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7 異能の授業

 先輩。もしくは後輩。

 確かに有益な情報だが、エスターが他学年にまで影響を強められないのと同じことはリリアにも言えた。

 どのような家柄で、どのような性格なのか。

 舞踏会に誘うには必要となる情報が致命的に足りない。

 

 授業も学年を跨いでのものはほとんどなく、自然に接点を作ろうとするには同学年と比較にならない労力が必要である。

 とは言え、学年を跨ぐ授業もないわけではないのだ。

 応用科目になら、一つだけ、選ぶ生徒が極端に少ないことにより、全五学年合同で授業を行っているものがある。


「えっと、確かここに」


 マリーナを連れて学園の大広間に出る。大広間と言っても、テスト結果が張り出される時や入学式直後に比べれば閑散としたものである。正面には巨大な掲示板があり、今日の時間割と各授業の応募要項、必要な教科書及び道具、先生の名前が書かれている。

 大抵の生徒は入学してすぐ自分の時間割を書き写せば、ここに用はなくなる。

 中途半端な時期に授業を追加で取ろうなんていう、奇特な生徒がいれば話は別だが。


「あった」


 掲示板の隅。追いやられた場所に、科目名が記されていた。


「リリア、本気?」

「もちろん。応用科目『異能』唯一の全学年合同で受けられる科目でしょう」


 マリーナが「その時間は体育を入れてるから付き合えないよ」とまだ何も言っていないのに拒否を挟んでくる。異能。二千年前まで人類の五人に一人が操ることができたという、奇特な術である。火を起こしたり水を沸かしたり、すごい人は雷を落とすことだってできたらしい。

 この王国が発展したのも、王家が異能者を保護し、丁重に扱ったことで、他国で排斥された異能者が流れ込んだことによるものらしい。

 しかし、これは過去の話。


「異能なんて、童話の中の話じゃない」


 マリーナの言は今の若者の意見を代表していた。

 古臭い老人ならばあるいは異なる見解を示すかもしれないが、異能者が現れなくなって長い年月の過ぎた今では、本当に異能者なんてものがいたのかさえ、半信半疑である。

 異能者を信じるのは詐欺被害者かまだ現実と夢の区別もままならない幼子くらいなもの。


「異能を勉強するなんて無意味なこと、高い学費を払っているのにやるのは、お金に余裕のある貴族か、余程の変わり者よ。しかも、噂によるとこの科目の先生は気難しくて、気に入らない生徒には単位をくれないらしいわよ」


 それが本当なら生徒の敵である。

 面白がる生徒は多いが、実際に受ける生徒はまずいない。いたとしても、厳しい授業に耐えられず、一か月と持たない。

 この科目が、不人気堂々の一位を誇るわけであった。


「悪いことは言わないわ。他の方法を探しましょうよ」


 マリーナのアドバイスは優しさであるとわかっている。


「可能性があるのなら、やってみたいわ」

「……はあ。仕方ないわね、私が体育の授業を取り消して……」

「マリーナは私に付き合わなくて大丈夫。私だって一人でできるのよ」


 異能。リリアは一度、それと類似する経験をしている。

 死をトリガーにした、時間逆行。


(もしかすると、私は異能者かもしれない。そうであった時、傍にマリーナがいたら、不都合だわ)


 マリーナは心優しい子であるが、異能者という理解できない相手に対して全く警戒しないとも限らない。友達だからこそ、授業の流れでわかるのではなく、順序を踏んで明かしたかった。

 当然、リリアが異能者であるという確信はないのだが。


「──わかった。けど、変な生徒に絡まれたりしたら、迷わず逃げるのよ。誰でもいいから助けを呼んで」

「エスターほどじゃないけど、マリーナも過保護ね」

「リリアが心配なのよ」


 そんなに心配されると頼りないと思われているようで不服だが、マリーナの距離感は踏み込み過ぎることがない。リリアの扱いを心得ているのだ。さすが親友。



 時間割通り、決められた教室へ向かう。

 人通りの少ない東校舎の、そのまた隅の方。教室自体の構造は他の場所と変わらないが、どことなく薄暗く、怪しい雰囲気があった。

 誰もいなければ無駄足になってしまうが、幸運にもこの授業を受けている人はいるようで、三人という少人数ではあるが、なんとか生徒が揃っていた。


 前から三番目の席に一組の男女。一番後ろの席は、銀色の髪をした男子生徒が眠そうに座っている。取りあえず、入り口に近い方、つまりは後ろの席の子に話しかけてみることにした。


