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20 夜の散歩

 レティシア、エスター、カイルにも礼を伝え終えると、一日はあっという間に終わってしまった。今日の内に、兄妹は実家に帰されたらしく、食堂でその顔を見ることもなかった。

 今はエスターに誘われ、夜の散歩に連れ出されている。

 マリーナとカイルも一緒だったのだが、途中で二人ずつに分かれていた。察しの悪いリリアではない。親友の恋路を応援するために、エスターと二人でいるのも甘んじて受け入れる。


 誰かに見られたらあらぬ噂が立ちそうなので、人目の少ないところを選び、距離も普段より開けているが。


「本当は、殴り倒したいところだったんだけど」

「やめて。気持ちだけ受け取っておくわ」


 エスターは本当に怒り心頭だったらしく、証拠を揃えて提出したその足で、クライスを呼び立てたようだ。完全に自分の処罰も覚悟で私刑にするつもりだった様子。側にレティシアがいて止めてくれたのは誰にとっても幸運だった。


「うん。レティシアさんに叱られてしまったよ」


 今日会ったレティシアも、リリアのことを心配しながら「エスターさんってもっと冷静だと思っていたけれど意外と歯止めが利かないのね」と呆れていた。

 これが良い一歩なのかは疑問だが、レティシアにエスターのことを知ってもらう、という意味では進歩したはずだ。


「でも、今回のことで、少しわかったこともある」

「何?」


 改めて、リリアの方を向いたエスターの顔は真面目だった。


「君はやはり危なっかしい。放置することはできない」

「ちょっと! 約束、約束は覚えているわよね!」


 過干渉を控える。そういう取引が舞踏会前に成立しているはずだ。偶然悪意の標的になってしまったというだけで、約束を反故にされては敵わなかった。


「冗談だよ。君が危なっかしいのはわかっているけど、どうやら君を守る役目は、必ずしも僕である必要はないのだと学んだ。君への干渉は、僕のエゴだったのだ、とね」

「どっちにしろ私のことを守られなくちゃいけない人だって思ってるんじゃない」

「君は強いけど、一人でできることは限られているって話だよ」


 本当だろうか。

 エスターは、リリアの機嫌を取るために適当なことを言うきらいがある。じっとりと眺めてもどこ吹く風といった表情なので本気なのかどうか見分けがつかなかった。


「とは言え、その役目を完全に譲り渡せる程、僕はあの男をまだ評価していないのだけどね。せいぜい後釜候補者ってところかな」

「ひょっとして、アッシュのことを言ってるの? 彼は私の後輩よ。私が守られる側なのは不服だわ。年下なのだから、私が守ってあげなくちゃ」

「……僕は同じ男として、今彼に同情した」


 エスターは大袈裟に天を仰ぐ。星空が煌めいていて、星座がよく見えた。


「エスターはレティシアさんとどうなの?」

「それを今、聞くかな」


 困ったようにエスターが眉を下げる。女子生徒の側から寄ってくることがほとんどで、女子を口説いたことなど一度もないのがエスター・カンザスである。

 リリアの目測になるが、レティシアはエスターを異性として意識していない。攻略の道のりは長いだろう。


「どうも、あちらは僕のことただのクラスメイトだと思っていたようだからね。今回の件で友達だとは思ってもらえたはずだけど。……これも僕の願望かもしれない」


 おやおや。


「エスターが自信なさげなんて珍しいじゃない。幼馴染の私が貴方は魅力的な男だって保証してあげるから、前を向いてちゃんとアタックするのよ」

「リリア…」

「何?」

「今から最低なことを聞くんだけど」


 本当に珍しい。随分と弱っているようだ。


「もし僕が、君に恋をしていたら、君は僕と結婚してくれていた?」

「──」


 気づかれないよう、唾を飲み込んだ。

 何気なく尋ねたその仮定は、幾度となくリリアが思い描いた夢物語だ。絶対に叶わない、そんな物語。一度目の人生を経験したリリアは知っている。

 エスターは、学園時代に恋をしたレティシアを死ぬまで忘れられていなかった。リリアを身を挺してかばいながらも、その恋心はリリアのものではなかったのだ。

 愛はくれた。幼馴染として、友として、家族として。

 けれど、恋心だけは、手に入れられない。彼の一途なひたむきさは、今この世界にいる誰よりもリリアが理解している。


 いつの間にかリリアでさえも、エスターの恋心を自分に向ける努力をするのを諦めるほどに。もう、彼を振り向かせようとする気力はない。失恋だって体力と精神力を多大に消耗するのである。


