76:完璧なものは創造できない
もしかして、ルーファス!
濃い紫のテールコートに身を包むのは、濃い紫の髪に小麦色の肌。白銀色の瞳は千里眼、白金色の瞳は魔眼、長身で快活な笑顔で「やあ、愛弟子よ。そんなに残念そうな顔をするな」と隠し部屋に入って来たのは……師匠だ。
「師匠、ここは王族のみが知る隠し部屋ですよ。そう簡単に入ってきていいと思っているのですか。外に聖騎士の見張りもいたはずですが」
「うーん。大魔法使いの俺からすると、ここは普通の部屋にしか見えないのだが」
まあ、そうなりますよね。師匠からしたら、こんなの子供だましだろう。
「……それで伝令の鳥もなく、急に姿を現した理由は?」
「それはシェナ、君は知っておいた方がいいと思ったからだよ」
師匠は私を最初の名で呼ぶと、ソファに腰を下ろした。
これは遊びで来たわけではないと分かり、師匠の対面に置かれたソファに腰をおろす。
「第二王妃が遂に白状したよ」
「まだ何か罪をおかしていたのですか?」
「いや、違う。自身の前世は、聖女メリアークだったと白状したよ。ちょっと魔法を使い、ゆさぶりをかけた。王大姪のマリナの幽霊で、相当まいっていたようだ。予想を裏切り、あっさり打ち明けてくれたよ」
もしやとその説を考えていたが、まさか本当にそうだったのね……!
あの時のメリアークの声を耳に思い出すと、震えが走る。
「彼女は聖女として生きていた時、相当罪をおかしたようだな。その結果ゆえか、それはそれは熾烈な死を遂げたようだ。転生した魔王をノースマウンテンの噴火口まで追い詰めたが、魔王は落下を免れ 、聖女だけが燃え盛る炎の釜へと落ちた。死後もさらに過酷な世界で、永遠にも感じられる苦しみの時間を過ごし、ようやく今回転生できた。だが聖なる力は、もうなかった」
師匠はそう言うと、洋酒の瓶を開ける。グラスに魔法で氷をいれ、深みのある色の液体を注いでいく。ゆっくり香りを楽しみ、口へ運んでいることから、どうやらブランデーを飲んでいるようだ。
「聖女というのは転生すると、ほぼ間違いなく聖なる力を宿す。メリアークが聖なる力を持たずに転生したということは、主に見放されたということなのだろうな。しかも先ほど国王陛下が舞踏会の最中にも関わらず、彼女の斬首刑の書類にサインをしている。こうなるために、転生したのかね、彼女は」
「……どうして聖女なのに、メリアークは残忍だったのでしょうか?」
すると師匠は、それは違うなという感じで首を傾げる。
「前にも話したが、聖女は攻撃性が強い。よって彼女が魔王に対し、その攻撃性を遺憾なく発揮したのは、別におかしいことではなかった」
「でも……」
「愛弟子が言わんとすることは分かる。メリアークは協調性が欠如していたということだ。自分が一番でいるためには、周囲のことを顧みない。誰かを踏み台にすることも、他者を犠牲にすることも厭わない。そういう奴はまあ、ごろごろいるもんさ」
そう言うと師匠は指でグラスの氷を回転させ、芳醇なブランデーの香りを鼻孔で楽しむ。
「俺のオリジナル魔法をいとも簡単に模倣して、ちょっとだけアレンジし、あたかも自分が編み出したように見せかけ、本まで出版したようなクズ魔法使いがいた。どこにでもいるんだよ、そういう自己中心的な奴は」
師匠でさえそんな思いをしているとは。人の才能を奪った小銭稼ぎの魔法使いは、いつ自分の悪事がバレるかと、居心地の悪さを感じなかったのだろうか? 無自覚過ぎて、そこは何も感じなかったのか。いずれにせよ、無神経で憐れな魔法使いだ。
「今回に関しては、聖女だったから厄介だった。 前世において聖女だったことが分かったので、処遇には悩まされたようだ。魔王の天敵で、正義の象徴のようなものだから。だが結果的に斬首刑が決まった。……結局、例え主であっても、完璧なものは創造できないのだろう。働きアリだけ集めても、さぼるアリが出てくるように。悪のない世界は存在しえない……」