8:血で染まっている
「死ねーーーーっ」と叫びながら、黒装束の男五人組が、剣を手にこちらへ向かってきた。
すぐに聖騎士が動く。
「レミントン公爵令嬢、わたしのそばへ」とオルゼアが私を自身の背に庇う。そして「左にも敵がいます」と彼は叫び――。
私を抱きしめ、地面に伏せる。
「いたぞ、左のあの花輪の墓石の影に、射手がいる!」と叫び声が聞こえ、カシャカシャと甲冑の音が響く。
「聖皇様」と、顔を上げようとした。するとオルゼアは「今、聖騎士が対処していますから、このまま動かず、お待ちください」と、私の頭を優しく押さえる。「聖皇様」と言う聖官の呼びかけに対し、オルゼアは「問題ありません。あなた達も身を低くし、標的にされないようになさい」と答えた。
しばらく叫び声や怒号が続き、金属がぶつかり合う音も聞こえていたが、それもやがて収まった。
魔王討伐で、戦闘なんて慣れっ子だったはずなのに。心臓が信じられない程、ドキドキしていた。その一方で、何とも甘い香りを感じ、そのおかげで緊張が緩和されたようにも思う。
「終わったようですね」
オルゼアがそう言うと、ゆっくり体を離した。その瞬間、この甘い香りは、オルゼアからしていたのだと気が付く。そうなるとこれは乳香かもしれない。聖皇庁では式典で、乳香を用いることが多いから……。
ようやく顔を上げ、オルゼアの顔を見て、「えっ」と声が出てしまう。彼の唇の端から血の筋が見えたのだ。そこでオルゼアは「失礼しました」と、立ち上がりながら、自身の手で口元を拭う。そして私の両腕を支え、ゆっくり立たせてくれる。「聖皇様、背中の傷は大丈夫ですか!?」と聖官が尋ねた。
「問題ありません。傷はもう自分自身で治癒できましたから。それよりも聖騎士の様子を確認してください。怪我をしている方がいたら、治癒を行います」
「かしこまりました。確認いたします」と二人の聖官は答え、聖騎士の方へと駆けて行く。その姿を見送り、従者が怪我をしていないか確認した後、私はオルゼアの背を見る。
「……!」
アイスブルーのローブをオルゼアは着ていた。そのローブの背中は、血で染まっている。落ちている足元の矢の数から、三本の矢を背に受けていたのだと理解できた。
「聖皇様、私を庇い、矢を受けたのでは!?」
「レミントン公爵令嬢。これはわたしを狙った暗殺者による仕業だと思います。あなたは巻き込まれたに過ぎません。よってこの矢を受けたのが、わたしであることに問題はありません。それにわたしは神聖力がありますから。もう治癒できています」
「聖皇様を狙う者がいるのですか……?」
衝撃を受ける私に、オルゼアは悲しそうな微笑を浮かべる。
「ええ。聖皇に就任する前から狙われていました。わたしが外へ出ると、それを好機と暗殺者が動きます。そうなると聖騎士や多くの者に迷惑をかけますからね。なるべく聖皇庁や聖皇宮で過ごすようにしているのですが……。ここは視界が開けた場所ですから、もっと留意すべきでした」
そこに聖騎士や聖官が戻ってきて、報告をオルゼアに行う。大怪我をした者はおらず、軽傷の者は、聖官の神聖力で治癒済みとのことだった。ただ、暗殺者は全員、その場で死亡が確認されている。それは聖騎士が倒したのに加え、暗殺失敗を悟り、毒をその場で飲んだためだった。
これでは誰が暗殺者を仕向けたのか、聞きだすこともできない。でもオルゼアはこの報告を聞いても「そうですか」と落ち着いて答えるだけだ。その様子を見るに、暗殺者の背後にいる黒幕が誰であるか、既に分かっているように思えた。
「レミントン公爵令嬢。本当に怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。馬車まで念のため、お送りします。あなたを狙った襲撃ではなくとも、わたしと一緒にいるところを目撃されたのは事実。離れた場所から様子を伺っていた者が、いたかもしれません。屋敷まで聖騎士に護衛もさせます」
オルゼアはそう言うと、私に手を差し出す。つまりエスコートします、ということだ。そこは公爵令嬢としての慣習で、自然と彼の手に、自分の手を乗せていた。
聖騎士に前後を挟まれるようにして歩き出してしばらくすると、オルゼアが話を始める。
「……冷静に考えると、レミントン公爵令嬢も、暗殺者のターゲットになるかもしれません。今回の冤罪事件は多くの者の注目を集めましたからね。わたしが動いたことも周知されています。しばらくは聖騎士を、レミントン公爵邸に配備させていただきますね」
公爵家の我が家にも騎士はいるが、聖騎士は精鋭だ。そこは素直に厚意を受け入れることにした。
「……ご配慮、ありがとうございます。ところで犯人の目星は、ついているのですか?」
思わず尋ねると、オルゼアは苦しそうな表情になる。
