【番外編】聖なる夜
12月半ば。
西都の街はホリデーシーズンに突入し、あちこちでホリデーマーケットが開催されている。そして日曜日になると、聖堂には多くの街の人々が、祈りのために足を運ぶ。
聖皇……ルーファスは暗殺者に狙われ続け、この祈りの場に現れることは、滅多になかった。
でも今年は違う。
憂いは晴れた。
ルーファス……聖皇は朝・昼・夕方の祈りの場に姿を現わす。
この情報が西都のみならず、口伝えで国中に知れ渡ると。
東都、南都、北都、そして王都からも、沢山の人々が聖皇の姿を見ようと、西都へ押し寄せた。
その結果。
西都はかつてない賑わいを見せている。
そしてオーバーツーリズムになりかけたが……。
東都からホリデーシーズンを使い、顔を見せてくれたドワーフのトッコとエルフのフォンスがこんな噂を広めてくれたのだ。
「西都の郊外に温かい湯が沸く泉があり、その湯に浸かるための施設があります。聖皇も入浴したその湯に一日つかると、寿命が百日延びると言われているのです。少し距離がありますが、足を運んではいかがですか? 宿泊施設も整っています」
フォンスの噂を聞いた他の都市からの観光客は「それは行かねば!」と西都の郊外を目指してくれる。
「わしはこの西都に来る途中、エルフのフォンスとの力自慢で、金で出来た斧を“何もない丘”に向け、思いっきり投げた。発見した者にその斧は進呈しよう」
これを聞いた観光客は勿論、西都の人々も“何もない丘”へ向かう。
“何もない丘”は俗称ではなく、それが正式名称。そこは草は生えているが、まさに草原で、背丈の高い木々もない。
そこに向け投げた黄金の斧……。皆、見つけたら持ち帰ることができると思っているだろうけど……。
ドワーフのトッコは怪力。
トッコがエルフであるフォンスと力自慢をしたのなら、それはとんでもない重量だと思う。すぐに見つかるだろうが、とても持ち帰るのは無理。
動かすことは……トッコ本人じゃないと難しいのでは?
きっとその黄金の斧は、“何もない丘”の新たな観光名所になりそうだ。
ともかくフォンスとトッコのおかげで西都の中心部の混雑は緩和された。
すると聖皇……ルーファスはこんな提案をする。
「王都で街中に出たことを覚えていますか?」
「勿論!」
「今回もわたしに魔法をかけてくれませんか」
つまりお忍びで孤児院や病院を尋ねたいと言うこと。
「それならばこの時期にピッタリな姿に魔法で変身しましょう!」
「ええ、ぜひお願いします」
ルーファスはシルクのような長いアイスブルーの髪を揺らし、銀色の瞳を輝かせる。
「ですがその前に。まずは孤児院や病院にいる子供たちに配るためのプレゼントを用意しましょう!」
「そうですね。ではまずはホリデーマーケットにプレゼントを買いに行きますか?」
「手作りにします!」
「手作り、ですか?」
こうしてルーファス、フォンスとトッコの手伝いを得て作り上げたのは……ジンジャーブレッドマンのクッキー!
ホリデーシーズンに販売される定番のクッキーだ。
このクッキー、街中で売られ、平民が口にするのはシンプルなもの。
でも今回アイシングで飾りつけもした。
これを山ほど作ると、魔法でソリを用意し、フォンスのエルフの力でトナカイを招いてもらう。そしてルーファスに魔法をかける。
長いアイスブルーの髪は、ウェーブする真っ白な髪に。鼻と顎に真っ白な長い髭。仕上げに白のファーがついた赤の衣装。
つまり。
「クレア、これは東都の森で知られている、サンタ・クラウスですね。かなり若いですが」
フォンスが魔法で姿と衣装を変えたルーファスを見て、しみじみと呟く。
「はい。サンタ・クラウスはホリデーシーズン中、冬眠している動物たちの巣穴に、どんぐりなどの木の実を届けるんですよね。それにちなみ、この姿でルーファスがこっそり、孤児院や病院の子供たちに、ジンジャーブレッドマンのクッキーを配るのです。こっそりでも、うっかり姿を見られるかもしれません。ホリデーシーズンにサンタ・クラウスが現れ、プレゼントをくれた! 瞳の色は聖皇様と同じ、珍しい銀色だった!……と噂になったら楽しくないですか」
「ははは! それは名案じゃな、クレア!」
トッコが豪快に笑う。
「それにいい子にしていると、貴族の屋敷にも現れてくれるかもしれない……となれば、この西都からは、意地悪をする子供はいなくなるかもしれません」
「クレア、とてもいいと思います。このトナカイの引くソリに乗り、街を駆け巡るのですね」
「ルーファス、それではすぐにバレてしまうので、魔法を使い、空を駆けます!」
これを聞いたルーファス、フォンス、トッコはビックリ。でもすぐに「夢があっていいですね」「さすが元“天才魔法使いミレア”」「わしもプレゼントが欲しくなったわ」と三人とも賛同してくれる。
こうしてホリデーシーズンを使い、サンタ・クラウスに扮したルーファスと、その弟子(?)が如く、彼とお揃いの衣装の私で、西都の孤児院や病院にいる子供たちに、ジャーブレッドマンのクッキーを配った。
「シェナ、ありがとうございます。これだけ一度に子供たちにプレゼントを贈れたのは、これが初めてです。シェナがいてくれたおかげですね」
「聖皇様の願い、叶えることができて光栄です!」
するとルーファスは私の頬を右手で優しく包み、微笑の聖皇に相応しい表情になる。
「わたしの願いを叶えてくれたシェナ。今度はわたしがシェナの願いを叶えましょう。何を望みますか?」
尋ねられた私は、少しはにかんで目を閉じる。
これで伝わるかしら?
そう思った直後。
私の唇にルーファスの唇が、願い通りで重なった――。
お読みいただき、ありがとうございます!
サンタ・クラウスはオリジナル設定です〜
なお本作が第三回ドリコムメディア大賞で一次選考に通過していました!
応募総数5,086作品で、一次選考通過はわずか139作品という狭き門……。
読者様の応援に感謝し、こちらを更新しました☆彡
お楽しみいただけたら幸いです!