのだから。

 アッシュは手元にあった本を持ち上げ、談話室を出るよう促してきた。


 そう言えば、アッシュはよく本を持ち歩いている。リリアを待っている最中も、リリアが特別授業を受けている時も本は読んでいなかった。

 読んでいたのは、リリアがあの教室に足を踏み入れた時と、一番最初に出会ったときだ。


「よく、本を読んでいるわよね。図書館にも通っているようだし、本が好きなの?」

「本は好きじゃない。だけど、日常生活の中で無駄な時間ってたくさんあるだろ。無駄でどうでもいい時間には、本を読むようにしている。その方が、時間を有効活用しているって感じがするからな」


 本当にこだわりはないらしい。


「そう言えば、歩きながら読むのはやめたみたいね」

「リリア先輩に言われたからな」


 そっ。


「そうなの」


 可愛い。


 不愛想だし、あの時はごめん、の一言もないけれど、注意されたことを覚えていて、それを守っている後輩に、不覚にも可愛いと思ってしまった。

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