「しないわ」


 嘘だと表情で悟られないよう、リリアはエスターに背中を向けて歩く。

 ここで「結婚する」なんて言ったら、ようやく勇気を出してレティシアへの恋心を認めたエスターを乱すことになるだろう。

 それだけ、自分がエスターの中で大きな存在であるという自負があった。


「だって私、エスターに恋なんてしたことないもの」


 エスターは背中を押してほしいのだ。

 だから、リリアは彼が望んだ言葉を吐き出す。自分の恋はもう一度、墓場まで持っていこう。

 口に出してみれば、案外辛くはなかった。


 前世と違って、リリアの生活に占めるエスターの割合は減っていた。彼の手元から離れて見た異能の授業、アッシュとの交流により、いつの間にかエスターに話せないことが増えている。国家機密は話せないし、リリアが時間逆行していたことも、言うつもりはなかったが、たった今完璧に言えなくなった。


 苦痛では無い。寂しさも無い。

 リリアの中で、エスターの居た席が空白になったわけではない。そこにはもう、後輩が座ろうとしている。


「あっ、勿論、幼馴染としては大切に思っているから。レティシアさんと上手くいくと良いわね。私にできることがあれば協力するわ」


「……うん。ありがとう。僕、今度レティシアさんをデートに誘ってみようと思うんだ」


 秘密を打ち明けるよう、エスターが自分のデートプランを話す。

 しばらくそれを聞きながら、女の子が喜びそうなポイントを軽くアドバイスした。


 エスターはきっと、もう、大丈夫だろう。

 大切なのは些細なきっかけと、背中を押してくれる手のひらだった。案外ヘタレなリリアの初恋の男は、やる時はやるのである。


 リリア達の死因となった火事も、どうやらリリア達が幼い頃にボヤが起きてカンザス邸は改修工事を行ったらしく、火に強い屋敷になっている。将来、エスターとレティシアが結婚して住んでも、火事が起きて二人とも死ぬなんて悲劇は起こらないだろう。既に未来は良い方向に変わっている。


 夜は更け、そろそろマリーナとカイルを呼びに行こうか、と考えた時、二人は揃って戻ってきた。

 男子と女子に分かれ、寮に戻ると、マリーナが顔を赤くさせながら報告してきた。


「カイルと、その、付き合うことになったわ」


 リリアには一番に伝えたかった、という恥ずかしそうな声ごと、思い切り抱きしめる。


「おめでとう、マリーナ」

「わっ、あ、ありがとう…く、くるしい。力強過ぎよ」


 背中を叩くマリーナにも構わず、絞める勢いでマリーナをぎゅうぎゅう抱いた。

 リリアの親友。彼女が恋をして結ばれる瞬間に立ち会えるのは、二度目だった。それでも、大切な人がカイルとは言え、誰かの物になった時の寂しさは胸に渦巻いてしまう。


「おめでとう! でもまだ、マリーナの一番の親友は私だから、この席はどこの誰にも譲らないでね」

「ふふふ。何に張り合ってるのよ、リリアは」


 苦しそうにしながら、マリーナは寂しがっているリリアの気持ちを汲んだのか、抱きしめ返してくれた。


 リリアとマリーナは、お互いが満足するまでそうしていた。



 冬がやって来る。

 年末テストが学生たちに一斉にのしかかり、この時期は学園のどこの自習スペースも満員状態となっていた。教師達も、皆揃ってテストの作成に勤しんでいる。

 しかし、今回の教員会議のテーマはテストではない。


「問題は、やはり学園の安全性でしょう。教師の目だけでは限界があることは、舞踏会裏で事件が起きていたということからも分かります。生徒たちの中から生徒たちを見守る存在が必要なのです」

「しかし、一度は撤廃した制度を再び持ち上げるのは…そもそも、ステイロットが貴族だけの学園だった時の遺物でしょう」

「──やってみればいいではありませんか」


 鶴の一声。教員歴の長い、ヴァロン先生の言葉に、会議に参加していた教員全員が耳を傾けた。彼の言葉は重みがある。


「監督生制度、生徒らの自治意識を育むのに、良いアイデアだと思いますよ」

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