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10 異能者

 アッシュ・トライトンは異能者である。


 両親共に異能を持たず、アッシュの異能には気づいていない。仕事で忙しく、家を空けていた両親がアッシュの異能に気づくより、アッシュが成長し、自分が異能者であると気づく方が早かったのだ。

 なんとなく、自分が世間において少数派であると認識したアッシュは、十三歳になり、ステイロット学園に入学した今でも、両親に自分の異能を打ち明けずにいる。


 幸いにも、ステイロット学園には応用科目として、異能を用意されていた。

 トライトン侯爵家の息子であり、容姿端麗なアッシュを追いかけた女子も数人居たが、一度授業を受けただけで来なくなる。

 授業に出席するのはアッシュと五年生の先輩が二人だけであり、それを日常として享受し始めてから、約二か月の時が過ぎた。


 十一月。冬の訪れも近くなってきた頃。


 彼女は、アッシュの日常に足を踏み入れてきた。


 リリア・エンダロイン。

 その名前と容姿は、入学したばかりの九月の頃から、一年生の間でも知れていた。侯爵令嬢という身分、その美貌、隣にはいつも幼馴染の男子生徒がいて、彼女の周りは美男美女揃い、その場にいるだけで存在感のある華やかさなのだ。


 関心はなかった。

 二歳も年の差があるのだ。違う学年なら関わることもなく、むしろあのように派手に振舞われると、周りの生徒が立ち止まって彼らを見ようとするので邪魔で仕方なかった。


 だから、彼女が図書館に一人でいるのは意外だった。

 本を読んでいれば気づかないほどの存在感。いつものリリアが薔薇だというのなら、その時のリリアは道端に生えた名も知れぬ野草のようだった。

 頼りになる友人が周りにいないと、ああなるのか、とだけ思い、通り過ぎようとした。


「前を見て歩かないと、危ないわよ…!」


 親にも向けられたことのない言葉だった。

 母親気取りなのか、眉を吊り上げ怒る様が興味深く、不思議と、言う通りにするのも悪くないという心地になった。


 その翌日。

 偶然にも彼女は、異能の教室へ上がり込んできた。

 正直に言って、どこに居ても目立つご令嬢が興味本位で飛び込んでこられるのは迷惑だった。アッシュにとってこの授業は救いであり、ホームグラウンドに当たる。

 しかし、リリアの性質は、アッシュが思い込んでいたものよりもずっと、穏やかで押しに弱い、ただの少女だった。


「つまらない」

「面白くない」


 アッシュに付いてきた少女は異能の授業をそう評した。自分の理解力も学ぼうという意欲も足りないのを棚に上げ、口々に授業の悪口を言った。

 自分が面白いと思っているもの、救いだと思っているものを隣でそんな風に言われて、良い気分なはずがなかった。


「どうだ。つまらなかっただろう」


 リリアにそう聞いたのも、きっと彼女の感性はアッシュの周りにいた女子と変わらないと考えたからである。

 しかし。


「私は面白いと思ったわ。わからないことも多かったけれど……でも、異能が身近に感じられたというか、もしかしたら、今も異能者がいるかもしれないって、そう思ったの」


 リリアの返答は真逆だった。心から、この授業を好きでいてくれている。異能を身近に感じたとさえ評してくれた。


 派手で傲慢で、他人の視線に慣れている。

 その印象は、ただの一面に過ぎなかった。

 薔薇は薔薇でも、彼女は庭園で手入れされた薔薇ではなく、野原で気ままに咲いている、気まぐれで親しみのある薔薇らしい。野草というのも、あながち間違いではなかった。


 翌日、約束通り昼休みになるとリリアは図書館へやって来た。

 早く顔を見たくて、待ち時間に読もうと思った本を一ページもめくることがなかった。

 談話室に行く途中も、眼鏡をかけた四年の先輩に挨拶されていた。あの先輩は、女性の、それも大貴族の娘には優しいと聞く。

 現在在学中の女子生徒は、伯爵位以上が歴代でも少なく、エンダロインより力のある家はなかった。リリアは、彼のお眼鏡にかなったというわけだ。