「はい。ただ、尻尾をつかまれないように動いていますし、わたしでも手を出しにくい存在ではあるのです。……このような状況なのに、あなたをパートナーに誘うなんて、馬鹿げていますね。今回は無傷で済みました。ですがあなたが傷つけられるような事件も、起きてしまうかもしれません」
私が何か言おうとすると、オルゼアはそれを制するように、話を続ける。
「先程の提案は忘れてください。わたしは一人で建国祭へ向かいます。建国祭は人出も多く、他国から足を運ぶ者も多くいますよね。暗殺者は建国祭でも動くと思います。あなたを危険にさらすわけにはいきません」
「それはパートナーの申し出をなかったことにしたい、ということですか?」
「はい」「無理です」「え?」
オルゼアが、魔王時代には絶対に見せなかった、キョトンとした顔をしている。
「聖皇様は、私をパートナーにならないかと誘ってくださったのです。それはなかったことにできません。それにもう、私は聖皇様を狙う何者かに、姿を見られたと思うのです。例え聖騎士を配備いただいても、それは聖皇様の警備体制には及びません」
私の言葉に、オルゼアはハッとして息を呑んでいる。
「つまり私が聖皇様と行動を共にしないより、共にした方が、生存確率が高まると思うのです。建国祭はどのみち、レミントン公爵家としても足を運びます。もし建国祭で、つまりは王都で暗殺者が暗躍するのでしたら。私は家族と行動するより、聖皇様と行動した方が、生き残ることができると思います」
「レミントン公爵令嬢……」
自分で提案したのに、オルゼアは困り切った顔をしている。
でもどこか嬉しそうにしているように思えるのは、気のせいかしら?
「私をパートナーとして、建国祭に伴いますよね?」
「……はい。そうさせていただきます」
オルゼアにエスコートされ、馬車に乗り込んだ。彼は私を見送りながら「エスコートの件でまたご連絡します」と手を振り、何人かの聖騎士を護衛につけてくれた。
こうして車内で一人になってから、じわじわと自分の行動を思い出すことになる。
私は……なんてことをしているのー!?
建国祭に、パートナーを連れずに参加する。すると国王陛下から、聖皇妃にどうかと令嬢をすすめられてしまう。それを回避するため、私をパートナーにしたい――そうオルゼアは言い出した。それに対し、私は……。
どうしても彼の前世が、魔王ルーファスであることから、抵抗感を覚えていた。ルーファスに道連れにされ、命を落としているのだ。オルゼアに対し、距離を置きたいと思っていた。つまりパートナーは、断りたいと感じていたはず。それなのに!
自分から魔王の懐に、飛び込んでしまうなんて。
どうしてこうなったの!?
でもさっきオルゼアに話したこと、これまた事実だった。
今回の私の冤罪事件により、オルゼアの暗殺を目論む黒幕たちは、クレア・ロゼ・レミントンという人物に興味を持ったと思う。何せ私を救い出したのは、聖皇なのだから。つまり目下、聖皇と一番関係性がある令嬢と見なされる。つまりは聖皇が大切にしている女性と思われかねない。というか、思っただろう。
聖皇の暗殺を考えた時、肉体的にダメージを与えるのは勿論、精神的なダメージを与えることも、手法の一つとなる。聖皇が気に掛ける女性が命を落とした。ショックを受け、聖皇が後追い自殺をする……という悲劇を生み出せるかもしれない。そう黒幕が考える可能性があった。
どの道、私では聖皇ほどの警備体制を敷くことはできない。暗殺もしやすいと思われる。ターゲットとして私は、害しやすい存在だろう。
そしてオルゼアを……聖皇を狙うぐらいだから、黒幕は相応の地位にある者だ。オルゼア自身も「わたしでも手を出しにくい存在」と言っていた。
そうなると送り込む暗殺者なんて捨て駒だろうし、何度でも暗殺を企てるはず。それはオルゼア同様、私に対してもそうなると思った。建国祭をやり過ごしたとしても、狙われ続けることになるかもしれない。
いや、建国祭以降のことは、今は考えないとしても。建国祭で王都に滞在するなら、オルゼアと一緒にいた方が、絶対に安全だと思う。
だから私は、オルゼアからのパートナーの申し出を受けたのだ。
いや、違うわね。
オルゼアは申し出を撤回しようとした。それを「なかったことにできない!」と一刀両断したのは……私だ。
だってあの魔王ルーファスなのに!
前世では、私達以外の魔王討伐パーティからも、命を狙われていた。でも魔王ルーファスは、あの最後の日以外、自分から逃亡することはなかった。こちらが撤退を余儀なくされることばかり。しかも多くの場面で、ルーファスは一人で行動していた。一人で多くの敵を撃退できるぐらい、強かったのに。
それが今は防御もせず、背に矢を受けている。黒幕が誰か分かっているのに、手をこまねいているなんて。
信じられなかった。
魔王ルーファスをそこまで追い込む黒幕を、許せなくもなっていた。
こそこそつけ狙って暗殺者なんて送らず、決闘でも申し込んで、白黒つければいいのに!