「すみません、ここって異能の授業をしている教室で合ってますか、ね」


 恐る恐る顔を覗き込む。

 銀色の髪、藍色の目。片手間に本を読んでいた。


「あ?」


 不機嫌を隠そうともしない、不遜な態度。

 間違えようのないほど、リリアの記憶に刻まれた男。


「き、昨日の失礼な後輩っ」


 図書館でぶつかった挙句、リリアを邪魔と抜かした人間だ。

 まさか昨日の今日で顔を合わせることになるなんて。やっぱり辞めだ、この作戦はなかったことにしよう。別に他ルートでも他学年と交流できる可能性はあるし、自分の前世にまつわることもわかるかもしれない、なんて一石二鳥を狙ったのが間違いだったのだ。


 リリアはゼンマイ人形のようにくるりと踵を返すと出口に向かって猛然と歩きだす。しかし、それを止めたのは、あの失礼な後輩……ではなく、先ほど前の方に着席していたはずの、一組の男女であった。早い。先回りされている。

 どちらも緑色の髪に灰色の瞳、男と女という違いもあるけれど、顔かたちは精巧すぎて恐ろしくなるほどにそっくりである。まず間違いなく、血縁関係にあるのだろう。


 ちらりとタイを確認すると紫色であった。

 つまりは五年生。最上級学年である。突き飛ばして出ていくわけにもいかない。


「ちょーっとお待ちよ、そこの三年生女子」

「我々のこの閑古鳥さえ寄り付かない教室を見て哀れだとは思わないのか?」

「久しぶりに来た新入り」

「簡単に逃がすわけにはいかないのさ!」


 交互に喋る様子もまさに人形じみている。顔が良いから、余計に。

 たじろき、説明を求め、これよりは意思疎通ができそうな後輩に目を向ける。彼は、面倒くさそうに肩をすくめた。


「諦めた方がいい、あまりに人が来ないから、この双子先輩は来た生徒に一度は授業を受けさせるんだ。無理矢理にでもな」


 逆に言えば、一度受けさえすれば、その後の選択は自由なのだろう。

 変わり者の中だと、後輩がまともな人に見える。


「そ、う。じゃあ、一度だけ、授業を受けてみます。続けるかは保証できませんが」


「そうかそうか、それはよかった」

「三年生女子、わからないことがあればそこの一年生男子に聞くといい」

「あいつは不愛想だが、悪いヤツではない」


 だ、そうだ。

 さあさあと勧められるままに席に着くと、丁度前方のドアが開け放たれた。

 のそのそと、白髭をたくわえた小柄なおじいさんが入ってくる。いつの間にか、双子は席に座っていた。


「では、授業を始めよう」


 カンッと杖を鳴らし、先生は黒板の前に立つ。

 体格は大きくないのに、威圧感は本物で、思わず息を呑んだ。


「今回の授業は異能の種類についてである」


 それからは、大変だった。淀みなく、ついていくのにやっとの速さで授業は進んでいるのに、出る単語出る単語未知の物である。始めは辞書で調べていたが、追い付かなくなって知らない単語には印をつけておくにとどめていた。授業後に調べてメモしておこう。

 リリアは自分をどちらかというと勉強のできる方だと認識していたが、リリアでこれなら殆どの生徒はついていけないに決まっている。


 隣の後輩は涼しい顔でノートを取っているので、態度に見合わず優秀なのかもしれない。

 リリアも自分の分は弁えている。ただの凡才が、二度目の人生を経て秀才に繰り上がった程度なのは理解していた。


「今日はここまで」


 先生の言葉に脱力する。これほど救われた気分になったのは初めてである。当初の目的も、授業中にどうこうできるものでもないだろう。

 同じ姿勢を取っていたせいで凝り固まった手をもみほぐしていると、後輩がこちらに言葉を投げかけてきた。話しかけられるとは思っていなかったので、驚く。


「どうだ。つまらなかっただろう」


 つまらない? いや。


「私は面白いと思ったわ。わからないことも多かったけれど……でも、異能が身近に感じられたというか、もしかしたら、今も異能者がいるかもしれないって、そう思ったの」


 愛想笑いではなく、自然と笑みがこぼれていた。

 いるかもしれないというか、自分がそうなんじゃないかと思っているわけだが。


「──そうか」


 リリアの笑みに応えるように、後輩はそっと微笑んだ。

 綺麗な笑顔に、ちょっとだけ、胸の奥が音を立てた。

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