 ヴァロン先生は、アッシュが入学してすぐ異能を持っていることを見抜き、アドバイスをくれた。確かに難しい授業もあるが、心優しく、生徒想いである。

 予想通り、ヴァロン先生もリリアを気に入ったようで、あれこれ特別授業をしてあげていた。

 彼女の必死に聞いている姿も面白く、自分が異能について新しいことを知れたわけでもないのに、有意義な時間を過ごせたと思う。


 クラスメイトが好きな音楽家について熱く語っていたことがあった。クラスメイトの友人が、「語りに興味を引かれたので、休日にその音楽を聞きに行った」と言った瞬間、飛び上がって喜んでいたのを思い出す。

 今ならクラスメイトの気持ちがわかるかもしれない。


 自分が興味のあるものを他人にも興味を持ってもらえるのは、幸せで、満たされるものなのだと。


 まだ、言うつもりはないが。

 自分の異能を自分から明かすことがあるのだとしたら、相手はリリアがいい。

 親にさえまだ言えていない、アッシュの異能を彼女に告げた時、どんな反応をするのだろう。確かめるのが少しだけ怖いが、でも、やっぱり、楽しみだ。


「リリア先輩」


 今日も、リリアは教室に来た。

 彼女がこの授業を受け始めて、二日間の休日も数えれば七日目になる。

 その間に随分とここに慣れ、辞書がなくてもすらすらとノートを取っていた。元々勉強することを苦に感じないタイプのようで、誘えば共に図書館で復習にも付き合ってくれた。

 ついでだから、と一年生のアッシュの勉強を見てくれる面倒の良さは生来のものだろうか。


「アッシュ、昨日ぶり」


 いつもより、ちょっぴり疲れているような、緊張しているような表情だ。

 どう見たって美人ではあるが、目の下のメイクでは誤魔化し切れていないクマがあった。


「先輩が寝不足なんて珍しいですね。よく言ってるマリーナ先輩と夜更かしでもしたんですか。クマができてますよ」

「そんなものは気づいても胸にしまっておきなさい。紳士の嗜みでしょ」


 やれやれ、という顔でアッシュの隣に腰を下ろす。

 双子先輩は毎回来るのが異常に早いか遅刻ギリギリかの二択で、今日は後者のようだった。二人きりでまとまって座っていると、普通の教室なのにいくらか広く見える。


「先輩は俺が先輩を淑女扱いするのを望んでいるんですか?」


 リリアの側に普段いるのは、紳士の鑑であるエスター・カンザスだ。あれほどの気遣いを求められると難しい。アッシュも貴族出身で、マナーや何やらは幼い頃に家庭教師から叩き込まれているが、女心への理解が必要となるようなものは致命的にできないと、そう判を押されたのも事実だった。

 実際、それほど女性の心を理解しようとは思わない。

 周りの女性と言えば、実の子よりも仕事が大切な母親か、容姿と家柄ですり寄ってくるクラスメイトだ。自分を理解しない人達をこちらが理解してやる道理はない。それでも、リリアがやれと言うのなら、努力するのも吝かではない。


 そう思っての質問だった。


「いや……いいわ、貴方は、自分がやりたいように振る舞っていなさい。私は貴方がどれだけ不愛想でも、もう慣れてしまったから気にならないの」


 ふ、と微笑むリリアは、自分がどれだけ美しいのか理解していないと思う。

 普段の溌溂とした表情も可愛らしいが、今の彼女は疲労を滲ませ、どこか色気を漂わせている。この教室に来るまでに、美しい薔薇を求める虫から追いかけられていないのか不安になるほどだ。


 まぁ、エスター・カンザスの存在が、例え隣にいなくとも虫よけの役割を果たしているのだろうが。


「それで、一つ、お願いがあるのだけど」

「なんだ?」


 いつになく神妙な顔に切り替わったリリアに、居住まいを正す。彼女が疲れて見える理由はこれから言うお願い、にあるのだと悟る。


「月末の舞踏会で、私のパートナーになってほしいの」

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