6 最大の味方
「ど、どうしよう~っ」
自信満々に啖呵を切っておきながら、リリアは情けない声を上げてベッドに寝転がった。エスターと話し込んだせいで食堂はほとんど閉まっており、リリアを心配したマリーナが軽く食事を用意していなければ、夕食抜きになるところであった。
なんとかご飯抜きを回避しても、リリアの悩みは尽きない。
ネグリジェに着替えじたばたしているのをマリーナに笑われてしまった。
「リリアとエスターさんが喧嘩だなんて、珍しいこともあったものねえ」
事の顛末を聞いたマリーナは思い切り他人事だ。
「喧嘩じゃないわ。エスターの私離れを促すために、私が一肌脱いでいるってだけよ」
「そうね、エスターさんのリリア猫可愛がりは有名だもの。エスターさんが居なければ、リリアは今頃無数の男連中を引き連れていたんじゃない? ほら、エスターさんが女子生徒によく絡まれているけど、あの比ではないはずよ。それをわかっているから、エスターさんもリリアが心配なんでしょう」
リリアだって馬鹿ではない。
エスターの行動が、親からの言いつけであるという線もなくはないが、根本的には彼の意志による。純粋に、家族のように育てられたリリアを大切にしたいのだ。男子生徒に囲まれる云々は大袈裟だと思うが、確かに自分が一度目の人生と合わせても男に言い寄られたことがないのは、エスターが手を回しているのだと薄々勘づいていた。
自分の容姿がそれなりに良く、逆玉の輿を狙うのにも良いということは承知していたので。
「その点は、感謝もしているわ」
「まっ、リリアは籠の鳥が似合う性格じゃないし、エスターさんもいい加減覚悟の決め時が来たってところかしらねえ」
「マリーナ、私の応援をしてくれるの!?」
なんだかんだ中立を維持しそうだと思っていたので、子供っぽく、喜びを露わに笑顔になってしまう。その様子にマリーナは一瞬固まった後、深々と深呼吸し、リリアに抱き着いた。
「うーん、リリアは危なっかしいから、正直なところあそこまでとは言わなくとも保護するのは賛成なのだけど……そうね、私はリリアの味方よ。リリアの親友だから、ね」
前半は気に入らないけれど、ともあれ最大の味方を手に入れたと言えるだろう。
マリーナはリリアよりも気さくで顔も広い。一番仲が良いのはカイルだろうが、他にも声をかけられる男友達はいるはずだ。
「ありがとうマリーナ、貴方の男友達を私に紹介してくれない?」
マリーナの笑みが硬直する。
すすす、と不自然にリリアから距離をとると、腕でバツの形を作った。
「それは無理」
「なんでよっ」
「私がエスターさんにどやされるわ。私だってエスターさんに怒られるのは怖いから嫌なの」
まったく、仕方のない親友だ。
「私よりエスターとの友情を大事にするってことね」
「えーんっごめんねリリア~っ愛してるわよっ私の一番は貴方よっ」
臍を曲げてしまったリリアの機嫌を取るようにマリーナが揺さぶってくる。今日は夕食を用意してもらった恩もあることだし、困り果てたマリーナをいじめるのはこのくらいにしておこう。
※
次の日の朝になっても、リリアのパートナーになれそうな男が降って湧いてくることはない。マリーナの人脈も頼れないとなれば、あとは自分の足で事を運ぶしかなかった。
因みに、レティシアにそれとなく様子を伺ってみたけれど、レティシアは積極的にパートナーを探している様子はなかった。というか、舞踏会そのものにさして興味がなさそうだ。一度目の人生でレティシアを舞踏会で見かけなかったのは、昨日の食堂でのトラブルがあって罰則があったのだとばかり思っていたが、レティシアの性質もあったのだろう。
この分なら、一週間後にレティシアが他の男とパートナーになっていて、エスターとの約束が台無しになる心配はなさそうである。事情を知らず、リリアから「エスターがレティシアさんのこと好きだから、エスターが誘うまで待っていてほしい」とも言えない今、レティシアの無関心は好都合だった。
一方のエスターはと言うと、リリアからパートナーを断られている、という噂は学園中に広がったようで、朝から女子生徒に詰めかけられていた。
あの様子なら暫く顔を見ることもなさそうである。エスターに、リリアを見ておくよう頼まれたらしいカイルも、どちらかというとリリアの味方をしていて、授業中は側にいるが、休憩中にまでリリアに付きっ切り、ということはしなかった。
つまりは、一人で自由にできる時間が手に入ってしまった。これまで一人になるとしてもごく短時間だったリリアからすると、これは快挙である。
勇気を振り絞って話しかけたクラスメイトは、男子生徒女子生徒問わずリリアに優しかったが、いざパートナーの話を仄めかすと、それとなく話題を逸らされてしまう。これはいけない。このクラスは既にエスターを中心に回っており、エスターの恨みを進んで買いたいような人間はいなかった。
昨夜のマリーナと同じだ。
リリアには優しいけれど、エスターに逆らうことはしない。
他のクラスも似たようなもので、流石にリリア達クラスほどではなかったが、エスターに逆らいたくはない、というのが見て取れる反応であった。
「パートナー? もちろん、俺でいいのなら──」
「馬鹿、リリアさんはほら、カンザスさんのお気に入りだろ。命が惜しくないのか」
などと。
実に残念な成果だった。
確かにエスターはすごい。優しく、誠実で、頭も良ければ運動もできる。おまけに顔が良い。家柄もあって貴族の仕草には慣れているせいか、こういう手回しは得意分野である。でも、なんだろう。
「エスターって、もしかして恐れられてる?」
リリアからすれば、エスターは蜂蜜よりも甘い男だ。エスターに恐怖を煽るところなんてない。リリアの呟きを聞いていたマリーナが苦笑を漏らした。
「エスターさんは入学してからずっと、リリアを守るために自分の影響力を確かなものにしてきたのよ。公爵家嫡男という身分を笠に着ることのできない学園でリリアに悪い男が寄らないために、人を助けて恩を売ったり、先生からのウケを良くしたり、多くの人と仲良くなってきた。エスターさんが怒れば、エスターさんの味方をする生徒は大勢いる。エスターさん自身が暴力的で故に恐れられているのとは違うわね」
「エスターの影響力が、恐れを抱かせている、というわけか」
「リリアに構い倒しながらこうもよく器用に人間関係をこなせるわよね。これもまた、エスターさんの才能なんでしょう」
「マリーナはどっちの味方なのよう」
マリーナの褒め倒しに他意はないだろうけど、今リリアとエスターは約束を結んでいる。勝ち目のない争いだと突き付けられた気分になってしまった。つまりリリアが選べるパートナーは、エスターを恐れていない肝の据わった生徒だけだ。これは数が少なく、まったくいないわけではないだろうが、しらみつぶしに探すのは時間がかかり過ぎる。
エスター以上の影響力をリリアが一週間で構築するのも無理だろう。
「ごめんってば、うーん、味方の印に、ひとつヒントをあげるわ。エスターさんには秘密にしてね」
「勿論。マリーナ大好き!」
「現金ねえ…コホン」
エスターに聞かれることのないよう、マリーナは息を潜め、リリアだけに聞こえる声量でヒントを話してくれた。
「あのエスターさんでも、流石にリリアに注意を払いながら手を広げられたのは同じ学年のみなの。勿論、例外もあるだろうけど、先輩か後輩であれば、エスターさんの影響外である可能性はぐっと高まるのよ」